その実力差は
ちょっと長いです。
タニア達が泊まっている森の木漏れ日亭。そこでは1人の少年が不機嫌そうに頬を膨らませていた。
「そう怒るなよリック。」
「ふん!」
宥めるクラウドであるが機嫌は直りそうも無い。リックは自身が敬愛の情を寄せるタニアを侮辱した相手をヒュドラに取られ拗ねている。困ったもんだと苦笑いを浮かべるクラウドへ向け声が掛かった。
「ブ、ブルーム様を何処へ隠した!」
見ると部屋の入口付近で厳めしい顔を向ける男が剣を手にしながら叫んだようだ。どこへ隠すも何も目の前で見ていただろうと言いたくなったクラウドであるが、見ていて理解出来なかったという事に思い至り溜息をついた。
「お前ら俺達の事を知って来てるんだろう?覚悟の上だろうが。」
クラウドからしてみれば自分達が魔導具を持っている事を知って部屋へ押し込んで来た以上、当然クラウド達の素性も調べてきていると思っての発言であった。しかし今この場にいる者達は魔導具は警戒しても居合わせた数人の平民などに注意を払っていた者は居ない。
「…運の無い奴らめ。」
相手を調べもせずに押し込んできた盗賊たちを見てオウルが呆れた視線を向ける。
その一方、いきなり最強の切り札であったブルームが姿を消した事で動揺している男達へ1人の少年が近づいていく。
「せめて貴様らの折檻は私がしてくれようぞ。」
蟀谷をピクピクと引き攣らせながら怒りが収まらないことを隠しもしない。
「「「ひっ!?」」」
普通に考えれば小さな少年を相手にして何を恐れる事があるかという話しであるが、普通に考えれば最強の剣士と言われるブルームが1人の男に投げ飛ばされて姿を消すことなどあり得る筈が無い。ある種異様とも言えるこの部屋の雰囲気に呑まれた男達が少年に睨まれて悲鳴を上げたのも仕方が無いことであろう。
「全員撤退!二手に分かれろ!合流は3の場所だ!」
おそらく普段から短い言葉のやり取りで意思疎通が出来る様符丁を決めているのだろう。ダックと呼ばれた男が素早く撤退を指示した。
しかし、その言葉に反応出来たものは居なかった。何故ならば、
「な、何だこれは!?声が出ていない!?」
大声で叫んでいる筈なのだが、自身を含め誰にも何も聞こえていない。何が起こっているのか、一瞬訳が分からなかったがダックは何かに気づいたような素振りを見せた後で辺りをキョロキョロと見回した。
「く、くそっ!おそらくは周囲の音を消す魔導具だな!?一体何処にある?」
周囲を見回したダックの体が硬直しピクリとも動かなくなった。目的の魔導具らしい物を見つけるために周囲を見回したダックが見た光景、それは、
何の音もしない中、少年に蹂躙されている仲間の姿。
間違いなく悲鳴と怒号が飛び交う筈の光景にも関わらず物音一つしない。それはまるで現実味が無い夢の世界の出来事のようであった。
目にも止まらない早さで懐に潜り込み下から拳が突き上げられる。一目で粉々に砕けたことが見てとれる顎を手で押さえて床で仲間が悶絶している。
また別の男は少年を押さえつけようと飛び掛かったところを横に躱され腹を蹴り上げられた挙句に口から大量の血を吐いている。背中側が赤く染まっているのを見ると間違いなく臓物が破裂したのだろう。
目を覆いたくなるような惨状の中、あっという間に自分以外の者が居なくなってしまった。
「くそっ、くそっ!」
わなわなと肩を震わせながら頭を回転させるダック。しかし武力で敵わないことが明白である上に得意の知能も言葉が届かないとなれば使いようがない。身振りや動きで何かこちらに有利な状況を作れないかと必死で考えていたが間に合わなかったようだ。
冷めた表情で自分を見る少年。それがいきなり消えたかと思えば自分の肩に僅かな重みを感じた。ふと顔を向けてみると、そこにはつま先が見えた。少年が片足でつま先を立て肩の上に立っているのだ。そして、
スコォン!
宙にあったもう片方の足が横に払われ小気味よい音を立てて顎を横に跳ね上げた。と、勢いよく回転する頭部はその反動で首からゴキリと音を鳴らす。
黒天において重要な情報を数々と持ち、高い警戒心からその素性を知る者は僅か数人のみ。表では情報通のダックとして振舞い、裏では黒天に弓をひく敵対勢力を幾度となく潰してきた。戦闘力に特化した黒天のメンバーの中で指揮に特化して実績を残してきた。黒天のメンバー達が本当に切り札として頼っていたのは間違いなくこの男である。
『指揮者』の二つ名を持つバジルはこうしてその生涯を終えるのであった。
一方、無音の世界である部屋の片隅では奇妙な光景が広がっていた。
そこは戦闘に入る前、タニアにむさ苦しい男の悲鳴など聞かせたくなかったクラウドが使用した【静寂領域】の効果範囲から外れていたため問題無く会話が出来る、というより一方的に男が女に詰め寄られている光景がそれだ。
部屋の中にいる侵入者には目もくれず、ペコペコと男が頭を下げている。
「もう、いい加減子供扱いしないでよ!」
「ごめんって!でもタニアちゃんが見てて気持ちのいいもんでも無いだろう?」
「だからって何も聞こえない上に何も見えないなんて逆にどうなってるか気になるじゃない!」
どうやらクラウドは音に加えて外からは何が起こっているかも見えなくしているようだ。
子供扱いするなと訴えるタニアとタニアのためと言い張るクラウド。思春期の子供と親の間で巻き起こるような論争が落ち着くまでにしばらくの時間を要するのであった。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「く、くそっ。ここは一体…?」
今ま体感した事が無いほどの力で投げられたブルームの目の前に広がるのは一言で言えば見た事がない風景であった。と、いうよりもまさに『何も無い』という言葉がしっくりくる。
真っ白な床は石で出来ているようにも見える程に硬くその広さはざっと見える範囲に壁が無い。だだっ広い部屋のように見えるが、そんな広大な部屋などある筈が無い。
自分がどうなったのかを思い出そうとしたブルームは背後に気配を感じて振り返る。
と、そこにはついさっき宿の中で見た筋骨隆々とした男が立っていた。
「貴様が此処に連れてきたのか?此処は一体何処だ?」
凄みのある声が男に向けられるが、その男からは返事が無かった。その男はブルームと会話をする気など無いかのように独り言を呟いている。
「もう許さんぞ貴様ら。絶対に許さん。唯でさえ我慢していたというのに、もう我慢の限界である!」
鼻息荒く肩を上下させて興奮している。その理由は前日にあった。それはクラウドに指示されルークが敵対している組織の動きを探っていた時の話し。
オウルの協力で組織のアジトを洗い出し調べに行った時、彼はその建物の中でされている話しを聞いていた。クラウドにより「ルークの邪魔になるから」と攻め入ることを止められていなければその場で暴れ出していただろう。
奴らはよりによってルークの魔導具を奪うために家族ごと皆殺しにしようと話し合っていたのだから。
「な、何だコイツ!?気でもふれてんのか?」
会話さえ出来ない相手を前に怪訝な表情を浮かべるブルーム。しかしそんなブルームの言葉を聞いて男はゆっくりとブルームへと向き直った。
「良いか人間よ。貴様は我が友を侮辱した。何があろうとそれだけは許されんのである。」
そう言いながらゆっくりと近づいてくる。それを見たブルームが再び剣を構えた。
「くそっ!」
ガギギイィィン!
腰を落とした態勢から繰り出された2回の斬撃は先程と同じく弾かれる。しかし見たところ防御もしていなければ装備もつけていない相手に何故剣が弾かれるのかが分からない。
「ちっ!さっきといい今といい一体どうなってやがる!」
バックステップで距離を取りそう悪態をつくブルーム。彼は気づいていなかった。鋼鉄さえ簡単に切り裂く自慢の愛剣『魔剣スキアヴォーナ』が何故ダメージを与えられないかを。ブルームは当初バジルから効果不明の魔導具に注意するよう言われていたが、目の前の敵が魔導具を持っているようには見えない。何故なら手ぶらなのだ。薄いシャツと膝程度までの丈のズボンのみを身に着けている男はとても魔導具を隠し持っているように見えない。そのためブルームはその魔導具がもしや指輪などの小さな装飾品ではと疑い注意して見ていると左手の親指に一つの指輪を見つけた。
「遂に見つけたぞ」そう考えたブルームから笑みがこぼれる。
「ニヤニヤとうっとおしいである!貴様の剣など我が鱗を切り裂くには及ばぬのである。」
「う、鱗!?」
「そうである。ドラゴンの鱗を切り裂くには少々腕と魔力が足らんのである。」
指輪の効果と思っていたブルームは相手の話しの意味が分からない。かく乱かと舌打ちしながら太い指に付けられた指輪に狙いをつけた。
「はぁっ!」
手が下を向いている時を狙い繰り出された突きが指輪を弾き飛ばそうとして‥‥止まった。余りに太い指であったため肉に食い込んでしまったようだ。
ちっと舌打ちするブルームであったがすぐさま剣を引き戻し二撃目の突きを放った。
生命線とも言える魔導具を飛ばされかけて焦った相手の隙を付くために。
ブシュウッ!
ブルームが繰り出した突きは見事に命中する。自身の狙い通り寸分の狂いも無く剣が相手の左目を抉った。
「もらったぁっ!」
そう言った時である。
痛みに悶絶する相手から指輪を奪うため、指を切り落とすかそれとも指も斬れないならば組み伏せて指輪を奪い取るかなどと考えていたブルームが目にしたのは…
「何を貰ったであるか?」
目から血を流しながらもキョトンとした顔で首を傾げて不思議そうにしている男。
「な、何!?痛みを消す魔導具もあるのか?ならばこっちも貰うぞ!」
動揺した心を落ち着かせすぐさま残った右目も抉る。
ブシュウッ!
「はっ、これでもう……な、何ぃ!?」
相手から光を奪ったと思ったのもつかの間、右目に剣を突き刺しながら笑みを浮かべたブルームにありえない事が起こる。
目が合ったのだ。
表情一つ変えずに立つ相手の左目、それはものの数秒前に自身の剣で抉った筈だった。しかし、今右目に剣を突き刺した状態のブルームを左目が見ていた。ブクブクと泡を吹いたように見えたかと思ったら瞬く間に治癒していた。
「な、治癒の魔導具…!?そ、そんなもの聞いたことも無いぞ…?」
先ほどから分からない事を全て魔導具のせいにしていたブルームはここでようやく目の前にいる男の異常性に気づいた。
いくら魔導具で傷を治そうと痛みを消そうと目を抉られて悲鳴をあげるどころか痛がる素振りさえ見せないことなどあるだろうか?
「お、お前…、い、いや、…しかし…?」
軽く混乱し始めるブルームを前に男は言った。
「さっきから我を無視するとはいい度胸である。言え、何を我から取ったのであるか?」
「へ?」
「ぬうぅぅ、とぼけるなである!貴様が先程自分で言ったのであろうが!」
「…」
恐らくは今さっき自身が言った「もらった」という言葉を気にしているのだろうとブルームも察している。しかしそれに返せる返事が無かった。
貰ったのは勝利であった筈であるが、とても言える状態では無い。
「ほう、言えんであるか。しかし我を前にして黙っても無駄である!」
そう笑いながら男は両手でブルームの頭を掴んだ。そして、
ブヂンッ!
皮膚を肉ごと掴んだ手が勢いよく左右に引っ張られた。吐き気をもよおすような音を立てて剥かれたブルームは頭蓋骨が露出し二つに裂かれた頭部の肉は喉元あたりまでぱっくりと裂け目を広げぶらぶらと揺れている。
ブシュウウウ
まるで噴水のような勢いで血を吹き出し始める死骸を見ながら独り言を呟く。
「む、そう言えばオウルが居ないとこ奴の脳から記憶が読めんのである。折角脳を出しておぜん立てしたというのに口惜しいである。これでは結局何を取られたか分からんのである。」
困ったように顔を顰める。
ルークを少年と呼び最上の友人を自称しているこの男の名はヒュウガ。指に付けた人化の指輪の効果で人に化けた時、ルークと一緒に人の世で暮らしていく為には名前が必要だと言い張りリックと共に名前をねだった結果、ルークにより名付けられる。
かつてルークが出会い友誼を結んだのはナーガであったという事を忘れないようにと名前にナーガの痕跡を残してくれたこの名前をヒュウガは殊の外気に入っている。
とても『ヒュ』ドラとナー『ガ』から取っただけとルークが言い出せないほどに。
「まあ良いである。我が名の下に少年への侮辱は罰された、それさえ分かれば他はどうでも良いである!」
ニコニコしながら血しぶきを浴びるヒュウガを見てタニアが卒倒するのはこの5分後の話しであった。
ちなみにヒュウガの目が治っていたのは竜種のヒュドラが持つスキル『超回復』という設定です!




