別働部隊は
「何、アガラとエディアールがやられただと!?」
黒天の本部アジトでライザーの怒号が響いていた。
荒れた様子で机を蹴るその様子には確かな焦りが見えている。
「クソがっ!あと少しでいい、冒険者の奴らを食い止めろ!そうすりゃブルームとバジルが土産を持って戻る!あいつらと俺がいりゃあ冒険者なんざどうとでもならぁ!」
黒天はおろかユーテリア王国でも屈指と言われる剣士『好色』のブルーム。
一たび指揮をとれば敵う相手はおらず、数々の敵を蹴散らしてきた『指揮者』のバジル。
そして総合的な戦闘力では黒天最強を誇る『羅刹』のライザー。
間違いなく黒天が保有する最大戦力の彼らであるが、現在アジトにいるのはライザーのみである。
「予定通りならそろそろ戻るはずだ、手前ぇら踏ん張り所だぞぉ!」
周囲にいるメンバーを鼓舞するライザー。しかし彼は今一つの疑いを持っていた。
そもそも黒天の四天王の二人が冒険者ギルドと衝突するという大事な時にアジトを空けるのには訳がある。
それは彼らが入手したとある情報に起因する。
「ちっ、何だか嫌な感じだ。どうも誰かが影から俺達の邪魔をしてやがるような気がするぜ…」
メンバー達を前線へと送り込み部屋に1人になったライザーがそう呟いた時、部屋の扉がゆっくりと開いた。
「失礼。貴殿がライザー殿か?」
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □
グラスフォードの冒険者達が黒天のアジトへ攻め込む前日の朝、森の木漏れ日亭の一室でクラウド達が寛いでいた。
街中が殺気だっているため散策を諦めたクラウド、タニア、麒麟、ヒュドラの4人(?)が部屋で思い思いに休んでいる。
ゆっくりと身体を休めながら他愛も無い話しで時に笑い合うような穏やかに流れる時間をその場に居る(特にタニア以外の)者達は殊の外楽しんでいた。
トントン
不意に部屋にノックの音が響く。と、返事を待たずに扉が開いた。
「やあ、おはよう皆さん。」
入って来たのは伊達男という言葉が似合いそうな男前。20台後半に見えるその男は余裕からくる笑みを浮かべていた。コートのように長い裾の上着の襟元には煌びやかな装飾が見て取れる。腰に穿いた剣は柄に豪奢なデザインがあしらわれておりその価値が分かるというもの。
「…あ、あのう、どなたでしょうか?」
不思議そうな顔で尋ねるタニアを見てその男は更に笑みを深めた。
「へぇ~、美人とは聞いたが所詮は庶民の小娘だろうと思ってたのになあ。こいつは驚いた、なかなかイケるじゃねえか。合格だぜ!」
パチンと指を鳴らしながら男が言葉を続ける。
「よしお前ら、女を攫え。残りの奴らは殺していいぞ。それから何人か残って荷を漁れ。聞いた話しが本当なら何処かに魔導具が隠してある筈だ。」
急に部屋へと入り好き勝手話し始める男は部屋の者達がポカンとしながら自分を見ているのに気づく。
「なんて間抜けな顔してんだお前ら。まあ事情なんぞ知らなくてもされる事に変わりはねえから気にするな。女は攫って俺の気が済むまで嬲るし、男は死ぬ、それだけだ。恨むなら俺達に喧嘩を売ったお前らの間抜けな弟を恨むんだな。」
へらへらと笑うこの男の名はブルーム・バルティエラ。黒天のメンバーで『好色』の二つ名を持つ男である。
今までは気に入った女を見つけたら貴族だろうと攫ってその貞操を散らしてきたブルーム。あまりに好き勝手するために余計な恨みを周辺からも買いまくりついた二つ名が『好色』である。
一見ふざけた様に聞こえるが、その二つ名には『それだけの問題を起こしても全て自身の腕っぷしだけで相手を黙らせてきた』という意味を持つ。
「かかかっ、平民の女は久しぶりだぜ。お高くとまった女をヒイヒイ言わせるのも面白かったが、たまには怯える女が歯を食いしばって耐えながら泣く顔も悪くねえか・・・・あ?」
ぶつぶつと独り言のように呟いていたブルームの前に気づくと1人の男が立っていた。
全身が筋肉で盛り上がったような筋骨隆々とした短髪の男。身長の高いブルームが視線を上に向ける程の高身長であった。窓から指す陽の光を背中に受けているため逆光となり表情が見えにくいが、まるで話しに聞いた異国の修道士のような男であった。
「なんだぁお前は?」
「貴様今何と言ったのであるか?」
深い怒りに震えるかのように男が声を掛ける。と、気づくと更に別の人間が側に立っていた。
「待て、この男は私が直々に相手をする。誰を侮辱したか、それを魂の髄にまで刻んでくれるわ。」
そこに居たのは愛くるしい少年(少女?)のような小柄な者だった。
「ふざけるな!こいつは我が心の友を間抜け呼ばわりしたのである!その罪はこの拳によって償わされなければならないのである!」
「いいから黙ってろ。この下等生物は私の目の前でタニア殿を汚すと言ったのだぞ!許せる筈がなかろうが!」
黒天の最強戦力の一角を担うブルームの目の前で口喧嘩が始まった。あまりの光景にぽかんとしていたが、自分という強者を前に正気を無くしたと思ったブルーム。やれやれとでも言いたそうに溜息をついた。
そもそも彼が此処に来た本来の理由はタニアでは無い。
冒険者ギルドとの決戦を前にアジトへと呼び出された四天王。そこでライザーから聞かされたのはまさに垂涎というべき話しであった。
『驚く程高性能の魔導具を持つ貴族の子供と思われる一行が街に来ている』
聞けば幼い子供がそれを使って黒天のメンバーを倒したという。しかもその子供はその魔導具を特別扱いさえしていないという目撃談もあった。という事は、まず間違いなく更に強力な魔導具を持っていると考えられる。
子供ですら大人を倒す事が出来る程の魔導具
それを奪う事が出来れば自分達は大きな『力』を手に入れる事が出来るだろう。冒険者ギルドとの闘いくらいなら楽に切り抜けられる程の。
更に情報を集めるとその子供は兄弟と思われる者達と街中を歩いていたという。『魔導具を預けるならその者達しかいない』というのが黒天の見解でありそれは間違いでは無かった。
間違いがあるとするなら唯一つ……
「いい加減にしろお前ら。」
言い争う2人(?)に声が掛かった。
ブルームが視線を向けるとそこには機嫌の悪そうな顔をして言い争う2人を睨む男が立っていた。
「何がいい加減にしろであるか!この様な事をクラウド様は許されるのであるか!いくら我が住処の主と言えど納得出来ないのである!」
「その通り!タニア殿を侮辱する者を許すなどあり得る筈が無い!断固抗議する!」
言われた2人が歯向かうも、それは不意に現れた別の男に止められる。
「黙るがよい。我が主が止めろといえば何も考えずに止めれば良いのだ。それが強者への礼儀というものぞ。」
気づけば自身のすぐ近くに立っていた男を見てブルームから汗が噴き出た。今まで唯の一度も気づかずにここまで接近を許したことは無い。
そしてここにきてブルームはこの部屋に来て以来感じていた違和感に気づく。
「(待てよ…。こいつら何で剣を持ってる見知らぬ男が入って来てもこうまで無警戒でいられる?)」
「ちぃっ!」
舌打ちと同時に剣を抜き斬りかかった。ブルームはその原因が魔導具にあると考えた。おそらくこの部屋では戦闘行為を妨害する効果がある、若しくは戦闘が出来ないように相手の精神に干渉するような効果を持つ魔導具があるのではと考えて。後手を踏まされたと考えすぐさま攻撃に打って出た。しかし、
ガギィン!
結果はそのどちらでも無かった。剣は振るえたし戦意も落ちていない。
ただ斬れなかった、それだけだ。
「な、何……?」
呆然とするブルーム。しかしそれも無理はない。渾身に近い一撃であったにも関わらず自慢の剣は目の前の男の体に止められたのだから。不意に現れた男に向きなおしたため自分に背中を見せていた間抜けな筋肉男を真っ二つにするつもりが、剣先は皮膚で止まっている。しかも、
「何が強者への礼儀であるか!我には我が友より優先するものなど無いのである!」
その男は自分が斬りかかったにも関わらず、意にも介せず仲間内で話しを続けていた。
「ば、馬鹿な…。俺の剣は魔剣なんだぞ?何で斬れない…?」
組織の情報網を駆使して魔剣の情報を手に入れ、置いてある店を襲撃した。その際に手に入れた自慢の愛剣は微量の魔力を流せばその切れ味が驚く程に跳ね上がるというもの。剣を振るう術は自身で身に着ける事を信条としていた生粋の剣士であるブルームにとって、単純に剣の切れ味を上げる魔剣は自身の好みにぴったりだった。
手に入れてから何度か試したが、その魔剣は本当に何でも斬れた。皮鎧から始まって分厚いフルプレート、果てはユーテリア王国でも頑強で有名な盾さえも一振りで真っ二つにした。
異常な光景にブルーム以外の男達も戸惑っている。彼らはブルームが連れてきた黒天のメンバーである。部屋を漁るためだったり女を攫うための人手だ。
「ど、どうなってんですかねダックさん!?」
人手の1人が仲間の中でも情報通で有名な男に近づくと声を掛けた。と、
「下がってくだせえブルーム様!」
「うわぁっ!?」
その近づいた男を掴んで前へと突き出した。それと同時にキレのあるバックステップでブルームが距離を取ろうと下がる。
「痛え!」
どすんと尻餅をついて倒れた男を見てダックの動きが止まる。
ブルームの剣が効かないという異常事態。間違いなく敵の魔導具の術中に嵌っていると確信したダック。しかも最も危険に晒されているのは一番敵に近いブルームである。黒天でも指折りの戦闘力を持つ男を助ける為にダックは別の仲間を人身御供にした・・・・・・筈であった。
しかし、その差し出した生贄は人の気も知らず痛そうに尻を擦っている。
「(ど、どうなってやがる?)」
戸惑うダック達をよそに、クラウド達は侵入者を警戒すらしていない。
「いいから少し黙れ。お前らは沸点が低すぎる。怒りのままに暴れればタニアちゃんが驚くだろうが。」
「ぬぅ!?」
「それは…」
クラウドは驚くと言ったが実際は違う。彼らが怒りのままに暴れるシーンをタニアが見れば心を痛めるだろうし、また人が死ねば彼女は心に傷を負うだろう。それを理解した麒麟とヒュドラ。いかに相手が許せないといえど敬愛する相手を、また、親友の大事な姉を悲しませる事は彼らの本意では無い。
言いあぐむ2人を見て満足気に頷いたクラウドは自身の結論を言った。
「そこでこれからそいつを俺の異次元結界内に飛ばす。そこで好きなだけ戦ってこい。相手はお前がしろ。」
そう言って指を指したのは筋骨隆々とした男。その言葉に途端に喜色満面の表情となる。一方何を言っているのかも分からないブルームであったが、クラウド達がそれを考慮する事は無い。
「それじゃあ適当な時間が来たら迎えに行くからな。【別次元への扉】」
突如として現れた黒い縁の門。おどろおどろしい文様はそれをくぐるのを戸惑わせる。しかし、
「では行くである!」
「うおわああぁあぁっ!?」
目にも止まらぬ早さでブルームへと近づき右手で顔を鷲掴みにする。と同時に右腕が門へ向けて振るわれたかと思うと、地面とほぼ平行に吹き飛んでいくブルームを見たダックがようやくそれに気づいた。
「なんてこった…。ここは化け物の巣か…?」
来た事自体が間違いであったと気づいた時、事態は既に打開不可能な状態になっていたのであった・・・




