開戦②
グラスフォードの西にある商業区は閑散としていた。その理由は数年前に主な商店の多くが区画整理により街の南に移ったからだ。建物は多いが現在は空き家も見られ、特に夜ともなれば人通りは極端に少なくなる。
そんな一画に総数120人にも及ぶ冒険者達が集まっていた。彼らは今事前に調べたある建物へと向かっている。
そこはここ数日の間普段は使われていないにも関わらず出入りしている者達の目撃情報があった建物だった。更にその場所はノビアによって世界探索のマップ上で監視されていた二つ名持ちの黒天メンバーの反応が戦闘が終わった後に戻って行った建物と合致していた。しかも、そこには後2つの二つ名持ちメンバーの反応もあったのだ。まず間違いなく黒天の本部アジトであると推測された。
「遂にこの時が来た!今まで黒天の奴らには何度煮え湯を飲まされたか分からねえ!皆の中にも仲間や家族をやられた奴も多いだろう!今までは裏に潜ってやがったが、遂に奴らの尻尾を掴んだ!この機会にぶっ潰すぞ!」
集まった冒険者達を鼓舞するかのようにジンが叫んだ。
「よっしゃぁっ、遂に仲間の仇が取れるってもんだ!」
「あいつらには山ほど借りがあるんだ、まとめて叩き返してやんぜ!」
「俺達のミアちゃんに手を出した報いだ、一人残らずぶっ殺してやる!」
「あぁ、ぜってぇ許さねえぞクソ野郎共ぉ!ミアちゃんの顔に付けた青アザの借りは百倍返しだぁっ!」
「「「うおおーーー!!」」」
様々な思いを乗せた反応が上がる。臥薪嘗胆で仲間の仇を取る機会を待ち続けた者、かつて獲物や持ち物を横取りされた者、心を寄せる偶像を傷つけられ口の端から泡を立てながら怒りに身を染める者達も多くいるようだ。
「敵の二つ名持ちは俺とルークに任せろ!皆も知ってるだろうがルークははっきり言って俺より強え!余計な心配は要らないからな!それじゃあ行くぜぇ!」
「「「おおぉぉおぉぉおーーーっ」」」
当初敵のアジトの近くで決起集会など馬鹿がやることだとジンは主張した。しかし、街の西地区はおろか冒険者ギルドさえが24時間体制で黒天に見張られている事がノビア(が使った世界探索)により調べあげられていた。
戦力を集めた時点で敵には筒抜けというならば、敵に気づかれることを心配する必要が無い。堂々と戦意を高めてから向かおうというノビアの考えにジンが納得した結果である。
戦いはあっという間に始まった。
目的の建物に向かって進む途中、後方から敵の伏兵に襲われた。それに気づき伏兵へ向き直った途端、背中を見せた前方から敵の主戦力が突っ込んできたのである。
辺り一面で乱戦となった戦場の一画で、冒険者達が紙きれのように吹き飛んでいた。
「はっはー、この前はよくもやってくれたな!借りはしっかりと返してやるぜ!」
「うおぅ!?マズい、鉄拳が出やがった!ジンさんを呼んで来い!」
「よし、俺達が壁になる!ジンさんが来るまで持ち堪えるぞ!」
強敵が1人で暴れるだけで戦局は大きく傾く。たかだか数百人同士の衝突なら尚更だ。少しでも有利な局面を作れれば味方は勢いづくし敵の戦意は下がる。
「その必要は無えよ。」
「ジンさん!?」
ジンが来るまでの壁役を買って出た冒険者の肩に手を置きながらジンが姿を現した。二つ名持ちが出ればすぐさま対応するため敢えて乱戦に踏み込まず一歩引いた立ち位置で戦線の中を立ちまわっていたジン。ヒットアンドアウェイで動き回っていた彼は一際大きいプレッシャーを放つ敵の存在をいち早く感じ取り近くまで来ていたようだ。
「てめぇ、ジンッ!貴様だけは許さん、この場でぶち殺してやるぜぇー!」
振りかぶったアガラの拳がうなりを上げてジンへと放たれた。
「おっと!」
ギィン!
ジンは手に持つ片手剣で拳をいなしながら軽やかに躱す。アガラの拳を包む武器セスタスに毒を仕込んでいる事を知るジンは慎重に拳を避けながら間合いを詰めていった。
「な、何だと!?」
「もうその手は喰わん!今度はきっちりと勝たせてもらうぜ!」
「ば、馬鹿な!お前は俺の毒を喰らった筈だ!何故動ける!?」
今まで唯の一度も殺し損ねた事など無いというアガラ自慢の毒をジンは喰らった。助かる事は無く、もし仮に生きていたとしても相当に弱っていると高をくくっていたアガラは驚きを隠せない。
そもそも鉄拳の二つ名を持つアガラが毒を使う事が知られていない理由が毒の凶悪さにある。
死人に口なし。殆どは実際にその拳で殴り殺されているが、稀にいる強者は毒で仕留めてきた。その情報を喋ろうにもあっという間に死んでしまうため誰一人として知る者が居なかったのである。
しかしBランク冒険者のジンならば、無理をしながらでも戦場に出てくる可能性はあると考えていたアガラ。姿を見せれば最優先で殺すと決めていたが、まさか傷はおろか毒の影響を微塵も感じさせないまでに動き回るとは思ってもみなかったようだ。
「ふん、お前の毒など簡単に解毒出来たぞ!優秀な後輩が居るもんでな!今だって対策は万全さ。お前の毒対策として毒消しポーションを持って来ているしな!」
「ばっ、馬鹿な!?」
ジンの言葉にアガラは動揺を隠せない。今まで一度だって解毒された事など無いというのに。長年かけて編み出した毒の製法を知るのは自分1人だけ。つまり、その毒に応じた解毒薬が作れるのも自分だけであった筈。
この世界には数多くの回復薬がある。その中に毒や麻痺といった特定の症状に特化した回復薬が存在する。毒ならば毒消しポーションと呼ばれ毒に対し大きな効果を発揮する。しかし、アガラが知る限り自分の毒を治療する毒消しポーションなど存在しない筈であった。
最もその考えは実は当たっている。
というのも、ルークがジンに提供したのは毒消しポーションでは無い。
アイテム名『万能霊液エルダーポーション』。それは毒に特化している訳では無い。あらゆる状態異常を一瞬で癒すクラウド特製の万能薬である。その原料は世界樹から染み出る『生命の霊液』によって作られており、かつて病に倒れたミルトアの街を治める貴族バダック・スタドールの妻エリスを瞬時で快癒させた超一流の回復薬でありアイテムランクとしては回復薬としては最上級の伝説級に位置する。最も、それを持つクラウドの最近の主な使い道は酔い覚ましのようであるが。
「くそったれぇ!」
手負いと侮って対策を怠ったアガラと万全の準備で勝負に挑んだジン。この場の勝負は既に見えたといえよう。
一方その頃、ルークもまた『双頭蛇』のエディアールと対峙していた。
「お前が噂の小僧か。俺が相手とは惨いものだな。」
そう言い放つと腰に携えた双剣を抜く。
「嬲る趣味は無い。楽にしてやるぞ!」
そう言うと瞬く間に距離を詰めてきた。
「危ねぇっ!」
その戦いを見ていた冒険者の1人から声が上がった。しかしその時には既にエディアールはルークの横に回り込んでおり、右手で構えた剣が首を引き裂こうと襲い掛かっていた。
が、
エディアールの剣が空を切る。しゃがみ込んで躱したルークの目が頭上を過ぎていく剣を視界に捉えていた。
「はぁっ!」
しゃがむと同時に左手を地面について身体を支えたルークの右足が弾き出されるかのように突き上げられた。
「ぐぅはっ!?」
下から刺さるように突き出された蹴りがエディアールの脇腹にめり込んだ。思わず胸を押さえたたらを踏む。
「てやぁ!」
相手が下がって出来た距離を詰めながら今度はルークがロングソードを突き出した。身を捻りながら躱そうとするが、態勢を崩されたエディアールの肩に突き刺さる。
「ぐぅう!?ちっ、何て小僧だ!…仕方ない。」
僅か一合のやり取りであったが、剣士であるエディアールはルークの技量を正確に把握していた。身のこなし、反応速度、技のキレ、どれもが一流。更に子供だからと油断した自分の隙を付き見事に初撃で手傷を負わせる程に集中している。
忌々しいとでも言いたげに表情を歪め、バックステップで距離を取るとエディアールは両手に構えた双剣の柄を交差させた。
「な、何だありゃぁ!?」
「ま、眩しい!?何が起こったんだぁ!?」
周囲の冒険者達から声が上がる。それはエディアールの奥の手であった。彼が持つ双剣は稀少な魔導具であり、それぞれの柄に嵌め込まれた魔石を重ねることで効果を発揮する。
双剣が一瞬強い光を放ったかと思うと、その場の者達が気づいた時にはエディアールの肩口の傷は治っていた。
「ふふ、これこそが我が愛剣、魔剣イダーグの力。」
自慢げな笑みを見せる敵を前に冒険者達が騒ぎ出した。彼らはまさか敵に魔剣持ちが居るとは思わなかったようだ。黒天のメンバーは良くも悪くも有名だ。しかし、一般的に知られる特徴とは別にそれぞれが奥の手を持っている。
「いくぞ!」
「ちっ!」
癒えたエディアールがルークに飛び掛かろうとした時、危険を察知した冒険者の1人が動いた。
「させるか!風よ、我が前に紡ぎ来たれ。喰らえ【ウインドカッター】!」
縦に空を裂きながら風の刃がエディアールを襲った。しかし、難なく横へと躱す。その動きに魔法を使った魔術師は目を剥いた。
「ば、馬鹿な!魔法を足さばきで躱すなんて!」
かつて異世界から召喚された勇者がユーテリア王国の魔術師相手にやって見せた技である。それだけでも今見せたその技量が跳び抜けている事が分かる。
「そんな間抜けな魔法を誰が喰らうか。死にたいというならまず貴様から斬り刻んでも良いんだぞ?」
自信に溢れた表情で魔術師を睨みつけるエディアール。彼が笑っていたのはこの時までであった。
「【道具鑑定】。」
不意にルークの声が響く。いつの間にか手に持っていた巻物を広げて空中に投げる。すると霧になったかのように巻物は霧散した。
「なるほど、効果発動中は使用者の傷を癒し続けると同時に腕力、敏捷性を向上させるのか。」
驚いたのはエディアールだ。今までひた隠しにして来た筈の愛剣の秘密を看破されたのだから。しかしそれよりも驚く事をルークは事も無げに言ってのけた。
「良かった、この程度なら何とかなりそうだ。」
それを聞いて怒髪天の如く怒り出したのはエディアールだった。何せ自分の奥の手とも言える魔剣の能力を見破った上で何とかなりそうなどという舐めた口を利かれたのだ。
「貴様ぁ、今何と言っ…」
般若のような表情で怒りをむき出しにするが、その発言より先にルークが動いた。
「いくぞ、【ストーンウォール3式】!」
ズゴゴゴッ!!!
その言葉と同時にエディアールの後方と左右を塞ぐように高さ3m程はある土の壁が現れた。
「なっ、魔法!?その上無詠唱だと!?」
いきなり周囲を土壁で囲まれ焦るエディアールに向けルークから追撃が放たれる。
「【ファイアーボール】!」
「くそっ、上にしか避けられん!」
土壁で逃げ場を消されて仕方なく上に跳んだエディアールの下で火球が着弾し火の粉をまき散らしていた。その威力を見てエディアールの顔色が変わる。しかもルークがまだ構えを解いていないのを見てその狙いを知った。
敵の小僧は空中で逃げ場の無い自分目がけて魔法を叩き込むつもりなのだろうと。
「甘かったな!逃げ場の無い空と知りながら何故俺が迷わずそこに身を逃したのか分からなかったようだな!」
そう言うと手に持った剣を土壁に突き刺そうと横へ振るった。しかし、
「何っ!?」
そこには何の手ごたえも無かった。出現していた土壁は既に3つとも解除され姿を消していたのだ。
「ば、馬鹿な!何だその魔法制御の速度は!?ありえん、絶対にありえん!お前のようなガキが、ガキがー!」
「そりゃあ嫌という程鍛えられたもん。特に魔法制御だけは手を抜かせてくれなかったからね。魔法使いはそれが命なんだってさ。」
魔法制御を叩き込んでくれた自身の師匠を思い出しながらルークは落ちてくる敵に狙いをつける。
「これでも避けられるか?いくぞ【ファイアーボール4式】!」
ルークが可能な最大連射である4式。しかもその威力も普通のファイアーボールとは一線を画す代物である。が、それでもルークは油断しない。
もし敵がクラウドが使う飛行魔法や空の歩行者のような魔法を使えたなら簡単に避けられただろう。しかし、当然ながら剣士であるエディアールがそんな魔法を使える筈も無く魔導具も持って無いない以上、それを避ける事は出来なかった。
「うわあぁぁああぁあぁ!」
向かってくる4つの火球はそれぞれが少しずつ向きがズレていた。
しかし唯でさえファイアーボールの連射など見た事も無い中、方向性にまで細かい駄目だしを出す者などいる筈も無くその場にいた誰もがルークの技量に舌を巻いていた。最もこの場にクラウドがいても駄目だしはしなかっただろう。
その場にいた冒険者や黒天のメンバーでルークの意図に気づけた者は一人も居なかった。
無論死を覚悟したエディアールも気づく事さえ出来なかったが、ルークは万が一敵が空中で態勢を変える事が出来た場合に備え放った火球をそれぞれ左、右、上、下に撃ち分けていた。
そして当然のように為す術も無く落ちてきたエディアールは下方に撃ち込まれた火球の直撃を受けた。咄嗟に双剣を交差させて防ごうとはしたもののクラウド仕込みの魔法が普通である筈も無く、魔剣に当たると同時に爆炎と化し周囲を焼き払ったファイアーボールによりエディアールはその命を終えた。
ふうと息を吐き出し勝てて良かったと安堵の表情を見せるルーク。師匠の教え通り相手が生きている内に油断して隙を見せることは無かったようだ。
そんなルークを見ていたその場の冒険者達は新たな二つ名持ちの冒険者の出現を確信していたのであった。




