ケイト救出
「あそこか。」
建物の影に体を隠しながらルークはそう呟く。
彼の目の前には何の変哲も無い貸し馬の店があった。冒険者ギルドで聞いた通り店先には人の良さそうな老婆がおり客の対応をしている。
「よし」と心の中で気持ちを固めて建物へと向け歩いていく。ある程度近づいたところで接客中の老婆がルークに気づいた。
「お~い、爺さん、お客さんが来たぞい。」
「やれやれ、そんな大声でなくとも聞こえておるわい。」
億劫そうに返事をしながら店の奥で片づけをしていた老爺が表へと出てきた。
「ほ、お客人はお前さんかい?何じゃ、随分と若いのう。馬には乗れるんじゃろうな?そちらの不手際で馬に怪我をさせれば相応の金を貰わにゃならん、あまり背伸びをしちゃいかんのう。」
ルークを見てそう話し掛ける。店にやって来る客の中には幼かろうと馬術を修めた者は多くいるが、それは大半が貴族の子息達だ。田舎の村で育った子供達も一部は人手不足等の村の事情により馬術を身につけた者もいるが、そんな村で育った子供が決して安く無い金を払ってまで馬を借りに来る事などほとんど無い。
本来攫った人間を隠している場所に居る者達はまず間違いなく人攫いの仲間の筈であるが、人の良さそうな顔を向ける老爺を見て訝しみながらもルークは少し困ったような顔で笑いながら答えた。
「いや、僕は馬を借りに来たんじゃないんです。奥に女の人が居ますよね?」
その言葉で老爺の顔が真っ青になる。余りにも露骨な反応にルークは内心でやはりと思った。
「…人質ですか?」
それだけで老爺の顔は渋面に変わる。少し俯き伏し目がちに頷きながらルークへと問う。
「い、一体お前さんは?なんでそれを知っておるんじゃ?」
絞り出すような小声の老爺を見てルークは胸を張った。
「言う事を聞かすために弱みを握るのは常套手段と教わりました。」
「し、しかし普通は攫ったもんを匿う者など奴らの仲間と思うじゃろう!?」
何か裏があるのでは?この老爺はそう疑っているようだ。
「(そうか、お爺さん達も疑われてるんだ)」
老爺達が疑っているのはおそらく本当に言う事を聞いているのかを黒天が確かめるため人を寄越した可能性だとルークは考えたようだ。
「大丈夫です!どっちにしろケイトさんは助けなくちゃいけないし。脅されてようとお爺さん達が奴らの仲間だろうと僕がするべき事は変わりませんから。それと、もしお爺さん達がケイトさんを返す事で危険になるなら一緒に来てください。ギルドに話せば力になれると思います。」
ルークの迷いない物言いに老爺は軽く頭を振った。
「若いのう…。ありがとうよ坊や。じゃが儂らのことは気にせんでくれ。脅されたとはいえ奴等の片棒を担いだ事は確かじゃ。自分達の後始末くらいつけるわい。女の子なら奥におる、連れていってやっとくれ。」
その言葉にルークの表情は晴れない。しかしまずは攫われたケイトの身の安全を確認しなければならない。そう思い店の奥に入ると奥の一室で手足を縛られ口を塞がれたケイトを見つけた。
「ケイトさん!」
慌てて駆け寄ると猿轡を外し手足の縄を切る。
「ぷはっ!ルーク君、どうしてここに!?」
「助けに来ました。さぁ戻りましょう!」
「うっうっうっ、うわぁ〜ん、ありがとうルーク君!怖かったよ〜!!」
眼が潤みだしたかと思うとあっという間に溜まった涙が溢れ出した。冒険者としては先輩だろうとまだ十代半ばである。ケイトが誘拐されている間どれほど怖かったかはその反応を見るだけで充分分かる。
どうしていいか分からず困っているルークをよそにその胸にしがみつきわんわんとケイトは泣いた。彼女が落ち着いたのは数分後である。
縛り上げられていた為に強張った身体を引きづりながら歩くケイトを支えてルークはギルドへと戻る。帰り際にもう一度力になりたいと老爺へ伝えたが、老爺の答えは変わらなかった。
「ちっ、ようやく帰りやがったかあのガキ。」
ルークが見えなくなってから老爺の口調が急に変わった。
「本当に良かったのかい?組織を裏切って…」
「良いも悪いもあるかっ!被害者を装って女を返す、それがあいつの指示じゃ!それともお前は逆らうつもりか、あの化け物に?」
「冗談じゃない!あたしだって命は惜しいさ。」
「そういう事じゃ。この歳になって初めて見たわい、本当に逆らってはいけない相手というもんを。ライザー様がかわいく見えたわい。触らぬ神に祟りなし、さぁ撤収の準備じゃ。」
組織を裏切った以上、この街には居られない。老爺のその一言で老婆は纏めてあった荷物を馬車に乗せる。既に逃げ出す準備は出来上がっていたようだ。
「全く生きた心地がせんかったわい。」
そう呟きながら馬車を走らせる。老爺は数日前に店を訪れた男の事を思い出していた。
それは夜もふけた頃。
攫われてきた女で楽しもうとした時の事。意識の無い女を蹴り飛ばし服を脱がそうと手を伸ばした時、その男は現れた。
物音一つ立てずいつの間にか部屋の中に立っていた男から叩きつけられたのは圧倒的な威圧感。自分は今から間違い無く死ぬと感じた時、膝は震え誰憚る事無く尿を垂れ流した。歯が震えガチガチと音を立てる中、驚く程に冷たい声が聞こえた。
『今から言う事をよく聞け。これから数日後、子供が彼女を助けに来る。自分達も無理矢理言う事を聞かされている風を装って彼女をやって来た子供に返すんだ。それまで彼女は丁重に扱え。それ以外の行動は許可しない。終わったらしばらく身を隠してから自首しろ。しなければ俺が迎えに行くぞ。』
そう言って姿を消したあの男。有無を言わせぬ迫力に頷く事しか出来なかった。咄嗟に忍ばせていた短剣を抜き男に向けていたが、気づいた時には根本からへし折れていた。老爺は短剣をいつ折られたのかすら分からなかったのだ。
「今まで腕のたつ奴らはごまんと見てきたがのう。持っている短剣がいつ折られたかすら分からなんだ。あ奴の技量は尋常で無いわ。…しかし帰り際言っとったのは何の事だったんじゃろうの?」
「そんな事儂らに分かるもんか。さぁもっと飛ばすんじゃ爺さん。」
馬車を走らせながら老爺はふと考える。確かにあの男は言っていた。
『歳を取ってて良かったなお前ら。あいつはばあちゃんっ子だったから老人に手をあげると心を痛めるかもしれんからな。それと直ぐには自首するな。直ぐするとあいつの耳にも入るかもしれない。それでも心を痛めるだろうからな。ある程度時間を置いてほとぼりが冷めてから捕まるようにな。』
老夫婦は考える。組織にも捕まらず身を隠し、何としても自首しなければならないと。
「しかしほとぼりが冷めるってのはどれくらいの日数のことじゃろうか?」
「そんなこと儂が知るもんか!じゃが何としても身を隠してから自首せにゃならん!あいつに追われるなんぞまっぴらゴメンじゃ!」
何の気配もなくいきなり現れたあの男は全ての事情を知っていたという確信がある。裏の世界で長年生きてきた老爺の勘が絶対に逆らってはいけないと告げていた。
老夫婦は互いに頷きながら馬車を走らせる。グラスフォードから馬借をしていた老夫婦が姿を消したのはルークが訪れたその日の内の事であった。
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「一体どうなってやがる!」
裏ギルド黒天のアジトでライザーが声を上げていた。大事な人質であった女を隠していたメンバーが姿を消したのだ。しかも行方も分からないとくれば苛立つのも仕方がないだろう。
「ラ、ライザー様、今辺りで聞き込みをしておりますんで。」
しかし周辺に住む住人達は誰も事情を知らなかった。そもそも裏の仕事は隠していた老爺である。周囲からの視線には十分に注意していた彼らは近所との付き合いも必要最低限だった為、得られる情報はたかが知れている。
「しかもアガラの野郎も深手を負ったってんだろ!」
「はい、まさかこんなに早くBランクの冒険者が出張って来るとは思いませんでした。しかもあいつ何も戸惑わずいきなり数を頼りに押し込んで来やがったんで。」
「クソッタレがぁ!良い駒を持っていやがる!」
いくら黒天が誇る二つ名持ちのアガラであろうとBランクに手勢が加わわれば分が悪い。しかも普通なら功名心に逸り1人で倒そうと考えても良いだろうに、話しを聞くとやって来た冒険者は勝利を最優先と言わんばかりの動き方である。
苛立つライザーの元へ1人の男が駆け込んできた。
「大変ですライザー様!冒険者の奴らがこっちに来てますぜ!」
「ちっ、何てこった。使いに行かせた奴らが戻るのはもう少し後だってのに。仕方ねえ、エディア-ルに迎え撃たせろ!アガラの野郎もだ、どうせ手持ちのポーションを使ってんだろ。もう動ける筈だ。」
「おほっ、そりゃあ豪勢っすね!黒天の四天王が2人揃って出陣ですかい!」
黒天の最強戦力。それは二つ名を持つ4人のメンバーに加え、黒天を率いる元締めライザーの5人を指す。
裏ギルドとの抗争もようやく佳境を迎えるに至るようだ。




