森からの脱出
「確かこっちだった筈だけど。」
採取依頼を終えて帰ろうとしていたルークは悲鳴が聞こえてきた方角へと急いでいた。森の中を平然と走り抜けていくことが出来るのは走り込みを続けた成果だろう。
足腰の鍛錬になるからとクラウドに言われ悪路や足を取られるぬかるみの中などを毎日のように走っていたルークにとって森の中を走るのはそれほど苦では無いようである。声が聞こえた方角へ向かい走って行く。その時、
「やめてよ!!」
再度聞こえてきた叫び声は悲鳴というよりは懇願の言葉。それを聞いたルークは一瞬身体が止まった。魔物に襲われている人間は悲鳴は上げてもやめろとは言わない。魔物とは話しが出来ないのだから当然であるが、であるならば声の主を襲っているのはまず間違いなく人間であろう。
ルークはクラウドに何度も言われていた。「まだ人間相手に戦うな。」と。心優しいルークが人と戦えばどうなるか?戦闘の最中に情けや良心が邪魔をして必ずルークの手が止まると考えたクラウド。敵対した相手の前で致命的な隙を見せる可能性は非常に高い。そのため対人戦闘そのものを避けるように言ったのであった。
「ど、どうしよう・・・。」
クラウドの忠告を思い出し足を止めるルーク。しかし一呼吸置いてすぐ再び走り出した。
危険なことは分かっているが、だからと言って見捨てる事など出来ない。自分が目指している男を思い出しながらどんどんとルークは進む。
どうしようも無かった暮らしから助け出してくれた自慢の兄。彼を見ながらルークはいつからか一つの想いを持つようになった。
『自分も誰かを助けてあげられる人でありたい』
それなのに危ないからといって逃げる事なんて出来ないとルークは考える。
「っ!?」
走っていたルークの足が止まった。腰ほどに伸びた茂みの中を走っていたルークであったが突然ひらけた場所に出たからだ。その場所は森の中であるが一目で人手が入っていることが見て取れた。しっかりと踏み固められた地面は非常に歩きやすく、更に地面には背の高さ程の杭が立っておりそこには縄で結ばれた馬と馬車が繋がれていた。
森の外縁部にあるこの場所は森の中を進む商隊の馬車や冒険者の用意した馬車を繋ぐキャンプ地なのだろう。
「あぁ?なんだてめぇ!」
いきなりキャンプ地に飛び出してきたルークを見て声を上げる男。大きな身体は筋肉の塊のようであり簡単な皮鎧を着慣れたように身に纏う冒険者風の男であった。威圧的な喋り方とその風貌が相まってまるで山賊のようだとルークは思う。
そしてそんな男の目の前で破られた服を必死で手で押さえ胸を隠す少女が地面に座り込んでいた。
「に、逃げて!お願い助けを呼んで来て!」
ルークが飛び出した時は明るい表情であったが現れたのが自分より幼い少年とあっては仕方が無い。辛いであろう少女は助けを求めるでも無くルークに逃げる様促した。
そして助けを呼んで来てと。街までの距離を考えると助けを呼びに行く間に襲われるのは間違い無い。しかしそう言えばこの少年も逃げやすいだろう、自分のヘマに他人を巻き込む訳にはいかないと考えた。
しかしそれを聞いた男が軽く舌打ちする。彼からしてみれば例えここで少女を襲えたとしても活動拠点としている街に自分の悪行が知れるというのは困るのだ。
「ちっ、めんどくせぇなぁおい!」
イラついた表情でルークを睨みつけるとチラリと少女を見て顔を思い切り蹴り飛ばした。
「あぐっ!?」
ごろごろと地面を転がった少女は小さく呻きながら地面に伏した。
「な、なんてことするのさ!」
「あ~、何言ってんだてめぇ!?人に心配出来る立場か?運の無え奴だぜ。」
ルークの事など気にもせず近づいてくる。すると突然地面に砂が舞った。
「おら寝てな!」
あと数メートル程度にまで近づいたその男が突然ルークに襲い掛かる。すばやく距離を詰めると拳を握りルークの顔に向けて振りぬいたのだ。
「うわっと!」
しかしルークは身体を斜め前方に若干沈めてそれを躱す。そしてそのまま拳を振りぬいて隙だらけの男の脇腹にルークが拳を叩きこんだ。
「ごぇあっ!?」
男の脇腹に強い衝撃が走る。ベキバキと音を立てながら肋骨が優に数本へし折られる。
クラウド仕込みの鍛錬と(知らない内に)かけられた成長促進系の補助魔法の効果が相まってルークの身体能力は既に冒険者ランクの上位に位置するほどになっている。
男は仰向けに倒れて口から泡を吹きながら悶絶している。
「ふぅ驚いた。ねぇ君大丈夫?」
倒れた少女に近寄り身体を起こして声を掛けるとゆっくりと少女は目を開けた。
「・・・う、うう〜ん・・・」
「気がついた?」
「え、ええ・・・。あっ、いけない!早く逃げましょう!他の奴らが戻って来るわ!」
少女は起きたそうそうにそう言いながら慌てて立つと急いで後ろに止めてある馬車へ駆け込んだ。ものの数分で着替えを済ませた少女が馬車から顔を出し手招きする。
ルークが近寄ると馬車に乗るように促した。馬車に乗ったルークは改めて業者台に乗る少女を見る。
肩から掛ける鞄はパンパンに膨らんでおり少女は時折それを大事そうに擦っていた。15歳くらいと思われ茶色の髪はボブカットでスラリとした体型。跳びぬけて美人という訳では無いが人懐っこい笑顔が非常に愛らしい少女であった。
「本当にありがとう。助けて貰っておいて失礼だけど強そうに見えないから驚いたわ。私ケイトよ、よろしくね!」
簡単に挨拶を済ませたケイトと名乗る少女は嬉しそうに笑うと手綱を撓らせ馬をパシリと叩いた。馬車は街へと向かい走り出す。
ルークがその道中で聞いた話しによると、彼女自身も冒険者であり森へは自分の知人が出した依頼を受けてやって来たという。その知人は街で冒険者相手に所謂何でも屋をしているらしい。日用品から始まって頼まれさえすれば何でも手配するという。
そんな知人がとある貴族から依頼を受け、そのために森にある素材が必要となったらしい。
「それにしても参ったわ。いくら合同依頼だからってこんな目に合うなんて。」
彼女が受けた依頼は森の希少な茸の採取であったが、群生地を見つけるのが難しいために人手が必要とギルドで判断され依頼は10人での受注となったらしい。
自分の他に2つのパーティが参加して総勢10人で受けたのだが、そのパーティ達は見つけた茸が希少なのを良い事に自分達で独占しようと言い出したようだ。
つまり依頼にわざと失敗して違約金を払った後で見つけた茸を自分達のものにして法外な値で売ろうとしたらしい。
少女はそれに一人反対したところ男達に「言う事をきかせる為」という理由で慰み者にされかけたという。
「本当に男なんて信用出来ないわ!」
そう憤る彼女の横で自分も男なんだけどとルークが苦笑いを浮かべていた。
「それじゃあまだあいつらの仲間が9人居たんだね?」
「ええそうよ、あいつら何が順番待ちよ!馬鹿にして!」
男達のやり取りを思い出しながらそう毒づくケイト。しかし実のところ他の男達が席を外したため簡単に逃げる事が出来たのも事実である。すぐにもギルドへ戻ってあいつらの悪事を報告してやると息巻くケイトを余所に、ルークの顔から笑みが消えた。
「ねえ、止まって!」
「な、何よいきなり?」
「追いつかれてる!このままじゃ馬車がやられるよ。」
「え、うそ?走ってる馬車の中からどうしてそんな事分かるのよ?それに馬車がやられるって事は無いんじゃない?あいつらだって帰りの足は要るんだし・・・」
ズドドドッ!
ケイトがそう言った時、馬車を引く馬に矢が降り注いだ。あっという間にハリネズミとなり馬が息絶える。そして、
「かっ、舐めやがって。逃がす訳ねぇだろ。」
9人の男が森の茂みから出てくるのであった・・・




