ゾンビを喰らいし者
垣内彩奈という少女は、謎めいた言葉を放つとスクッと起き上がって皆のために5つの椅子を持ってきた。
「地べたに直接だとやっぱり痛いね。みんなこれに座って」
彼女に促されるままに用意された椅子に腰掛ける。小学生の愛ちゃんは出された椅子に座らず、甘えるように彼女の膝の上に座った。
『ゾンビのなりぞこないってどういう意味なんだ……?』
元より謎の多い少女だったけれど、謎が渋滞している。ここはストレートに尋ねるしかない。
「じゃあ君は……ゾンビなのか?」
すると彼女の膝の上に座っていた愛ちゃんが怒ったように叫んだ。
「違うよ!彩奈ちゃんがゾンビなわけないじゃん」
そりゃ分かってる。分かってる上で尋ねてるのおチビちゃん。そのおチビちゃんを両手で抱きしめながら彩奈は微笑む。少し照れるように。
「どう言ったらいいのかな……。そうじゃないんだけど、私にはゾンビ感染症に対する抗体があるって感じ?ね、みんな」
他の3人も頷いている。どうなってんだ。そんな人間の存在は初めて聞いたぞ。致死率100%を誇る恐怖の伝染病だったはずだし……。
「それ本当か?」
「まぁね」
膝の上に座る愛ちゃんの髪を整えながら、彼女は答えた。俄には信じられないが……それならそれで良い。俺のせいで彼女の命が失われなくて良かった。
小さな愛ちゃんは彼女の膝から出ていくと、少し大きな春香ちゃんの隣に椅子を持っていく。手持ち無沙汰になった彩奈は座ったまま足をグーッと伸ばす。
「蒼汰さん。他に聞きたいことはある?」
俺は前のめりになって質問する。
「あのさ……君はなんていうか。喧嘩が強いんだな。どうやったら君のように動けるんだ?」
彩奈は椅子から立つと、さっと長い右足で上段蹴りをしてみせた。空気を斬る音がする。そして実に綺麗な型だ。その態勢のまま得意げに答える。
「これは酔拳をみて修行した成果なの。酔拳2じゃないよ。酔拳1ね。」
予想外すぎる回答だった……。しかし彼女の蹴りは確かに、無影拳の使い手『鉄心』を彷彿させる美しさではある。
「マ……マジかよ。でもジャッキーだって君ほど強かないぜ」
すると彩奈は足を下ろして髪をかきあげた。少し怒ってるようにみえる。
「仕方がないよ。だってジャッキーはスーパーゾンビに噛まれたことないもん」
俺は目が点になった。
「スーパーゾンビ……?スーパーにいるゾンビか」
ずっと黙っていた眼鏡の中学生が突然イラだたしそうに吐き捨てる。
「この人に話す時って、全部一から説明しないといけないから、めんどくさっ!」
「しょうがないだろ君!そういう場だろこれ」
「もう察してよ!バカッ。彩奈さんが困るじゃない」
「ア……アホかっ」
彩奈は荒ぶる眼鏡の頭を後ろからポンポンと撫でた。
「私が話すから心配しないで澪ちゃん。疲れたならもうテントで寝ててもいいよ」
「彩奈さん……」
眼鏡は再び静かになった。
「ちょっと話が長くなるけどいい?」
「うん」
彩奈は語り始めた。彼女たちがスーパーゾンビと呼ぶ恐るべきゾンビの存在を……。
父島にいた俺は知ることがなかったのだが、ゾンビと言っても様々な種類があるという。稀に人語を解してみせる極めて生者に近いタイプのものがいるという。その中でも稀に……極めて稀に突然変異とも言える驚異的な身体能力を持つゾンビがいるのだという。
それを彩奈はスーパーゾンビと名付けた。
ゾンビの都となってしまった東京にも、スーパーゾンビは僅か5体しか存在しないという。その5体のゾンビをトランプのカードにならってエース・ジャック・クィーン・キング・ジョーカーとそれぞれ名前をつけているという。
不思議なことにスーパーゾンビはゾンビをも襲うらしい。それどころかゾンビをも餌にしてしまうのだという。
「マジかよ……。なんだそいつら。でも会話ができるんだろ?」
「そうね。でももう人じゃない。彼らはもう……ちょっと気持ちが通じない」
遠くを見る彩奈は何かを思い出している様子だった。
「先月にね。私は赤髪のジャックに遭遇しちゃったんだけど、ちょっと歯が立たなかった」
「君が?1対1で。嘘だろ」
コクリと彩奈は頷く。この子が勝てない相手ってには少し想像がつかない。
「でも一番厄介なのはたぶんジョーカー。アイツは最も危険なスーパーゾンビ」
彩奈は突然に制服のボタンを外しはじめる。
「え……。ちょっと君。急に着替えをはじめても……」
そして上着を脱ぐと俺に左肩を見るようにいった。
「いや……そんな」
と言ったものの目に入ってしまったのは、肩の傷だった。彩奈は再び上着を着ると俯いて、少し悲しげな表情を浮かべた。
「私の家族はね……。4月にジョーカーに襲われたの。そして私に傷をつけたスーパーゾンビも……そのジョーカー」