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超ゾンビバスター  作者: ぺんぺん草
天原降臨
62/64

西堂府中事業所での戦い

 『西堂』とは日本を代表する大手電機メーカーのことである。『西堂製品』のCMは、様々な番組でしょっちゅう茶の間に流れていたもので、俺もよく目にしていた。もちろん大崩壊によって会社組織は消滅してしまっているのだが、その巨大な施設は各地に残されたまま健在である。


 武蔵野線を挟んで、東京第5コロニーの隣にある巨大な工場群。その全てが、かつては『西堂府中事業所』と呼ばれていた西堂の遺構だ。


 80ヘクタール弱(東京ドーム約16個分)にも及ぶの広大な敷地の中に、20以上の巨大な工場施設が建ち並んでいる。中でも目立つのは巨大なエレベーター試験塔である。高さは160メートルにも達する塔で、府中市のランドマークタワーと言われていたものだ。


 一時は3万人を超える従業員達が働いていたわけだが、今となっては生きている者は誰もいない。防御壁もないので、大勢の人間の居住地としては適さなかったからだ。今は、キングが引き連れたゾンビ群衆の一部(2万体ぐらい)が自由に侵入している……。



挿絵(By みてみん)

⚫西堂事業所概略図



○○○


 猛然とゾンビを蹴散らしながら、広大なる死の廃墟を目指す男が1人いた。──ワイシャツ姿の大男──それは「神の鞭」のダメージから回復し、再び戦場に向かう佐藤さんだった。



──落雷のような轟音がしやがる。石見君が戦ってるのか。



 第5コロニーの塀の上に移動するや、そこから助走なしで大跳躍。武蔵野線の線路を埋め尽くしている膨大なゾンビ群衆を一気に飛び越えていく。



「邪魔だ!どいてろ」


「ギョヴァェ!」



 3体のゾンビを踏み潰して西堂の敷地に鮮やかに着地した。しかし事業所の状態に彼は絶句する。20以上あった巨大な工場建屋のほとんどが半壊しているのである。まともに残っているのは5つの工場施設と、巨大な試験塔ぐらいた。



「マジかよ……」



 地上では何千というゾンビが、原型を留めずバラバラになった状態で転がっていたのだ。手、足、頭、内蔵……バラバラだがそれぞれが動いている。この壊れた屍の海の中を、千体を超えるゾンビが彷徨っているのだから、異様極まりない。

 

 彼には破壊者の正体が既に分かっている。



──暴れやがって木下め。待ってろ石見君。



 轟音の発生源を目指し、屍の山を踏み越えて敷地内を進んでいく。ソーラーパネルの破片が散らばる芝生に出たところで、「何か」が彼に向かって急接近してきた。



「なっ!」



 それをかわそうと、とっさに彼は頭を下げる。その物体は頭上2メートル地点をあっという間に通過していった。



──なんだ今のは!



 振り返った佐藤さんが目にしたのは、俺に殴り飛ばされた木下の姿だった。



「ぐぁああああああああああっ!」



 叫び声をあげながら、まるで80cm列車砲から放たれた砲弾のように、異常な速度で吹っ飛んでいく木下。奴の体は横回転しながらブーメランのように進行方向を変えて、西側の工場建屋の1つに激突した。



──マジかよ!



 轟音とともに衝撃波は半球状に広がり、一帯に粉塵が飛び散っていく。佐藤さんは両腕をクロスさせて粉塵から顔をガードした。衝突の起きた建屋の壁は大きく破損し、見るも無残な建造物となっている。


 

「おお……」



 佐藤さんは木下の飛んできた南の方角を確認する。ラグビー場近くの工場の屋上で、顔面を腫らして叫ぶ男──つまり俺が立っていた。



 俺は口元から垂れ落ちる血も気にせず吼えていた。そして片手で勢いよくガッツポーズする。



「よし。死んだなアイツ!今度こそ死んだな。おい、死んだら返事しろよ近衛兵長」



 予想外の戦況に佐藤さんは呆然としている。



 敵の息の根を止めたことを確信した俺は、建物から飛び降りた。戦闘から解放されたと思った途端に、体がグラついた。自分ながらよく今まで木下と戦えていたもんだ。



「はぁ……はぁ……。手間取らせやがってあの猿野郎……こっちが死んじまうかと思ったぜ」



 我に返った佐藤さんは、思い出したかのように俺を呼ぶ。



「お……おーいっ!大丈夫か〜石見君」



 顎から垂れ落ちる血を拭うと、ようやく彼が来ていたことに気づいた。しかし最初に口から飛び出した言葉は愚痴だった。



「大丈夫じゃねーっ!どんだけ酷い目にあったか。なんだアノ野郎!」



 救援が遅かったことに涙目で怒っているのだが、それは彼も知った話ではない。



「だから加勢しにきてやったんじゃねーかっ!間に合わなかったのは、戦いを早々に終わらせちまったお前らが悪いっ」



 佐藤さんは、散らばっているゾンビの四肢や瓦礫をうまく避けながら俺のもとに駆けつける。



「でも生きてて良かった。君は結構な怪我をしてたから心配したんだぞ」


「ホント。なんで3連戦もやってんだ俺……」


「しかしどうなってんの君の体は。普通死ぬぜ。もしや本当に体がゾンビ化してるんじゃないのか?疑っちゃうぞ俺」


「してねーわいっ!顔面がめちゃ痛いんだぞっ」



 体は相当に疲れているが、彩奈の救出を終えないことには休めない。全くなんで俺はあんな余計な敵と戦ってたんだろうか?ジョーカーの手下だかなんだか知らないが……とんだイレギュラー野郎だった。



 一方、佐藤さんは俺がどうやって木下に勝ったのか気になる様子だ。



「しかし、よくアイツに勝てたなぁ。悪いけど、今の君じゃ勝ち目がないと思ってたわ」


「いや……酷かったです。語るも涙の状況ですよ」



 実に苦しい戦いだった。とても佐藤さんに伝えきれないほど……。敵は容赦なく謎の飛び道具『神の鞭』を使う。それもバカボンに登場する警官のように乱射する。そのせいでキングやクイーンとは別の意味で恐ろしい戦いとなった。

 


「アイツの手から何かがドーンと出るんだ。すると一帯はボーンだよ!そして建物もゾンビもグシャッ!ドーン!俺も巻き添えでドーン!分かるだろ?」



 身振り手振りで熱く戦況を伝える俺に、彼も深々と頷く。



「うむうむ。確かにズガーンで、ボンッだったな。どこであんな魔法を覚えてきたんだ、あの男。ま、死んじゃったのならもう関係ないか!」


「そうね。もう関係ねーや!あははは!ザマみろドーン男め」



 他者には理解しづらい阿呆な会話を交わしている我々だったが、これで十分に意思疎通できていた。



 とりあえず佐藤さんと再会したことで気持ちが楽になった。邪魔者を片付けたので、急いで第5コロニーに戻りたい。



 しかし疲れ切っていた俺は、不覚にも地面に座り込んでしまった。



「くっ……。マズい、こんなことしてる場合じゃ……」


「掴まれ、石見君」


「悪いな……」



 彼の伸ばした手に掴まって、俺はヨロヨロと立ち上がる。

 


「しかし大丈夫かよ石見くん。そんな体でこれから、どーしようってんだ?ちょっとは休んだ方がいいぞ」



 乱れる呼吸を整えるのにしばし時間がかかった。



「彩奈が……彩奈が大怪我してるんだ。だから行かなきゃ……」


「そ……そうだったな。彩奈さんがヤバイんだったな。一体何があったんだ?」



 確かに3分も休めれば違うのだろうが、それはできない。体に鞭打って、第5コロニーの方に向かうべく踵を返す。佐藤さんは俺の20メートルほど前を進み、邪魔になるゾンビを蹴飛ばして道を作っていく。




「そんなことがあったのか……。それで彩奈さんは今どこに?」


「クイーンが言ってたのは、確か浮島っていう場所なんだよ……。海の方だと思うんだ」


「沿岸かぁ。そいつはちょっと遠いかもしれ……」



 その瞬間だった。すでに半壊していた西側の工場建屋の上階が爆発四散したのは。粉塵の中から男が姿を現す。奴は額から血が流れ落ち「怒髪天を衝く」ような形相で睨んでいた。



 振り返った佐藤さんは叫ぶ。



「う……後ろだ!木下はまだピンピンしてるぞ」



 木下はまだ生きていた。上階の吹き飛んだ工場建屋の3階フロアから、俺たちを見下ろしている。呆れるほどに頑丈な野郎だ。



「……しつこい奴だな。もう明日にしろよ」



 もうウンザリしているが、疲れ切った体に再び気合を入れる。



「おいおい。まさかこの俺を相手に生きて帰れると思ってんじゃねえだろうなガキィ!」



 300メートルは離れた場所にいるにも関わらず奴の怒声が──耳元で叫ばれてるように──聞こえてくる。凄まじい声量だった。



「うるせぇな……。怒鳴るんじぇねーよ」


「グヒヒ……強がりやがって。お前も限界だろ?そろそろ楽にしてやるから喜べよ」



 思いの外、木下に余力が残っているようだ。


 

──くそっ。さっきビルまで追いかけてトドメを刺しときゃ良かったぜ。



「いい加減くたばりやがれぇぇぇ!」



 奴は手を刀印の形にして、斜めに振り下ろす。



──来る。



 木下の放つ『神の鞭』は直接は見えない。しかし空間を伝播する際に光を屈折させてしまうので、観測者には「景色の揺らぎ」として僅かに視認できる。いわば陽炎かげろうのようなものだ。


 つまり奴が『神の鞭』を放つと「景色の揺らぎ」が超高速で伝播していくことになるのである。この「揺らぎ」は球状だったり、三日月のような形状をしていたりする。その形状によって、物体に炸裂した際の反応の仕方が変わるらしい。


 だがこの怪異現象は透明度が高い上に恐ろしい速度で移動してしまう。したがって軌道を見極めるのは至難の業で事実上「見えない」代物だ。ただし俺を除けば!



──見えた!チッ、2発かよ。



 2つの「景色の揺らぎ」が俺に向かって猛接近しているのが分かる。今度はどちらも薄いV字型のようだ。そんなに大きくはないが、両方とも俺がよければ背後の第5コロニーに激突する軌道だった。



「どりゃぁっ!」



 俺の体を縦に引き裂こうと迫ってきた最初の『神の鞭』。これを肘打ちで軌道を変える。──触れてしまった肘から血が少し噴き出した。これは地面に激突し爆発とともに巨大なクレーターをつくることになる。



「うおおっ」



 佐藤さんは爆発の衝撃を避けるために、とっさに後ろに跳んだ。


 

 1発目を処理した直後に、もう1つの『神の鞭』が目の前に迫っていた。

 


「だりゃぁぁぁっ!」



 こいつの側面に蹴りを入れて、ボレーシュートの要領で弾き飛ばす。──泣きそうなほど足に痛みが走ったが。



 それは佐藤さんには予想できない行動だった。



「蹴りやがった!」



 一方の木下は目も見開き、その体を震わせている。



──う……嘘だろ!『神の鞭』の軌道を2つともずらしやがった。あ……あの一瞬で合わせにいくとは……。



 

 軌道を変化させた『神の鞭』は西堂の敷地を南へ抜けて、商業施設に向かっていく。同時に引き伸ばされるようにその長さを増していき、長さ3メートルほどのブーメラン形状となっていく。


 そして地上30階はあるオフィスビルに『神の鞭』は激突し、これを貫いた。いや「切断して突き抜けた」と言ったほうが正確か。


 驚くべきことに、この高層ビルはガラスを飛び散らせながら斜めに切断されてしまったのだ。まるで剣豪に試し切りされた巻藁のように。



 そして上階側(長さは50メートル程度だろう)は重力に引かれて、ゆっくりと地上に向かって滑り落ちていく。そして周囲の建造物を巻き込みながら崩壊してしまった。膨大な粉塵が巻き上がる。



 羊羹のように切れてしまったビルを前にして、佐藤さんも言葉が出てこない。



──なんて奴らだ……。木下の野郎も石見くんも、両方とも化物だぜ。



 木下はさらなる『神の鞭』を放つこともなく、呆然と立ち尽くす。



──あ……あのガキ、完全に見切ってやがる。しくじれば足を切断だぞ。執政官閣下の他にこんな芸当のできる奴がいるとは……!


 


 蹴った直後はそこまでじゃなかったが、だんだん脛の痛みが強まってきた。ズボンの裾をめくると大きな青あざができている。だが泣き叫びたいのをぐっと堪えて余裕をみせねばならない。



「ビルを切断ってどうなってんだよ近衛兵長さんよ。ウルトラセブンのアイスラッガーみてえな技使いやがって。さてはお前、地球人じゃねえな」



 近衛兵長は仰け反るような態勢のまま、体を震わせている。



「お……お前は……何者だ。どのコロニーから来やがった。どいつから感染した。本当に人間なのか」



──随分と遠い場所から、たくさん聞いてきやがって。



「石見蒼汰だ。覚えとけ!」



 次の刹那、300メートルの距離を詰める。既に力を使い果たしつつあった木下には、これを避ける余力が残っていない。



──だめだ、間に合わん!



 猛烈な飛び蹴りが奴の体に決まる。しかし恐ろしい反射神経を持った木下は、これをとっさに前腕をクロスさせてガードしてしまう。だが持ちこたえられず、そのまま西堂事業所の果てまで吹っ飛んでいく。



「ぐぎゃあああああ!」



 だが奴を蹴り飛ばした後で、俺はバカ正直に答えたことをいたく後悔していた。



──別に本名を名乗る必要はなかったじゃねーかっ!

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