表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超ゾンビバスター  作者: ぺんぺん草
天原降臨
61/64

体育館にて

 強固な塀を破壊された結果、ゾンビの侵入を許してしまった東京第5コロニー。しかし幾ばくかの幸運と、俺と佐藤さんの奮闘により、最大の避難所となった体育館は壊滅を回避できていた。


 今は老若男女200人以上が、ただ静かに神の慈悲を待っている……。



○○○



 小地震が頻発し、その度に体育館は揺れる。体感では震度3ぐらいの地震が続いているだろう。既に大穴の空いてしまっている体育館の天井は、本来の強度とは程遠く脆い。地震による揺れはもちろん、風が強まるだけでも天井板は落下してくる。


 住民達は落下物をさけるために壁際に移動しているが、そこも安全地帯とは言い切れなかった。そして時に、大きく揺れる。



「きゃああっ!」


 

 強い揺れが発生すると、梁の一部、ボルト、天井板が崩れ落ちてしまう。それらがフロアに激しくぶつかり、悲鳴が上がる。



「おいおい……建物は持つのかよ……」



 避難民達の精神は疲弊し、恐怖は極限に達していた。だが彼らはこの地震を引き起こしている犯人──すなわち第10コロニーの近衛兵長──の存在すらまだ知らない。


 確かにギャラリー(通路)に上がれば、窓から外の様子も分かる。(もっとも瓦礫の山でかなり視界は限定されるが)


 ところがギャラリーに立つ者がいたならば、彼はキング、クイーン、木下の放った『神の鞭』により窓ガラスごと吹き飛ばされ、フロアにまで落下して大怪我を負うのがオチだった。そのため今はもう誰もギャラリーに上がろうとはしない……。


 つまり誰も外の状況を知ることができていなかった。



「また揺れた」



 そう呟いたのは13歳の少女だった。彼女は落下物を避けてギャラリー下に避難した住民たちの1人で、一緒にいる身重の母親が心配だった。



──神様。どうかお母さんと、お腹の子をお守りください。



彼女にできることは母親の手を握りながら、神に祈ることだけ。



「お母さん、大丈夫?」


「うん……。大丈夫よ玲奈れな



 笑顔で返事した母の顔は青ざめている。やはり具合が悪いらしい。その手が汗で滲んでいるのが心配だった。



 少女は緊張と不安に耐えかねて、思わず背を壁にもたれてしまう。しかし今度は背中に強い衝撃が伝わる。ゾンビ達が激しく壁を叩いているのだ。



──きゃっ!



 今にも背中を掴まれそうな気がして、慌てて壁から体を離した。そして不意に、この体育館に現れた男のことを羨ましく思う。



──あの人だったら、お母さんを助けられるのかな。


 

 斧を持って屋根から飛び出していった男は、ゾンビの王に戦いを挑むつもりらしかった。男がゾンビの王を倒しなたならば、きっと自分たちは助かるだろう。しかし少女はかぶりを振る。

 


──こんな地震を引き起こす相手に、1人で勝てるはずかない。



 この母子のそばには老人のグループが座り込んでいる。彼らは迫り来るゾンビの恐怖を前にして、数珠を握りながら、不吉な妄想を語り合っている。



「恐ろしい地震だ。きっと巨大なゾンビの王が建物を壊して回ってるのだろう……。次はここかもしれん」


「まだ敵が直接来てくれた方がいい。トラックをここに投げ込んでくるかもしれと思うと、体の震えが止まらんわ」


「さきほど講堂から激しい悲鳴が聞こえてきとったが、ワシらもじきにああなるんじゃろう。いよいよ現世とお別れじゃな。運良く殺されずに済んでも感染して死ぬしな」



 耳に入ってくる恐怖の言葉に、たまらず耳を手で塞ぐ。少女は叫んだ。



「やめてよ!もしかしたら……ゾンビの王だって諦めて帰っちゃうかもしれないじゃない。きっとそうだよ!」


「そうじゃな。そうじゃと……いいのう」



 少女の気持ちが通じたのか、老人達は黙って念仏を唱えはじめる。


 とにかく住民たちは、楓さんがここから去った後、なんの情報も得ていなかった。デジタル簡易無線機トランシーバーを使って他の建物の避難民と交信ができていたのであるが、それは大型トラックが天井から落下してきた際に、失われてしまっていたのである。



──トランシーバーが使えるなら、大神子様や守備隊と連絡が取れるのに。


 

 少女はそう考えた。



 無線機が床下に消えてしまったことは皆にも分かっていのだが、天変地異レベルの衝撃が頻発してしまう状況なので、悠長に探し出して拾い上げる余裕がない。しかし……。



──でも、このまま死んじゃうなんて嫌だ!



 少女は1人、無線機を回収することを決意する。



「おじさん、そこのモップ貸して!」


「え……これかい?」



 近くの住民からモップを借り受けると、少女は人混みを抜けて進んでいく。



「な……何やってるの!戻りなさい玲奈れな!」



 母親の制止する声が聞こえるが、少女はそのままフロア中央部目指して危険な領域を進む。


 ガラス破片だらけのフロアを超えて、血の痕跡が生々しく残るトラックの落下地点にたどり着いた。しかし再び地震が発生し、天井から建材の一部が落下する。しかし幸いにして少女から2メートル離れた場所に落ちた。



「ヒャッ!」



──今のが頭に当たったら大怪我だったよ。



 母親が慌てて少女を追いかけようとするが、周囲の男たちに引き止められてしまう。男たちは母親に代わって叫んだ。



「おいっ!危ないぞ娘っ子、そっちには行くな!はやく戻ってこい」



 安全ヘルメットをかぶった男が、少女を引き戻そうとフロアをノシノシと進む。しかしガラス片で足が滑って転んでしまう。



「あだっ」



 はやくしないと怪我をするか、大人たちに連れ戻されるだろう。少女は大急ぎで、床穴に飛び込んだ。



──うわっ……。ひどい。



 床下は彼女が想像していたよりも悲惨な状態だった。トラックの破片、人間の肉片、服の切れ端、割れた床板が散乱している。しかし怯むことなく目的のもの(無線機)を探しだした。



──あった!



 だが奥まった場所にあり、手だけでは届かない。しかし少女はモップの柄を無線機ホルダーの紐に引っかけて、上手に回収してみせた。すぐに床上に上がると壁際を目指して走る。母親が必死に手招きした。



「何やってるのよ!危ないでしょ、バカっ!」


「ごめん!お母さん。これを取ってきたくて」



 少女は無線機ホルダーを掲げた。



 母親や大人たちは少女を叱るつもりだったが、彼女が回収してきたものが無線機だと分かると俄に興味を持った。



「潰されてなかったから、まだ使えると思うんだけど……」



 血のついたホルダーを投げ捨てると、トランシーバーを取り出す。さっそく少女は誠心寮に残っているはずの守備隊に呼びかけた。



「応答して!一体なにが起きているの」



 大人たちも、彼女を囲んでトランシーバーの反応に聞き耳を立てる。ここでポロシャツの爺さんが余計なことを呟く。



「守備隊なんてもう全滅してるかもしれんよ……」



 少女はそれを無視し、目をつむって耳を澄ます。



──お願い。誰か返事して。



 すると『ガガッ』という音がする。反応が返ってきたので皆の顔に安堵の表情が浮かんだ。何やら声がするのだが音が小さい。トランシーバーから漏れる声は、少女しか聞き取れないほどの大きさだった。



「うそ……」



 お団子頭のお婆さんが少女の顔を覗き込んで尋ねる。



「ど……どうだったのさ玲奈ちゃん!大神子様は無事だったかい?」



 少女は頷く。そして全員に聞こえるよう大声で返事をした。



「聞いてみんな!それが……巨大なゾンビの王はもう死んだって」



 その一報に、館内全体がどよめいた。



「う……嘘だろ!」


「じゃあこの地震はなんなんだ」



 生存の希望に突き動かされ50人近い人々が、母子の周囲を囲みはじめる。皆が少女と守備隊の交信に聞き耳を立てようとしているのだ。皆に注目されながら、彼女は守備隊との交信を続ける。



「……近衛兵長がここに来てる!?第10コロニーの?」



 少女の口から出たその言葉に、大人たちは驚く。



「近衛兵長!?誰なの、そいつ」


「天原の側近の木下のことだ。ゾンビの王にも匹敵する恐ろしい男らしい」



 木下はかなり有名な男らしく、避難民達の中にも奴についての情報を知っているものが何人かいるようだ。



「レインボーブリッジを粉々にしたのは、木下らしいぜ。第7コロニーの奴らは現場をみたらしい」


「でも小杉さんの知り合いじゃなかったか?機動隊にいた頃の同僚だったとか……。俺はここで一度だけ木下を見たぞ」



 各々が話する中、ポロシャツの爺さんが余計なことを呟く。当然な疑問ではあるのだが……。



「まさか木下という男がゾンビの王を倒したのか?」



 住民達はその可能性が十分に高いことを理解していた。しかし少女が、その問いを即座に否定する。



「違うわ。ゾンビの王を倒したのは……さっきの人だって。楓様が謝ってた人」


「な……なんだって!」



 住民たちは驚いて互いに顔を見合わせる。


 そんな中……壁に額を押しけて自分の存在を必死に消そうとしている者が約一名。それは俺に銃を突きつけた巨漢のオッサンだった。



──そんなの嘘でしょ。後であの青年にぶっ殺されちゃうぞ俺のバカ。それでなくても皆の目が厳しいのに……。これじゃ助かっても助からないじゃないか。神様タスケテくれぇ。



 そんなオッサンの絶望など知らず、住民たちは声をあげて歓喜する。



「す……すげぇヤツだな!本当に倒したのかよ……。俺はてっきり逃げちまったんだと……」


「もしかしたら我々は助かるんじゃないですかね!それじゃあ残るは外のゾンビだけでしょう」


「あの青年なら勝てると思ってましたよ〜。トラックを持ち上げちゃうんだから」


「ずいぶん調子いいな貴方。あはは愉快だ」




 だが再び体育館は大きく揺れ、恐怖でいっぺんに静まり返る。



「じゃあこの揺れはなんだってのさ……」



 すぐにトランシーバーから守備隊のくぐもった声が返ってきた。それを注意深く聞き取り、少女は答えを皆に教える。



「この揺れは、あの人が近衛兵長と戦ってる衝撃だって。木下達はここを潰そうとしているから」



 住民たちは混乱した。



「え!?どういうことなんだ……」


「おいおい……木下の奴はここになんの恨みがあるんだ。アイツはだって一度ここに……」




 母親が娘に尋ねる。



「玲奈。あの人は勝てるのかしら。ゾンビの王と戦ったばかりでしょ……」


「分からないの。大神子様の見立てじゃ、近衛兵長は以前よりもずっと強くなってるの……。それに強い敵はもう1人いるんだって」




 館内の興奮はすっかり消し飛んでしまった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ