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超ゾンビバスター  作者: ぺんぺん草
天原降臨
59/64

瀕死の男_(꒪ཀ꒪」∠)

東京第5コロニー

挿絵(By みてみん)


 灰色の塀の傍で死体のように倒れていた俺は、木下の放った『神の鞭』による轟音と振動で意識を取り戻す。すぐに足の上に乗っかっていた重たい瓦礫をどけて立ち上がった。どうやら場所には恵まれていたらしい。ゾンビ達は上手く瓦礫に阻まれここまでこれなかったようだ。



「ぐっ……」



 膝が笑っている。あまり調子はよろしくない。あたりを見渡してみるとクイーンの姿はどこにもなかった。仇を討ってやりたがったが、あの女の相手をしている時間はもはやない。俺は一刻も早く彩奈を見つけ出さねばならないのだ。


 だがアイツ……一体どこにいる?



○○○



 金属工場の屋根に突如として出現した男に3人は驚いていた。佐藤さんも状況を理解するのに少しばかり時間を要した。



「なっ……」



 その男の顔面は血だらけで体もフラフラしていたので、最初は何かの間違いで落下してきたゾンビだと思われたに違いない。



「石見君か!」



 ようやく正体に気づいた佐藤さんは、ふらつく俺の体を支えようと肩に手を伸ばした。だが肩の部分も血に染まっているので、倒れないよう手を添えることしかできなかった。



「お……お前、そんな酷い怪我でここまで来たのか!動いちゃだめだろ」



 彼が心配するのも当然の怪我だった。しかし彩奈の顔を見るまでは、ジッと寝てる方がよほど辛かった。



「気に……すんな。それより浮島の……場所を……。そこに彩奈がいるんだ。早く助けないとアイツが死んじまう」



 俺はまるで血の涙を流して迫るゾンビのようだった。



「な……何を言ってんだお前。死にかけなのは自分の方だろ!とりあえずそこで横になってな。彩奈さんのことは俺に任せとけ」



 しかし佐藤さんには分かっていた。このままでは近衛兵達の妨害を突破することは著しく困難であることを。



○○○



 第5コロニーの守備隊員達は、誠心寮の屋上の柵から身を乗り出して戦いの推移を見守っている。先は仲間の胸ぐらを掴むほどに混乱していた男も、今は釘付けになって我々を見つめていた。



「おかしいな……俺の目の錯覚か?向こうに4人いるぜ」


 

 何度も目を擦ったが、やはり薄グレー色の屋根の上には4人いる。隣の遠藤は、折りたたみ式のオペラグラスをポケットから取り出して確認した。

 


「違うぞ。錯覚なんかじゃない。一人増えてる!」


「だ……だよな!それじゃあ、あの新しく出てきた男は敵なのか?それとも味方なのか?」


「そう言えば体育館の屋根にも近衛兵がいたはずだ。アイツが加わったのかもしれん。そうなると3対1になる!」



 しかし小杉さんだけは男の正体に勘づいている。



「ゲホッ。落ち着け……お前たち。そいつを貸せ遠藤……」


「あ……はいっ!」



 遠藤からオペラグラスを受け取ると、震える手で4人目の男を確認する。



「やはりあれは……石見殿だ!」


「ほ……本当ですか!?」


 

 部下達はその言葉に歓喜した。興奮した斉木青年は腕を振り上げようとした。しかし小杉さんに肩を貸しているので控えめに右手だけで小さくガッツポーズをすることになる。

  


「す……すげぇ!本当に生き残ってたんですね、あの人。俺はてっきり死んだとばかり!」


「お……俺にも確認させてください隊長!」



 部下達の各々がオペラグラスで確認すると、一巡して再び遠藤の番になった。しかし楽観できない。



「味方だったんだな……だがあんな酷い怪我じゃ、すぐに木下に殺されちまうぞ!」



○○○



 最初こそ警戒していた近衛兵達だったが、すぐに侮りはじめる。何しろ乱入してきた男は真っ直ぐに立つことすらままならかったからだ。モヒカン男は俺を敵に値しない雑魚だと見定め、ほくそ笑む。


 

──新手のスーパーゾンビでも混ざってきたのかと思やぁ……ただの怪我人じゃねえか。驚かせやがって。



 さっそく横柄な態度で俺達に絡みはじめる。



「なんだよ、その汚ぇ小僧は?ゾンビか」



 しかし佐藤さんは構わずに、楓さんについて語った。



「落ち着いて聞けよ石見君。ここにはスゲェ名ドクターがいるんだ。俺も重傷だったが、そいつに体を治してもらったんだ。だから君も治してもらえばいい……と思ったけれど、アイツもう意識ねえんだったな。参った……どうしよう」


「はぁ……はぁ……。マジ?だったら彩奈も助けられるかもしれん……」



 一番厄介な敵である近衛兵長は襲ってくるでもなく、腕組みしながらニヤニヤと笑って俺達を見ている。だがしばらくすると俺達に代わって会田に返事をした。



「いやいや会田君。彼は人間のようだよ。デカブツ君の話ぶりから察するに、小杉の言う例の変異体だろう。つまり第5コロニーの弱小救世主様が向こうから来てくれたわけだ」



 モヒカン男の表情が緊迫したものに変わる。



「し……しかし木下さん。そうなると俺たちヤバくないすか!?あの小僧は海王を倒すほどの化物ってことになります。俺達の方が殺されちまいますぜ」


「確かにな。俺たちも、こっからは命がけの戦いになる……」


 

 しかしそれはとんだ猿芝居だった。連中は顔を見合わせると、同時に笑い始める。



「プッ……ブハハハハッ!」


「ウヒャヒャヒャッ」



 佐藤さんは俺に代わって近衛兵達を怒鳴りつけた。



「何がおかしいんだ!テメェら」



 俺を指さし、会田は腹を抱えて笑い続ける。



「フヒヒ……あんまり笑わせんなよ。そのガキが秘密兵器だったのか?ズタボロの雑巾みてぇな小僧じゃねえか。アハハハハハ!」



 海王が俺に負けたという話を全く信じていない様子である。もっともこのザマでは説得力はない。どうみても負けたツラだと解釈するのが自然だろう。



「ぜぇ……ぜぇ……。ちょっと苦しいから、肩かしてくれ」


「お……おいおい」



 俺は佐藤さんの肩に手を乗せ、やっとのことで姿勢を安定させることができた。 薄いグレーのトタン屋根は、俺の額から垂れ落ちる血で赤く染まっていく。 佐藤さんの気持ちは焦る。



──ちくしょう!今の石見君じゃ殺されちまうぜ。まずは彼を別の場所に移したいところだが木下に妨害されるのがオチだ。なんとか隙を作って……


 

 少し離れた場所から大きな音がした。それは注意を引くために会田が屋根を蹴って破壊した音だった。



「オイ。そこの死にかけの小僧。木下さんからお前に大事なお話があるから聞いてチョ」



 顔を上げると、人相の悪いスーツ姿の2人組が立っていたことに気づく。(意識が朦朧としていたせいで、連中の存在にずっと気づいていなかった)その一人の瞳は黄色く輝いている。この2人が只者ではないことは一目瞭然だった。



「はぁ……はぁ……。なんだアイツら?人間か」


「かろうじて人間ってところだな。しかし残念ながら敵だよ。何しろジョーカーの仲間だからな」


「え?なんで人間がスーパーゾンビの仲間なんだ……」



 佐藤さんは色々と説明したかったのだが、今は最低限の情報しか伝えることしかできない。



「それは分からん……。ただどっちも俺たちと同じように感染してるから強ぇーぞ。特に背の低いオッサンの方はヤバイぜ。俺の見立てじゃキング並の強さだ。いや、それ以上かもしれん」


「う……嘘だろ!?アイツがキング以上?」


「ああ。あんなチビっこい奴なのに妙な大技使いやがった。隣の工場を破壊したのもコイツだよ」



 俄には信じられない。10メートルほど先にいるサル顔の小男が、キング以上の化物だなんて。


 奴は片手で赤いネクタイの位置を直しながら俺に向きあう。



「ご紹介に与った第10コロニーの近衛兵長の木下様だ。状況はだいたい理解できたな?さっそくで悪いが用件に入らせてもらう。我々は変異体を集めているんだ。お前も俺達の仲間に加わり天原様に従うがいい。20秒だけ待ってやる。時間内に臣従しなければ隣のバカと仲良く地獄行きだ」



 確かに奴の態度はキングに引けを取らない横柄さである。佐藤さんを前にしてもこの調子とは、よほど腕に自信を持っているのだろう。 それは後ろのモヒカン男も同様だ。



「俺達に感謝した方がいいぞ〜。天原様に従うとさえ言えば、お前なんぞにも生存のチャンスが与えられるのだからな。よく考えて返事しろ」



 佐藤さんの言った通りだった。奴らも俺も同じく、数少ない生存者の、数少ない免疫獲得者同士だというのに。実に残念な野郎どもだった……。



「はぁ……はぁ……。死にたくなきゃ黙れ。それどころじゃねえんだ」



 手下の会田はニヤニヤしながらパキパキと指の骨を鳴らす。



「なかなか威勢のいいガキですね。俺がトドメ刺しときましょうか?」



 左腕の腕時計を見ながら黙って頷く木下。奴は約束の20秒を待たずに結論を下す。



「そうだな。こんな死にかけのガキを仲間にしたところで閣下にご迷惑だろう。会田、ガキの方はお前が殺してしまえ」


「へへへ。それじゃあ殺っときます」



 次の刹那、会田は俺の目の前に迫っていた。



「オラァ!ゾンビ達に餌のプレゼントだぁ!」



 あっという間に15メートル近い距離を詰めた会田は、大ぶりの右フックの態勢に入る。怪我している俺に襲いかかったことに、佐藤さんは怒った。



──この野郎!



 すかさず彼は長い足で、巨漢の腹を蹴ろうとする。だがそれが奴の体に到達することはない。



──えっ!


 

 なぜならば会田は既に俺にふっ飛ばされていたからだ。


 ヤツの体は宙に吹き飛び、激しく回転しながら鼻血を垂らして、隣の工場跡に激しく激突した。



「ぶっ……ぶえええええぇっ!」



 奴は仰向けに倒れたまま、鼻から血を流して呻いていた。 そして何故に自分が地上にいるのか理解できない。



「ゲホッゲホッ……。な……何が起きたんだぁ……」



 佐藤さんも仰天している。



──はっ……速ぇぇ!こ、この俺がまるで動きを捉えられなかった。一体どうなってんだ!



 しかし近衛兵長の木下だけは違っていた。



「裏拳の一発で会田を沈めやがったか。油断しやがってバカが……」



 この男だけには俺の動きの全てがクリアに見えていた。奴の言うように、俺は左の裏拳で会田の頬を殴り飛ばしていたのである。(ただし海王の時のように、敵の頭を破裂させるほどに力は込めなかったが)


 俺は敵に対して最後の警告をした。



「よく聞けよ……オッサン。同じ人間のよしみでモヒカンは加減してやった。だが次からは容赦しねえぞ。テメェら来るなら死ぬ気で来い……」



不本意だが、こっから先は殺し合いになる。できれば避けたいが、向こうがその気であるならやむを得ない。



 だが二十歳に満たない若造に警告され、近衛兵長の目の底に強い憎悪の光が宿る。



「死にかけってのは芝居かよ。まったく舐めてくれやがってガキどもがよ……」



 やはり木下に引きつもりはないようだ。しんどかったが俺はようやく佐藤さんの肩から手を離すことにした。



「はぁ……はぁ……。ありがとう佐藤さん。ちょっと楽になったからもう大丈夫……」


「お……おい!」


 

 とりあえず1対2という数的不利だったのが、2対1へと逆転した。これは佐藤さんにとって歓迎すべき変化である。



「よく分かんねえけど君は元気なんだな。よっしゃ!あとは2人でチビのオッサンを倒せば終わりだ」


「そうだな……。早いとこ片づけちまおうぜ」



 しかしそうは問屋が卸さない。木下は俺達の想像より、ずっと厄介な男だった。




「おい佐藤とかいうデカブツ。お前は邪魔だからちょいと、どっか消えてろ」


「はぁ?なんだって」



 木下がゆっくりと手を伸ばし、佐藤さんに掌を向ける。次の瞬間、15メートルは離れていたはずの佐藤さんの体がドンッと後ろにふっ飛ばされてしまった。



「ぐああっ!」



 それは例の『神の鞭』という技である。木下は狭い範囲に的を絞って撃ったので、先程とは異なり佐藤さんが屋根から地上へと弾き飛ばされただけの格好となる。



「さ……佐藤さん!」



 ───突然に佐藤さんが『見えない機関車』のようなものに跳ね飛ばされた───あまりのことに理解が全く追いつかず、俺は動転する。この間隙をついて木下は襲いかかってくる。



「ゲハハ!どこ見てやるんだクソガキ!お前の相手はこの俺……」



 だが次の刹那、奴は俺の足元で片膝をつくことになる。



「ぐ……ぐぉぉぉぉ。」



 苦悶の表情で鼻に手を当て、こぼれ落ちる鼻血を必死に押さえている。



──こっ……この小僧マジか……。なんて強さだ。



 勢いよく飛びかかってきた木下は、俺を殴ろうと左のストレートパンチを繰り出した。しかし奴の拳が届く前に俺は蹴りを顔面に入れる。ところが咄嗟に奴は右の掌で顔防御していたのだ。とはいえ蹴りの勢いを殺すことはできず、手の甲が顔面に衝突。奴は体勢を崩すに至る。


 そして鼻血をポタポタと垂れ流して片膝をつくことになってしまった。これがあの時の俺達の動きだった。



俺は木下を無視して、屋根の縁に移動する。



「佐藤さん!」



 地上に目をやるとゾンビの海の中で、佐藤さんの元気に起き上がっている姿が確認できた。



「おお……。タフだな佐藤さん。気のせいか?あの人、なんか強くなってねーか」



 振り返ると木下は既に立ち上がっている。


 こいつは意外だった。何しろ俺は……警告通り、全身全霊で蹴りを入れたからだ。


 海王の頭でさえ一発で粉々に打ち砕いた俺の攻撃を、マトモに食らっても立ちやがるとは……。確かに海王よりも強いのかもしれん。

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