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超ゾンビバスター  作者: ぺんぺん草
天原降臨
58/64

神の鞭

挿絵(By みてみん)

東京第5コロニー



 佐藤さんは金属工場と呼ばれる建屋の上に陣取っている。かつてはこの施設で受刑者達による金属製品の加工溶接等の作業が行われていた。元々刑務所であった東京第5コロニーの北側区域には、このような工場建屋が二列になって並んでいるのである。


 しかしこういった工場群はゾンビ襲来の際には全て放棄されてしまうことになっていた(窓を塞ぐのに必要な資材は全て他の施設に回さなければならなかったのだ)。従ってこの広い区画にいる生存者はただ一人、佐藤さんのみである。



○○○



 近衛兵達めがけてブロック片を豪速球で投げつけた佐藤さんは、トタン葺きの屋根の上から敵を挑発した。



「どしたぁ!ビビってこっちに来れねえのか」


「あ……あの野郎、ふざけやがってぇぇぇ!」



 佐藤さんの挑発に怒り心頭の会田。勢いよく走り出し、誠心寮の屋上フェンスを蹴って一気に跳躍する。目標まで100メートルは離れているのだが、奴のスピードならば地上を経由する必要すらない。重量級の体格でありながら、空中を滑空するムササビのように自由に空を飛翔してみせる。



「じゃあな〜小杉ちゃん。俺も向こうにいくわ」



 柵の外に立つと、木下もモヒカン男を追うように誠心寮から跳ぶ。驚くべきことに奴は初速で遷音速せんおんそくに達しており、戦闘機のように空を切り裂いて進む。会田の軌跡が緩い放物線だとしたら、木下はほぼ直線だ。


 会田は木下に追い越されてしまった。



「う……うおっ!木下さん!」



 その際に会田は乱気流に巻き込まれてしまう。そしてバランスを崩してあえなく地上に落下した。



「ぐえっ!」



  一方の木下は手前の木工工場の屋根で鮮やかに勢いを殺すと、金属工場の屋根に軽やかに着地してみせる。しかも片手は背広のポケットに突っ込んだままだ。



「よう。ここでやんのか?足場わりーぞ」



 敵の桁外れの運動能力には、さすがの佐藤さんも驚嘆せざるを得ない。



『一瞬で来やがった……石見君より速えな』



 しかし木下はすぐに戦おうとはしなかった。



「まぁ結局は俺がテメーを殺す予定なんだけどさ。会田君が頭に来てるみてぇだから、ちょっとだけ彼に付き合ってやってくれよ」



 ちょうどそのタイミングで巨漢の会田が現れる。トタン屋根に穴を空けそうな重々しい着地だ。 背広の肩がかなり傷んでしまっているのは、さきほど地上に落下したためだろう。



「遅いぞ会田。さっさとやれ」


「グヒヒ。待たせたなぁ。舐めたマネしやがって……じっくり殺してやるぜぇぇ!」



 拳を振り上げた会田はすぐさま突撃してきた。



「へっ。懲りねえ野郎だな!」



 だが敵を迎え撃とうとしたその時、突如として大きなH形鋼が2人の間に落ちてくる。 さすがの2人もとっさに後ろに下がった。



「なっ……!」


「うわぁっ。なんですか、木下さんこりゃぁ」



 長さ5メートルに及ぶ鉄骨は屋根を貫き、金属工場に突き刺さる。近衛兵長の木下は、動揺することなく落下物の発生元を特定した。



「向こうの戦いが激化しているようだな……。まぁ、多くは飛んでこねーから安心しろ」



 次は体育館の傍らに、コンクリート製の巨大な壁が落下していく。



「ヴィィィィィィッ!」



 人肉求めて押し寄せていた屍達の内、20体ほどがその下敷きとなった。 これらの瓦礫や鉄骨を撒き散らした犯人は、コロニーの外で発生した巨大竜巻であった。



「な……なんだあれは!」



 佐藤さんはその正体を知らなかったのだが、近衛兵達はそれが芽衣の生み出す『血の旋風』による仕業だと分かっていた。



 モヒカン男の大きな体は自然と震える。



「す……すげぇ……。あれが芽衣かよ。斥候部隊が消し飛んじまうわけだ……」



 しかし木下に動じる様子はない。両手をポケットに突っ込んだまま、薄ら笑いを浮かべたままだ。



「ククク……。大した能力ではない。あの程度ではとても執政官閣下には通用せんだろう」



 佐藤さんにはとても信じられない話だったが、近衛兵達がわざわざ嘘を言っているようにも思えなかった。



『あの竜巻もスーパーゾンビの仕業ってマジかよ!しかし肝心の連中の姿はどこに消えた?コロニーにはいないぞ』



  ポケットから単眼鏡を取り出した会田は、すばやく庁舎方向に向けて覗き込んだ。



「木下さん。閣下も移動されました!さらに南の方角に向かっておられるようです」


「む……競馬場の方角か。いつ招集の合図がかかるか分からんから、お前も注意しろ」


「はっ!」



 危険な巨大竜巻は細くなり、次第に消失してしまう。ジョーカーとクイーンは他の場所を決戦の舞台に選んだようだ。



 『連中の姿が遠ざかっている。石見くんを救うには今しかない!』



 目の前の近衛兵達に気づかれないよう、必死に俺の姿を探すものの不審な様子はすぐに木下に察知されてしまった。



「どしたぁ。何を目を泳がせてやがる。中断時間はもう終わりだぜ?」


「う……うっせぇ。クイーンを生でみたことねぇから探してんだよ」



 苦しい言い訳で時間を稼いでも、やはり発見できそうになかった。何しろ金属工場から200メートルは離れた東塀付近で俺は倒れていたからだ。ウジャウジャと蠢く死人達と、雑然と散らばる瓦礫がより一層探索を難しくしてしまう。


 しかし今日の彼の勘は冴えていた。ヤマを張って探した場所で、俺の姿を見つけ出したのだ。



『アイツ!あんなところにいやがった!』



 すぐさま跳ぼうとしたのだが、気づくと脇腹に木下の靴がめり込でいる。一瞬で距離を詰めてきた木下によって彼は40メートルは離れた隣の印刷工場の屋根まで吹っ飛ばされてしまっていた。



「くっ!」



 倒れた佐藤さんに向かって近衛兵長は警告する。



「 逃すと思うか?」



 激しく吹っ飛ばされたものの、大きなダメージない。彼はすっくと起き上がってみせる。



「ゲホッ……。やっぱこのバカどもを先に片付けねえと無理か……」





○○○



 塔屋の扉が開き、中から3人の男達が飛び出してくる。彼らは小杉さんの悲鳴を聞いて駆けつけてきた守備隊員達だ。その1人は佐藤さんの回復を見届けた斉木青年である。他2人の年齢は30代ぐらいであろう。




「だ……大丈夫ですか小杉さん!」



 斉木が近づくと守備隊長の体は力が抜けて崩れ落ちてしまった。慌てて彼は肩を貸して小杉さんの体を支える。



「す……すまん。俺一人に任せろと言っておいたのに……結局、余計な手間をかけさせたな」


「血だらけじゃないですか。一体屋上で何が?」


「ゲボッ。天原の近衛兵達だ。あまりにも強すぎる……」


「こ……近衛兵どもが!」



 その言葉を聞いた隊員達の顔は青ざめた。困惑して頭をかきむしる者もいる。



「第10コロニーのトップの奴らじゃねえか。なんであんな奴らまで……」


「落ち着け遠藤!天原の手下だ。当然奴らも来るさ」


「ゾンビの王だけじゃ足らずに次から次と!」



 取り乱したその男は、仲間の服を掴んで迫る。



「で……でも連中だって人間だろ?降伏すれば味方になってくれるんじゃないのか!?」


「バカ言え……。あんな人殺しどもに降伏なんてできるか!」



 2人の言い争いをよそに、斉木だけは工場地区の方角に目を向けていた。佐藤さんと2人の男が相対している様子が伺える。



「ア……アイツらが天原の近衛兵か。この目で見るのは初めてだ……」



○○○


 佐藤さんは決着をつけるべく金属工場に着地する。すると木下はチラリと誠心寮の屋上に目をやり、守備隊員達が増えているのを確認した。



「よーし。向こうでギャラリーも揃ったようだな~。それでは、ボチボチはじめますかぁ。会田は下がれ」


「はっ!」



 奴はようやくポケットから手を抜いた。


 

「第10コロニーの近衛兵長を前にして、その辺の変異体ごときは雑魚に過ぎないということを連中にも見せつけてやらんとな。我々に従わなかったことを、死の間際に後悔させてあげよう……」



 邪悪な笑みを浮かべる木下。しかし佐藤さんは軽く受け流した。

 


「あっそう……」


「しかし単にお前を殴り殺したんじゃ〜ショータイムにならないだろ?というわけで『神の鞭』で葬ってやるから感謝しろよ」



 敵の口から出た『神の鞭』という謎めいたワード。本来は古代ヨーロッパ人達を震え上がらせたアッティラ王を指す言葉なのであるが、今はその意味ではないようだ。



「もっとも海王の後じゃ新鮮味に欠けますかな……フヒヒ」



 彼にはそれが何なのか全く想像がつかない。



『カミノムチ?な……なんだ!?本格的にやべー事言い出したなコイツ』



 戸惑っている佐藤さんをよそに、モヒカン男は野次る。



「木下さーん。そんな1発で片付けちゃ俺のストレスが解消されないっスよ~」



 敵の瞳は再び輝きはじめ、否が応でも佐藤さんの緊張は高まる。



「いいか?赤髪ゾンビや白髭ゾンビとは異なり、海王はただのスーパーゾンビではない。それ故に執政官閣下も奴に一目置いていたのだ。だから閣下は俺に討伐を任された」


「今更、海王の話かよ。唐突だなオイ」



 急な話であるが、佐藤さんも海王の強さについては同意せざるを得ない。しかし木下の真意は別にあった。



「奴がただの馬鹿力な怪物ではないことは、お前も戦って十分に分かっただろう」


「馬鹿力どころじゃねーだろアイツは……」


「そうだな。しかし奴の身体能力などはさほど重要な問題ではない。たとえアイツが戦艦を投げ飛ばしたところで物の数ではないのだ。重要なのは海王が『偉大なる力』を行使できる特殊なゾンビであることだ」



 なんの話なのか?今の佐藤さんにはサッパリ理解できなかった。



「ところがな。俺様も『偉大なる力』ってのを心得てるんだな……。まあチィと修行を積んじゃったからだけどよ」



 大神子が木下を『超天才』を評したが、その見立てに狂いはなかった。この男は紛れもない天才で、生者と死者(ゾンビ)との境界を超えた力を有する稀有な戦士だった。




「ここまで解説してやったんだ。つまらんから一発で死ぬなよ~?」


『なんだ……何をする気だ?』



 奴は印を結ぶような仕草をみせる。 次の瞬間、体全体が一瞬光ったように見えた。



「なに!」



 すぐさま奴は佐藤さんに向けて素早いジャブを放つ。 しかし2人の距離は10メートル以上あり、到底届きはしない。



「オラァッ!飛んで散れ!」



 だが佐藤さんは本能的に危険を感じとった。、



『や……やばい!』



 見えない『何か』が急激に接近している。彼は無我夢中でそれを必死にかわす。猛烈なスピードで『何か』が横を突き抜けていったのを感じた。そのまま音速を超えて進む『何か』は40メートルは離れていた巨大な印刷工場へと向かった。



 次の瞬間、背後にあった印刷工場は、大型爆弾が炸裂したようにバラバラに吹っ飛んでしまう。数百個の破片にまで砕けたトタン屋根は地上300メートルまで舞い上がり、鉄骨はコロニーの外まで吹っ飛んでいく。



 驚いて佐藤さんは後ろを振り返った。



「マジか!」



 周辺を彷徨いていたゾンビ達も体をバラバラにされて、血や体液を撒き散らしながら空中へと舞っていく。



「ギョエェぇぇぇ!」



 数百というゾンビが一瞬で爆風によって分解されてしまった。



「な……なにがどうなってんだ……」



 印刷工場のみならず、その奥にあった革工場までも同じように崩壊していく。その跡はまるで超巨大な竜が2つの工場を踏み潰していったかのように見える……。



 コロニー全体がもうもうとした白煙に包まれていく。



 工場周辺に生存者がいなかったことは幸いだった。もし避難民がいたならば、海王の時のように皆殺しにされてしまっていただろう。



 モヒカン男はショックを受けた佐藤さんの様子に満足し、腕組みしたまま高笑いする。



「フハハッ!分かったかよ。木下さんはお前なんぞたぁ格が違うんだ。つまりもう死ぬしかねえなテメーは」



 誠心寮の屋上から戦いを見守っていた守備隊員たちも驚愕していた。



「あ……あれが第10コロニーの近衛兵長、木下……。噂通りとんでもねぇ化物だ」


「海王よりすごいんじゃねえのか」



 敵の放った『神の鞭』とやらは収容棟を触れずに破壊したスーピーゾンビ・海王の技と同種のものだと思われる。だたこれが初見だった佐藤さんは開いた口が塞がらない。



『今のはなんの冗談なんだよっ。魔法か!?魔法だろこんなの!?』



「こいつが『神の鞭』だ。遺伝子レベルで刻み込まれた『偉大なる力』。それを引き出せた者のみが使える神の技だ。この世でこの会得できたのは、執政官閣下、姫路芽衣、海王ディエス……そして俺様のみ。全員が天才なのさ」



 木下は周辺を見渡した。 もはや第5コロニーにかつての面影はなく、全体が瓦礫の山と化してしまっていた。



「こんなコロニーを消す作業で執政官閣下のお手を煩わせるのは忍びない。テメーを殺した後で、俺様がここを更地にしてしてやろう」



 海王よりも強いと豪語する木下の言葉に嘘はなかった。奴はただのハッタリ野郎ではなく、あの化物達と並ぶ力を持った恐るべき超人だったのである……。

  


「木下さん、コイツは鳩が豆鉄砲くらったような顔してますよ」


「ククク。『ボク初めて見ました』って面だな。海王もお前ごときに『神の鞭』を披露しなかったってわけか。ふざけやがって」



 

 確かに海王の大技を目撃する前に彼は敗北していたのだが、木下達にそれを見抜かれてしまったわけだ。



『くそっ!鋭い読みしやがって』



 しかしここまできて佐藤さんも引き下がるわけにはいかない。全力でミエミエの嘘をつく。



「は……はぁぁっ?海王はいまの技をガンガン使ってましたけどぉ!?おかげで20発ぐらいじっくり見れたけどぉ!?使いすぎてあのバカは腕が筋肉痛になってましたけどぉ!?」



 必死でシラを切る佐藤さんに、木下は大笑いする。



「笑わせやがってぇウハハハハ!それじゃあ俺様も『神の鞭』を使うのはヤメにするよ。海王が手を抜いた相手なんぞに、本気だすのはみっともな………。なっ!」



 木下の顔は急に緊張の面持ちに変わった。突としてこの場に得体の知らぬ男が現れていたからだ。



『いつのまに……!』



 だが得体の知れぬ男の顔は血だらけで息遣いも荒い。 この男はヨロヨロと佐藤さんのもとに近づくが、歩くのもやっとらしい。



「ゼェ……ゼェ……。さ……佐藤さん……大変なんだよ」



 声をかけてきた男が誰なのか一瞬分からなかった佐藤さんだったが、相手が俺だと気づくのに時間はかからない。



「い……石見君じゃねえか!お前……その怪我でここまで来たのか。大丈夫かよ!」


「俺のことはいいんだ……。それより彩奈がやべーんだ。手伝って……くれ……」



 第10コロニーの近衛兵長は、額に汗を浮かべながら俺を睨んでいる。



『な……なんだアイツ!?こ……この俺様が接近に全く気づかなかった。どうやって現れたんだ』

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