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超ゾンビバスター  作者: ぺんぺん草
魔界に君臨せし姫君
52/64

本当に怒れる男

 東京第5コロ二ーから西に向かって直線距離で約13キロ離れたところに八王子の中心部がある。そしてその一角に天原という男のいる高層ビルがある。


 斥候部隊からの報告はあがっていたものの、天原はまだ動こうとしなかった。この街を統べるスーパーゾンビは、海王(そして芽衣)が第5コロニーを完全に消滅させるまで動くつもりはないらしい。



「風が弱まってきましたねえ……」



 彼はソファーに深々と腰掛け、ローテーブルの上に片足を乗せる。そして紳士らしからぬ姿勢でタバコをプカプカと吸いはじめる。その彼の傍らには小柄な側近「木下」が控えていた。(しかし彼は人間でありゾンビではない)



「確か木下君はタバコは吸わないんでしたよね?」


「はい」


「それは結構なことです」



 しばらくして天原はテーブルの上に置かれた灰皿にタバコを押し付けて火を消す。


 

「私もなにぶん、人間だったころのクセがなかなか抜けないものでしてね。コイツを咥えていないと落ち着かない時があるのですよ」


 

 そう言うとローテーブルから足を下ろした。

 

 このテーブルには、一辺が10センチの立方体型の小さなガラスケースがに置かれている。そのケースの中では正二十面体の形をした透明な結晶が浮遊し、静かに回転している。(この多面体の最長対角線の長さは5センチほどである)



 天原はこのガラスケースを掴むと、結晶の美しさを見て楽しんだ。



「実に美しい。いつ見てもだ。貴方もそう思うでしょう?」



 そう言うとケースをを木下の顔に近づけた。結晶は蛍光灯の光を屈折させ鮮やかに輝いている。



「全く、この世のものとは思えません」



 浮遊してるだけでも実に摩訶不思議な宝玉である。ただ木下には、それとは別に疑問を持っていた。


 

『かつて執政官は、あれを「結晶化したゾンビ感染症ウイルス」だと仰られたが……。本当にそんなことがあるのだろうか?あまりに大きすぎる』



 ガラスケースをローテーブルの上に戻すと、天原は部屋の壁に掲げられた地図を眺める。しばらく地図を見つめたまま、時々は窓の向こうに見える府中の方に目をやった。



「芽衣が派手に第5コロニーに到達したとの報告があがりましたが……。それにしては随分と静な様子ですねぇ。彼女がその気ならば、横須賀基地のように全てを消滅させてしまえるはずです。まあ遊んでいるのでしょう」




 正二十面体の結晶が赤い光を放ちはじめたのはその時だった。



「おや。これは……?」



 天原の顔を赤く照らすこの光は、脈動するように輝く。光は強くなったり弱くなったりを繰り返した。



「執政官。これは一体……」



 木下は驚いた顔で、強い光を放つ結晶を覗き込む。



「場が大きく変化している。どうやら府中で急激にパワーが発生しているようですね。これは相当に強力ですよ」


「信じられない!府中からここまでパワーが届いているのですか」



 木下は強烈な力を放つ「何者」かに脅威を感じた。それがキングであるかクイーンであるかはまだ分からない。



「この現象に関しては前に木下くんに説明しましたよね?」



 天原は電磁誘導を例にあげ、結晶の発光現象を説明したことがあった。ただその説明は木下にはまるでピントこなかったのだが。



「申し訳ありません。電磁……誘導……としか……」


「フフフ。まあ合格としましょう。ウイルス結晶の放つ光は『偉大なる力』の変動に対応しているのですよ。しかしこいつはなかなか……。スペクトルを解析すればさぞかし面白い結果が得られることでしょう」



 天原は眼鏡のつるを持ってマジマジと結晶の輝きを見つめる。どこか嬉しそうである。



「では海王のパワーに反応しているのでしょうか?奴の力がこれほどまでに達しているとなるとかなり危険です」


「いえ。これほど強烈なエナジーは……芽衣の可能性の方が高いです。もっとも彼女が本気で戦うほどの相手が第5コロニーにいるとも思えませんが」



 天原も木下も……結晶の放つ光が2体のスーパゾンビの放つ力が及ぼした影響だと信じ切っている。だがそうではない。



 天原はソファーから起き上がった。



「気が変わりましたよ木下くん。連中が逃げ出した後では面白くありません。今から府中に向うとしましょう」


「はっ!執政官の出陣の準備を致します!」



 木下はインカムで部下達に指示を出す。ついに世界最強と言われるスーパーゾンビが第5コロニーに向うことになった……。

 



○○○

東京第5コロニー

挿絵(By みてみん)

 

 舞台は旧府中刑務所こと東京第5コロニーへと戻る。今やコロニー内部のみならず周辺地域にまで破壊は及び、その景色は滅亡に向かう世界らしい荒涼としたものになっていた。


 「彩奈を殺した」というクイーンからの唐突なメッセージが俺を焦らせていた。そんな話は信じていないし信じたくもないが、彩奈の身に何かが起こったことだけは確かなようだ。


 そんな俺の気持ちにお構いなしに、キングは俺を侮蔑し挑発する。確かにマトモに勝負してまるで歯が立たなかった化物だ。大ダメージを受けている今の俺など微塵も怖くはないのだろう。だが……彩奈の命がかかってるなら話は別だ。


 

「はぁ……?まさか俺に向かって言ったんじゃないだろうな。蒼汰ちゃんは」


 

 地上のキングは崩れた庁舎の頂に立つ俺を見上げ、醜い表情で睨んでいる。思わず奴に怒りの言葉をぶつけてしまったが、拳を固く握りしめ気持ちを落ち着ける。コイツの相手をしてる暇はないのだ……。



「……彩奈の居場所を今すぐに言え。言ってくれ。頼む」


「ククク。今更、怯えちゃっても遅いんだよ……。お前はここで細切れにされて死ぬんだよ」


「彩奈の無事さえ確認できれば、お前の相手なんざいつでもしてやるよ……。だから教えてくれよ……」



 俺の発言を虚勢と受け取ったキングは、大きな腕で腹を抱えて笑い出した。



「フハハハハ!死にかけの分際でなんだコイツはぁ!口だけは威勢のいいカス野郎だな……。ここから逃してもらえると思ってんのか!?」



 彩奈が生きているとは信じてはいるが、クイーンの話がマジなら一刻の猶予もない。キングを諦めて俺はクイーンに的を絞る。(崩壊した庁舎の頂上に立つ俺と、コロニー内の瓦礫の山の頂に立つクイーンとの距離は100メートルほどだ)



 視線を上げて今度は瓦礫の山の頂に立つクイーンを睨みつけた。とは言えさっきは全く敵わなかった敵である……。戦ってももはや勝算はないだろう。だが……このまま黙って彩奈を死なせてたまるか。



 俺は憔悴しきっているのに、奴は相変わらずの調子だ。



「どしたの蒼汰ちゃん。ショックで頭がおかしくなっちゃったの?なんか泣き声入ってるけどさ〜」


「アイツは……彩奈は……。もう俺の家族と同じなんだよ。今ならテメーらを殺さないでおいてやる。だから早く答えてくれクイーン。頼むから……」



 状況を考えればなんの説得力もない言葉だったかもしれない。でもこれが素直な俺の気持ちだった。少しでも奴に気持ちが通じるならなんでもいい……。



 だがクイーンも焦る俺をあざ笑うだけだった。


 

「だから何度言わせるわけ?彩奈はもうクタばっちゃって、あの世だっての。こんな簡単な日本語も分かんねーのかお前は」



 

 そのセリフを聞いた瞬間、俺の体は勝手に走り出していた。無我夢中で庁舎の瓦礫を蹴り、真っ直ぐにクイーンの方向に突進する。



「テメェは……ふざけてんじゃねぇぇぇぇ!」



 景色が自分の想像してなかったほどに速く動いている。赤髪の投げたナイフを止めた時のような……信じられないようなスピードだ。不思議と力が体から湧き出ているのを感じる。


 もはや俺の目にはもうクイーンの姿しか映らなかった。



 ところが奴まで残り40メートルに迫った時に異変が起きる……。



「げあっ!」


 

 気づけばキングの巨大な左手が腹と胸にめり込んでいた。内蔵を潰されてしまったような強烈な感覚だ。口から血が出てくる。



 彩奈の事であまりに頭に血が上ってしまい、途中のキングを軽視しすぎていた。



「ククク。とことんバカなのかお前は?俺の横を素通りできると思ったかゴミ野郎……」



 腹から湧き上がる強烈な痛みが全身に走る。猛スピードで突撃してしまったことが仇となったようだ。ふっ飛ばされないよう踏みとどまったものの、かつてない衝撃で動けない……。


 

 拳をめり込ませたままキングは振り返り、クイーンに向かって笑みを浮かべる。



「やっぱ全然大した奴じゃなかったなぁ……口だけのカス野郎だよ」



 しかしクイーンの表情は突然、険しくなる。腕を後ろに振り上げ、切迫した様子でキングに警告した。

 


「バカが!そいつから急いで離れろ海王!」


「あ……あん?急になんだってんだよ姫」


「鈍感な奴め!手を見ろ!」


「手だと?」



 納得がいかないキングは、左手を確認しようとすると……手から何かがポロリと落ちてしまったことに気づいた。キングが視線を落とすと、己の中指が地面に落ちているのが見える。



「!?」



 続け様に小指と薬指も落下していく。3本の指は瓦礫の上でうねうねと芋虫のように不気味に動き回っている……。



 俺の体にめり込ませた拳から、親指と人差し指だけ残して3本の指が失われてしまったのだ。痛覚がないゾンビであるが故に、自分の指に加わった恐ろしい衝撃を理解できていなかったようだ。



「な……なんだこりゃ!俺の……指が無くなっちまったぞ。そんなバカな……」



 驚いたキングは遅らせながら拳を引く。そして二歩後ろに下がると、顔の前に掌を持ってきて損傷具合を確認する。

 

 奴の拳は既に3指を失っていたのだが崩壊はまだ終わってはいない。手の甲の部分で、斜めに亀裂が入るとポロポロと肉と骨が失われ、血が吹き出ていく。驚いたことに掌の6割は失われてしまうことになる。



「お……俺の手が……。あんな奴を殴っただけで……」



 次の瞬間、キングの左肩は大きく風船のように膨れ上がると、そのまま爆発してしまった。



「ぎゃぁあああっ!今度は一体なんだ……」



 腐った肉と骨が四散した結果、海王の肩は骨が剥き出しになっている。その傷口からは水蒸気が猛烈な勢いで吹き出していた。



 左腕はまだ皮一枚で肩と繋がっていたのだが、もう一度小さな爆発が起きると地面にゴトリと落ちてしまった。長さ2メートル以上あるキングの腕は、まるで丸太のようだ。



「なんで……俺の……腕まで」



 この巨大なゾンビの王は、弾丸を遥かに超える速度で突進した俺を横から殴ったわけだが、そのために奴の左腕は衝撃の全てを受け止めるハメになった。それはキングの想像を遥かに超えたスピードと負荷だった。内側からキングの骨と筋肉をズタズタにし、腕の付け根部分を急加熱し……中から水蒸気爆発を起させるほどに。


 鋼鉄の肉体を誇るスーパーゾンビであっても、この衝突の激しさには耐えられなかったのだ。もっともそれは俺も同じで、あまりに激しい衝突であったがために、しばらくは動くことすらままならなかった。


 腕を失ったショックは、キングの中で怒りへと変わる。



「こ……こんの野郎。恥をかかせやがってぇ!」



 怒りに任せて残った右手を振り上げるキング。動けない俺にトドメを刺すつもりだったが、奴が戸惑っている間に俺は衝撃から解放され体が動かせるようになっていた。


 そして……俺の方が圧倒的に速かった。



 奴が拳を振り下ろすよりも前に、地面を蹴って宙を舞う。



「どけぇぇぇ!テメーの相手は後だぁぁぁ」



 全力で左の裏拳をキングの顔に入れると、そのまま奴の頭蓋骨に拳がめり込んでいく。俺の拳はそのままキングの頭部を横にぶち抜いた。さっきまで全力で殴ってもビクともしなかったキングの肉体が、今は容易く砕けていく!



「うぐぉお……!」



 キングの目玉と大脳は飛び散って、数百メートル離れたコロニー外の地面に落ちていく。この一撃で大脳の大半を失った巨大ゾンビだったが、本能にしたがって叫んでいる。



「ぎゃああああっ!ぐべばっあああ!……」



 もはや鼻から下だけしか存在しないキングの頭部。そこに真上から手刀を叩きつけると、この巨大な体は縦に裂けていった。巨人の肉体は、黒い血を噴き出しながら左右2つに分かれる。いかなる攻撃も通用しなかったキングの肉体を、俺は綿を引き裂くがごとく破壊していく。


 着地した時には、凄まじい返り血を浴びていた。



 だが再びクイーンに向かって突進するにはキングの巨大な体が邪魔だった。(右半身も左半身もいまだ倒れていないのだ)



「邪魔だ!消えてろキング!」



 迷うことなく脇腹を蹴ってやると2つの半身はさらに横に千切れ、臓器を飛び出させながら四散していく。4分割された奴の肉体は吹き飛んで、コロニー東部に位置する瓦礫に衝突。衝撃で一帯は大爆発を起こす。



 噴煙は大気境界層にまで達する。そして巨大なゾンビの王の肉体はバラバラに散ったのだ。



○○○


 

 一帯が大爆発を起こした時、コロニー全体が大きく揺れた。誠心寮もこの大きな揺れに巻き込まれてしまい、小杉さんは動揺する。



「こ、これは!?石見殿が?それともゾンビの王が?」



 大神子は小杉さんの返事に頷いたものの、その体は震えている。



「い……石見殿じゃ。あまりにも凄まじい。あの巨大なゾンビの王を……一瞬で砕くとは」



 信じられないと言った表情を小杉さんは浮かべた。



「ま……まさか……。ビルを投げ込み、対戦車弾すら効かない化物ですぞ……」


「そうじゃ……。しかし奴は本気になった石見殿にはまるで歯が立たなかった」



 とはいえ楽観が許される状況ではないことを大神子は十分に理解している……。

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