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超ゾンビバスター  作者: ぺんぺん草
魔界に君臨せし姫君
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アイスマン

 ロシアで発見された史上初のゾンビ。それはシベリアの永久凍土に長らく眠っていた氷漬けのミイラだったという。芽衣の話が正しいのであれば、有史以前からゾンビは存在していたことになる。


 付着した砂埃を払うために、芽衣は長い髪をかきあげる。



「さしずめソイツの名前はアイスマンってとろこかしら……。モスクワの研究所で解凍されるや否や人を襲い出したから、結構な騒ぎになったそうよ」



 しばらく考えた後で、彩奈は素朴な疑問をぶつける。



「じゃあ、そこからパンデミックは……いや大崩壊は始まったの?」


「どうかしらね……。時期は半年以上のズレがある。ただその時に5人の犠牲者が出たことだけは分かっている」



 芽衣の返事から、アイスマンの復活は感染爆発を起こすには至らなかった……と彩奈は判断した。



 このファーストゾンビの復活は、4月に発生したパンデミックより8ヶ月前……去年の夏に起きた事件である。


 アイスマンを発見したロシアの研究者達は、それがゾンビだとも知らずにシベリアから研究所に運び込み、分析のためにその体を一時解凍したのだ。

 

 だがこの解凍作業中にアイスマンは復活した。そして眠りから覚めたゾンビは、食人鬼として研究者達に襲いかかることになる……。1人の研究者が運悪くゾンビにつかまり、喉を噛みちぎられてしまう。だが他の研究者らは部屋のドアを閉めて退避したので無事だった。(この現場に居合わせた者たちが、有史以降で初めてゾンビと遭遇した者たち……ということになるのだろう)


 次なる犠牲者達は、通報を受けかけつけた4人の警官達であった。もちろん彼らもゾンビが出現したとは夢にも思っていない。「ミイラが動き出した」という研究者達の話に呆れながら部屋に突入したのである。



 彼らは到着すると、ドアを開けて勢いよく部屋に突入する。だがそこで捕まった研究者が生きたままアイスマンに食われているという……地獄のような光景を見せつけられることになる。



 驚いた警官達はすぐさまアイスマンに向かって発砲。奴の胸に5発の銃弾を撃ち込んだ。(この時、多くの警官が返り血を浴びてしまう)しかし……当然ながら奴は活動を停止せず、研究者の顔を喰らい続けている。凄惨な光景だった。


 不死身のようなゾンビを前にして、警官達(そして遠くから様子を見守っている研究者達)は恐怖した。


 結局、アイスマンを射殺することは難しいと判断され、直接警官の手によってアイスマンは取り押さえることになる。残念ながら研究者の体からアイスマンを引き剥がした頃には、彼の頭部は既に5割が失われていた。その場で死亡が確認されることとなる。


 だが悲劇は続く。取り押さえる際に警官の全員がアイスマンと接触し、各々僅かながら負傷していたのだ。彼らは傷口から最悪の疫病が侵入していることに気づいていない。


 この時点ではウイルスの存在は知られていない。ましてやそれが人に感染するものだとは誰も想像していなかった。したがって……任務を終えた警官達の健康に不安を持つものは誰もいなかった。俺たちとは違い、なんの情報も得てなかったことは同情に値する。


 当然すぐに事態は急変する。任務を終えて家に帰宅した4人いた警官のうち3人は体を腐敗させながら1週間以内に死亡。残りの1名は(研究者の監視のもとで)ゾンビ化してしまう。


 これでゾンビの体内には、人間を新たなるゾンビにしてしまう……なんらかの物質が存在していることが明白になった。(すぐにウイルスだと判明する)


 この騒ぎから2週間後、防護服をまとった研究者達がアイスマンを拘束していた部屋に入り……そしてアイスマンの四肢と頭部を切断することになる。それらは部位ごとに分けられ、瓶の中でホルマリン漬けにされる。(もちろんこのゾンビを即時焼却処分することも見当されたのだが、実行はされなかった。謎のゾンビとそれが持つウイルスに対する研究が優先されたのである)



 今でもモスクワの研究所が無事であるなら……施設のどこかに瓶の中で蠢くアイスマンの頭があるはずだ。決して見たくはないが。



 以上が4月の本格的なパンデミック前に起きていた……小さな事件の顛末だ。



 強風に煽られ竜のように暴れまわっていた火災旋風。しかしそれは徐々に小さくなっていた……。彩奈は空を見つめながら呟く。



「じゃあ『ジョーカー』はロシアで感染者と接触した……。あるいはアイスマンと直接接触したのかもしれないのね」


 

 だが芽衣は首を横に振る。



「そいつはまだ謎よ……。でも天原の異常な力はそれでは説明がつかない……おや?アイツは第10コロニーの……」



 クィーンの視線の先には、妙な姿のゾンビがいた。滑走路上をゆっくりと彷徨っていたそのゾンビの頭部は異様だ。スキンヘッド状の頭頂部に金属製のペグが突き刺さっているのである。首から背中にかけても同様なものが突き刺さっている。ゾンビは風に煽られながらもアチコチを見渡していた。


 強風のために2人の耳に届くことはないが、人語をブツブツと呟いている。



「ウゴゴ……。ハネダターミナル……ナニモノカノ……ケハイ……。ハネダターミナル……ナニモノカノ……ケハイ……。ハネダターミナル……ナニモノカノ……ケハイ……」


 

 このゾンビは同じ言葉をずっと繰り返している。まるで信号を誰かに送るように。



「な……なにアイツの体。まだ大勢の人が生きてた頃に退治されたのかしら……」



 フランケンシュタインは首から金属製の棒が飛び出ているが、コイツは頭頂部から脊椎部分にかけて垂直に15センチほど金属製のペグが10本ほど飛び出している。人為的に打ち込まれたものであるらしい。



「違う。あれは八王子の連中が作った悪趣味なローバー(探査機)。滅多にお目にかかれない代物だから、じっくり見ときなよ」


「芽衣分かるの?」



 彼女は笑みを浮かべる。



「探査機みたいなゾンビよ。あいつの意識と天原の意識はつながることができるのさ。もっとも常にってわけじゃない。天原が必要とした時だけね」


「つながってるって。そんなことが……」


「あのスキンヘッド野郎の目に映ったものは天原にも見えるし、逆に奴は天原の言葉を喋ることができるってわけ。天原が地球の裏側にいたとしてもね……。でも木下の奴もできるのかもしれないわね」



 このスキンヘッドのゾンビを惑星探査機のローバーのように『ジョーカー』は操れるという。しかしこれは極めて知能の高いゾンビで、かつ相性のよい者に限られる。だからまだ数体しかローバーの役目を果たせるゾンビはおらず、大事な斥候などは天原の部下達(八王子の住民たちの中から選ばれた者)が行っているのである。


 『ジョーカー』の持ちしゾンビを操る能力は、ジャックやキングが有している力よりずっと強く、そして高度なものであるらしい。



 芽衣は柵を破壊した際にできた小石程度の大きさのブロック片を拾った。このブロック片を軽く上に投げると、また同じ手でキャッチする。



「アレがこっちに来ると少し鬱陶しわよね……」



 突然、芽衣はゾンビのいる方角に向かってブロック片を投げた。クィーンの動作は彩奈の目では追えないほど速く、その動作が生み出した風圧だけで彩奈のセミロングの髪が後方に飛ぶ。



「くっ!」



 次の瞬間、1キロは遠方にいたスキンヘッドゾンビの頭が爆発して脳髄が飛び散った。そのままゾンビの胴体は数十回転し多摩川の中へと落ちてしまう。



 クィーンは軽く手を払った。彩奈は芽衣の力に言葉を失うしかなかった。



『す……凄い。ブロックの軌道も……芽衣の動きもまったく……見えなかった……。赤髪のジャックの放った指弾よりずっとずっと速い』



 

 彩奈には芽衣の力は甚だ強力なものに思える。『ジョーカー』以外に彼女の存在を脅かすものなどありはしない……と。



 それ故に不思議に思う。なぜ『彼』なる者を芽衣が警戒しているのか?



「今の芽衣に恐れる者なんているの?天原が崇拝してる『彼』ってそんなに危険なの?」



 クィーンは手を叩いて喜んだ。



「へぇ……ずいぶん察しがいいじゃない彩奈!そういうところ好きよ」



 まるで口づけをするかのように、芽衣は彩奈に顔を近づけた。



「こいつが私達の天敵でね。白髭を殺したんだよ」



 彩奈は少し顔を赤らめると、芽衣から顔をそらし距離を置く。かつて白髭のエースが残した『化物に襲われた』という言葉を踏まえると、芽衣の言ってることは恐らく正しいだろう。



「見たの?エースが襲われてるところを」



 クィーンは頷く。



「白髭だけじゃないよ……あのクソ赤髪も『彼』ってのが殺したに違いない。それがスーパーゾンビを襲ってる妙なバケモンなのは確実なんだ。でも不思議と天原だけは襲われないのさ。何故なんだろうね?」



 彩奈はその言葉に驚いた。



「ちょっと待って。赤髪を殺した?そんなはずは……」



 芽衣の情報には誤認があるのは明白である。なぜなら赤髪を殺したのは俺だからだ。もちろん芽衣には、そんな事情など知るよしもないのであるが……。



「どんな手を使ってでもソイツを殺してやんないとねぇ……」



 クィーンの言葉に彩奈の背筋が凍った。



「待って芽衣!私からも話があるの……誤解しないで聞いてね」


「何さ?」


「赤髪を殺したのは……私の友達なの。蒼汰さんって言うんだけど、きっと芽衣とも仲良くできる人だと思うんだ」



 突然の話に、クィーンは驚いた。



「へぇ。彩奈にいつの間にか男友達がいたなんて……。知らなかったよ。生存者?」



 彩奈は頷く。クィーンは笑顔で彩奈に尋ねる。



「じゃあ、その蒼汰って人と一緒に暮らしてるの?」


「うん。今は女の子3人と私と蒼汰さんで暮らしてる。でも今日は彼、府中の第5コロニーってところに行ってるの。本当は私も一緒にいくはずだったんだけど……。私は芽衣に会いたかったから……」


「凄いな。彩奈も知らない間に成長しちゃってるのね」


「だから……その人を『彼』っていうのと間違えて欲しくなくて……!」



 クィーンが悪鬼のような表情を浮かべて睨んでいることに彩奈は気づいた。



「え……!?芽衣……一体どうしたの……」


「どうしたのじゃねえだろ……」



 次の瞬間、芽衣の肘打ちが彩奈の胸に決まる。彩奈の体は展望デッキからふっ飛ばされ地上に落ちていく。そのまま駐機場に放置されていた機体に当たり跳ね返され地上に激突した。



「ゴホッ……ゴホッ……なにを!」



 倒れたまま苦しそうに胸を押さえている彩奈を、芽衣は展望デッキの上から冷たい目で見下ろしている。

 


「余計なマネしやがって……。誰だよそのクソ野郎は。殺さねえと気がすまねーよ。もちろんテメェも同じだよ……」

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