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超ゾンビバスター  作者: ぺんぺん草
魔界に君臨せし姫君
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ファースト・ゾンビ

 まだ昼間だと言うのに、台風の接近のために羽田空港は黄昏時のように薄暗かった。屍と食人鬼だらけの空港は、普段にも増して陰鬱な世界となっている。


 芽衣クィーンの顔を間近で見るのは彩奈にとっても久しぶりのことで、遠くからでは見過ごしていた変化にも気づいてしまう。近くで見ると、瞳の色は少し紫色を帯び、肌は以前にも増して白い。妖艶とも言えるが、それは彩奈の知っている芽衣とは違っていた。



「何にも変わってないね。彩奈は……」



 そう言うとクィーンは彩奈に背を向け展望デッキの柵の前に立つ。しかしクィーンが何を考えているのかはまるで分からない。信じる気持ちと疑う気持ちが彩奈の心の中でせめぎ合っていた。



 その時、風の音を切り裂くような凄まじいゾンビの咆哮が聞こえてきた。それは東京第5コロニーに襲いかかろうとするキングの咆哮である。



「ウガァァァァァァァァァァァ!」



 (佐藤さんも耐えきれずに耳を塞ぐほどの轟音。この時、第5コロニーの庁舎屋上に陣取っていた守備隊の何人かの鼓膜は破れていた……)


 キングのいる場所はここから40キロ以上離れているのだが、あまりに強烈な咆哮であるために、まるで羽田空港のどこかにキングが潜んでいるように思える。彩奈は身の危険を感じる。



「キ……キング!この近くに奴がきてる」



 怯える彩奈を芽衣は鼻で笑う。



「ふふふ……。何をビビってんの彩奈?キングはずっと遠くにいるよ。アイツは単に声がデカイだけさ」


「でも芽衣……。貴方だってキングに襲われたら……」


「例えアイツがこの場にいたとしても、どうってことはない。私の傍にいる限り海王は彩奈に手を出さないわ……」



 彩奈は、胸を撫で下ろした。同時にゾンビに対する疑念と恐怖心は消えていく……。そして昔のように友人に語りかけた。



「ねえ芽衣。貴方が突然にホテルからいなくなって……私がどれだけ心配したか……」



 しかしゾンビは会話に反応しない。



「ねえ……聞いてる芽衣?」



 彩奈が尋ねても、ゾンビはフェンスに手をかけ、ただ駐機場に放置されていた旅客機を見下ろしている。



「彩奈さあ……知ってる?ファースト・ゾンビはロシアにいるんだってさ……」


「え?ファースト……?」


「つまり天原が最初ってわけじゃないんだよ。この意味が分かる?」



 不意にクィーンは右腕で柵を払いのけるような動作をする。すると触れてもいないのに転落防止柵は破壊され、一気に地上まで吹き飛んでしまった。



「芽衣!?」


「どいつもこいつも嘘つきか……でなきゃ笑えないバカよね」



 唐突な話に彩奈はついていけない。



「一体……貴方は何の話をしているの?」



 それでもクィーンはお構いなしに話を続けていく。



天原和哉あまはらかずやが最初の感染者であることは政府も渋々認めてた。でも在日米軍はそう見ていなかったのよ。当然のことよ……何しろアイツはロシアから戻ってきたばかりだったんだから」

 

 白髭のエース、赤髪のジャック、そしてキングにも生前の知性は残っていたが、クィーンのそれは別格である。元々持っている彼女の特性なのかもしれないが、どこかゾンビらしかったあの連中とは比較にならない好奇心、探究心を有している。我々生存者と全く遜色のない会話をできる稀有なゾンビとも言える。


 だが予想もしなかった初期感染者の話を切り出され、彩奈は戸惑うしかない。そんな話に今更何の意味があるのか?彼女にはまだ分からない……。


 呆然と滑走路を見つめながら彩奈は男の名を復唱した。

 


「天原和哉……」


「ま〜さか、その名まで忘れちゃいないよねアンタ。こんな話にも付き合えないバカなら……もう殺しちゃうけど」


 

 乱暴な態度で話を進めるゾンビに、彩奈は複雑な気持ちを抱きはじめた。否応なしに芽衣の変貌を思い知らされていく……。



 だがどんなに友達甲斐のない態度をされたとしても、この場はまずは芽衣と会話することが大事だと彩奈は判断し、話を合わせることにした。



「それって……大崩壊の時に噂になっていた天原和哉あまはらかずやの話なのよね?それがどうかしたの」



 天原和哉あまはらかずや


 去年までは、ほとんどの人間がこの男の名を知らなかった。しかし……今では大崩壊の引き金を引いた男として、生存者の殆どが知っている。俺も含めて。


 つまり奴こそが、この物語の冒頭で触れた男なのである。4月に東京駅で命を落とし、そのままゾンビとして生まれ変わってしまったという例の男。今は既に壊滅してしまった国連だが、奴に対しては正式に「歴史上初めて発見されたゾンビウイルスの保有者」としてお墨付きを与えていた……。



 手っ取りはやく言えば、天原和哉とは「歴史上初めて出現したゾンビ」なのである。


 奴がゾンビとなって構内で多くの人を傷つけてから、我が国のパンデミックは始まった。つまり奴を通して全ての災厄は始まっているわけだ。


 とはいえウイルスの発生と拡散は天災に等しいものであり、故人に全ての責任をなすりつけるのはフェアではない。


 それ故に、当時のメディア報道ではその名前を伏せていたし、もちろん正規のルートでは初感染者である天原の名など知ることはできなかった。



 だが事態が事態だけに、情報規制も破られていく。ネットや噂を通して、密かに初感染者である「天原和哉」の名前だけは知れ渡ることになった。あくまでも名前だけは。


 一方でネット社会における情報拡散には無秩序過ぎる部分もあった。それゆえに「天原の顔写真」なるものまで拡散されてしまうことになる。ところが一般的に広まってしまった顔写真は、天原本人とは似ても似つかぬ別人のものばかりであった。なにしろ当時はデマが飛び交い、憶測と疑念で当時は混乱を極める状況。迫りくる死の恐怖を前にして、誰もが正しい情報など掴めなくなっていたのである。



 というわけで真の天原和哉の姿を知る人間は当時は極僅かであり、彩奈も奴の名前は知っているのだが、その顔までは知らなかった……。




 「それがどうかしたの?」という彩奈の返答に、芽衣は侮蔑するかのような表情を浮かべている。



「最低のリアクションね彩奈……。その様子じゃ『ジョーカー』の正体すら知らないのね。本当に間抜けだわアンタ……」



 無礼な態度に、彩奈は芽衣から顔を背ける。生前とは別人のような悪態ぶりを見せる友人に大いに失望しているのだ。



「いい加減にして。私は芽衣と喧嘩しに来たんじゃ……」


「天原和哉よ。奴こそが『ジョーカー』」


「え……!?」



 その言葉が耳に届くや彩奈はショックを受け、しばらく言葉が出てこなくなった。



「つまり天原がアンタの仇ってわけさ……。分かったぁ?」


「私をからかってるの?『ジョーカー』のことなんて芽衣に何が分かるの」



 芽衣は振り返って笑う。



「フフフ……。『ジョーカー』は今や八王子の主ですからねぇ。逆になんで彩奈が奴の顔と名前も知らずに生きてたのか不思議ですねぇ」



 彩奈はただただ狼狽するしかなかった。家族を殺した『ジョーカー』の正体が、史上初の感染者とされていた天原だったとは夢にも思っていなかったからだ。



「で……でも『ジョーカー』の顔は天原和哉とは違ってた。あの眼鏡をかけた白髪頭の大男は天原じゃない……。天原は黒髪で小柄な……」



 芽衣は肩をすくめてみせた。



「未だに天原のデマ画像を信じてるなんてアンタ情報が遅れすぎ……。あのホテルにずーっと閉じこもってたら、頭まで干からびちゃうわけ?」


「そんな……。アイツが天原だったなんて……嘘よ……」



 項垂れている彩奈の手をそっとクィーンは握る。

 


「でもね〜彩奈。『ジョーカー』の正体なんて大した話じゃないの。問題なのは天原が崇拝している『彼』っていう妙ちきりんなやつさ」



 かつて何度も握ったその手は、彩奈にとって恐ろしく冷たかった……。



「これがとんだバケモンでね〜。天原がどっから連れてきたのか知らないけど、こっちはいい迷惑なのよね〜。アンタも奴を見たんじゃない?」



 だが芽衣の問に答える余裕は今の彩奈にはない。目を瞑って、混乱する心を必死に整理しようとしている。



「あ〜あ。あんま喋んなくなっちゃったね彩奈。これからが本題なんだよ?」


「ごめん。ちょっと私……混乱しちゃって」



 すると芽衣は滑走路を指さし旅客機の方を見るよう促した。



「じゃあ……ちゃんと見てなよ彩奈。今からちょっとした芸を見せて楽しませてあげるからさ」



 天に向かって腕を伸ばしたクィーンがトンボの目を回すかのように、空に向けて人差し指を軽く1回転させると……滑走路上を南北に流れていた風の一部が回転をはじめて、渦を巻き始める。クィーンは腕を降ろし薄ら笑いを浮かべて彩奈を見つめた。



「ほらほら。見てないと見逃しちゃうよ」



 巨大な風の渦は徐々に姿をハッキリさせ、竜巻へと成長していく。



「なっ……!」



 彩奈は目の前で起きていた光景にただ唖然とし、得体の知れない力を持つ友人に恐怖する。



「今のは……芽衣がやっているの?」



 芽衣は首を横に振るだけだ。



「さあね……?ところで彩奈は私のことをなんて呼んでるの。トランプに倣って名づけてたから、やっぱりクィーンってところかしら?」


 

 発生した竜巻は移動をはじめ、旅客機の1つを飲み込む。すると巻き込まれた旅客機もまた水平方向に回転をはじめた。だが強烈な暴風に耐えきれず、すぐに主翼が折れて地上に激突する。その瞬間、主翼の中に格納されていた燃料タンクは破損し、漏れ出した燃料に火がつく。そして機体全体が爆発炎上した。


 この衝撃は展望デッキにまで届いた。機体の破片が猛スピードで飛んでくるので、彩奈は急いで腕で顔をガードし、襲ってくる破片と熱波を防いだ。



「くっ!」


 

 だがクィーンは体をガードすることもなく、平然と竜巻を眺めている。彩奈には信じられなかった。



『次元が違う!もしかすると芽衣の力は……とっくにキングを越えているのかもしれない……』



 竜巻は炎を吸い上げ巨大な火災旋風へと変貌していく。うねる蛇の如きその姿は意思を持った「火の竜」のようだった。少し左腕を火傷してしまった彩奈は、火傷した箇所をさすりながらクィーンに尋ねた。



「い……今のは……芽衣がやったの?芽衣の力なの?」



 これがクィーンの力であることはもちろん彩奈にも分かっていた。だが信じたくなかったのである。



「こんなのは『ウイルスが人類に授けし偉大なるちから』の一端に過ぎない……と天原のバカは言っているわ。でもちょっと笑うでしょ?言葉のチョイスがいちいちダサいのよねアイツ」


「芽衣……。私もう……」


「ずいぶん怯えてんじゃんアンタ……。この程度で冗談でしょ……。ククク……アハハハハハ!」



 天まで届く強烈な火柱を背にして笑うゾンビ。彩奈の心にはクィーンへの恐怖が増していく……。怯えた様子の彩奈をみて満足そうに芽衣は微笑んだ。



「それじゃあ話を元に戻すね彩奈。天原はルート・ゾンビではあるけれどファースト・ゾンビではないってことなんだ」



 相変わらず芽衣の話は唐突で、混乱をもたらすものばかりだ。しかし興味深い話でもある。それは彩奈にとっても同じであった。しばらく返事もせずに黙っていた彩奈だったが、すこし平静を取り戻すと芽衣との会話を続けることにした。


 

「ファースト……ゾンビ。それはつまり最初のゾンビってこと……?」


「そう。最初のゾンビ。そいつはロシアにいたんだよ。といっても永久凍土の中で眠っていた2万年前のミイラなんだけどね」


「ミイラ……」



 芽衣によれば、去年の夏にシベリアの永久凍土の中で氷漬けになった人間のミイラが発見されていたという。発見したロシアの研究チームによる解析結果では、そのミイラは2万年前のミイラのものと判明している。



「でね。解凍作業中にそのミイラが動き出したんだってさ。つまり……そいつが最初のゾンビっだったってわけ」



 つまり更新世の末期にはゾンビは存在してたということになる。ゾンビは……そしてウイルスは4月に初めて出現したわけではなく、太古の昔から存在していたことになる。だが何故か人類の歴史から姿を消すことになったのだ。



 芽衣の話を全て真に受けるわけにもいかないが、この話が真実であるならば、通説は全てひっくり返ることになる。

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