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超ゾンビバスター  作者: ぺんぺん草
魔界に君臨せし姫君
44/64

彩奈のトモダチ

【再び時間を遡ることになるが、ここで別行動をとった彩奈のその後について記す】


 

 竜巻を発見してから彼女の態度が一変してしまった。その心変わりは全く理解できないものだった。


 2人で府中刑務所に向うはずだったのに、何故に俺と離れてしまったのだろう?あの時の俺に本当の理由など知る由もない。とにかく彼女は頑なで、いくら説得して聞かなかった。なによりも俺に対する苛立ちを隠さない彩奈に戸惑うしかない。こんなことは初めてだ。



「なによ偉そうに……勝手に彼氏面しないで」


「え……えぇ!?」



 

 容赦なく突き放した彼女の言葉に、感じたことのない衝撃を受ける。我ながらがこんなに繊細なハートを持ってることに驚いた。少し弁解するなら、世界中のどんな女にこのセリフを言われても俺は平気なはず。ただ彩奈から言われることに耐えられなかった……と思いたい。


 ウイルスに感染して苦しむ俺を看護してくれた優しい彼女はどこへやら。何が原因なのだろう。まるで思い当たる節がないのが余計にシンドイ。



「行かなくちゃいけない。貴方は貴方で帰って」



 そう冷たく言い残すと俺を尻目に1人で来た道を戻っていく。そしてあっという間に彼女の姿は俺の視界から消えてしまった。台風が接近し、強風の吹き荒れる中央自動車道をあの子はたった1人で。


 俺は初めて彩奈に拒絶されたショックで、彼女を追いかけることもできない。ただただ呆然とその様子を見つめていた……。ふと「イエスタデイ」というビートルズの名曲が頭に浮かぶ。アコギの渋い曲だったなぁ……と。



 けれど俺は誤解していたのだ。彼女の選択の真意を。ようするに……アイツは底なしに優しかったんだ。出会った頃からずっと変わらずに。



○○○

 

 漆黒の竜巻は、轟音とともに生者のいない大都市を縦断していく。道すがら無数の建屋を飲み込み、粉々に砕いてその残骸を空に巻き上げた。路上にいた数多のゾンビ達も、この災厄からは逃れられない。竜巻の回転半径に入ったが最後、瓦礫の渦に飲み込まれ、瞬く間にミンチ状の肉片と化す。その血なまぐさい破片は、粉々になった瓦礫とともに四方八方に吹き飛ばされた。



 もちろん、こんな狂気じみたスケールの竜巻など大崩壊以前には存在しなかった。(パンデミックによって世界人口が壊滅的に減少してしまった4月から6月にかけての期間を、生存者達は漠然と「大崩壊」と呼んでいる)


 しかし大崩壊を境にして、東京と神奈川にかけて幾度となく、この超絶的な竜巻が発生するようになってしまう。原因は謎だった。

 


 地球から遠く離れた海王星で吹き荒れる風は時速2000kmに達するという。信じがたいことだが……この竜巻の回転半径の内側では、それに匹敵する強風が吹き荒れており、巻き込まれれば鉄筋ビルですら無事ではいられない。



 常識を越えたこの漆黒の竜巻は、東京の生者達から「血の旋風」、在日アメリカ海軍からは「スーパー・ローテーション」と呼ばれ、恐れられていた。


  特に凄まじかったのが5度目の「血の旋風」である。これは横須賀の米軍基地に壊滅的な打撃を与えたことでも有名だ。


 横須賀の米軍基地は6月前半まで持ち堪えていたのだが、突如出現した「血の旋風」に基地を襲われることになる。停泊中の原子力空母が破壊され、海の底に沈めらたのを皮切りに、柵も対ゾンビ用のバリケードも全て吹っ飛んだ。これにより米軍基地は大幅に防御力を失うこと事態に陥ったのだ。その後は無数のゾンビ達に蹂躙されてしまうことになり、壊滅へと向う。


 気象庁も必死にスパコンで「血の旋風」の出現場所の予測を試みたのだが、全く神出鬼没で手に負えなかった。(その理由を今の俺はもう知ってしまっている。あれはただの自然現象などではなく、スーパーゾンビが気まぐれに生み出す風であるからだ)


 この「血の旋風」は移動速度でも常識を越えていた。普通の竜巻の速度は時速43km〜47kmと言われているが、この竜巻は時速150kmを越えて移動してしまう。時々速度を低下させし、進行方向を変えるものの、これは彩奈が全力で走っても追いつけない速度だった。



「ぜぇはぁ……ぜぇはぁ……待って!」

 


 それでも彩奈は必死に竜巻を追い続けていた……。いくら追いかけても徐々に遠ざかっていくにも関わらず。既に両者の間には8キロの距離が開いており、差を縮めることは難しいだろう。その上、台風はさらに東京へ接近し、風はいっそう強くなっていく。この中で「血の旋風」を追いかけることは無謀極まりない行為だった。



 しかし彩奈は諦めない。汗だくになりながら、休むことなく中央自動車道を走り続けていく。途中、強風に飛ばされた巨大なトタン屋根が宙を舞い、バラバラに分裂しながら高速に侵入し彼女に襲いかかる。当たれば大怪我を免れないの金属の板だったが、とっさに頭を下げて間一髪で彩奈はかわした。しかし髪の毛の一部はほんの先端だが切断され、風に舞っている。



「くっ……危なかった」



 だが変化が起きた。遥か遠方で竜巻は、明らかに移動速度を落としていく。とうとう移動するのをやめてしまい、同じ場所に留まってずっと旋回し続けだした。(自然現象ではまずありえない状況である)


 

「はぁ……はぁ……羽田の辺りで止まった……」



 幸いなことに「血の旋風」は東京湾に面する羽田国際空港の敷地内にとどまり、しばらく消失する気配を見せない。

 

 竜巻の停滞を確認した彩奈は下高井戸駅の近くで中央自動車道を飛び降り、今度は南に進む。かなりの逆風で、ビニール傘や看板が幾度となく彼女を襲うが、それらを払い除けまっすぐに黒い竜巻の後を追い続けた。



『あの動き……やっぱりあの子だ!今度こそ。今度こそあの子とちゃんと話をしないと……』


 

 不思議なことに、彩奈の心の中は嬉しさと懐かしい気持ちで一杯だった。その気持ちが彼女を走らせる要因の1つである。


 走り続けた彼女は、それから20分で羽田に到達した。調布飛行場から直線距離で約40キロを休みなく移動したことになり、相当に疲弊してしまっているはずだ。


 だが無情にも彼女が到達した頃には既に竜巻は弱まり消え失せようとしていた……。



「はぁ……はぁ……。もう少しだけもって。滑走路の方ね!」



 首都高速湾岸線を全力で加速し続けた彩奈は、そのまま大きな羽田スカイアーチの上を駆け抜け、頂上で大ジャンプ。そして暴風の中、クルクルと回転しながら空港のP1駐車場の屋上に華麗に着地する。



「ぜぇはぁっ!ぜぇはぁっ!」



 もう心肺機能は限界に達している。苦しさのあまり彼女は柵に手を置き、その上に頭を乗せうつ伏せの状態になった。必死に呼吸を整えようとしているのだ。だがまだ彼女は休むことが許されない。そこには人食いゾンビ達が大勢待ち構えていたからだ。連中は彩奈の匂いを感じ取るや一斉に動き出す。




「イィィ……イキテル……エ……エサダァッ!」


「ヴィシャァァッ!」



 すぐに少女の血肉を求めて十数体のゾンビが襲いかかってきた。だが連中など彼女の敵ではない。呼吸は大きく乱れていたが、彼女は長い足でゾンビ達を蹴り飛ばし、指一本も触れさせることなく次々に地上へ叩き落としていく。



「急いでんだからどいて!」



 落下するゾンビが路面に叩きつけられる度に、頭や胴体の骨が砕ける『グチャッ』という悍ましい音が響く。だがそれでも不気味なゾンビどもの活動は止むことはない。頭や下半身を失ったまま、連中達は路上を彷徨いはじめる……。だがもう屋上の彩奈を襲うことはできない。



「ゼェ……ゼェ……。そんなにゾンビいないから良かった……」



 呼吸が落ち着くと、彼女はそのまま連絡路の屋根を渡って、国内線第1ターミナルに向う。ターミナル内部にはゾンビが大勢彷徨いているが、屋上には殆どいない。彩奈はもうゾンビに妨害されることなく目的の場所に辿り着くことができた。ここなら羽田空港の西側を一望できる。



「あの辺で消えたはずなんだけど……見えない」



 第1旅客ターミナルの展望デッキに立って、滑走路を隅から隅まで見渡すも「血の旋風」による破壊の痕跡が確認できただけであった。(それらはまるで渓谷のように深く滑走路に刻まれている)


 既に肝心の竜巻はもう消失してしまっており、探し求めていたものを見つける手がかりを彼女は失ってしまう。



「そんな……ここまできたのに!」



 遮るものが何もない空港の滑走路の上は、台風の生み出す風がどこよりも強く暴れていた。強風で彩奈のセミロングの髪も舞い上がる。



「どこなの……どこにいるの!?まだきっといるはず……」



 諦めずに探していたその時。暴風の吹き荒れる滑走路の上を、悠々と歩いている何者かの姿が見えた。それは砂塵に紛れてボンヤリとしか見えないが、女性のシルエットであることは分かる。



 一気に緊張が走った。



『あの強風の中を……只者じゃない……』



 その者は人間ではなくゾンビであることを彼女は気づいている。それもスーパーゾンビであるということも。顔に当たる砂粒を手で防ぎながら、正体を見極めようと必死に見つめた。



『まさかアイツが……』



 不意に、この女ゾンビが右手を天に向かって突き上げた。すると台風が生み出す暴風を切り裂くように強烈な旋風が出現し、そのゾンビの体を包み込んでしまう。だがこの旋風はどんどん細くなり、気づけば旋風もゾンビも滑走路上から消えてしまっていた。



「き、消えた……どこに!?」


「ここよ」



 声に気づいて振り返った彩奈の前には既に女ゾンビが立っていた。それも右手に持った自動拳銃(ベレッタ92)を彼女の首に突きつけて。



「なっ……」



 そのまま間髪入れずにゾンビは銃を撃った。ただし彩奈の足下へ。弾丸は体に当たらなかったものの、彩奈は恐怖で思わず目をつぶってしまっている。ゾンビは下に落ちた薬莢を踏みつけて潰した。



「ふふ……なにそののろいリアクション。こんなオモチャに怖がってるようじゃお話になんないじゃん」



 そう言うと、ゾンビは軽く力を入れて銃を握った。すると銃のグリップはグシャリと潰れ、薬莢の中の火薬が一気に爆発する。この燃焼ガスは急激に膨張し、数万気圧のガスとなり銃を内部から破裂させてしまった。爆発したガスは弾・薬莢・そして銃身の一部を激しく四方に飛び散らせる。この鉄片の1つは猛スピードで彩奈の顔をかすめた。



「くっ!」



 彼女の頬に僅かに傷がつき、赤い血がタラリと垂れ落ちた。


 もちろんゾンビの方向にも多くの鉄片が吹き飛んでいたのであるが、不思議なことゾンビにはかすり傷1つもできていない。


 そもそも人間ならば銃を持つ五指が吹き飛んでしかるべき大惨事だ。しかしこの女ゾンビは指にまるでダメージを受けていなかった。その肉体は限界を遥かに越えた強度をもっているらしい……。


 女ゾンビは何事もなかったような顔で、鉄塊と化したベレッタ92を展望デッキから滑走路に向けて投げ捨ててしまう。



「赤髪にも勝てない雑魚のアンタじゃ……そのつまんないリアクションも仕方ないか」



 だがゾンビの肉体の強度以上に、そのスピードに彩奈は恐怖を感じている。なにしろゾンビが立っていた場所からここまで500メートルは離れていたはずなのだ。



『なんて速さなの……。前よりずっと強くなってる』



 頬を伝う血を手で拭うと、彩奈は一瞬だけゾンビを睨んだ。



 だが彼女の目に映ったそのゾンビの肌は、干からびた他のゾンビ達とは次元の違う瑞々しさを保っていた。それはまるで生きている少女の美しさと変わらないものだ。特に彩奈はそう思った。このゾンビの生前の姿を知っているが故に……。



『やっぱり違う。死んでなんかいない……』



 彼女は目から涙が零れそうになった。常に冷静であろうとしてきた彩奈だったが、この死人の前でだけは冷静ではいられないのだ。大崩壊によって、家族や友人達……全てを失ってしまった彩奈にとって、このゾンビの存在だけが密かなる心の支え……。



「芽衣……会いたかった」



 目頭を熱くさせる彩奈とは対照的に、侮蔑するような表情をゾンビは浮かべている。


 この不思議な女ゾンビの身長は彩奈よりもやや高く、華奢な体躯をしていた。服はノースリーブの白いシャツの上に、白いレースカーディガンを羽織って、短めの黒いチュールスカートを身につけている。ただスカートの下には頑丈なベルトが巻かれ、太ももには2丁の自動小銃をしまうホルスターがぶら下がっているために、アンバランスで無骨な印象を与えた。


 ゾンビのロングの金髪は風に靡き、生きている少女と変わらぬ可憐さを保っている。だがその首には痛々しいほどの傷が残っていた。その傷をみて、彩奈は相手が死人であることを思い出した。



「ククク……でもこっちは彩奈の相手してる時間なんてないんだ。話長いなら撃ち殺しちゃうけどいい?」


「ずいぶんな挨拶するのね……芽衣。もう私のことも覚えてないの?」



 女ゾンビは彩奈の足を指差す。

 


「ふふふ……。彩奈じゃなければ、その綺麗な太ももを銃弾でグチャグチャにしてるけど。そっちのが良かった?」



 もう一度、彩奈はゾンビの名を呼んだ。スーパーゾンビの「クィーン」と同じ名を……。



「芽衣……どうして……」


「汗びっしょりね。そんなに怖がってるクセに……何しに来たの?」



 クィーンは彩奈の頬に優しく手を触れる。しかし火薬の匂いが残るその手の、ゾッとするような冷たさに彩奈は悲しくなるのだった。



 この2人が旧知の間柄であったことは、今まで誰にも知らされていない。俺のみならず、澪、愛ちゃん、春香ちゃんにも。


 同じ場所でずっと一緒に暮らしてきた俺たちにさえも、彼女はこの事実を隠してきてのだった。

5/21クィーン金髪に訂正

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