表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超ゾンビバスター  作者: ぺんぺん草
東京第5コロニー
35/64

東京第5コロニー南部区域の消滅

 猛烈な風が庁舎前を吹き抜けていく。府中は台風の最も接近している時間帯に突入したようだ。時々巻き上がる突風のために、庁舎の屋上にいた佐藤さんの背広の上着も舞い上がる。彼は風に体を持っていかれないように踏ん張った。



「くそ……。こっちは向かい風か」



 一方、地上ではトラックに轢かれた数百のゾンビ達の体がバラバラになりながらも独自の活動をはじめていた。腕、指、足、頭部、目が全てが勝手に動き回り、庁舎前広場は地獄のような光景が広がっている。それは庁舎の上からもハッキリと見えた。



「ちっ。全く気持ちの悪ぃ奴らだ……」



 海王は地上に転がっていたゾンビの頭をグシャリと踏みつける。そして肩をすくめると佐藤さんをあざ笑った。



「ぐひひ。これが気持ち悪いだって?あと3分もすれば俺に体をバラバラにされちまう弱虫野郎がまったく何を言ってんだか」



 佐藤さんは屋上から怒鳴った。

 


「それはテメーだよ海王!」



 しかし一瞬でも隙を見せれば海王の言った通りになる。人間が肉塊にされていく姿を目の当たりにして海王と戦う事を決意した佐藤さんだったが、怒りに任せて海王に殴りかかるわけにはいかなかった。


 なにしろ彼が全力でふっ飛ばした大型トラックを、海王は片手でいとも簡単に弾き飛ばしてみせた。直接対峙して感じるパワーは想像を超えていた……。



『悔しいが、この化物とまともにやっては勝ち目が薄いぜ』



 佐藤さんは庁舎前の国旗掲揚台に目を向ける。



『あの旗ポールを使って奴の体を串刺しにするか。それで動きが鈍ったところを首を切断して……いやそんな簡単にいくだろうか?しかしあの鉄のガタイとパワーでは正面からぶつかって俺が捕まった日には……』



 思案する佐藤さんを尻目に海王は軽くジャンプすると、4メートル近い巨体にも関わらず高く舞い上がり、庁舎中央部からみて南西方向80メートルほど離れた位置にある職員宿舎L棟に一瞬で着地してしまう。



「あ、あの巨体で、あれだけ動けるのか……」



(ここで職員宿舎L棟について解説を加える。これは4階建てのビルであり、その大きさはだいたい東西方向に約50メートル、南北方向に約10メートル、高さ約15メートルほどの直方体型の建造物である)




 海王が降り立ったのは、上空からみて棟の北東方向の角にあたる部分であった。巨大なゾンビはコンコンと軽く東側の壁を叩く。そして佐藤さんに向けてニヤリと笑う。



「へへへ。そこの背広さんよ。俺様に挑もうってんだから、お前もこの程度のことはできるよな?よ〜く、見てろよ……オラッ!」



 キングはその巨大な左手で軽く職員宿舎の1階部分の壁に裏拳を入れた。(キングの拳は50センチはある)


 轟音と共にコンクリートの壁が大きく凹む。同時に宿舎のコンクリートに亀裂が走る。その亀裂は地面に対して平面上に広がっていき、棟の西側壁の1階部分まで到達した。



「なんだ……!?宿舎にヒビを入れて何をしようってんだ」



 信じられないことに実はこの時、キングは宿舎のコンクリートを水平に切断してしまった。まるで豆腐に横から包丁を入れたように、建造物は2つに分かれてしまっている……。しかし外からの見た目には、まだ亀裂の入った建物にしかみえない。



 キングは佐藤さんに背を向けると、東側の壁と北側の壁を巨大な両腕で抱え込むように掴んだ。(キングの腕の長さは2メートル半はある)次第に宿舎全体が振動し始める。1000トンを超える建物が数センチずつ上昇をはじめていく。


 ピキッ!バキンッ!


 これは強力な張力によって、鉄筋部分がギターの弦のように、弾けて千切れてしまった音である。どうやらキングはこの巨大な宿舎を持ち上げてみせるらしい。



 だが佐藤さんは全く怯まなかった。敵に後ろをみせたキングの隙を突く。



「隙だらけだ馬鹿め……。くたばりやがれぇぇっ!」



 今がチャンスと佐藤さんは庁舎の屋上から一気に飛ぶ。向かい風の中、敵までの距離100メートルを弾丸のように突っ切てみせた。そして海王の背中に強烈な飛び蹴りを決めた。



 砲弾が着弾するような凄まじい音が暴風の中で響き、衝撃が周囲に伝わる。しかし佐藤さんはこの瞬間、海王の力が想像を絶するものであることを悟ることになる。



『こ……こいつは……』



 なんと海王はビクともしなかったのだ。逆に佐藤さんの方が反作用でふっとばされてしまい、回転しながら背中から地面へ……つまりゾンビの群れの中に落ちてしまう。だがその勢いも凄まじいために、ゾンビ達の方がボーリングのピンのように四方に弾かれてしまった。



「ビシャアッ!ガヴヴェッ」



 佐藤さんの体と衝突してふっ飛ばされてしまったゾンビ達。その多くは体を激しく損傷した。ある者は池に落ち、ある者は塀に激突して車のタイヤに轢かれたカエルのように潰れてしまう。塀の内側に落ちてしまったゾンビも1体いたが、そのゾンビはぶつかった衝撃で四肢と首が失われていたので、胴体だけが東京第5コロニーに侵入しただけに留まった……。



「くっ!いってぇ……。マジかよ……」



 一方、佐藤さんも海王を蹴った右足の方が傷んでしまったらしく、倒れたまま足を抱えて悶絶していた。するとさっそく佐藤さんに近づくゾンビが現れる。


 そのゾンビは白目のモヒカン男だった。彼の首が折れており、頭部が上下逆さまとなってしまっている。どうやら先程佐藤さんの落下に巻き込まれたゾンビの1体のようだ。不気味な姿ではあるが、まだゾンビとしてのダメージはゼロだ。このゾンビは倒れた佐藤さんの顔を掴むと早速、涎をたらして齧ろうとした。



「メ……メダマ……。メダマガタベタイ……ドコダ」



 佐藤さんは倒れたままアッパーカットを繰り出す。



「離せボケ!」



 彼の鉄拳が逆さ首ゾンビの前頭骨を突き破ってめり込む。そして再び手を振り下ろすとゾンビの頭は粉砕され、そのまま散ってしまった。


 

 職員宿舎を抱えながら、海王はその様子を見て笑っている。



「ククク……何遊んでんだよお前ら。ちょっとは待てっての。今から俺様が面白えもん見せてやるんだからよ」



 四方八方からさらに数十という数のゾンビ達が襲ってきたので、倒れていた佐藤さんは急いで倒立し、その態勢のまま腕の力だけで飛び上がってみせる。そして15メートル近く舞い上がると庁舎前の街灯の上に着地した。



「ハアッ!」



 そしてと灯具を蹴って更に飛びあがり、再び庁舎の屋上に降り立つ。彼は呆然とした表情を浮かべながら背広についた砂を払った。



「はぁ……はぁ……。あ……あれを食らって、微動だにしやがらねえだと……。海に浮かぶ戦艦じゃあるめえし……」

 

 


 職員宿舎のコンクリートが砕ける音と鉄筋の引きちぎれる音が激しくなってきた。亀裂はさらに広がり、ついに1階の半ば部分の高さで建物は引き剥がされてしまう。庁舎の屋上から見ると、宿舎がゆっくり横に揺れているのが分かる。



 佐藤さんの顔が青ざめていく。



「アイツ……まさか……あれを本気で……」



 驚くべきことにキングはとうとう巨大な職員宿舎を持ち上げたのだ。何百トン、いや何千トンあるか分からない鉄筋コンクリートの巨大な建物を。



「おーい。中の奴を死なせなくなければ、ちゃんと受け止めろよ背広くんよ?どうりゃぁぁぁっ!」



 捕まえた敵をバックドロップするように、海王は巨大な宿舎を持ち上げて背後に投げ飛ばした。



 縦10メートル、横50メートル、高さ15メートルはあろうかという直方体状の鉄筋コンクリートが宙を舞う。それは庁舎屋上にいる佐藤さんの遥か頭上を移動していった。



「ばかな……!」


 

 佐藤さんにはこの光景がスローモーションのように映っている。しかし佐藤さんは何もできずただただ絶句するしかなかった。


 己の頭上を遥かに超えて、回転しながら飛んでいく巨大な建築物。この物体がコロニーの中を目指して自由落下していく様子を目の当たりにすれば誰だってそうなるだろう。


 しかし上空の物体は。あまりにも巨大であったがために落下中に単一の剛体としては機能できなくなり、回転しながら上空で3つに割れてしまう。まるで氷河の大崩落のようにコンクリートが崩れて分裂してしまった。

 

 こうしてキングの投げ飛ばした宿舎L棟は、空中で分裂し崩壊しながら塀の中へと落下していく。それは小惑星の激突を彷彿させるような絶望的な光景だった……。



 このままでは確実に死者が出る。全てを塀の外へ跳ね返す必要があると佐藤さんには分かっていた。だが彼にはどうしようもなかった。飛来した物体があまりにも巨大過ぎたのだ。いかに彼が超人とは言え、ただただ推移を見守ることしかできない。



「お……落ちる……」



 3つの塊は庁舎の上空を超えて、そのままゆっくりとコロニーの内部に落下した。その衝撃たるや凄まじい。(この時は俺が居た体育館ですら激しく揺れた。この世のお終わりが到来したような大地震であった)


 


 この一発で庁舎の北側に建っていた無数の官舎は破壊し尽くされ瓦礫に変わってしまう。噴煙は高度500メートルを超え巨大な府中刑務所が白い煙に覆われている。


 ビルそのものがコロニーの中に落下したようなものだ。この一撃で東京第5コロニーの南部区域はあっさりと壊滅してしまった……。老若男女問わず50名以上が死亡、すなわち東京第5コロニー住民の1割近くがこの瞬間に死滅してしまったわけである。


 残念ながら佐藤さんの力をもってしても、キングの侵攻を止めることはできなかった。


 しかも同時にコロニー内部を外敵から守っていた塀が部分損壊してしまう。そこから数百というゾンビ達が人間たちの居住区に侵入していくことになるのだ……。このままではここも第2コロニーのように殲滅させられてしまうだろう。



 佐藤さんの体が震えている。



「こ……こいつがキングか。冗談だろ……」



 基礎しか残っていないような職員宿舎L棟の側で、キングは佐藤さんに向かって掌を上にして人差し指を曲げ、「来い」というジェスチャーをしてみせた……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ