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超ゾンビバスター  作者: ぺんぺん草
東京第5コロニー
32/64

三木の干殺し

 府中刑務所の構造は少しばかり複雑なので、ここでは若干の解説を加えたい。


 刑務所全体はコンクリートの塀で囲まれているいるのだが、上空から見た塀の形はだいたい「凹」という字の形をしている。我々がいる庁舎はその正門と言える場所に位置しているものの、この庁舎そのものは塀の外にある。「凹」という字のまさにヘコんでいる部分の中に庁舎が置かれているのだ。そして庁舎の北側部分は塀と接していて、刑務所内と繋がっている。


 我々がいる庁舎とはつまり東京第5コロニーと外界を隔てる境界となっているわけである。城で言うならば正門の上に櫓があるようなものだろうか。


【東京第5コロニー】

挿絵(By みてみん)



 ○○○


 庁舎の屋上からは府中市の様子がよく見えた。先程よりもかなり強くなっていた南風が、ときどき突風となり滅びてしまった街の中を吹き抜ける。雲の動きは恐ろしく速く、台風の接近を想像させる。そして刑務所の周囲には不気味なほどにゾンビ達はいなかった。それはなんとなく……俺は津波の前の引き潮を想像させるものだった。


 佐藤さんはネクタイを直しながら、白のシュマグで顔を隠した男に尋ねる。



「それで?俺たちは会えばいいのか。その大神子という奴に」



 だが男は首を横に振った。



「君はここに残ってくれたまえ。いま大神子様が会うのはそちらの青年だけだ……」


「俺だけ?」



 自分の顔を指差すと男は頷く。これに佐藤さんは不満げだ。



「おいお〜い。な〜んか感じ悪いな。俺だけ居残りて、アイツらと仲良くしてろって?さっき殺そうとしてきた連中とさあ」



 緑色のシュマグをつけた男たちは佐藤さんの言葉に怯えた。だが男は譲らない。



「すまん。時間がないんだ。それでは来てくれたまえ……そちらの……」


「俺の名前?石見だよ」


「では石見殿。こちらへ」



 そう言われては仕方がない。俺は佐藤さんに向かって手を上げた。



「じゃあ俺、とりあえず行ってくるわ。待っててくれ佐藤さん」


「しゃあないか。気をつけてな〜石見くん」



 男は塔屋の扉を開けると、俺を中へと招き入れた。これでようやく東京第5コロニーの中に入ることができたわけだ。外はゾンビ達の世界だが、この中は人間たちの世界である。俺たちがずっと待ち望んでいた世界だ……。


 階段を降りていく道すがら、男は色々なことを説明した。まずこの白いシュマグを身に着けた男は第5コロニーの守備隊長であり、その名を小杉秀光という。歳は40歳ぐらいだろうか。


 彼は東京第5コロニーの守備隊長であると同時に、大神子からの神託を住民たちに伝える役も担っているという。



「大神子様のご神託て、アンタ……。そりゃ卑弥呼と邪馬台国みたいな感じじゃないか」


「まあそう思っておいてくれたまえ」



 俺の感覚では、この男は卑弥呼の弟みたいな存在に思える。



 庁舎を出るといよいよ府中刑務所の塀の中だ。ようやく人々が生活してる領域に入る……。だがドアから出た途端、鼻をつんざくような強烈な異臭がした。



「うっ……。ゲホッ!なんだこりゃ。ひでぇ……」



 庁舎の裏門側にはすぐに別の屋舎があり、その間が野外通路となっている。しかしこの通路にビッシリとテントが立ち並んでいるのである。並びの一角に共同トイレと思しき小屋があるのだが周囲に汚物が散乱していた。溢れているようだ……。



「ちょっといいか?なんでこんな狭い場所で人が暮らしてるんだ!?収容棟が空いてるだろう?」


「収容棟には一部使えないところがある。入居した者の一部がゾンビ化してしまったのだ。どうもウィルスが残っていた場所があるらしい……。もっとも使用できる収容棟も似たような状況だ。なにしろトイレは水洗というわけにはいかないのでね。衛生状態はここと大差ないのだ」



 府中刑務所の中は、簡単に言うと難民キャンプのような状態だったのである。とても俺たちが期待したような世界ではない。まず道のそこかしこに排泄物が溢れている。捨てる場所がなくて往生しているらしい。



 全く酷い。道が汚れているので靴を踏む場所にも気を使う。


 小杉氏と共に道を進むが、すれ違う人、収容棟のそばで座り込む人、全員が痩せこけていた。印象としては6割ぐらいは老人に思える。若い人間も少しはいるが……皆、顔色が悪い。赤ん坊を抱っこしている母親を見たが、母子ともに痩せていた……。そしてここの住民に共通することは俺にほとんど興味を示さないこと。興味を示したとしても「食料」を持ってないかと迫るだけ。


 そしてそういう輩達を小杉氏が追い払う。



「邪魔するな。彼は大神子様に会わねばならんのだ!やめろ。散れ!」



 集まってきた住民達を強引に小杉氏は押しのけて進んだ。



「こりゃ三木の干殺しやね……」



 頭にふっと、秀吉軍に包囲された播磨三木城のイメージが浮かんだ。きっとあの城の中はこんな感じだったんだろう。飢え……飢え……飢え。



「いかんせんこのコロニーには食料と水が不足気味なんだ。だが幸いなことに台風が近づいている。水だけでも確保できれば幸いだよ。なにぶん580人を養っていかなきゃならんのでね。ただ汚物が散乱している現状だ。排水設備も不十分。このままでは衛生状態が悪化するのは避けられないだろう……悩みの種は尽きない」



 塀の外はゾンビの世界だから仕方がないとは言え……全くこりゃ酷いな。彩奈の保護の元で、ホテル暮らしをしていた俺たちがいかに幸せな存在だったか思い知らされたよ。幸運だったな。



「刑務所だから、ここに残されているのは囚人達ばかりなわけ?」


「いや……我々がここに逃げ込んだ時には囚人達はほぼいなかった。ゾンビとなった囚人達は10人ばかり残っていたがね。パンデミックの大混乱の中で、囚人達の大半は脱出したらしい。その後で我々がここに避難したんだ。可能な限り食料と武器弾薬を運び入れてね。そして自治組織をつくり、皆でゾンビ達の侵入を防いだ。それでどうにか今までやってきた」


「大変な話だな……」



 刑務所の中には多数の工場施設が残されている。稼働させるために必要な電力などありはしないが、それでも様々な道具が残されているだけ生きるのに融通はきくのだろう。



「ここは刑務所だったから30以上の工場があるんだ。もっとも限られた作業しかできないが」


「しかしここが東京第5コロニーってことは……。他にもコロニーはあるってことだろ?」



 彼は大きく頷いてみせる。



「東京には10のコロニーが残っている……それも最近9つに減ってしまったが」


「そんなのなんで分かるんだ?斥候でもしたわけ?」


「ここには無線機がある。それに発電機も少しだけ使える。だから他のコロニーと連絡を取ることができるんだ。君たちのような力を持たない我々には物理的な交流は無理だ。残念ながら無線でしかやりとりできないがね」


「そうか……」



 さらに歩くと運動場の前を通ればテントが立ち並んでいるのが見える。そこはまさに難民キャンプ状態である。しかも運動場の端の方は墓地になっているようだ。死んでしまった住民を埋葬しているらしい……。なんとも陰鬱な光景だ。



「もっとも住民の大半は今、体育館の方に避難している……。おそらく今日の内にゾンビの襲来があるだろうから」


「そういや言ってたな。ゾンビの王が襲ってくるって。それに備えてるのか?」


「ああ……。大神子様の予言だ。並のゾンビならばあの塀で十分防げるのだが……ゾンビの王となればとても防げない……」



 ゾンビの王とはなんだろう?きっと彼らの言うゾンビの王とはスーパーゾンビのことだと思う。俺は予言なんて信じる気はないが、もしも襲ってくるとしたら、ジョーカー・キング・クィーンのどれかだろうな。まてよ……?佐藤さんを襲ったお面の男の可能性もあるのか?


 なんにしろ強力なスーパーゾンビしか残ってないか。もし予言が本当であるならば、俺も逃げた方が無難かもしれんな。



「こっちだ。もうすぐ大神子様のところに着く」



 彼に導かれ、俺はかつて誠心寮と呼ばれた建物の中へと入っていく。そして階段を登り、とある部屋の中へ招き入れられた。



 そこは共同室(雑居房)と思しき10畳の大きな部屋だった。清潔な畳が敷かれ、外の悪辣な世界とは様相を別にしている。だが壁には妙な文字が書かれた紙が貼られている。それはまるで呪術である。彼は靴を脱いで畳の上に上がるよう促す。



「石見殿、あがってくれたまえ」



 ただ部屋が怖いので俺は少し帰りたくなってきたが……。


 この部屋の中心には、白衣はくえと緋袴を身に着けた老婆が背を向けて正座していた。小柄な彼女は白髪であり、長い髪を後ろで縛った髪型をしている。年齢は80歳近い老女のように思えた。



 小杉氏は彼女のそばに正座すると一礼する。



大神子おおみこ様。彼……石見殿をお連れいたしました」



 すると大神子おおみこと呼ばれたその老女は体をこちらに向けて、正座したまま頭を下げる。



「まずは無礼をお詫び申し上げまする。そして貴殿が守備隊の者らに手を出さなかったことを感謝致します。石見殿がその気になればあの者らは……いやこのコロニーはひとたまりもなかったでありましょう」


 

 な……なんだこの婆さん。



「ゾンビの王が襲来する前に、貴殿の怒りを買ってこの街が滅ぼされてしまっては意味がないというものじゃ」



 筋の通ってる人らしい。だが……なんで俺が普通じゃないことを分かってるんだ!?そうか……守備隊からの連絡がきたのか。それにしても察しが良すぎる。



「まあそう怪訝な顔をなされるな。貴殿が途方もない力を持っておることは分かって……ゴホッゴホッ」



 大神子が咳き込むと、小杉氏は彼女の背中をさすった。



「申し訳ない。私は体が弱い年寄りでのう……。時間がないので結論からお話いたす。東京に君臨せしゾンビの王の一角を倒したのは貴殿じゃろ。3週間ほど前に凄まじい力を感じた……」


「な……なにっ!何故それを……」



 俺が赤髪のジャックを倒したことを言っているのだろうか?だとするならば彼女は一体何者だ……。

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