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超ゾンビバスター  作者: ぺんぺん草
東京第5コロニー
31/64

嵐の前

 9月5日。俺と彩奈はいよいよ東京第5コロニーと呼ばれるようになった府中刑務所に向かうことにした。正直言って不安の方が強いが、このままホテルの屋上で孤立しながら暮らすよりマシな運命が切り開けるかもしれない。

 

 ただホテルでの留守番を頼むと言った時の澪達の絶望した顔ったらなかったな……。未だに彼女達からは赤髪に襲われた時のショックが抜けないようだ。本当は俺か彩奈のどちらかがいてやらないといけないんだが……。今日ばっかりは仕方がないな。



「結構、風が出てきたなあ。しかも向かい風でやんの」


「そうね。早く帰ってあげないと、あの子達が怖がっちゃう」



 時刻は午前10時30分。俺たちは時速80キロの速度で中央自動車道を西に向かって走り続けていた。時々、放置された車を飛び越えながら俺と彩奈は会話する。



「こりゃ来週にしとけば良かったな……。台風が接近してるんだろうけど、天気予報がないからこんなことになっちまう」


「愚痴言わないの蒼汰さん。今日は様子をみてくるだけなんだから、きっとすぐに終わるよ」



 空は分厚い雲に覆われている。雨が降らないのはまだ幸いだ。


 全く不穏な天気である。今は真昼だというのに雲が厚すぎて暗いったらありゃしない。お陰でゾンビが高速道路にまで出没するから困るな。襲ってくる奴は時々蹴っ飛ばして防音壁に叩きつけてやるものの、妙に数が多いのが不安にさせる。



「あらよっと!」



 走りながら横転していた大型トラックを飛び越えれば調布飛行場がチラリと見えた。目的地はもうそろそろか。



「待って!蒼汰さん」



 彩奈が急に呼び止めるので、俺は慌ててブレーキをかけた。



「おっとと。どした彩奈?」



 振り返れば彼女は高速道路の上に立ちすくみ、南東の方角をじっと見つめている。彼女の見つめる先には真っ黒な雲が空から伸びて細く垂れ下がってる。彩奈は高速の門型標識柱の上に飛び乗ると、その黒く細い雲を双眼鏡で確認した。


 ただ俺は何故に彼女がそんなことをしているのか分からない。あれがこっちに向かっているというのだろうか?



「なんだあれ。もしかして竜巻ってやつ?俺はじめてみたなあ」



 彼女は無言で標識柱から飛び降りると、俺の側にストンッと着地する。



「蒼汰さん……。私、行かなきゃならない」


「え。行くってどこに?」


「言えない。本当にごめんなさい」


 

 彩奈がいきなり離脱すると言い出した。一体あの雲がなんだっていうんだ?彼女の言っていることが俺にはまるで分からない。



「待てよ。急に何を言ってるんだ彩奈。行かなきゃって……こんな世界で誰かとの約束があるわけじゃなし……」


「でも行かなきゃ!止めないで」



 彩奈は来た道を引き返そうとしたので、俺は慌てて彼女の肩を掴んだ。



「ちょ、ちょっと待てよ!俺1人で府中刑務所に行けってのかよ。急にどしたおい!?説明しろよ」



 彩奈は困ったような顔をして俯く。



「どうしても……なの」


「それは俺には言えない話なのか?」


 

 何気ない一言だった。


 しかし突然に彼女は怒りを秘めた表情で俺を見上げる。それも若干軽蔑してるような目で。



「俺に言えないのか?って何よ……偉そうに……」


「へ!?」



 俺の言葉で急にスイッチが入ったらしい。あまりに突然で俺は返す言葉が出てこない……。



「なんで貴方に全てを言わなきゃならないの……親でもないのに」



 唖然とした。彼女は一体何を言ってるんだ。運命を共にしてるのに、いきなりそりゃないだろ。だが俺を見る彩奈の目はマイナス200度ぐらいまで冷え込んでいる。



「そりゃだってお前。2人で計画立てて、この日に決めて……」


「お前とか……勝手に私の彼氏みたいな顔しないで」



 開いたアゴが高速の路上に落ちるかと思った。



「おいおい……情緒不安定か!今日の彩奈は変だぞ」


「私のことはほっといて……。もう貴方には関係ないことでしょ」



 なんだか知らないが頭が真っ白になってきた。なんで俺たちは別れ話みたいになってるんだ?もしかしてあの雲は佐藤さんの呪いか!?



 彼女は俺に地図を押しつけるように渡す。



「私のことは心配しなくていいよ。貴方は貴方で用事がすんだらホテルに帰ってきて」



 そう言うと彼女は俺を置いて、高速道路の防音壁を飛び越えて調布方面に消えてしまった。



「おいおい。ちょ、ちょっと彩奈ってば。おーい」




 別々に帰るって……なんなんだ?これ突然に嫌われたのか俺は!?


 だがあんな情緒不安定な奴じゃなかったんだが、一体どうしたってんだよ!まあ結局の俺なんかに女の気持ちなんて知りようもないのだ……。


 うーん。実は嫌われてたんかな……。 


 急にテンションがガタ落ちしてしまった俺は、トボトボと歩いて府中刑務所を目指す……。歩く内に自分が受けたダメージが思ったより深刻であることが骨身に染みてくる。


 なんとなく……アイツの彼氏のようなものだと思ってた自分が死ぬほど恥ずかしい。よくよく振り返ってみれば、確かに彼氏でもなんでもなかったな。ああショック……。



 『いっそこのまま府中刑務所で暮らそうかな。それもいいかもしれん……』などと考える俺であった。


 


○○○



 ダウナー全開な俺はどうにかこうにか中央自動車道を進んだ。

 

 競馬場が見えたので高速から飛び降りて、武蔵野線の線路の上に着地する。そして途中、地下に潜りつつ線路上を北に進むとようやく府中刑務所が見えてきた。

 


 近づいてはじめて分かったのだが、府中刑務所というのはなかなか巨大な施設であった。思ったより大きいので、思わず周囲を一周してしまった。


 刑務所本体を取り囲む塀は巨大であるのだが、職員宿舎を取り囲むべき塀や柵は低い。お陰でゾンビでもこの領域までは自由に侵入できてしまっているようだ。


 しかし凄いなここは。職員宿舎のだけで一体何棟あるんだよ。小さな街みたいなもんだな。日本最大の刑務所ってだけはあるわ〜。


 正直、正面がどこなのか分からない。まあしかし今の俺には関係ない。何しろ塀をヒョイと飛び越えるぐらい朝飯前だし。(高さは5.5メートルぐらい)


 職員宿舎を何棟も抜けて進むと駐車場が見えてくる。その向こうに街路樹が並び塀がみえる。あとはあの塀を超えればよいだけとなった。


 しかし……妙に緊張するな。ゾンビのことはともかく……生存者の集団に接するのはこれが初めてになるもんな。『どんな顔して入ればいいんだろう?突然だと警戒されるかな』などと考え込んでしまい、進むのを躊躇していると、いきなり後ろから肩を掴まれた。



「よう」


「うわああああああああっ!」



 振り返って構えると、後ろに立ってたのは大観覧車で戦った佐藤さんだった。彼の方も俺の声にびっくり仰天していた。



「びっ……びっくりしたぁ!殴りかかってくるかと思ったぁぁ!デューク東郷じゃあるまいし、後ろから声かけただけでそんなに殺気出さんでもいいんじゃないか」


「いや驚くわ!こっちは結構緊張してたんだぞ」



 再度合流した俺たちは2人で塀の方に進むことになった。しかし何故に彼がここにいるんだろう。しかしダウナーな俺を尻目に、佐藤さんはお構いなしに喋り倒してきた。



「なんか顔に死相が出てるけど、どうした君。そういや以前にそういう顔してた奴みたことあるぞ。彼女にフラれた直後の奴だったかな。実に悲惨だったな〜アイツ」



 ズバリ的中させやがって。今の俺って、そこまで消沈した顔して歩いてんのかな?



「なんでもない……」



 俺は項垂れる。すると彼は俺の背中をポンポンと叩いた。



「あんな素敵なガールズ達がいて何を憂う。君は日本一恵まれた男なんだからそんな顔すんなよ。涙ぐんでるじゃないか」



 マジですか。俺は涙ぐんでるの?もう勘弁して。


 俺は腕で涙を拭った。



「うるさいなぁ花粉だよ花粉。それよりアンタは奄美に行ったんじゃないのか?」


「それが聞いてくれよ〜石見くん。神奈川に向かう手前で、めちゃくちゃ危険なゾンビが出現したんだ。あれはきっとジョーカーって奴だぜ」


「ア……アンタ、奴に遭遇したのか!?」


「おおよ。すぐに橋桁の後ろに隠れたから、幸いにして向こうに気づかれなかったがね。もう恐怖のオーラが違うぜ。ちょっと近づけないな」



 この赤髪野郎より強いであろう佐藤さんが、ここまで恐れるほど迫力があるとは……。赤髪がジョーカーにビビってたわけだな。



「でも気になるのは妙な集団がそのジョーカーって野郎につき従ってやがるんだ。でもあれはきっと生存者達で……」



 その時、遠くから発砲音が響くと、足元の道路に何かが当たってシュンッという音がした。



「ん……なんだ?」



 音がした方向に顔を向けた瞬間、再び発砲音が轟く。気づけば俺の目と鼻の先に弾丸が迫っていた。



「!」



 俺はギリギリで銃弾をかわした。だがカスってしまった頬から血が垂れる。そして銃弾は街路樹に当たった。



「くそっ!ここの奴らか。一体どういう歓迎なんだよ」


「そうきたみたいだな。たぁっ!」



 すぐさま佐藤さんは大ジャンプして4階建て職員宿舎の屋上に着地する。



「左だ石見くん!正面にある庁舎の屋上から狙ってるぞ!」



 正面の庁舎の上か!


 彼の指差す方向を見る。すると200メートルほど離れた場所から俺たちを狙っているのが分かった。俺は塀際を一気に加速し、無数の銃弾をくぐり抜けると庁舎に向かって飛ぶ。そしていったん屋上の塔屋の壁にカエルのような態勢で着地して勢いを殺すと、そのまま屋上の床の上にヒラリと立った。


 そこには銃を構えた男たちが並んでいた。



「ば……ばかな!?い……いくらなんでも速すぎる!白髭どころじゃないぞ……」



 あまりにも速い接近に、屋上にいた銃撃者達は腰を抜かした。彼らは緑色のシュマグというマフラー状のものを顔に巻いており、その素顔は隠されているので不気味である。人数は10人ほどだった。



「だりゃああ!」



 俺は屋上に着地すると、一瞬で銃撃者の持っていたライフルを蹴り落とす。その内の3つぐらいは銃身を切断してやった。



「ゲエッ!な……なんて速さだよ……」


「指がアァ!隊長、俺の指がぁっ!助けて」


「落ち着け皆!撤退するんだ!」



 9つの重いライフルが宙を舞い、そして大きな金属音を立てて床に落ちた。



 襲撃者達は銃をふっ飛ばされた時の衝撃で両腕が痺れている。そこに俺は寸止めのジャブを放ち、目の前にいた男を風圧で「くの字」の態勢にしてふっ飛ばす。(直で殴ると腹をブチ破ってしまうから気を使うもんだ)



「そらっ!そらそらっ!」



 そのまま寸止めジャブを連打して残りの連中もふっ飛ばした。



「ゲペッ……」



 銃撃者達は仰向けになって気絶してしまった。



「どういうつもりだコイツらは。いきなり殺す気かなのか……。危ねえ連中だな、ここの奴らは」


 

 怒りが収まらないので床に落ちたライフル一挺を踏みつけてバラバラに砕いてやった。そこに佐藤さんが追いかけてくる。



「速っ!もう片付けちゃったのか君。俺の援護は必要なかったな……」


「いや、まだそこに1人いる。撃たれないよう気をつけた方がいいよ」


「お?」



 俺の指差した先には、壁に隠れて銃を持った男が呆然とした顔で俺たちを見つめている。だが体がすくんでしまい撃つ気力はもうないようだ。銃を持ったまま後ろに下がろうとした男だったが、胸ぐらを佐藤さんにガシッと掴まれ片手で軽々とその体を持ち上げられてしまった。



「おいコラ!なんで俺達を殺そうとしている。答え次第ではここから地上に投げ落とすぞ」



 男は急に涙ぐむと手を組んで祈りはじめた。



「おお神様……。敵はあまりにも強すぎます!大神子様の予言通りゾンビの王はあまりにも……恐ろしい」


「何を言ってんのコイツ?」



 佐藤さんは俺の方を見るが、俺もサッパリだ。



 そこに塔屋のドアを開けて別の男が現れた。彼は白いシュマグを顔に巻いているので、コイツらの仲間だろう。



 新たな敵が現れ俺と佐藤さんは構えた。しかし彼は武器を持っていない。すぐに掌を前に出して我々を制止しはじめた。



「ま……待ってくれ!行き違いがあった。君たちを攻撃したのは全くのこちらの手違いだ。許してくれとは言わないが、それだけは分かってくれ!」


「ケッ。それが言い訳か。だが話し合う気はあるようだな」



 佐藤さんは銃を持った男から手を離す。すると男はドサっと床に落ちて、そのまま倒れ込んだ。話の分かってそうな奴が出てきてとりあえず良かったが……。塀の前に立ってただけでこんな扱いじゃ納得できないぜ。



「手違いったって頭撃ち抜かれちゃ死んじまうんだぞ。分かってますオタクら?なんで数少ない生存者同士で殺し合いしなきゃならんのだ。これは阿呆の所業だぞ」



 白いシュマグの男に俺は詰め寄った。



「釈明させてくれないか。大神子おおみこ様によって、今日まさにゾンビの王がこのコロニーを襲うことが予言されているのだ。だがまさか同日に君たちが出現するとは思ってなかった……」


「大神子様だと?」



 何を言ってんだこの男は。予言だのなんだと……おかしな話をしやがって。いや待てよ。今の聞いたことあるな……そうだ思い出したぞ!


 俺の頭に、生首状態のエースが残した言葉がよぎる。


『しかし大神子おおみこっちゅう妙なばばあがおるから困る。ワシでも襲うにはちょいと難儀する場所なんじゃなぁ』



 そうか!あの時のエースの話は本当だったようだな……。



「君たちのことを既に大神子様は知っておられる。彼女は大いなる力を持った神子であり、我々の救世主……ぜひ会って欲しい。そうすれば奇跡は起きるやもしれん」



 おいおい。


 いきなりヘンテコな話に巻き込まれたぞ。だいたい大神子ってのは妙な宗教家なのだろうか?正直言ってあまり会いたくないなあ……。



「どうする石見くん。コイツらの言うことを信じるか?」



 薄暗い中、風はどんどん強まっている。地上をみれば、看板が強風に煽られて空に巻き上げられていた。本格的に台風が接近しているようだ。

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