大観覧車での激闘
背広のゾンビは大観覧車の頂上に位置するゴンドラの屋根に立ち、俺は隣のゴンドラの屋根に立つ。そして互いに構えた。
「でっけえな……」
敵は190センチを超える背丈の持ち主であり、その腕のリーチは相当なものと予測される。
「はぁっ!」
先に仕掛けてきたのはゾンビの方だった。ゴンドラの屋根を蹴って俺の立っているゴンドラに飛び移ると、すぐさま猛烈な勢いで突きを放ってくる。
そのパンチをジャンプでかわした俺を追いかけて、ゾンビも間髪入れずジャンプ。そして宙高く舞っている俺を追ってくる。
「くらえ!」
そこで俺は体を垂直方向にクルリと回転させて、真下から迫ってきた背広ゾンビの顔を蹴る。
「だりゃぁっ」
「んがっ!」
ゾンビはそのまま落下していくものの空中で態勢を立て直し、観覧車のフレーム部分に着地した。続いて俺もゴンドラの上に着地する。ゾンビは俺を睨みつけながら、頬をさすった。
「相変わらず強い野郎だなお前は……。しつこく俺に絡んでくるだけの腕はあるよ」
「な……何の話だ。お前とは初対面だろ……」
「今朝のことをすっとぼけやがって……。成田空港での借りをここで返してやるぜ」
俺は徐々に違和感を感じはじめていた。
まずヤツとの話が全然噛み合っていない。これはジョーカーの戦術なんだろうか?ならば意味の分からない言動に惑わされてはいかんのだが……。
「ハッタリだと思ってると後悔するぜ……東京のお坊っちゃんよ」
このゾンビは確かに強い……。それも凄まじく強い。実力的には赤髪のジャックに匹敵するか、それ以上のゾンビだろう。俺の見た中では最強だし、油断したならば一瞬で殺されてしまうかもしれないほどの強さだ。
しかしなんだろうこの感覚は……?
ハッキリ言って、このゾンビからまるで恐怖を感じられないのだ。めちゃくちゃ強いのに、正直そんなに怖くない……。俺がイメージしていたジョーカー像とはかなり違う。
い……いかん。油断するな俺!奴がジョーカーであるならば、こんな程度ではないはずだ。なにしろジャックがあれだけ怯えてたゾンビなんだ……。
「こういう事もあろうかと思って、とっておきを用意しておいたんだよ」
そう言うとゾンビは背広のポケットから硬球を出した。まさかこの世紀末な世界で硬球が出てくるとは想定外。
「こ……硬球?硬球じゃないかそれ?どっからそんなもんを……」
「へへ。勝負は非情だからな。俺にしつこく喧嘩を売った自分自身のクズさを恨むがいい」
背広のゾンビは足を高く上げると、そのまま硬球を投げてきた。
「ずりゃあああああああああっ」
硬球は空気との摩擦によって火の玉となり、もはや大砲の弾のようだ。そして俺の立っていたゴンドラに直撃すると、そのまま突き破ってしまう。ゴンドラの窓ガラスは衝撃で割れ散った。
「う……うおっ」
硬球に撃ち抜かれたゴンドラは、衝撃で1回転してしまい、屋根の上に立っていた俺はバランスを崩して落ちてしまう。
「うわあっ」
俺の体はそのまま大観覧車のスポーク部分に激突し、滑り落ちるようにして中心のスピンドル部分にぶつかった。少しばかり打ちどころが悪く、なかなか起き上がれなかった。
「ゲホッゲホッ……くそっ!み……鳩尾に入っちまった……」
「はっはーっ!トドメだっ!くたばりやがれ」
そう叫ぶとゾンビは猛スピードで上空から落下してきた。慌てて上を見れば、膝を突き出してニードロップの態勢に入っている。
「やべぇ!」
こんなの食らったらアウトだ!慌てて起き上がって攻撃をかわすと、ゾンビの膝は大観覧車の中心軸に激突。巨大な軸を大きく「くの字」に凹ませてしまう。この振動で大観覧車が横に揺れた。
「おおお……。倒れないだろうな」
それにしても、いまのは危なかった……。予想もつかない攻撃しやがって……。
だがゾンビの様子がおかしい。膝をスピンドルにめり込ませたまま、なかなか立ち上がろうとしないのだ。
「くっ……ぐっ……ぐっ……」
「な……なんだ?どうした?」
突然にゾンビは膝を引き抜く。そして立ち上がると膝を抱えて大空に向かって絶叫した。
「あぁぁぁぁっ。い……いてぇぇぇぇぇっ!ぐぎゃぁぁっ」
「え……!?」
しばらく呆気に取られてしまったが、これはチャンスである。頭を切り替えてヤツの隙を突き、その腹を思い切り蹴り上げた。
「くらえ!」
「ぐぴゃぁっ!」
そのままゾンビは舞い上がり観覧車の丸いフレーム部分に激突。そして木の葉のように落下してくる。俺も中心軸から飛んで、落下してきたヤツの体を、もう一度上に蹴り上げた。
「どりゃあああああっ!飛んでけ」
「ぶ……ふぎゃぁっ!」
ゾンビの体はそのまま猛烈な勢いで上昇し、観覧車頂上のゴンドラの床を突き破って、頭だけゴンドラの中に入ってしまった。しかしすぐに手でゴンドラの床を押すと、そのまま頭を引き抜きゴンドラから脱出。再び、俺の立っている中心軸に舞い降りる……。
相当タフな奴だなこのゾンビは……。
奴は俺に向かって訴えた。
「いってぇっぇぇぇぇぇぇぇぇ!何すんだぁぁ。俺を殺す気かぁ!」
え!?なんなんだコイツ。そんな根本的なそもそも論あるかよ。ゾンビはヒィヒィ言いながら顔を手で押さえて必死に痛みを取ろうとしている。
「く……くっそお。お前がそこまでやる気なら俺だって容赦しないぞ!」
涙目のゾンビが再び飛びかかろうとしたが、俺はそれを大声で制止する。
「待てえええええ!ちょっ……ちょっとタイムだ!いいか?いいな」
すると奴は動きを止める。
「な……なんだ!?タイムなら俺は大歓迎だ!全く問題ない」
「くの字」に折れ曲がった大観覧車のスピンドルの上で、俺と背広ゾンビは向かい合う。そして額を指先で押さえながらしばらく俺は考え込む。15秒ほどだけど。それから本質的な質問をゾンビにぶつけてみることにした。
「なんかさ……。さっきから、すげー痛がってんじゃんお前?」
敵は驚いた表情を浮かべる。
「ちょっ……。そんなの当たり前だろっ!お前は一体どういうつもりで俺を蹴ったんだ!痛くないわけないだろう」
な……何を言ってんだコイツ。こんな返しをするスーパーゾンビは初めてだな。
「いやいやっ。だから……お前はもうゾンビなんだからそんなに痛がっちゃ駄目だろ。演技が上手なんだからもう……こういうゾンビは嫌らしいよね。ゾンビ失格だぞ」
奴の目が点になっている。
「お……お前、今なんつった?」
「だ……だから。ゾンビの癖に痛がりすぎなんだよね。戦いにくいから、そういう作戦だけはやめてくんない?ジョーカーってそういうセコいやり口で恐れられてるゾンビなのか?ガッカリだな」
背広男は手をポンッと叩いて「ああそうか」というジェスチャーをしてみせる。それから鬼の形相で叫んだ。
「だ……誰がゾンビじゃぁぁぁっ!俺は人間じゃあぁぁ」
「なにっ!?」
一瞬、頭が真っ白になった。
「なんか変だと思ってたら、君は……。さっきから俺をゾンビだと思ってたのか!?おかしいだろ。そこは十分に説明してくれプリーズ」
「い……いやだって。アナタ、背広着てるし……」
「背広を着てるからゾンビってどういう理屈なんだ!?東京のゾンビは全員背広を着てるのか」
「いや……こんな暑い時に……。普通の人間は着ないのでは」
「ほっといてくれ。俺の趣味なんだから」
がぶり寄ってそう言われると非常に困るよね。しばし頭を抱えちゃうな。それでは次の証拠をば……。
「だいたいアナタの顔の左半分、血で真っ赤じゃん。非常にゾンビっぽいですよ」
男はブンブンと首を横に振って、頭部を指差した。
「これは大怪我してんだっての。包帯もないから困ってんだ俺も」
ちょっと待ってくれよ……。話がどんどんワケが分からなくなってきたんだが。俺は思わず髪をかきむしった。
「だ……騙されないぞ俺は」
「まだ疑うのか君は」
「だいたいアナタは、めちゃくちゃ強いじゃないですか。普通の人間はあんな動きできないよね。これがアナタがスーパーゾンビという動かぬ証拠。違う?」
「そ……それは完全にこっちのセリフなんだぞ。君こそエクストリーム・ゾンビとしか思えない強さなんだが……」
彼の言うエクストリーム・ゾンビってのはスーパゾンビのことなんだろう。そう返されちゃうとグウの音もでない。俺は改めて男の顔を見る。だんだん……七三分けした就活中の大学生にしか見えてこなくなってきた。
「じゃあ、アンタは人間なのか?」
男は大きく頷いた。
「君も人間のようだな。異常なまでに強いけど」
俺も首をブンブン振って頷く。
こうして激しく戦っていた2人の男たちの間にどうしようもないほど寒々しい空気が漂い出した。待望の生存者との出会いが、まさかこんな不毛な形となろうとは……。
「ご……ごめんね。人間だったとは露知らず……」
「お……俺も先に殴りかかって、ごめん」
彼の名は佐藤隆也という……。彼は、俺が初めて出会う「東京都民以外の生き残り」なのであった。




