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超ゾンビバスター  作者: ぺんぺん草
白髭のエース
27/64

第六ゾンビ王

 青年が闇に消えてから10日間が過ぎ、暦の上では秋に入った。


 老人が予言した通り、この若きゾンビの身体能力は上昇の一途を辿っていく。もはや彼を脅かすものは都心部には存在しない。青年ゾンビの力は甚だ強力なものとなり、「狩られる側」だった彼も、今では退屈しのぎにゾンビ達を破壊して喰らう「狩る側」に回ってしまっている。



「そらよっ!」



 青年が軽く足を上げると、目の前にいた巨漢のゾンビの体は破裂したように砕ける。そして首だけがゴロゴロと道端に転がっていった。彼はゾンビの髪の毛を掴むと、そのまま首だけを持って歩きはじめる。


 彼は東京に出現した6体目のスーパーゾンビとなっていたのだ……。もしも赤髪のジャックと遭遇してしまったとしても、既に彼の敵ではなかったであろう。


 

「へぇ……。ここが例の動物園ってか」

 

 

 街の探索にも飽きてしまった彼は或る動物園の中に侵入することにした。入場ゲートを軽く飛び越えて動物園の中に入ると、人間の死骸で溢れている。何が起こっていたのだろうか?しかしそんなことに青年はもはや興味を示さない。



 彼は鼻歌を歌いながら中を進んでいく。

 


 かつて象が飼育されていた区画まで到達すると、数匹の象が死骸となって横たわっているのが見えた。パンデミックのため人間が世話できなくなってしまい動物達は餓死してしまったようである。しかし不思議なことに一匹のアジア象だけは活動を続けていた。



「おぉ?」



 興味をもった青年は柵に寄りかかり、このアジア象を見つめる。彼は手にしていたゾンビの頭部を齧りながら、注意深く観察する。まるでリンゴのように頭を齧られてしまったゾンビはギョロリと目を動かした。しかし青年は無理して目玉ごと食べ続ける……。吐き気がするほどおぞましい光景だ。



「へぇ……。象にもゾンビ化したヤツのがいるのか……。そら餌だぞ。食うか?」



 持っていたゾンビの頭部を柵の中に投げ入れてみる。するとゾンビ化したアジア象は、長い鼻を使ってそれを拾い上げ、食べてしまった。



「あはは。もはや草食でもねぇのか。コイツは気に入った!」



 青年は手で招き寄せると、象は彼に近づいてくる。象が柵の内側から腐敗した鼻を伸ばすと、青年はそれに触った。



「そうだ。それでいい」



 スーパーゾンビが見せる謎の力……ゾンビを従わせる能力を彼も有している様子だ。

例え象であっても通じていた……。



 ふと青年は背後に気配を感じて振り返る。東京港で出会った白髭の老人エースが背後に立っていた。



「久しぶりじゃのう。あれからどうしておったんじゃ?」



 しかし青年は問いには答えず再び象の方を向いた。



「あん時のじじいかよ。アンタも暇だなオイ」


「へへへ。ずいぶん探したんじゃぞ〜お前さんを」


 

 老人のシャツと股引には血がベットリとついている……。

元々白かったはずの下着が、まるで赤い服のようになっていた。



「ケッ。人を殺して食ってきやがったな……」


「まあのう。その代わり頭を撃たれしまったわい。あの府中の狙撃手め。次会ったら首を引っこ抜いてやるわ」



 憎むべき食人鬼め……という感情はもう湧かない。既に死人となっていたこの青年にとって、残り少ない生存者達がどうなろうと知った話ではない。時が進むに連れて生者の価値観が彼の中から失われていっているのだ。



「それで?俺になんか用か?」


「そう邪険にするな。ワシとてお前さんしか話相手がおらんから寂しいんじゃよ。ちょっとこっちに来てくれんか」


「アンタも変わったゾンビだな……」



 退屈だった青年は、白髭のエースについていくことにした。しばらく進むと老人はモノレールの下で立ち止まる。



「ちょっと待っとってくれよ〜。イヒヒ」



 エースは軽く飛ぶと、目にも止まらぬ速さで手刀を振った。すると軌道桁と車両をつなぐ部位が破壊され、巨大な車両が地面に落下し大破する。すかさず車両の連結部分を破壊するとエースは歪んだ車両の1つを片手で掴んで持ち上げてみせる。割れた窓の中からゾンビが数体落ちていった……。車両の中にはまだ死骸が残っている。



「お前さん。こいつを持てるか?」


「さぁ、知らねえよ。そんな酔狂なことはやったことがねえ」


「イヒヒッ……そらっ持ってみぃ!」



 青年の返事などお構いなしにエースが片手で車両を上空に放りなげると、高さ10メートルは舞い上がり、そして青年に向かって落下する。



 青年は左手を高く伸ばすと、この巨大な車両を人差し指一本で受け止めて見せた。そして車体をくるくると回転させ、飽きると地面に投げ捨てた。車両は完全に壊れてバラバラになってしまう。



「まったく変わった持ち方をする奴じゃな。じゃが指一本とは物理的にありえんのう」


「ククク……できるもんは仕方がねえだろ。文句あっか爺?」



 そう返されてしまってはエースも仕方がなかった。



「まあよいわ。ついてこい……本当の話はこれからじゃて……」



○○○



 立秋を過ぎたばかりとは言え、夕方ともなると河川敷の周囲には涼しい風が吹く。2体のゾンビは荒川沿いの土手の上をゆっくりと進んでいた。



「もういいだろ。要件を早く言え。いつまで歩いてんだ」


「そうじゃったな……すっかり忘れとった。いつもの散歩の気分でおったわい。それではこの世界の秘密を少しだけお前さんに教えてやろう」



 エースの言葉に青年は呆れ、肩をすくめる。老人は土手下のグラウンドに降りていく。



「お前さんは今でも自分が生きておると思っておるか?」



 禅問答のような問いに青年は少し戸惑った。



「さあねぇ。見かけはコレだからねぇ。呼吸もマトモにしちゃいねえ。でも死んでる気はまるでしねえなぁ……。話せるし考えられるし……。魂ってのがあるなら絶対に俺の体に宿っているはずだろうさ」



 青年のゾンビは自分の胸を拳でドンと叩く。しかしエースは首を横に振った。



「それも違うってのか?」


「お前さんの体を動かしているのはウイルスじゃよ。脳を含めてな。お前さんの……脳細胞、そして神経回路まで全てウイルスがトレースして活動しているんじゃな。ワシはあまり難しいことは分からん。じゃが結局お前さんは以前のお前さんではない。そしてウイルスというのはこの世界のものではない……」



 土手の上にいた青年は笑った。



「アハハハ!誰にそんな馬鹿げた考えを吹き込まれたんだアンタは。面白いことを言うゾンビだな」



 エースは鼻毛をブチッと抜きながら答える。



「名前は忘れてしもうたが……この話をワシにしたのは背広を来た妙ちきりんな男じゃよ。胡散臭い奴じゃから話半分に聞いておいたがのう」


「そいつは誰だい……。ヤブ医者か何かか?」


「恐らく世界で最も強力なゾンビじゃろう。変わった輩で、この世界の皇帝にでもなるつもりらしい。ワシにも臣従するよう言ってきたが無視じゃな。無視無視」



 青年には到底理解できない話であった。

あまりに荒唐無稽すぎる。彼は呆れた。



「ククク。死人ばかりの世界で皇帝になるつもりたぁ……よっぽど暇を持て余してるバカ野郎だな」



 エースは西の方角に目を向ける。

 


「お前さんはまだ知らんじゃろうが……神奈川との境界付近にはかなりの数の人間が生存しておるのだぞ。じゃが、それは奴の力に負うところが大きい……。お前さんも迂闊に奴の保護下の人間に手を出せば、消滅を免れぬじゃろう」


「へぇ。見上げたバカ野郎だなぁ。正義の味方か?」



 謎のゾンビは生存者を保護しているという……。青年の理解を越えていた。



「ここからが本題じゃ。よく聞け……そのうちお前さんの前にも奴は現れる。奴は全てのスーパーゾンビを服従させるつもりじゃからな」


「へぇ……」



 青年は土手を飛び降り、エースの隣に立った。



「そいつが例の3体のうちの1体ってわけか……発想がイカれてて痺れるね」


「とにかくあの3体だけは強さの桁が違う。特に奴は異常じゃよ。お前さんも体をバラされて虫の餌になりたくはなかろう……」


「へへへ。確かにそいつは楽しくねえ……」



 老人からの話は全て終わった。青年は背伸びをすると、藪の方に進んでいった。



「お前さん、今度はどこに行くんじゃ?」


「ちょっと華の都にも飽きちまったもんでね。東の方にちらっとな」



 去りゆく青年に向かって老人は尋ねる。



「ヒヒヒ……そうじゃ。そろそろお前さんの名前を教えてくれんかのう?」


「名前?なんだっけなテメーの名前は……」



 青年はしばし考え込んだ。



「そうだ……思い出した。岩井だ。俺は岩井修二だったな」


「そうか。達者でな岩井君よ」



 これが彼とエースの最後の会話となる。



 エースと別れた岩井は藪の中を進んでいく。すると墓らしきものに遭遇する。



「墓か……最近のもんだな。生存者がまだいたのか」



 しかし彼は気にもとめず歩みを続ける。岩井は知らなかった。この墓の下で俺が眠っていたことを。

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