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超ゾンビバスター  作者: ぺんぺん草
白髭のエース
25/64

エースの頼み

 驚いて尻餅をついた時に、手に持っていた東京の地図を草むらに落としてしまったらしい。生首となっていたエースは落ちた地図を見るや、彩奈が記した赤丸を目ざとく見つけて饒舌に語り始めた。



「ほお。お嬢ちゃんも府中の刑務所の事を知ったようじゃな?」



 彩奈と俺は顔を見合わせる。全く勘のいい生首だ。



「ひひひ……あそこは今じゃあ東京第5コロニーと言うんじゃぞ。500人ばかり生き残っとってな。涎がでるほど、いい餌場になるんじゃろうが……。しかし大神子おおみこっちゅう妙なばばあがおるから困る。ワシでも襲うにはちょいと難儀する場所なんじゃなぁ」


 

 誰も聞いてもいないのに、色んなことをよく喋るゾンビだ。本来であればこれも貴重な情報源になるのかもしれんが、生首のインパクトが強すぎて全く話が入ってこない……。

 


「彩奈……。これが本当にエースなのか?」



 彼女はコクリと頷いた。



 こんな痩せた爺が彩奈が恐れるほどの危険なゾンビだったとは信じられん。エースは(もはや首しかないが)シワシワの顔に、白髭を蓄えており、見た感じは80代の爺さんでしかなかった……。



「全然強そうじゃないぜ……。赤髪のジャックよりずっと弱そうだ」



 彩奈は首を横に振った。



「そんなことない。京王線の車両を片手で投げ飛ばすぐらい強力なゾンビだったの。とても私の手に負える相手じゃなかった……」



 そ……そいつは相当の化物だな。しかし、そんなヤツが生首になっているのは益々不思議である。


 彼女はエースの生首を両手で持つと高く掲げた。



「答えなさい。お前をこんな姿にしたのは誰?」


 

 生首は目を瞑ってしばらく黙っている。何故かあまり答えたくはないらしい。そこで彩奈は質問を重ねていく。



「お前をこんな姿にできるのはジョーカー以外に思い当たらないわ。違うの?」



 生首は不愉快そうに鼻をヒクッとさせると目をあける。



「ジョーカー?ああ。あのいけ好かない背広の男のことかいな」



 彩奈は頷く。



「確かにアヤツはとんでもなく恐ろしいゾンビじゃが、そりゃ〜違うな」


「じゃあ誰なの。答えて!襲ったのはキングなの?それともクィーンなの?」



 生首は渋ったが、じっと見つめる彩奈に根負けして答えた。



「ワシを襲ったのは……本物の化物じゃよ。他に言いようがないわい」



 いやいや……本物の化物ってどういうことなのさ。喋る生首ゾンビ自体が化物なんだが……。俺の頭には様々な魑魅魍魎や怪獣の姿が、浮かんでは消える。



「ククク。あの化物には全く歯が立たんかったのう。このワシがまるでライオンに食われるウサギのようじゃった。ワシが……ヤツの餌とはな」



 く……食われただと!スーパーゾンビが餌に!?



 そんな凄まじい奴が荒川付近を彷徨いてるとしたら全く背筋が凍るような話である。タイミングが悪かったら俺も出くわしてしまってただろう……。



 彼女も俺と同じ感想を持ったようで、怯えた表情を浮かべていた。



「それはどんなヤツなの!早く答えて」


「いいことを教えてやろう、お嬢ちゃん。ワシには分かったんじゃよ……。これはきっと世界の崩壊に関係しておるぞ」



 もうじれったいなっ!もう俺も黙っていられない。彩奈の隣に立ってエースの顔を覗き込む。



「そ……そりゃどういうことなんだ。教えろ。相手は妖怪みたいな奴か?それともドラゴンみたいな怪獣か?」



 生首は黙って俺をジーッと見つめていたが、しばらくするとプイッと向こうを見る。



「ふんっ。ワシはお前さんのような無粋な野郎とは口を聞きたくないね」



 そしてカッと口を開けて俺を威嚇した後、目を閉じて黙り始める。こうなると完全なる死体だ。本当の生首にしか見えない。


 両手でエースの首を掲げながら、彩奈は微笑んだ。



「この人をあまり見くびらない方がいいわよエース。彼が赤髪のジャックを倒したんだから」



 エースは仰天したようで、再び俺を見て口をアングリと開ける。



「な、な、な……なんじゃと。アンタ、あの凶暴悪辣な赤髪ゾンビを殺ったんかいっ!と……とんでもない兄ちゃんじゃのう。人は見かけによらんもんじゃわ……」



 それはお互い様だが……まあいいや。



「それで……相手はどんなヤツなんだエース。よっぽど強いのか?」


「そう言われても、ワシにはこれ以上は上手く説明できんわい。まあ〜、人間じゃないのは確かだわな。ワシらゾンビとも違う。でも怪獣じゃのうて……。駄目じゃな。ワシには言葉がよう出てこんわい。なにぶん元々が高齢者じゃからのう」



 これじゃあ埒が明かない。



 時間もないので、俺たちはエースとの会話を諦めることにした。しかし彩奈が首を元の場所に戻したものの、エースはそれを拒んだ。



「待ってくれ、お嬢ちゃん……。アンタからすれば虫のいい話に聞こえるかもしれんが、ちょっとだけワシの頼みを聞いてくれんかの」



 俺はこの場を立ち去ろうとしたが、彩奈は振り返ってエースの呼びかけに応えた。



「頼み……?前は私を食べようとしていたお前が?」


「まあ……今は生首なんじゃ。少しは勘弁してくれい」



 彼女は目を瞑ってフウッと一息いれる。



「じゃあ……言ってみなさい」


「おいおい彩奈。大丈夫かよ。やめとけって」



 だが心配する俺に彼女はパチリとウィンクをしてみせる。大丈夫ってことらしい……。



「さすがにこうなっちゃ、ワシにもやれることはもうないんじゃ。じゃが鳥や虫に食われて、惨めにこの世から消え失せるまで時間もかかるじゃろう。それまで退屈でいかん」


「だから何……」


「ワシも少し疲れてのう……」



 しばらく間を置くと、エースはようやく核心を語りだした。



「頼む、殺してくれ……。お嬢ちゃんならできるじゃろう」



 な……なにを言ってんだアイツ。女子高生に何を頼んでんだ。



「ほ……ほっとけよ彩奈。ここに置いておけば、その内に消えるんだから。気にすんな」


「そうよね……。うん……」



 しかし彩奈は目を閉じたままずっと何かを考えている。そしてゆっくりと目を開けるとエースの頼みに返事をした。



「分かったわ。もう眠りなさいエース」


「すまん……」


 

 そして驚いている俺に向かって言った。



「ごめん蒼汰さん……。少しだけ待ってて」



 全く彩奈にそんなことを頼むなんて、どういうゾンビなんだ。大体敵同士なのに、この爺は妙なところで甘えやがって……。



「分かった彩奈。俺はグラウンドの方で待ってるから」


 

 去り際に草むらに置かれた白髭のエースを見れば、目に涙を浮かべていた。どうせ、たくさんの人間を食らってきたゾンビなんだろうが……。今は全くやりにくい爺さんだぜ。



 彩奈はエースの首を青空に向けて高々と掲げた。願いを聞き入れられた生首はどこか嬉しそうだった。



「お嬢ちゃんは相変わらず優しいのう。ウチの婆さんの次に優しいオナゴじゃった」



 彩奈はエースの言葉に、幼い子供のように微笑んだ。



「ありがとう」


「くくく。もしワシが生まれ変われるならば……お嬢ちゃんに恩返ししてやろう」



 それからエースは彼女に何かを囁いたようだが俺には聞き取れなかった。



「ふははは。フラレてしもうたわい。まあええ。お嬢ちゃんにはよう似合とるわな」



 生首を持ったまま、彼女は河原に立つ。


 そして両手を使って、生首を空中に向けて投げ飛ばすと自分も飛ぶ。ビル4階ほどの高さまで舞ったところで、オーバーヘッドキックの要領で、エースを粉砕した。


 生首の血肉は飛び散り、川の流れの中へと落ちていく。


 そのまま彩奈は河原に着地し、川の水に足をつける。



「すべて海へと還りなさい……。もしまた会えるなら、その時は……きっと……」



 こうしてエースは砕け散り、川の中へと消えていった。さきほどまで会話していた饒舌な爺のゾンビはもういない……。碌でもない食人鬼とは言え、こういう形で出会ってしまうと、妙な情が湧くもんだ。


 もちろん感傷的になってしまったのは彼女も同様のようで、川から上がった後も、しばらく哀しそうに目を閉じていた。そして自分の中で踏ん切りがつくと、顔を上げて微笑んだ。



「ごめんなさい遅くなって。じゃあ帰ろうか、蒼汰さん」


「ああ。帰らないと、子供達もそろそろ寂しがってるもんな」



 俺たちは少しセンチな気持ちで、荒川の河川敷から引き上げる……。



 こうして赤髪のジャックは俺の手で倒され、白髭のエースは彩奈によって砕かれることとなった。これで残るスーパーゾンビはあと3体に減ったわけだ。しかしこの3体はエースやジャックと比較しても、ずっと強力であるらしい……。

 


 しかしエースの残した言葉が気になる。謎の化物が、この世界の崩壊に関係しているとはなんだろう……?

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