再対決
もしもホテルを襲っているのが赤髪ジャックならば、彩奈は勝てないだろう。しかも子供達の身も守らないとなれば女子高生1人の力じゃとても手に負えまい。
だが残念ながら、今から俺が加勢したところで状況を変えられるかどうかは怪しい……。それぐらいあの人体模型野郎の強さは異常だった。下手すれば、また彩奈の足を引っ張ることになるかもしれん。だけど……指を咥えて見てられっか。
「よし。いくぞ」
この場所に到達するまでに相当消耗してしまっている俺には、大通りを埋め尽くすゾンビらをマトモに突破する余裕はない。まず俺は、自分の立っているトラックのコンテナの屋根を踏みしめて大跳躍に耐えうる代物かどうかを確認した。うん、これならいける。
ようするにホテルの屋上にいきゃいいんだな。やったるぞ〜。あ、でもホテルそばの信号機の角度がちっと厳しい気がするなあ……。いやいや弱気になってはいかん。為せば成る。
「だりゃああああああああああああっ」
俺はコンテナの上を全力で走って飛んだ。無数のゾンビ達の頭を飛び越えて高さ15メートルは舞い上がる。そのまま目星をつけていたホテル前の信号柱に着地。しかしこの柱の頂上スペースは片足を乗せるだけで精一杯だ。
「おっとと……」
左足だけで着地したものの、さすがに狭すぎて勢いを止めるのが難しい。うじゃうじゃいるゾンビ達の中に落ちそうになるが、気合で態勢を立て直した。
そして今度は左足だけでゆっくり屈み、全力で垂直方向に飛んだ。俺の体はペットボトルミサイルのように上昇する。だがホテル屋上に到達するにはさすがに高度が足りず、落下しはじめる。そこで慌ててビルの窓枠を片手で掴んだ。7階の窓だった。
「ふうっ」
こっからは飛び上がれないので、窓ガラスを叩き割って部屋の中に入った。そして暗闇の廊下を走っていく。7階でゾンビ達に遭遇することは織り込み済みだったが、安全だったはずのホテルの8階、9階、10階までゾンビ達で溢れていたのは予想してなかった。
「くそっ!なんなんだよ。どけよっテメーら!」
急がないとアイツらが殺されちまう。ゾンビを素手でふっ飛ばし、大急ぎで階段を駆け上がる。そして屋上に出る扉を勢い良く開けた。この扉の向こう側こそ彩奈達の居場所だったはずだ……。
しかしそこには想像を絶する光景が広がっていた。
どこもかしこもゾンビ・ゾンビ・ゾンビだ……。全部で100体近くはいるだろうか。彼女達に許された唯一の世界が忌まわしいゾンビ達に踏みにじられている。
「グルルル……グルル」
不思議なことにゾンビ達は、突然現れた俺に全く興味を示さなかった。奴らは俺に背を向け、輪のようになって何かを囲んでいる。
「ひっく……うう」
その輪の中心から子供達のすすり泣く声がした。
「どけ!」
一体のゾンビの背中を押しのけて輪の中に入ると、子どもたちの姿が見えた。良かった。まだ生きている!しかし……無事というわけではなかった。
眼鏡の澪、愛ちゃん、春香ちゃんの3人は、ロープで後ろ手に縛られ、床に仰向けに寝かされていた。その彼女たちの周りを30体ほどのゾンビ達が涎を垂らしながら取り囲んでいるのだ。逃げ場のない中でいつゾンビに食い殺されるか分からない恐怖に晒され、3人は必死に目を閉じることしかできなかった。
だが今のところゾンビには子供達を襲う様子はない。まるで誰かの指示で動いているようだ……。
俺はゾンビを無視して、愛ちゃんの体を起こし彼女の腕を縛っているロープを解く。
「くそ……きつく縛りやがって。誰だこんなことしやがったのは……」
愛ちゃんの顔は青ざめている。小さな彼女は、まだ俺が誰なのか分からないらしい。
「……だ……誰?」
目を開けて俺の顔をボンヤリと見るも、まだ不安な表情だ。
「石見だよ!もう忘れちゃったか愛ちゃん」
「石見のお兄ちゃん……。でも……お兄ちゃんは……死んじゃったはずだよ」
続いて隣で寝かされていた眼鏡のロープを解くも、彼女もまた呆然としていて会話にならない。
「おいしっかりしろ眼鏡!じゃなかった澪。彩奈はどうしたんだ」
「あ……あ……あそこ」
しかし彼女の震える指の先にはゾンビの姿しかない。俺は春香ちゃんのロープを解きながらもう一度尋ねた。
「……どこだよ。ゾンビしか見えないぞ」
「も……もっと向こう。酷い……目に……あってる」
すると視界を遮っていたゾンビ達の隙間から、彩奈の姿が見えた。
彼女は2体の大きなゾンビに両腕を抱えられ、かろうじて立っている。しかし力なく頭を垂れ、髪の毛に隠れてその表情は見えない。顔にも怪我を負っているのは分かった。
そして意識を失っていたようだった。
「なっ……」
ゾンビ達に彩奈の体を押さえさせて、仁王立ちしているのは……やはり赤髪のジャックだった。どうなってるのか知らないが、火だるまになって受けたはずのダメージが全く見られなかった。
ヤツは意識を失っている彩奈の髪を掴んで持ち上げる。
「ダメじゃないのぉ。まだまだ気を失っちゃ〜。起きろぉ!」
ジャックは彼女の腹に膝蹴りを入れた。
「ぐふっ……。う……うう」
彩奈は朦朧としながらも、少し意識を取り戻してしまう。するとジャックはさらに腹を何度も殴り続ける。
「ざまねぇなあクソアマちゃんよぉ。思い知ったろ身の程をさぁ。うひゃひゃひゃ!」
次の瞬間、俺の体は勝手に動いていた。たぶん相当頭にきたんだろう。
目の前にいた金髪のゾンビの顔を裏拳で砕く。そしてそいつの体をどけると、屋上を埋め尽くすゾンビ達を蹴散らしながら、全力で赤髪ジャックを目掛けて加速。そして鬼の形相で飛び蹴りの態勢に入った。
「死ねぇぇぇぇ」
突然のことにジャックは反応できなかった。
「は?」
というツラで振り返った瞬間には、俺の靴がジャックの左の頬にめり込む。そして赤髪ゾンビを猛烈な勢いで吹っ飛とばし、このビルから転落させる。
着地するやいなや、俺は彩奈を押さえていた2体のゾンビを蹴りで八つ裂きにした。すると支える力を失った彩奈はそのまま床に倒れ込む。
「おい!彩奈……」
「う……うう」
彩奈を抱えて起こしてみれば、酷い状態だった。ずいぶん長い間殴られたんだろう。
「なんだぁ〜テメェはぁ。邪魔すんじゃねえよ」
なんとビルから叩き落としてやったはずの赤髪野郎が俺の背後に立っていた。信じられないが、もう戻ってきたらしい。俺はゆっくりと振り返って赤髪の顔を睨みつけた。
「なんだこのクソったれゾンビ野郎……。まだ死んでねえのか。とっととクタバレよ」
「お……お前!」
ヤツは一瞬驚いた。だがすぐに忌々しい余裕の顔に戻った。
「なぁんだ〜あの時のモヤシ野郎かよ……。お前、わざわざ死ににきたのかぁ?あはははははは」
もうこの人体模型ゾンビと喋るのも鬱陶しい。俺は怒りの本能の赴くままにヤツに殴りかかった。
「死ぬのはテメーだ!」
同時に赤髪野郎も俺に殴り掛かる。
「いいねぇ。なんだか知らねえがモヤシ野郎のクセに随分と速くなった……」
しかし拳が先に当たったのは俺の方だった。赤髪の頬に思い切り拳がめり込み、奴の剥き出しの脳の一部が床に飛び散る。上空にふっ飛ばされた赤髪だが、空中で態勢を立て直して屋上の端に着地した。しかし動揺していた。
「な……なんだこりゃ……。なんで俺様が、こんなカスにぶっ飛ばされたんだ……」
驚く赤髪に俺は敬意を持って答えてやった。
「ちっ。まだ生きてんのか。早く死ね」
突然、赤髪の口から血が吹き出す。
「ぐっ……ぶべぇうっ。くそがぁぁぁぁぁぁぁ」
吐血した赤髪ゾンビは怒りに任せて、周りにいたゾンビ達を殴りつけ屋上から落とした。自分が呼び寄せた癖に勝手な野郎だ。まあ邪魔なゾンビが減って俺には都合がいいか。
一匹のゾンビの腕をもぎ取り、赤髪ジャックはそれを床に投げつけ怒り狂う。
「このモヤシ野郎がぁ。彩奈を殺す前に、テメェの皮膚を剥いで殺してやる」
「じゃあお前が二度と口を聞けねえように、その顎をもぎとってやるよ」
もう赤髪に勝てるとか勝てないとか、そんなことを考えちゃいない。ただ彩奈が殴られた分を50倍にして返してやるだけだ。




