抽選会
7月になった。今、俺たちは東京港に向かう貨客船の甲板の上にいる。まさかこんな形で島を出ることになるとは思わなかった……。
船上では不毛な対ゾンビ訓練が行われ、オッサン達の怒声が飛び交っている。俺はゾンビ役として岩井に襲いかかるのだが、どうしてもグダグダになってしまう。その様を見て隊のリーダーである小山さんが刺又を掴んで激を飛ばす。
「岩井ぃ!もっと腰を入れて刺又を押すんだ!もっと押せ」
「はいっ!」
「いだだだだっ!そんな強く押すな岩井」
すると彼は俺にも怒鳴った。
「石見。お前はもっと真面目にゾンビをやれ!」
『なんじゃそりゃ!』と思いながらも素直に返事をする。
「へいっ」
旧海軍でもやらないような滑稽な対ゾンビ訓練に実践的な意味などあるのか疑問は残る。しかし何もしないで乗り込むよりはマシなんだろう。
「よーし時間がきたな。いったん休憩だ。お前らは午後からは射撃の方をやれ。明後日まで生き延びられるよう思い残すことなくな……」
船尾の方からは銃声が聞こえている。他の連中が海原に向かって射撃訓練をしているのだ。もちろん的なんてない。とりあえず銃が発砲に慣れればいいのだ。なにしろみんな素人なんだから。
妙ちきりんな訓練から解放された俺たちは左舷の方に移動した。
「あっちぃな〜。船酔い中にこの日差しはキツイぜ」
船の大きな揺れは俺の三半規管を狂わせ、今にも朝食べたものを戻しそうだ。デッキの手すりに背中をもたれさせ、空を仰ぎ見ながら『島に戻りてえ……』としみじみと思う。だが俺たちは死霊達が渦巻く本州にいかねばならない。島民達のために……。
「はぁ……。在日米軍でも歯が立たんかったゾンビ達相手に……刺又て。こんなもんで対抗できるもんなのか?どう思う石見」
俺は笑顔で岩井の肩をポンッと叩いた。
「地獄へようこそ。お前も本当についてない奴だよね!岩井くん」
「お前だけには言われたくないわっ。最後の最後に名前を読まれやがって」
全くその通りだ……。俺たちは最高に不運だったんだ。
○○○
世界を滅ぼしてしまった感染症は父島には到達しなかったものの、島民の生活を破綻させてしまった。父島は自給自足が困難な離島であるがゆえに、外の世界の消滅はそのまま貧窮を意味することになる。特に石油関係商品は不足するので皆が往生している。
発電所も稼働が困難になってきたし、燃料がなければ漁船も使えないので漁もできない。水道も時間帯によっては止まるようになってきた。
もはや我々も島に閉じこもっているわけにはいかない。必需品を他所から調達する必要がある。(辛抱して来年まで待てばゾンビ達が白骨化してる可能性もある……。しかしながらその前に病死者や餓死者が続出するので、その案は却下された)
5月の島民集会の結果、本州に向かう第一次決死隊を結成することが多数決で取り決められた。
この決死隊に課された使命は、まず無事に島に戻ってくること。ただしこれが実に難しい。なにしろ片道1000キロも離れた場所まで航海するので、膨大な燃料が必要になる。現地で膨大な燃料を調達できなければ再び小笠原まで戻ってこれないだろう。戻ってきたところで燃料がなければ、大事な船も港のモニュメントと化してしまう。
電力の止まった大都市で、非常用電源だけで果たしてうまく燃料を補給できるだろうか?不安があってもやるしかない。これでできなきゃゾンビ列島にただの特攻するだけどなってしまうが。
他にも島で不足している医薬品の補充や、生活必需品、食料の調達など……やらねばならないことが多い。
もちろんこの作戦に対する異論も出た。「膨大な燃料を失ってしまうリスクを取るよりも、その燃料で島民生活を豊かにすべき」「ウイルスを島に持ち帰ってしまったら大変なことになる」など。どれももっともな意見だと思う。
しかし危機は迫っている。父島と母島を合わせて2500人の島民達を養っていくだけの資源はもはやない。ジリ貧路線をとれば、年を越せずに倒れていく者も大勢出てしまうだろう。この危機感が異論を押しきった。
こうして決死隊に島の命運が託されることになったのである。ただしそのメンバー僅か10名であり、6月の島民集会で行われるくじ引きで決定される。(船の操縦に必要な乗船員を除いて、わずか10名のみが死霊の地に足を踏み入れる……)
重大な、そして名誉ある任務だと思う。だが正直言って自分は選ばれたくはない。致死率100%のウイルスが蔓延し、ゾンビ達が彷徨く世界に足を踏み入れるなんて……誰だって嫌なはずだ。
運命のくじ引きが行われたのは6月27日。村の小学校の体育館に村民全員が集結し、緊張の抽選会がはじまる……。体育館に向う道中で、神社で祈ってきたことを岩井に伝えた。
「今朝、賽銭箱に500円玉を投入して祈ってきたんだ。どうか外れますようにって」
「せこっ!」
俺には500円も大金なんだ。絶対……絶対に選ばれてたまるか。
体育館の壇上の前に村長が立ち、島民男子の名前が書かれた紙で一杯の大きな抽選箱に手を突っ込む。そして掴んだ紙に書かれた名前を読み上げる……。名前が読み上げられる度に館内にどよめきが起きた。そして5回目に読み上げられた名前が「岩井修二」だった。
「ア……アイツ!名前呼ばれやがった」
壁際で様子を見守っていた岩井の顔は固まって動いてなかった。ただ体全体がプルプルと震えている。隣にいた岩井のお袋も動揺している。しかし奴を同情する余裕なんて今の俺にはない。何しろまだ俺の運命はまだ抽選箱の中にあるからだ。
「頼むっ。外れてくれ!マジ頼む!」
自分が外れるよう、目を瞑り合掌して必死に神仏に祈る。そして最後の1人の名が読み上げられる瞬間がきた……。
「え〜。石見蒼汰さん」
当たってしまった。あの瞬間、俺の顔は青ざめていたと思う。徴兵くじに当たって気絶するタイ人のように。俺の名前が読み上げられた瞬間に、体育館内は安堵の声で溢れかえった。「良かった」と胸をなでおろす島民達は賑やかに話し出す。そんな中で俺は叫んだ。
「マジ!俺かよ」
そして頭を抱えて、人目もはばからず床に倒れ込んだ。親父が驚いて俺を起こそうとしているが、しばらくこのままでいたい。ああ、運が悪いな俺は。いや俺たちは。戦時中に生まれていたら激戦地に送られちゃうタイプなんだろうな……。