死者の街
空には雲がかかりはじめ、徐々に街に増えていくゾンビ達。そんな死者の街を俺はロードランナーのように猛スピードで走り抜けて行く。
だが歩道橋の上にもゾンビ。ビルの窓から身を乗り出しているのもゾンビ。時々、屋上から落ちてくるのもゾンビだ!
まったく酷い惨状じゃないか、東京は。
しかもこれだけ走っても生きている人間の痕跡が見当たらないとは……。都心には彩奈達しか生き残っていないんだな。
交差点の中で少し立ち止まった。足元には横断歩道に放置された死体がある。さらにその死体を食らわんとカラス達が集まっている。ここはまさに死の世界だ……。
ふと恐ろしい考えが頭によぎる。もしも彩奈達が既に死んでしまっていたら……俺はこんな世界で1人ぼっちになるんだって。
ブンブンと首を振った。
バカな考えだ……。彩奈達は無事に決まってる。
くだらない考えを振り払って再び走ろうとすると、そばにあった放置されていた車の窓から突然に腕が飛び出して、俺の肩を掴んだ。パンクな容貌のゾンビだったが、奴は驚いたことに言葉を発した。
「エサァ……エサダァ!ノウミソ、ナイゾウ……ウマゾウヒィぃぃっ」
少しだけ人語を話すゾンビもいると聞いてはいたが、人間を餌としか認識しないいんじゃ話にならないぜ。俺の体を食いちぎろうと身を乗り出してきたゾンビの顔面に、ガスッと肘打ちをする。するとゾンビの頭蓋骨は爆発し、その脳は車内に飛び散った……。
だが頭部を失ってもまだ俺を襲おうとするので、開いた窓から車内に向けて蹴りを放つ。するとゾンビの胴体は反対側の窓を突き破って外に飛び出し、街路樹にぶつかって砕け散った。腐った肉片がまだ動いてるようだが、後はカラスが食べるだろう。
俺は彩奈の真似をして合掌して念仏を唱えた。
「南無阿弥陀仏……。これでよしと」
どれだけ街に危険が溢れていようが、今の俺ならばゾンビ達をも蹴散らして皆のいるホテルまで戻れるはずだ!絶対に……帰ってやる!
○○○
道路の案内標識を見ても全く地理が掴めない俺だが、スカイツリーに到達することはできた。その展望台に上ったならば、彩奈達のいるホテルだって見えてしかるべきだ。
「おお……高いぜ」
地上450メートルの天望回廊からは東京の街が見事に見下ろせる。ガラスは少し汚れていたし、空も曇ってはきたものの遠くまでスッキリと見えた。避難階段をグルグルと上がってきた甲斐があったというものだ。
俺はさっそく双眼鏡を覗き込んでみる。(この双眼鏡はここにくる途中で百貨店に寄って調達した。ちなみに燃えてしまった靴も新品を調達した)
「あちゃぁ。やっぱり昼間は駄目だ……こりゃ」
残念ながらビルが多すぎて、目的のホテルがどこにあるのかサッパリ分からない。
だけど夜になれば灯りが見えるはずだ。彩奈達の使っていたガソリンランタンならば、ここまで明かりが届くと思う。
「でもまだ太陽あんなに高いしなあ……。夜までまだまだだぞ」
退屈な俺は何気なく双眼鏡を西の方向に向けてみた。すると遠くの方にわずかに煙が立ち上っているのが見える。
「彩奈達か!?」
しかしホテルよりずっと低い建物から出ていた煙だった。しかもよ〜く目を凝してみると、そこは刑務所のように見えた。彩奈達ではないらしい。しかし残念ながらすぐにガスが視界を遮って、これ以上は見えなくなっていった。
「俺たちの他にも、東京で人間が生きているのか……驚いた」
しかし……あの施設はここから30キロ近く離れていると思う。行き来するのは大変だろうな。とは言え、巨大な施設に人が暮らしているとなると、相当の人数が生きているのだと思われた。今の話を彩奈達に伝えればきっと喜ぶだろう。大きな収穫があったぞ。
それから俺はフェリー埠頭と、倒れてしまった東京タワーの位置を確認。そこから大雑把に彩奈達のいるホテルの位置を推測することにした。だいたい……あの辺かな?ぐらい雑さなんだけど。とりあえず目星はついたのだ。
このまま夜になるのを待つ方法もあったが、俺は早々とスカイツリーから降りることにした。ゾンビもまだ数体は彷徨ってるようだし、ずっとここじゃ退屈で待ってられない。そこで俺は回廊の柵の上に乗ると、バランスを保ちながらガラス窓に蹴りを入れて割った。割れたガラス片はパラパラと地上に落ちていく。
「よし。あそこら辺だな。いやでも、高ぇな……」
窓枠の部分に足をかけて……俺はそのまま窓枠を蹴って大空に飛び出す。今の俺はスカイツリーから飛び降りても平気だろう。きっと。(勝手にそう思っただけなんだけれど)
「1、2、3!そりゃぁぁ」
手を広げてスカイダイビングをするように、隣のビル(東京スカイツリーイーストタワー)の屋上目掛けて落下していった。しかし流石に300メートルの高低差はエゲつなすぎた。
ズガン!
派手にしくじった……。屋上のヘリポートに着地するはずが、大いにずれてしまったのだ。お陰で鉄の配管部分をグチャグチャに破壊して着地することになる。
「ぬ……ぐあああっ」
どうにか起き上がったものの2分ぐらい足が痺れて動かない。俺は思わず床に横になって脹脛をさすった。
「あっだだだ……こ、これは無茶してもうた」
しかし痛みがおさまると再びビルの屋上を走って空中へ大ジャンプ。今度はそれほどの高さはなかったので無事に地上へと着地した。
「いやぁ……。無茶したらアカンね」
その後は大まかに目星をつけていた地点を重点的に走り続けることになる。だが土地勘のない俺は夕方になっても彩奈達のいるホテルは見つけられなかった。ただただ襲ってくるゾンビ達を蹴散らしてロードランナーのように走り続ける……。2時間以上走り続け、あまりに疲れ切った俺は近くにあった郵便ポストに手をついた。
「はぁ……はぁ……。もう200キロはぶっ続けで走ったんじゃないか?走るのやめだ!やめ!」
このままだと夜になっちまう。そうなれば街は真っ暗だし、彩奈達をみつけるどころじゃないぞ。こんなことなら天望回廊に留まるべきだったかなぁ……と思ったその時。
ビルとビルの隙間から、見覚えのあるホテルの外観がチラりと見えた。
「あ……!あそこだ」
ついにホテルを見つけたぞ!距離にすれば2キロもない。もうすぐ彼女達に会えるんだと思うと、疲れもなんだか吹き飛んだ。
あとほんの少しだ。
しかしホテルに近づくに連れて、急激にゾンビの数が増していくのが分かった。これは一体どうなってんだ……。様子がおかしいぞ。
ゾンビの大群の中をかき分けて角を曲がると、ようやくホテルの面している大通りに出ることになる。だがその大通りもゾンビで埋め尽くされていた。それは悪夢のような光景だった……。
「バカな……」
襲ってくるゾンビが鬱陶しいので、俺は車道に捨てられたトラックのコンテナの上に飛び乗った。この位置から車道をみれば、彩奈のいるホテルは膨大な数のゾンビ達に包囲されているのがよく分かる。もはやその数は1万体を超えているように見える。どこもここもゾンビで埋め尽くされてやがる……。
さらにホテルの屋外階段までもがゾンビでギッシリと埋まっていた。これはさすがにヤバいぞ……。
彩奈の強さを知っているとは言え……胸騒ぎがする。異常な事態が起きているのは明白だった。彩奈達は別の場所に避難していればいいんだが……。果たして無事だろうか。
だが一体なぜこんなことになったんだ……。
「まさかアイツが……」
ここで俺は思い出した。かつてゾンビの大集団を操った悪魔の存在を。こんなことができたのは俺の知る限りアイツしかいない。
赤髪のジャック!




