地震
ビル内は元はホテルだっというだけあって、綺麗な作りになっていた。もちろん電気はどこも通ってはいない。灯りがないので場所によっては真っ暗になる。1人で歩くにはかなり勇気が必要である。あの子達が真夏でも屋上を好む理由が少し分かった気がする……。
エレベーターも当然のことながら停止している。下の階に進むには階段しかないのだが、その階段も途中で行き止まりになっている。8階から下には進めない。何しろ階段が崩壊しているのだから。
「うおっ。やっぱり行き止まりか」
おそらくゾンビ達が侵入してこないよう、彩奈が破壊したんだろう。
「ヴ……ヴ……」
ゾンビのうめき声が下の階から聞こえてくる……。危なっ!俺は速攻で階段を上がることにした。
どうやら人間の生きていける空間は、このビルの8階より上だけらしい。参ったな。
屋上に戻ると空には少し雲がかかっていた。ありがたい。朝から真夏の直射日光に貫かれのはキツイしね。
「もう朝ご飯の時間よ。早く座って」
見ればテーブルが置かれていて、4人はもう席についていた。これから朝食の時間だという。彩奈は携帯ガスコンロを使って、お湯を沸かし、スープ作ってくれていたのである。
「どうぞ蒼汰さん。今日はパンとスープしかないけど」
「ああ……悪いね」
こっちは目一杯申し訳なさそうにしてるにも関わらず、眼鏡女子がパンを齧りながらボソッと呟いた。
「ヒモってこういう感じなのかしら」
考えてみれば昨日の朝に船を降りてから、何も口にしていなかった。味のついていない食パンなのに、お腹に染み渡るぜ。対面に座っていた彩奈はムグムグとパンを口に頬張りながら、唐突に俺の経歴について尋ねだす。
「蒼汰さんの話をもっと聞かせてくださいな。昨日は聞きそびれちゃったし……」
「え?俺の話?」
「父島で何をしてたの?3月に高校は卒業したんだよね」
そこかぁ……。俺はなるべく遠くの空を見ながら返事をすることにした。
「えっとだね……。無職とフリーターの狭間というか……」
「え?」
彩奈の顔がちょっと固まってしまった。もともと微妙な立場だったのに、さらに女子らの俺を見る目が変わってきたような気がするんだ……。頼むからこの話は回避できんかな?なんだったらこの屋上にゾンビが乱入してきてもいいから。
「いや……その……。浪人生的な……」
「浪人生……的な?的なってどういうこと?」
都心の大地が震えはじめたのはその時のことだった。そのショックで他のビルの屋上で羽を休めていた数百羽という鳥たちがいっせいに空へと逃げ出しはじめる。地震のようだ……。
「噂には聞いてたけど、東京って本当に地震が多いんだな」
不思議なことに子どもたちの顔が青ざめている。彩奈はテーブルの上に置いてあった双眼鏡を掴むと、突然大ジャンプ。驚いた俺は後ろにひっくり返りそうになった。
「うわっ!」
10メートルは離れているだろう屋上の手すりの前に、彼女はヒラリと着地する。
「なんだ!?いったいなんだってんだ」
俺は彩奈を追いかけたが、その間も地響は続いていた。確かにこんな地震は少しおかしい。彩奈が双眼鏡を向けてる先をみれば……そこには東京タワーが見える。
「何?何?何が起きてるのか教えてくれ」
「後で!集中できない」
仕方がないので、裸眼で東京タワーをみていると……東京タワーが少し傾いていることに気づいた。地響きが起きる度にその傾きが大きくなっていく。
「倒れちまうぞ。誰もいないってのに……なんで東京タワーが倒れるんだ?もしかして生き残ってる人たちがいるのか?」
双眼鏡を目から離した彩奈は、俺の方をみて首を横に振った。
「たぶん……あれはゾンビの仕業。でもあれほどの事ができるとしたらスーパーゾンビだけ……。それもジョーカーだと思う」
そいつは確か彩奈を襲った奴だったな。ジョーカーってのは、そんなヤバイ奴だったのか。
「まさか、この近くにいるなんて……」
すると彩奈はいきなり俺に抱きつき胸に顔を埋めた。
「蒼汰さん……ずっと私の傍にいて……。お願い!私1人じゃダメなの……」
表情は見えないが、体が震えているのは伝わってくる。あの彼女がこんなに怯えるなんて……。こんな足の折れた椅子よりも頼りにならない男にすがるなんて、よっぽどだぞ……。
顔も知らないゾンビだが、ジョーカーという男に無性に腹が立ってくる。




