道草よ、光に向かえ
ザッザッザッ
わざと大きな足音を響かせながら、夜の道を歩いていた。だが、綺麗な星空などは目に入らない。暗闇を照らす家屋から溢れ出る暖かな光に目を細めるわけでもない。ただ前を歩く男の後ろ姿を舐めるように見つめ、観察し続けていた。
呼吸のたびに大きく膨れ上がる背中。右手に握られた剣。重そうな鎧を着た体。
「………おい、お前。」
前の男が急に立ち止まり、振り返って声をかけてきた。
「今この村では連続殺人が起こってるんだ。こんな夜中に出歩いていたら犯人に殺されてしまうぞ。」
男は笑いながら声をかけてくる。
この男はこの村で一番強い戦士だ。連続殺人犯の魔の手から村人を守ろうと、こうして夜の村の巡回をしているというわけだ。
「ああ、すみません。外の村の友達とくっちゃべっていたらこんな時間になってしまっていて。彼、先日魔物に襲われちゃって話し相手が欲しかったそうなんですよ。……今帰宅中なんです。」
ザッザッザッ
再度、大きな音を立てながら歩き始めた。
「そうか………友達との友情は確かに大切だが、気をつけるんだぞ。今この村は危険なんだ。自分の身を危険に晒すような真似はするな。」
ポン
男の横を通過した時、男に肩を叩かれる。
「気をつけろよ。」
「………はい、ありがとうございます。」
プチョン
「好意を抱いてくれて。」
肩を握っていた男の手を払う。
バシャンと、音を立てながら腕は地面に落ちた。
振り返ると血の池に寝転ぶ、全身を握りつぶされたようにグチャグチャになった男の死体。
ザッザッザッ
死体を一瞥したあと、再度歩き始める。
よく分からない男から力を手に入れた。人生を変えることができる素晴らしい力だ。
「………クックックッ」
思わず笑みが零れた。
いままで虐げられてきた力の世界で、やりたかったことが全て叶っていく。その喜びを噛み殺しきれなかったからだ。
楽しすぎる……楽しすぎるぞ。
「アッハッハッ!!」
口を大きく開けて腹の底から笑った。
「力を与える魔力か………困るなそういうの。」
謁見の間で私、カイ、慶次さん、ジジイといういつもの4人で会議中。
「そもそもそんなものが存在するなんて、私はまだ信じられないんだけれど。」
いままでにそんな魔力と出会ったことがない。それ以上に聞いたこともない。
「まぁ………一応、存在するにはするんだが、結構レアなんだ。高位の者にしか与えられないってのもあってな。」
ジジイは伸ばしている口髭を、人差し指でそっとなぞる。
「メカニズムは、人の[強くなりたい]という気持ちを糧に魔族側の魔力を生み出すというものです。その時に心という概念を引っこ抜いて魔族側の色に染め上げる。魔族は自己欲求に忠実ですから、力の引き出しとか魔力の生成に便利なんです。」
強くなりないという気持ち………この世界に溢れている感情だ。
生まれた時から自分の強さを決められ、どんなに努力しても才能には敵わないという残酷な世界。
私は偶然にも強い力をもって生まれたから良かったものの……もし、私も村人達のように生まれていたら…………
「でも危険なんですよ。強い意志を持つ者じゃないと与えられた魔力に耐えられない………力に踊らされて、暴走して、周りを巻き込んで自滅する。今回のは可愛いものですよ。酷い時は町一個が血に染まりますから。」
あれでまだ優しいのか………まぁ、なんとかなるでしょ。今回と同じったらね。
「それに魔物に知性を与えるという力……これは力を与える者と同一人物だと思われます。」
「魔物に知性を、村人に力を………困った。この二つのせいでこっちは大打撃だ。」
ジジイはさして困っていなさそうに、涼しい顔をして嘆く。
確かに魔物の集団戦法とかシャレにならないし、村人が魔族となって村の内側から破壊して力をつけていくこともシャレになっていない。勇者側からすれば甚大な被害だ。
「青ローブに杖、身長175センチメートルほどの魔族の男。こいつは即刻指名手配だ。顔が見れていないのは残念だが、目撃者の証言通りの外形は載せておこうか。」
「………ちなみに、私達が捜査をするってことは」
「ない。何度も言わせないでくれイリナちゃん。イリナちゃん達じゃ調査には向いてないんだ。力余って全員殺しちゃうだろ。」
「そんなわけないでしょ。私の雷の操作技術をなめないでほしいね。」
「ほう……テクニシャンなのか。一体どんな指さ………」
ガシャーーン!!
指をいやらしく動かしていた色ボケジジイの腹に前蹴りを決め、座っていた椅子ごとお城の外に吹き飛ばした。
「さ、カイ。次の村に行こう。」
「そうですね。」
「イリナさん」
慶次さんが声をかけてきた。ほんの少し険しい顔つきで。
「脅威が増えた今、村での貴方達の仕事は危険なものとなってきています。………今のまま、優しさを捨てきれずに過ごしているといつか酷い目にあいますよ。」
「大丈夫。いざという時は、私は非常になりきるよ。………そう決めたから。」
そう、決めたから………あの日、私の未熟さでカイを危険に追いやってしまったあの日、私は、守りたいものの為ならなんでもするって決めたから……………
「………そうですか。」
何か言いたそうに、私の目を見てくる慶次さん。でも、これ以上私は言うことがなかったから、カイと一緒にシネフィシの村へと飛んだ。
「しっかしまぁ………なんと言うか惨状だよね。」
村の外。特に南側においての魔物の死体の数が凄い。殺し方も少々雑だったから、丸焦げの死体の山と真っ黒な血溜まりばかりが目に入る。それに肉が焦げて吐き気を催すような匂いで満たされていた。村の人達がここを片付けているのだけれど、なんだか悪いことをしたような気分。
「仕方ないですよ。戦争の後はいつもこんな感じです。」
戦争か………二対千五百の戦争なんて今まであったのだろうか。
「お、イリナ。」
村に入ろうとすると、外で死体処理をしていたグラスに声をかけられた。口を布で覆い隠していてぱっと見じゃ誰だかわからない。
「なに事件の当事者が呑気に、命の恩人の勇者様に対して[お、イリナ]なんて気軽に話しかけているのよ。」
グリグリっと、ヘッドロックを極める。
「ぐあーー!!ごめん!!ごめんってば!!」
「ごめん?」
「なさい!!ごめんなさい!!」
「分かればよろしい。強い奴は敬語を使えなければ話にならないわ。」
私はグラスを解放し、その時カイに目で合図を送る。
カイはそれを受け取ると、村へと歩いて行った。
「………なぁ、イリナ。もう…………」
「うん、会えないね。私は仕事柄、色んな村を回らなくちゃいけないの。この村に固執しているわけにはいかないのさ………まったく、私の美貌も罪だよね。こんな小さな男の子すら魅了してしまうのだから…………」
「ばっ……誰がそんなこと!!」
グラスは顔を真っ赤にして否定する。
………ふっ、いつもカッコつけているマセガキが困惑している姿って見てて楽しいなぁ。
「どんなに否定したところで事実は変わらないよ。だからね、このイリナさんが餞別の言葉として、私に憧れているあんたにありがたーい。とてもありがたーい御言葉を差し上げてやろう。どうよ、嬉しいでしょ。」
「………はっ、そんなの、誰が喜んでもらってやるか…………」
「あ、いらないの?それじゃあねーーまた会えるといいね。」
私はグラスに笑いかけると、さっさと村へと向かった。
「え?終わり?」
「え?いらないんでしょ?」
「………分かった。分かったから。」
「分かったってなにが?私、主語目的語がないと話が理解できない、鳥頭人間だから分からないんだよねー。」
「…………だぁー!!イリナさんの素晴らしい御言葉をお聞かせくださいお願いします!!」
「あら、ほしいの。そんなに私が愛しいか。」
「………はい、愛しいです。」
憎らしげに睨みつけてくる。
「………顔がなぁ。愛おしそうな顔じゃないよなぁ。」
「い、イリナさんの言葉欲しいなぁ!!俺超欲しいなぁ!!」
に、ニコリって音が聞こえるぐらいぎこちないものだったが、暖かな笑顔を見せるグラス。
………ぷっ、あはははは!!!なんて可哀想な笑顔なんだろう!!腹がよじれて切れちゃうわ!!!
「………仕方ない、教えてあげよう。」
「………あとで覚えてろよ。」
「ん?何か言った?」
「いーえー。なにも言ってませんよー。」
ニヤニヤと笑い続ける彼。……まっいいか。
「あんたはなんで青ローブの男の標的にされたか分かる?」
「っ………」
頑張って作っていた笑顔が消えた。
「もう消えちゃったけど、あんたが手に入れた大きな力。それってさ、魔族になりうる素質を持っている者にじゃないと譲渡できないんだ。」
素質のない者に渡すと、魔力が暴走して魔物みたいに変形してしまうらしい。理性を失い、自我を失い、ただ破壊するだけのケダモノになってしまう。
「人の為に[強くなりたい]っていうあんたの気持ち。それは確かに偉大だけれど、時を経るごとにあんたの自意識とプライドはそれと期待に応えたいって気持ちで膨れ上がってしまったんだ。……それはあんたの資質。天性の弱点。」
この村にはもっと強い大人がたくさんいる。それなのにこいつを選んだってことは、大人達以上に、心の中に何かを潜ませていたということだ。
「そのせいで自分を見失って、力に振り回されて、守りたいと思っていた村の人々、尊敬していた父親を怪我させようとした。これほど最低なことはないよ。」
「…………」
目の前にいるグラスは唇を噛み締め、ただ黙々と私の話を黙って聞いていた。
「目的を忘れるな。守りたいって気持ちを忘れるな。力は所詮手段で、目的にはなり得ない。それをよーく胸に刻むんだね。
「…………うん。」
グラスは弱く頷いた。ほんの少しの力でなびく若草のように
「………まっ、コツコツと力をつけていくことだね。私と違って、成長と共に大切なものをちゃんと積み上げることがあんたには出来る。」
私はなにもすることなく力を身につけてしまった。そのせいで大切なものを理解できなくて、見逃して、傷つけて………その大切なものを見つける為に結構な遠回りをしてしまった。いまでもハッキリとはわかっていなかったりする。強さとはかけ離れている。けれど、確実に強さと結びつく何か。
「学びなよ、ズルしないでさ。」
ポンとグラスの肩を叩いた。
「村を助けてくれた勇者様だ………」
村から村人が大量に出てきた。私がカイに頼んで、村の外に出してもらったのだ。
「な、なんで村の外に………まさかお前、みんなの前で俺を公開処刑にでもする気か!!本性表したな!!気持ち悪いと思ってたんだよ!!ベラベラとカッコいい言葉ばっかり言いやがって……イタッッ」
グラスの頭を叩く。
「今から最高の強さってやつを見せてあげる。………まっ、見てな。」
カイの元により、看板を出してもらう。金属で出来た大きな看板。高さ20メートル、幅8メートルのあまりにも巨大な看板だ。
それを私は片手でヒョイっと持ち上げた。
「私達が偶然にもこの村に来たから、私達はこの村を救うことが出来た!!」
私はもう、それはそれはもう大きな声で、前にいる村人の大群に向かって声を発した。最前列の人々が手で耳を塞ぐぐらいの大きな声だ。
「だけれど、私達がここを離れれば、またいつかこの村は襲われてしまうだろう!!その時また私達が偶然、この村に立ち寄る可能性は低い!!本当に低い!!王様の性格が直るぐらい低い!!」
村人達の表情に影が落ちる。
「だけれど安心してほしい!!みんなの不安を払拭してこそ勇者!!希望の光さ!!」
ドズゥン!!
大きな看板の先を地面に思いっきり振り下ろす。看板がみるみる地面へと埋まっていく。
そして、私は手を離した。巨大な看板が山々に囲まれたこの村の玄関口に自立した。
看板には雨雲と、そこから出でる雷がマークされている。荒々しく、猛々しく。全てを飲み込む脅威が記されている。
「ここに私達が来た証を立てておくよ!!この世界の圧倒的な抑止力!!私達の証を今、ここに掲げようじゃないの!!!」
ピカッッ
看板が眩い光を放ち始めた。それは、鬱蒼とした森を貫き、暗闇全てを明るく照らし出す。
「「「うわぁぁああああ!!!!」」」
村人全てが歓声で湧き上がる。
今この村に1つの希望が宿った。あまりにも巨大で、明るすぎる、強すぎる希望が。
「グラス、後まで覚えておいてあげるよ。………だからさ、追いかけてみなよ。追いついてみなよ。私の光を辿って。人々を笑顔にできる、そんな力を手に入れてさ。」
餞別の言葉………それは、グラスからすれば荷が重すぎるものであったかもしれない。餞別の品………それは、人1人では抱えきれないほどのものであったかもしれない。だが、だからこそ、
「……ああ!!」
グラスは涙ぐみながらも笑った。