強いよあんたは
「勇者さん!!」
村の中央に小走りで向かっていると、前の方から村人達が走ってきた。
「あれ、どうしたの?村の外になんか来ちゃって。」
魔物を全員倒したといっても、村の外が危険であることにはかわりがない。それだというのにこっちに来るなんて……何かあったのかな?私を呼びに来たとか?あ、そうか。私が闘っている間にカイが全てを終わらせたのか。それなら少し納得。
「む……村に魔物が侵入しました!!いま、もう1人の勇者の方が闘っていて………」
侵入……してきた?カイの氷で塞がれていたのに?
「………分かった。私は村の方に行くから、みんなはここら辺で固まってて。剣を数本置いておくから、もしもの時は使って。」
私は背中のポーチから巻物を取り出し、そこから10本ほど剣を出した。
「すぐに村に戻れる様にするからさ。安心して待ってて。」
そう言い、私は村に向かって駆け出した。
あの氷を壊す相手………手強そう。それに、今あった村人の数が少なかった。まだ大勢の村人が村に残っているはず。流石のカイでも苦戦しているだろうなぁ。………まっ、大丈夫でしょ。
すぐに村の中心部についた。そこにはカイが剣を構えて敵と対峙している姿があった。
「加勢に来たよ!!!」
ドゴォオンン!!
カイが私の右隣にまで吹き飛ばされた!!数件の家を貫き、私の隣にあった家にぶつかってようやく止まったのだ。
………何に吹き飛ばされたんだ。見えなかったんだけど。
「いっ……たぁ。木って結構硬い………おや?イリナさんじゃないですか。」
吹き飛ばされたと言うのに、近くに私がいると分かると明るい声で話を振ってくる。
「ちょっと手を貸してくれません?体が瓦礫に埋もれちゃいまして。」
「頭硬いわね、水になればいいでしょ。」
「あっ、そうですね。その手がありましたね。」
「ウォォオオオ!!!」
カイが水となって瓦礫の間から脱出していると、魔物達が叫びながら走ってくる。ワン、ツー………5、60体といったところか。
バチチチッ!!
両手から雷が溢れ出し、魔物に向かってそれを放つ!!
グイン!!
すると雷が途中で軌道を変え、魔物に当たらず瓦礫の山に突っ込む。そのせいで瓦礫の山に火がついてパチパチと音を立てる。
「グオオオオ!!!」
カィン!!
牛刀のような刃物を持った魔物と剣でつばぜり合いになる!
雷の軌道が変わった!?何もなかったのに!?
「敵で青色のローブを着た奴がいるじゃないですか。あいつの魔力です。」
瓦礫の合間から水が漏れ出していき、それが人の形になっていく。
私は魔物を斬りつけたあと、カイが指差した方を見ると確かにそんな奴がいた。手に杖を持った趣味の悪い奴が。顔を隠してたらカッコいいとでも思っているのだろうか。その低身長は変わらないんだぞ。
「魔族ですねあれ………そして魔力はサイコキネシス。物体を動かす能力ですよ。」
サイコキネシス。意思で物体を動かす能力ねぇ。しかも魔族か……これは
ザシュザシュ!!
2方向から攻撃してきた魔物を斬りふせる。
「めんどくさいことになったね!!」
「ええ………しかし2人になりました。ここから役割分担をして倒していきましょう。」
カイは元の姿に戻っていた。……いや、元というには少し傷が多いか。体を張って人を守りすぎだよ本当に。
ズァアアア!!!
カイが私達の周りに氷の壁を張った。作戦会議をする為だろう。
「僕達の魔力じゃ相手にそらされてしまう。なのでイリナさんにはあのローブの方の相手を頼みます。」
「[なので]って何さ。繋がってないよ。」
2人とも攻撃が弾かれるんだから、私じゃなきゃいけない理由がないでしょ。
「僕は運動が苦手なので、動きが速くないです。その代わりイリナさんは飛び抜けて足が速いです。魔族の魔力がいかに強大と言えど第二類勇者最速の貴方の動きなら捉えきれないはずです。」
「………なるほどね。振りまくって隙をついて倒すと。」
「そういうことです。僕はその間に魔物を殲滅します。すぐに終わらせて加勢しますので、紙船に乗った気分で頑張ってください。」
「うわぁすぐに溶けだしそう。安心できないじゃん。」
すぐに水に落ちちゃうね。
「僕は水ですよ?水に落ちてくれたのならば守りきれる自負があります。」
「………あっそ。」
まったく、なぜこいつはこうもまわりくどい方法で言葉を重ねるんだろう。頭いい奴っていうのは偏屈なものだね。
………本当に、変なやつだ。
ガシャァアアンン!!!
先の尖った岩が氷を貫いた。
ブシュッ
そしてそれはカイの腕に突き刺さった!!
「か、カイ!」「僕のことは今は無視しろ!」
「!!……分かった。」
バキン!!ガシャァアアンン!!
私はカイに突き刺さった岩を握り砕き、氷の壁を吹き飛ばし、ローブの魔族に向かって走った!!!
パパパパパン!!!
ジグザグと雷のような印を地面にヒビで描きながら、突き進む。
パンン!!
そして最高速度で地面を蹴り飛ばし殴りかかる!!
けれど青ローブは私の動きに対応し、空中にいる私の体を能力で吹き飛ばす!!
「チィッ!!」
地面にぶつかる時に受け身をとり、再度走り出す!!
やはり魔族の魔力は強力だバランスのとれた勇者と違って!私のこの速さですら吹き飛ばすのだから!
………でもだったら!!それなら!!!
バチチチチチ!!!!
体を稲妻へと変え、黄色い余韻を残しながら青ローブの背後へと移動する!!
バキッッ
「!?」
私はローブの男の、隠れているから正確には言えないけれど、頬を殴った!
「そろそろ顔を見………はぁ?」
地面に降り立った後、はだけたローブの男の顔を見るとグラスだった。
グラス………グラス?あの子供?グラスは魔力なんて使えなかったはずなんだけど…………
「あっはっはっはっ!!驚いた!?驚いたか!?この俺がこんなに強くなったことに!!」
グラスは何が面白いのか腹を抱えて笑い転げる。空中だから転げるというよりかは回っているのだけれど。
「………まぁね。闇落ちなんて驚き以外のなにものでもないさ。今時そんなのがカッコいいと思ってるなんて、時代遅れにも程がある。見ているだけで恥ずかしくて身震いするね。」
ブルブルって体を震わせる。
「闇落ち………闇落ち?ちょっとよくわからないな。俺まだ子供だからー。」
キャハハハッと大きく笑うグラス。
「あっそ。分かんなくても別にいいよ。私がわかればそれでいいんだから。………それにしてもそこまでして力が欲しかったんだ。」
「…………お前には分かんないだろうな。力がない奴の気持ちが。俺の気持ちが。」
「うん分からない。分かってあげようと努力しても、どうしても分からないんだよねぇー。パーフェクトな私の唯一」
「そうかいそうかい。そうやって弱者を馬鹿にし続けるのか。やっぱり強い奴ってのはお鼻が高いんだな。」
「誰が弱者をバカにしてるって?私はあんたをバカにしてるんだよ。ズルしてその挙句に人を傷つける。そんなバカな思考回路なんて私には理解できないと言っているのさ。」
「うるせぇえええ!!!」
ギュオオオオ!!!
先の尖った岩が回転しながら突っ込んでくる。
「俺は何も間違っちゃいないんだよ!!俺は強くならなきゃいけないんだ!!」
「ふーん。で?」
バキンン!!!
岩は私に握りつぶされてしまい、跡形もなく砕け散った。
「………今日の昼にさ、こんなこと言ったよね。覚えてるかな?」
バチン!!
イリナの指から漏れた雷が岩にぶつかり表面を焼いた。
「[その年齢で、私みたいな怪力を持った化け物と戦って死にたいの?]………こう言っちゃなんだけどさ。」
指をグラスに向ける。
「私、相手が悪なら子供でも容赦しないから。」
バチチ!!
「っ!!!」
指から放たれた電撃を、グラスはギリギリでかわす。
「お腹がガラ空きだよー。」
ドズゥンン
イリナの右手が、グラスの腹筋を貫く!
「がっっ……てめぇ、なに」
「地面で頭でも冷やしな。」
ガツン!!ドォーン!!
グラスはイリナの両手ハンマーに叩かれ、垂直に、高速で地面に叩きつけられる!!
「強くなったってことは殺される覚悟があるってことだ。それにわざわざ私に殺されたいがために魔族にもなったんでしょ?それなら殺してあげないとねぇ。あんたの要望の為にもさ。」
「くそっ………てめぇ、なんで速くなってんだよ!!」
ブォッッ!!!
風のような体を押す威圧感がグラスの手から放たれる。
けれど、私は吹き飛ばされることなくゆっくりとグラスの元へと歩いていく。
「地上に落としたらこっちのもんさ。あんたの扇風機みたいな力じゃ、私を吹き飛ばすことはできないよ。」
「くっ、くそっ!!!」
グラスは変なプライドがあるせいか有利な上空に逃げず、真正面から私相手に力勝負を仕掛けてきてた。
見えない圧力が強くなり、さらに私の体を押す。それでも私の足は止まらない。ゆっくりと、獲物を追い詰めることそれ自体を楽しむ快楽殺人犯のように、ゆっっくりと髪をなびかせながら歩き続ける。
チラチラと剣を揺らめかせ、月光を剣に浴びせる。剣は怪しく光り続け、「これがお前を終わらせる武器だ。」と、自己主張する。
ザッザッザッザッ
「くそっくそっくそっ!!!」
ビュピュピュピュピュン!!!
焦ったグラスは岩の欠片を無数に飛ばしてきた。
………だからなに?
私の体を渦巻いていた雷が生み出した磁界に岩の中の金属が反応し、反発し、僅かに軌道がそれて私に当たらず何もないところに飛んでいく。
ザッザッザッザッ
「………おっ」
私の進行を止めることが出来ず、グラスは狼狽える。
魔力の質だけで言えばガルザンよりもグラスの方が上。でも、ガルザンの方が手強かった。だってそれは………
「俺は強いんだぁああ!!!」
私達に深い影が落ちる。
空を見上げると上空から巨大な岩が落ちてきていた。村一個分ぐらいの大きさ。多分近くの山からくり抜いて持ってきたのだろう。………あっ、ほら。南西の方の山に綺麗に中腹を切り抜かれた山があるもん。
「ひゃーーでかいねぇ。あの大きさの物まで動かせるのか。やっぱり良い魔力してるわあんた。」
「そうだ!!俺は強いんだ!!お前らはこの村ごと潰れてしま」「カイ。欠片頼むわ。」
「分かりました。怪我だけはしないように。」
「私のセリフだ。」
私は勢い良く飛び上がった。そして………
ゴシャアアア!!!
巨大な岩を思いっきり殴った。
ビシッビシビシビシッッ
巨大な隕石のような岩にヒビが入り
バゴォオオオンン!!!!
岩は大きな音を立てて割れた。
大きな欠片が流星群のようになって高速で地面に落下していく。
「まったく!!」
ピキンピキンピキン!!!
村中のいたるところから水が溢れ出しまるで噴水のように噴き出て、岩の欠片を受け止めた。そしてすぐさま凍り、水は岩の欠片ごと氷となり空中にとどまった。
上空に広がる薄い氷の傘。不規則で、隙間から見える星がなんとも美しくい。星と月の光に照らされる氷が淡い空色で、まるで氷の世界だ。村が一瞬でメルヘンな世界に変身してしまった。
「イリナさん。もう少し速さを殺して下さい。時速90キロは出てましたよ欠片。」
「………さて、グラス。まだ私達と闘うのかな?」
私は地面に降り立つと、グラスの方を向く。
あっけなく自分の最強の技を封じられてしまったのがショックなのか、目を丸くして口を開かない。開けられないグラス。
「…………負けだね、あんたの。」
「………負け?そんなの……認めない!」
グラスは再度構えなおし、私を睨んできた。
「俺は強くならなきゃいけないんだ!強くなって………世界を破壊し続けないといけないんだ!!」
「………本当にそうだったっけ。」
私はグラスに一歩近づく
「あんたが強くなる理由はそんな下らないものだったっけ。そんな………つまらないものだったっけ。」
再度一歩踏み出す
「そうだ!!俺は俺の力を認めてもらうために、自分を認めてもらうために、全てを破壊する!!弱い奴が認めてもらうにはそれしかないんだよ!!俺からすればこれが正義なんだよ!!正攻法なんだよ!!!」
「あんたは何を言ってんだ!!!」
私は、喉が裂けるぐらいの声量で叫んだ。
「あんたが強くなりたかったのはなんのためさ!!人に認めてもらうため?人の期待に応えるため?そしてその期待に応えて自分自身のプライドを守るため?そんなんじゃないでしょ!!あんたは人を守る為に強くなりたかったんでしょ!!!」
「な、何言ってんだよ……そんなことあるわけ…………」
私が急に大声をあげたことに驚いたのか、グラスはたじろぐ。
「あるんだよバカ!!忘れたとは言わせないよバカ!!私があんたに手助けしたのは、あんたが村の役に立ちたいって必死に思ってたからだ!!自分の父親の代わりになって、村を守ってみせるって目でずっと言ってきてたからだ!!」
カイの無茶なサポートでトラウマ植え付けられたのに、それでも強くなろうとしがみついていたのは、村がいつ襲われるかわからなくて不安で不安で仕方なかったからでしょ!!守りたいって想いが強かったからでしょ!!
「私は認めない!!数時間前のあんたが、今の最低で私の理解できないあんたと同一人物だなんて!!絶対に!!絶対にだ!!!」
「………黙れ」
私の言葉を聞き、グラスは耳を塞ぎ目を瞑って屈んだ。
「黙れ黙れ黙れ黙れ!!!俺は……認められたいんだ!!強くなって………そして!!そして!!!」
「いい加減にしろ!!!!」
メシイッッッ
私はグラスの顔面を思いっきりグーで殴り、吹っ飛ばす!!
「あんたの信念はどこにいった!!!変わりたいって心はどこにいった!!!人を守りたいって気持ちは………」
私はグラスの胸倉を荒々しく掴んだ。
「ど こ に いっ た!!!!!」
信念がないものに真の強さは芽生えない。心のないあんたなんて、ただの若輩者だ。負け犬だ。カスだ。
「でも……だって…………でも。でもでもでも…………でも!!」
グラスは私の腕を払い、耳を塞いで地面にうずくまる。
「ないんだよ!!!俺の元の心なんてのはもうないんだよぉおお!!!!」
グラスの悲痛な叫びが、妙に美しい氷に反射する。
「ゆっくりと黒色に染まっていくんだよ!!蝕むように急速に侵食してくるんだ!!!布にコーヒーを垂らしたように!!!」
「…………」
「そして語りかけてくるんだ。[破壊しよう]って。そして、そうするとまた優しく語りかけてくるんだ。[良くやった]って。それが、もう、何よりも嬉しくって………破壊を心の底から楽しんでしまってるんだよ俺は!!!もう元の俺じゃない。今から戻るなんて………元の心を取り戻すなんて…………もう、む」
「あんたは強い。」
私はグラスを抱き込んだ。
「人を助けたいって思うことができる、何よりも強く気高い意思を持っている。それはあんたが魔族に堕ちようが関係ない。心が上っ面だけ染まろうが関係ない。その核は、あんたの強さで満たされているんだから。」
幸い人は死んでいない。いくらでもやり直せるさ。
「自分を信じな。人を守ろうと頑張ることができる自分をさ。」
「……お前………」
「お前じゃない。イリナかイリナさんとよびな。」
「………ありがとう、イリナ。俺を強いと言ってくれて。」
パリン
グラスが握っていた杖が粉々に砕けちり、中からハートのような物が出現した。それはグラスの元に漂うと、スーッと、あるべき場所に、草原を吹く風のように、周りにいるものをざわめかせながら溶けて消えていった。