循環する永遠
「あの塔ってぶっ壊せないの?」
希望の塔に向かいながら、私はカイに尋ねた。
「ぶっ壊せるのなら、わざわざ塔になんか入らずにぶっ壊して広い場所で戦いたいんだけど。」
「んー………無理ですかねぇ。あそこはそういう場所ですから。」
「どういう意味?」
「[存在することが存在意義]の場所………ただあるだけで、あそこは場所として完結している。」
「…………?わからないんだけど。」
「希望がこの世界に始めて生まれた場所………あそこは世界の始発点なんですよ。だから、存在するだけでいい。だから、存在するためだけの魔力がかかっているんですね。」
ふーーん?………よくわからないけれど、大層な魔力が宿っているのか。
「じゃあ壊せないってわけか。」
「まぁそうですね。…………」
存在意義がなくなら無い限り…………
カイがボソッと言った。カイの話はいつも複雑だ。でも、今日のこの話をしている時のカイの表情は、どこか遠くを見つめるようなものだった。
液体人間ではなく人間液体。細胞によって組織され、永遠と脈打つ命を持って人に襲いかかる。命をもって他人の命を奪い取る、生命の源の様な存在だ。
壁と天井と床をけりながら、私は人間液体をひたすらにかわし続ける。時折カイの水の塊と人間液体がぶつかり合うことで、激しい津波が巻き起こり部屋の中を液体が思うままに飛び交う。
「ふぅーふぅーっ!!」
流石に疲れてきた。陸上で言えば短距離型の私だ、短期決戦を得意とするのに、相手に粘られ過ぎてスタミナを浪費し過ぎている。こんなことがずっと続く様では、私は間違いなく速度が落ちてあの液体の餌食になる。
とはいえ、あの怪物をどうにかする手立てがあるわけではない。あの液体の母体になっているグラディウスは、ほぼ不死身だし、しかも懸濁のなんたらとやらは、その中でも最も不死身に近いらしい。死ぬまで殺し続けるプランを今も続けているのに、殺しきれるイメージがいまだにわかない。何か、もっといい手段があるはずだ…………
「……………限界とか感じてたりしてます?」
カイは敵の攻撃を涼しい顔でかわしてはいるが、やはり顔には汗が薄っすらと張り付いていた。
「…………まぁ、あいつを殺しきれないことに歯痒さはあるかな。」
つまり、私の攻撃力が足りないということだ。限界………言いたくはないけれど、多分ここが私の終着点だ。
「違いますよ。ここが終着点だなんてありえない。……ようやく、イリナは始発点に立ったんですよ。」
迫り来る津波をかわしながら、カイは私が今握っている光剣を指差した。
「勇者としての限界を迎え、イリナとしての………希望としての、始まりに足を踏み入れた。あなたがこれから刻むのは、伝説ですよ。」
「…………本当かなぁ。」
「自分を信じれば良いんですよ。それだけで、貴女は無限の力を手に入れられる。」
やはりカイの話は難しい。いつもなぜか余計にこんがらがるようなことを言うせいだろう。でも、なんだろうな、そんな言葉が、聞いている私を安心させてくれる。あの言葉を聞けば、単純な私は納得してしまう。
自分を信じろ………か。ならば、そうするだけだ。
「……………」
足元をすくうように飛んできた津波をジャンプしてかわし、私は剣を握りながら目を瞑った。
しかし、ジャンプすることを見越していたのだろう、人間液体は部屋一杯の高さまである高波を生み出し、私を押し潰そうとしてくる。
横に逃げればかわせる………でも違う、そうじゃない。私ならば………
握っている光剣からインスピレーションが湧き上がってくる。膨れ上がる力のイメージ………勇気がドンドン膨らんでいく。
光剣にはこの先がある………私にしか開放できない[死舞]が。まだひとつしか開放できいないけれど、私なら…………
「力で吹き飛ばす!!」
光剣が私の言葉に反応して姿を変える!!オーソドックスな両刃剣が、古めかしく木目が美しい木刀へと!!
「死舞羽衣[一閃]!!!」
パァアアアアンンンン!!!!
木刀を地面に叩きつけるために振り降ろすと、凄まじい速度で振られた。光速にかなり近い化け物じみた速度………それが、地面にぶつかった。瞬間、
ゴォオオオオオオッッ!!!!
爆音が鳴り響く前に、衝撃波が空間を押し潰しながら進んでいく!!それは人間液体を吹き飛ばし、反対側の壁に思いっきり打ち付けた!!
塔が壊れないがゆえに、地面に打ち付けられた衝撃は吸収されることなくほぼ100%の状態で拡散される。この衝撃の前では、液体どころか固体までもが吹き飛び、壁に叩きつけられてしまう。人間液体など壁に釘付けになってしまい、一切身動きが取れない。
「チッ………」
その衝撃は人間すらも無力にする。死の魔力を操る男を壁際まで吹っ飛ばし、衝撃によって踏ん張ることしかできていない。
パァン!!!
男の元へと急いで突っ込む!
液体がない今がチャンス!確実に首を刈り取る!切る切るkillkill!!
私は剣を振り払った。
人はどうあがいても死ぬ。
生まれた時から死ぬことを決定されている。それは、底なしの沼に落とされるみたいに、ゆっくり、ジワジワと、心と身体を飲み込むように……
しかし、死に方は選択できる。生まれ方を決めることはできないが、境遇を高望みすることはできないが、性格は変わらないが、死に方は変えられる。考え方は変えられる。…………終着点は、自分の手の中にある。
「あがくか、あがかぬか。どう死ぬかが人間にとっての最大の選択だ。」
まだだ!!まだ死ねない!!
イリナが突っ込んでくるのを立ち尽くし、そして見ながら、俺の頭はグルグルと働き続ける。
まだ何も出来てない。俺の希望はまだ何も満たされちゃいない!こんなクソつまらない人生の終わりがこんなのなんて認めない!
しかし、イリナが突っ込んでくるのを呆然と見るだけ。体を動かせない、それだけの衝撃が、俺の身体を縛り付けている!
死だ………もっと強烈で、もっと凄惨な死を生み出さなくては。絶望を、全ての希望を飲み込む果てしない絶望を!
胸が高鳴る!魔力が膨張していくような、進化が止まらないような、酷くドロドロとした熱意が身体を包み込んでいく!!
「死ねぇえええイリナぁぁあああ!!!!」
俺は全ての魔力を注ぎ込み、イリナにぶつける!!!
「やめてぇえええええ!!!!」
ミヤビだ。俺とイリナの間に、ミヤビが割って入ってきた。俺を助けるため?イリナを止めるため?何のため?
ガフッ…………
そしてミヤビは、口から血を吹き出した。
俺のせい?イリナのせい?誰のせい?
「なっ………」
ミヤビが入ってきたのを確認した瞬間、イリナは一瞬で俺達の元から離れた。
俺はただ立ち尽くす。
現実と思考がこんがらかって、感情が黒色の線に塗り潰されたみたいに煩雑化して、それから逃げるかのように世界が溶けていった。
歪み、回り、捻れ、伸びる。形が、意味が、曖昧に溶け出していく。混ざり行くように………
「ゴメン……ズク…………やっぱり私、ダメだった。クズだった……………」
ミヤビはそう言いながら床に倒れこむ。
誰のせいかだなんて……俺に決まってる。俺だ、俺だ、俺のせいだ。
溶ける、溶ける、溶ける………全てが溶け出していく。
「……………違う。」
それでも、僅かにだが、確固たる思いがあった。そんなはずがない、違う、あり得ない。
「クズなわけないだろ………お前が。」
こんなクズを助けようとしてくれた人間がクズなわけがない。こんなクズの心の拠り所になってくれた人間が、クズなわけがない。誰よりも優しくて、誰よりも余裕があって、誰よりも誇らして、誰よりも……人間らしい。
人間にとって最大の選択は死に方を選ぶこと。俺が?お前が?……もう、俺の死に方なんてどうでもいい。殺すことしかできない俺の死なんて興味もない。お前だ、ミヤビ。お前はこんな所で死んではいけない。俺なんかを守る為に死んでは…………
俺はミヤビを優しく抱いた。そして、俺ら2人を抱き込むように、懸濁が包み込む。俺の魔力が身体を溶かし、永遠の命が繫ぎ止める。命が氾濫し、始まりが永遠と続き続ける。
液体であり、固体であり、生であり、死である。始まりと終わりを内包し、全てが永遠と回り続ける。
「キクロフォリアエオニオティタ(循環する永遠)……無限は今なお廻り続ける。」
終着点はもうない。あるのは、存在し続ける無限だけだ。




