永遠の死
「ガァルルルルッ!!!」
ダンダンダンッ!!ダンッ!!!
魔物は地面を駆け抜け、私を射程に捉えた瞬間、高速で踏み込み私にその鋭利な爪を突き刺そうとした。
ドンッ!!!
しかし私はそれを上体を傾けることでなんなくかわし、左手を魔物の腹にぶちこんだ。悲鳴をあげる筋肉、きしみあがる骨。持ち上がった内臓の感触が、手を通してよくわかった。
ドンッドンドンドンドンッ!!!
そのまま更に左手で腹を殴り飛ばして距離を作り、心臓、顎、横隔膜へと連打し、回し蹴りをコメカミに叩き込み地面に顔をめり込ませた。
「………魔物は任せた。」
私は剣を引き抜くと、カイと共に塔の入り口に向かって走りだす!
「グォオオオオッ!!!!」
スパパパパパパッ!!
雪崩れ込んでくる魔物達の攻撃をかわしながら、体の各部位を切断して走る!
こいつらはグラディウス!不死身集団だ。この程度の傷じゃすぐに回復して邪魔をしてくる。だから、私達はこの場を走り抜けて一直線に塔に侵入し、他の勇者に魔物達を任せるしかない。
「我は[懸濁]のニアムズ!!塔を入るには我を倒すしか……」
パンッ!!!
私はこの集団のリーダーと思しき魔物との距離を一瞬で詰めると
スパパパパパパッ!!!
瞬きの間に一瞬で細切れにして、切り屑を飛び越えて塔に入った。
「………思った以上に静かだね。」
外の喧騒が嘘みたいに静まり返った塔の内部を歩いていた。ここは敵の本拠地だ、罠があってもおかしくないから歩いているのさ。
「………青ローブの目的はなんなんでしょうね。」
歩きながら、カイがブツブツと1人で考え事をしていた。
「そんなの、勇者領をつぶすことでしょ?あんだけ攻撃してきたってことはそれ以外目的ないじゃん。」
「………だったら、僕だったら、あの男は温存させておきますね。」
あの男………[崩界]の魔力を持つ男のことだ。問答無用で人を死に追いやる危険な男。
「今日のような大規模作戦の時に、彼を不意打ちで利用すれば間違いなく勇者領は崩壊していたでしょう。……実際、不意打ちを食らったイリナさんはなす術なく一回死んでいるんですから。」
不本意だけれど事実だ。私はあの男に2回殺されている。しかも1回目は抵抗する間もなく呆気なく。打開策を見つけた2回目も、五感を破壊し尽くされて殺されてしまった。もしあの男の情報もなく今回の戦いを仕掛けていたら、間違いなく勇者は全滅だった。………確かに、あの男を先に利用したのは合理的じゃない。
「でもきっと、目的は合っている。……勇者領を潰すという目的は間違いなく合っている。………目的じゃないのか?[方法]?」
「どういうこと?」
「[勇者領を潰す方法]が違う?………あの男は捨て駒に過ぎないのか?」
「…………?」
あれほど危険な魔力が捨て駒?それはあり得ないんじゃないかな………私とカイは合計で3回殺されているわけだし。
「確かに僕達は追い詰められた。でも、彼を倒す手段を見つけ、実際一度退かせている。今度は確実に彼を殺せるはずです。そこじゃあない。注目するべき部分はきっと………」
カイのいつもの癖だ。何か気になることがあるととことんまでそれに入れ込む。難解な謎は、彼にとっての最高のデザートなのだ。
「…………時間、か。」
カイは天井を見上げて呟いた。特殊な岩石で出来た天井が、私たちの姿を映している。
「時間?」
「僕達はあの男のせいで約2週間拘束された。……2週間、それは確かに短い時間に感じますが、実は僕達が思っている以上に長い時間だったのかもしれない。」
「そう?2週間でなんとかなるほど勇者領は脆くないと思うんだけど。」
「いや、違う。きっと僕達は2週間以内に……もっと短いかもしれない………2ヶ月前から勇者領全域を虱潰しに探しても成果が出なくて諦めかけていたけれど、あとちょっとのところまで来ていたのかもしれない。僕達は、きっと、ここを見つけられたんだ。」
なるほど………確かにそれはあり得そうだ。あの王を崇拝する教団を抹殺したのも、もしかしたら、[私達が思った以上に近づいていた]からだったのかもしれない。
「だから時間を確保する必要があった。……何か理由があるはずだ。なんだ?」
「………さぁね。カイが分からないんじゃ私にも分からないよ。」
謎解きは全てカイに任せて、私は私の出来ることをやりきる。それがこの2人の役割分担。役割が明確に分かれているのさ。
「ただ青ローブがロクでもないことを考えているのはなんとなく分かった。だったら、私達がそれ以上の力で叩き壊すしかないでしょ。違う?」
「………そうですね、その通りです。僕達は結局、悪を潰せばそれで良いのですから。…………本当、イリナの輝きにはいつも救われますね。」
カイが抜けた笑いをした。
らしくない言葉だと思った。いつものカイならもっと口ごたえしてくるはずなのに………やはり少し緊張してナイーブになっているのか?
「…………まさかね、そんなことをするわけがない。」
カイはまた抜けた笑いをした。
一体そんなに何を張り詰めているんだろう………
「………………」
「………僕も人の子ですからね、ちょっと落ち着かないんですよ。今日は間違いなく、この世界の今後を左右する日になりますからね。」
そんな大袈裟な……と言おうと思ったけれど、あの男を殺さずに、ここに集まった勇者領の精鋭を殺されてしまったら、確かに勇者領は終わりだ。重大な局面であるのは変わりないのか。
「………じゃあ頑張らなきゃね。」
「そうですね。」
私とカイは張り詰めた表情のまま笑った。多分とってもぎこちなかっただろう。
恐怖だ。俺を今突き動かしている原動力は、堪え難い恐怖。足を動かし、頭を回し続けなくちゃ潰されてしまう。震えた握り拳をいさめ、武者震いする脚を殴りつけた。
死ぬのが怖い。まだ俺は生きていたい。まだ意味を見いだせていない。……まだ俺は、世界を知らない。
雨が降る夜空。晴れた後の虹空。這いつくばるような山々。ありふれた街並み。死臭のない清々しい空気。俺の姿がかすかに映るショーケース。………俺はまだ、普通を知らない。
たとえ1ヶ月と保たない命だとしても、それでも俺は生き続けたい。生きる為に足掻いて足掻いて足掻きまくって、俺が生きる意味を探し出すのだ。夜が存在する理由を探し出すように、暗澹たる世界をかきわけよう。
………そして、ミヤビと、もう少し話していたい。下らないことかもしれないけれど、今の俺にはそんなちっぽけなことすらも支えになる。
俺は赤く染まった三日月の仮面を被り、前を向いた。
「……………」
「……………」
2人は1人を見つめ、1人は1人を見つめた。そしてその3人を囲むように影から湧いて出てきた魔物達。
「懸濁よ……俺に永遠の死を見せてくれ。」
大量の死が2人に襲いかかった。




