成長する希望
「………ふふっ、はっはっはっ!!どうやら俺の魔力がステップアップしたようだぞ!!」
俺の魔力が敵のバリアーを貫いた!感染力が更に強力になったってことだ!
「もっとだ!もっと人を殺せる!もっと理不尽を押し付けられる!世界を狂わせられる!」
どれほど抵抗しても勇者の上位層を食いつくせる!簡単に世界を壊せるぞ!この腐りきった理不尽な世界を、俺に理不尽を押し付けたこの最低な世界を、最低なこの俺が最後に立っていられる絶望の世界を!潰せる!
「ヒャハハハハハッ!!………お前には世話になったな。」
俺の近くで、血を吐きながら倒れている男を見下しながら、俺は笑った。
俺を追い詰めたのは許せねぇが、追い詰められたお陰でこの力を手に入れられたことは素直に感謝している。死ぬ前にちょっと褒めといてやるか。
「お前のおかげで俺は無敵になれた。もう何も怖くない!問答無用で全てを殺してやる!」
さーて、手始めに勇者領の首都でも破壊してくるか。
「………ふふっ、いいんですか、このままで。」
俺が勇者領の中心部に向かおうとした時、男が話しかけてきた。
「…………別に、お前にトドメをさすつもりはねぇよ。どうせそのまま死ぬんだからよ。」
俺の魔力に感染したが最後、体の細胞が全て書き換わるまで止まることはない。死が確約しているのだ。わざわざ危険を冒してまでトドメをさす必要はない。
「いや、僕のことじゃないですよ。いるじゃないですか、もう1人。」
「………………」
………イリナか?あいつはもう………
「そろそろ死ぬだろ。俺の魔力に感染してから時間が経ってるんだからな。」
「どうやらあなたは、イリナさんのことをよく分かっていないらしいですね。」
「まぁな……知ってることは、勇者の中でもとびきり強いってことぐらいだ。」
まっ、それぐらいで十分だけどな。俺が奴を倒して、俺には敵がいないという証明にさえなればいい。
「それは致命的ですね………いや、もっと致命的だったのは、彼女にトドメをさすチャンスをわざわざ自分から逃したことでしょうか。」
「………はぁ?五感が消え、後は死ぬだけの人間にわざわざトドメ刺すなんてアホくせぇだろ。」
「僕だったら全力でイリナさんを殺しますけどね。」
こいつパートナーだろ………なに敵にアドバイスしてんだよ。
「戦ってわかった通り、僕は助かる命が多い手段を取ります。あなたの魔力に感染した人間を問答無用で殺したのも、より多くの命を、勇者領を優先させたからです。」
俺は死に行くこの男の話を聞いてやることにした。どうせ時間が経てば死ぬんだ。
「そんな合理的な僕ですが、勇者領を守る以上に優先させていることがあります。なんだと思いますか?」
「………自分の趣味だろ。」
「半分当たりの半分間違いです。僕の趣味はこの世界を守ることですよ?」
ちっ……お堅いヤロウだ。
「…………悪を倒すことか?」
「うーん惜しい。間接的にはそうなるんですけどねぇ………もう答え言っちゃいましょうか。」
ピシャァアアンンッッ!!!
「答えは簡単。[イリナさんを成長させること]です。」
ゴロゴロゴロゴロッッピシャァアアンンッッ!!!
雷が鳴り響いた。音が近い………近づいているのか?
「僕があなたと戦ったのも、あなたに逃げられたら困るからだ。………この戦いで、イリナさんは間違いなく成長する。」
………ハッタリだ。イリナは俺と対峙した段階で、もはや既に視力が消えていた。この男との戦闘中には聴覚と嗅覚も消えてるはず………戦えるわけがないんだ。
「成長中なのはあなただけだと思わない方がいい。」
パァアンンンッ!!!バチバチバチバイッッ!!!
空気が弾け飛ぶ音が聞こえた!!
「なん………」
メシッッッッ
顔をガードする為にクロスした両腕に何かがめり込む
「だ…………」
バゴォォオオオオンンン!!!!
次の瞬間、俺は地面にめり込んでいた!
っ!?!?!?
なにが!?一体、ど、なん!?!?
両腕が変な方向に曲がっている!!身体全体が悲鳴をあげている!!なにがあった!?目で捉えきれなかった!!
「………………」
ドンガラガッシャアン!!!
倒れた俺の頭の方向の先にあった建物群が音を立てて崩れ落ちる。何か速度のある物体が激突したみたいな激しい壊れようだ。
バチバチバチバィイイッッ!!!!
雷をまとった女は、めり込んだ身体を起こすために建物をぶん殴り完璧に崩壊させ這い上がってくる。
イリナ………だと?なぜ俺にジャストミート出来たんだ?もうほとんど何も感じないはずだろ!?なぜ俺の居場所が…………
「ただの直感ですよ。危険を察知する獣のような直感。」
直感!?それだけで俺の位置を!?……つっ!?
起き上がったイリナの鬼のような形相を見た瞬間、俺は生唾を呑んだ。あれは……確かに獣と言われて納得だ。鬼のようと言うよりかはマジの鬼だ。視力のない鬼気迫った目が、俺を睨みつけていた。
「死へと突き進む感覚が、彼女の危機感と闘争本能を煽ってしまった。しかも五感がないせいで、第六感が冴えに冴えまくっている。」
ドスンッバッッッチィィイインンン!!!!
ドスンッバッッッチィィイインンン!!!!
一歩踏み込むたびに、イカズチが地面を叩き焼き焦がしていく。
「あなたが追い込んだからですよ。リミッターのない彼女を引き出してしまったのは。」
ッッパァアアアアアンンンン!!!!
突如イリナが踏み込み飛び出した!!見えてないはずなのに俺へと一直線だ!!
ドガァアアンンン!!!!
そして放たれた化け物じみた一撃をかわすと、俺の代わりに攻撃を貰った地面が崩壊し、巨大な雷が天高く空を焼き焦がした!!
直感!?ふざけんなよ!!そんなよく分からないもので俺の魔力を突破するなんっ
グシャッッ!!!!
って!!!
速すぎて目で追いきれない追撃が、俺のリバーに突き刺さるっ!!
メキメキメキメキッッ!!!
骨が何本かへし折れ、内臓が破裂する音が聞こえる!!
「〜〜〜っっざけんなっ!!!!」
右手を突き出し、こいつの脳を突き刺そうとしたら、イリナはステップを踏んで俺の攻撃を容易くかわす!!
そしてすぐに体勢を整え、次の攻撃を俺の身体に叩き込む!!
恐怖だ、恐怖が見える。死が近づけば近づくほど、黒く、脳に突き刺さるような恐怖が、ハッキリと。少しでもそこに身を置けば凍りつくような寒さに包まれ、突き刺さるような刺激が燃え上がるような痛みを思い出させる。いままで絶望は味わっても、死を味わうことはなかった。その痛烈な感情が………今、私に活路を与えてくれている。
死が私の最大の恐怖なら、そこに飛び込めばいい。暗く寒い惨憺に身を投じさえすれば…………
身を切るような苦しみだ。腕を振っても振っても、本当に意味があるのか分からない。いやそもそも、腕を振っているのかどうかすらも怪しい。もう感覚がないのだ。恐怖に突き進む絶望だけしか感じ取れない。
それでも!やるしかない!突き進むしかない!私を信じてくれている人がいるのなら、それに応えるだけだ!カイが期待してくれているんだ!彼の為にも、私の為にも!
つっ!?恐怖が遠ざかった!?それなら………
私は遠ざかった恐怖に再度ツッコミ、渾身の力を込める!!
そっからこないならこっちから行くのみ!!
「イリナさん危ない!!!」
「クソ野郎がぁあああ!!!」
イリナから距離をとったのは、一瞬だけ時間を稼ぐ為!俺が攻撃を叩き込む一瞬を作る為!
右脚を持ち上げ、近づいてくるイリナの顔面に膝蹴りを合わせる!
脳に攻撃をかまして一気に感染させてやる!
恐怖なんて、絶望なんて、全てねじ伏せる!!
ビキッ!
イリナの顔面に入った膝蹴り!!
「死からは逃れられない!!」
そこから感染が広がり………
「希望を…………」
バチバチバチバィッッ!!!
雷が膝を焼き尽くし、男の魔力を燃やし尽くした!!
メキメキメキメキィィッッ!!!
そして拳が男の顔を捉え………
「なめるな!!!」
バゴォォオオオオンンン!!!!
地面に叩きつけた!!!
トドメの1発!!
「それはダメだな………」
青ローブの男がイリナの身体を弾き飛ばし、男を抱きかかえた。
「彼はまだ必要なんだ。ここで死なれたら困る。」
なんだ?………なんだこれ?
目の前を浮遊する青ローブと対峙する中、イリナは直感で青ローブを捉えていた。
死とか恐怖とか………そういうのじゃない。でもネットリしていて気持ちが悪い、居心地が悪い不快感であるのは間違いない。こいつは……きっと青ローブだな!?
「ぶっ潰す!!」
「それは困るなぁ。………彼らの相手でもしてもらおうか。」
青ローブの声と同時に、魔物達が一斉に襲いかかってくる!!
この死に対する恐怖感がない感じ……グラディウスだな!?
「それじゃあ、また会おう。」
「逃げるなくそぉおお!!!」
何のために命張ったと思ってんだぁぁあああああ!!!!!
「ぁぁぁああああああああああああ!!!!!」
私達がグラディウスと戦っている間に、青ローブと死を振りまく男は消えてしまった。
「はぁ……はぁ………ここまで来れば…………」
薄暗い森の中、女の子が1人立ち止まっていた。身体を太い幹に預け呼吸を整えている。
「ふぅーー…………こっからどう戻れば良いんだろう。」
「戻ることなんて出来ないさ。」
「なっ!?」
その女の子の傍に、青ローブの男が一人たたずむ。
「撒いたはずじゃ………」
「バカどもの目は欺けても、私の目は欺けない。大人しく捕まってくれれば危害を加えるつもりはないよ。」
「誰があんたなんかに!!」
女の子は青ローブとの距離を一気に詰めると、その左拳を………
クラッ
あれ?なん……目の前が霞む………
バタリ
「深呼吸しちゃったからねぇ……中々希少な魔力を生み出せて私も満足だ。」
木の陰から子供が一人顔を出し、女の子と青ローブの顔を覗く。銀髪でミドルヘアのその顔が、心なく今を見つめる。
「さて、ようやく準備が整った。さぁ………王よ、我らの元に来たまえ。」
男は倒れた女の子を掴むと、その場から消えた。




