成長する絶望
目の前に広がるただ白いだけの世界。いや、徐々にその光は薄れていき、暗く、先の見えない絶望へと変わっていた。しかし、何も見えないこの目にも、脅威が差し迫っているのだけはよく見えていた。
ヤバイヤバイヤバイ!!
このままあの男に逃げられたら被害が広がってしまう!いや、それだけじゃない!あいつの魔力に感染してしまったから無駄死にしてしまう!
噴き出す汗と焦り。死が刻々と近づいてくる。
あと何分保つ!?あと何秒動ける!?………逃したら全てが終わる!!
ピシャァアアンンッッ!!!!
「おーおー……すげえ威力だ。離れているのに衝撃がビリビリときやがる。」
イリナが雷の魔力を発動し、手当たり次第に周りを破壊している中、男はイリナから3キロ離れた場所でその様を眺めていた。
俺を見失い、死が迫っていることでパニックになったな。あれじゃあ俺は倒せない。わざわざトドメをさす必要はないか………
「………あ?」
突如、男に降り注ぐ熱線が消え失せた。見上げると、そこには巨大な氷の塊が………っ!?
ガシャァアアアンンン!!!!
確認と同時に落ちてきた氷塊をギリギリでかわしながら、周りを見渡す!!
なんだ!?近くには逃げ遅れた一般人しかいねぇ!一体誰が………
ピタッ………
地面にぶつかり、砕け散った大量の氷片が空中で静止した。そしてその全てがこっちへと切っ先を向け
ピュンピュンビュン!!!
放たれた!!
顔!顔!顔!顔!!かわした先へと必ず氷の破片が飛んできて顔面を狙ってくる!!
なんて魔力の精度してやがるんだ!どこにいるかも分からない奴がここまで俺を捉えきれるなんて……!!
俺は急いで一般人の集団に紛れ込み、攻撃が止まることを………
ザクザクザクッ!!!
血が乱れ飛ぶ!!
こいつ………無関係なやつを殺しやがった!!勇者じゃねぇのかよ!!
高速で飛来する氷によって切断された身体達が空を舞い、鮮血が目の前に広がる!!
これじゃあ何も見えねぇ!次の攻撃がわからねぇ!!……なら!俺は近くにあった頭を掴み………思いっきりぶん投げる!!
ザクザクッ!!
パチュン!!
空中の血溜まりから出てきた氷片が突き刺さるのと、頭が地面に炸裂して弾け飛ぶのはほぼ同時だった!
イリナがいる方向にテキトウにぶん投げた!攻撃してきてるやつは多分、あいつの仲間だから、そっち方向にいると睨んだんだが………
「………確かに良い分析ですね。イリナさんを窮地に追い込んだだけはある。」
頭が破裂した所の近くの壁から、ゆっくりと男が出てきた。あいつは確か………イリナとかいうやつと行動を共にしてたやつだ。
「………ふーん?変なやつだな。」
刺さった氷を引っこ抜きながら、俺は男と距離をとる。
筋肉で攻撃をとめたから軽傷ですんでるな………この程度ならまだ支障は無い。
「勇者のくせに魔力に淀みがない……よく守り切ってるな。」
イリナも俺の魔力から身を守ることはできていたが、魔力を放出して遠距離攻撃をすると、身体全体を守る電気に抜けができていた。だから危険を承知で接近戦をしかけてきたわけだが………こいつの、身体を覆う魔力には淀みがない。勇者のくせに魔力の扱いが上手いじゃないか。
「僕はそういうタイプですからね。」
ピュピュン!!
俺の両脇めがけて飛んできた水が、建物に深々と穴を開けた!俺はそれをかわすと男の元へと走っていく!
……手や目を使わず、ノーモーションでこの威力と精度………かわしてなかったら間違いなく穴ボコだ。それに………
段々大きくなっていく男の身体を見つめる。
……それに、魔力を使った遠距離攻撃をしてきたくせに、身体を覆う魔力に欠損がない。マジで勇者のレベルじゃねぇな。魔族も顔負けの技術力だ。こいつは骨が折れそうだ………
「……………」
「………さて、どこまでやれるかな。」
ザパーーン!!!
俺の目の前を塞ぐように高波が発生する!でもなんてことはない、ただの水だ。左手で思いっきりかきわけ………ちぃっ!
いつのまにか背後に来ていた男の太刀筋を身体を捻ることでかわし、その回転のまま背後に右足を叩き込む!が、空振り!水の塊だけを蹴り飛ばし、水が四方に散っていく!あのやろう、こんなに速く動けるのか!?
ウニュルルル………
そして飛び散り、地面に落ちた水達が一斉に蠢き出し、人の形になると俺の元へと突っ込んでくる!めんどくせぇ!
バチィンパチュンバチャァン!!
左ストレート右ストレート左アッパーチョッピングライトと流れるように人型の水に叩き込み、4体が弾け飛んだ!そしてすぐに右手を戻して最後の一体の心臓部分にストレートうぉ!?
いつのまにか右斜め後ろから現れた男が、剣を振り下ろしたのを肩にぶつけて無理矢理止め、左の回し蹴りを放つ!
ピュピュピュッザパァアン!!!
蹴りをかわした男は大量の水を操作しながら切りかかってくる。右から斬り落とした瞬間左から水の塊が押し寄せ、左から右へと斬り払った瞬間下から水が押し寄せる。剣と連動し、別々の軌道から襲いかかってくる攻撃は、一分の隙もない、シルクをまとった踊り子の舞いのようだ。精密、可憐、それでいて素早い……かわすので精一杯だ。
はたから見たら俺の大苦戦だろう……だが、しかし、やはりだ。こいつの攻撃は………すっとろい!
「キャァアアアアア!!!!」
相手の斬りはらいをかわした瞬間俺は後ろに猛然とダッシュし、逃げ遅れた人間どもの集団に突っ込んだ!
ブシャアアッ!!!
勿論相手は俺を追い詰める為、人間達をなんの迷いもなく殺す。水の弾丸が人々を貫き、斬撃が人体を引き裂いた。
確かにこいつの魔力の扱いは一級品だ。攻撃しながらも防御の隙がない。勇者じゃなく魔族として生まれたらもっと上を狙えただろうに………ただ、つまりはそこが弱点。イリナのように割り切って力の全てを攻撃に割くことができず、[防御の方に意識]を回しすぎている。そのせいで………すっとろい。更にもっと致命的な弱点をあげるとするなら………
俺は右のストレートを男に向かって放った!
男はそれを悠々とかわし、俺に向かって剣を振り下ろし…………
「………なに、」
俺のパンチの後を追うように、別の人間の右手だけが男に向かって飛んで行く。集団に突っ込んだ時に、人間の手をその場で切断して、糸を結いつけたのだ。その糸を握ってパンチをしたから、俺の後を追って右手が男に向かっていく。
俺の魔力が、お前の水を通り抜けて身体に触れたら、さすがに感染するよなぁ?そうなるとやはり………
スパッ!!
男は剣の軌道を無理矢理変更させ、右手を切断した!威力を殺す為!……そんなのお見通しだ。
グインッ!!
左腕を思いっきり引っ張ると、街中の建物に張り巡らせていた糸が思いっきり伸びきり、そこに結ばれていた身体の各部位達が男に向かって全方位から飛んで行く!墓場をひっくり返したように、腕、脚、太もも、胸、くるぶし、頭部、耳等が高速で!
………お前は俺と自分に集中しすぎた。致命的に周りが見えてなさすぎる。
ズァッ!!
男は周りから身体が飛んでくるのを確認した途端、自分の周りを水で囲い始めた。
そんなもん………
ザブンッ!!!
俺はそこに手刀をねじ込み、男の身体を貫く!!
俺の攻撃は一撃さえ当たればそれでいいんだ。つまり俺の目的は、相手の動きを止めること。術中にはまったな。
パリーン!!
すると、俺の手には冷ややかな感触………まさか!?
水が落ち、見えるようになった先には、俺に胸を貫かれた氷像が!
ありえない!糸と身体で逃げ場を無くしたんだ!あそこから逃げ出すなんて………ワープでもしないかぎり!?
いつのまにか、男が俺の背後にいた。そして男は黒色の剣を振り下ろした!
ゆっくりと、ゆっくりと写る現実。あと少しで剣が俺の腰椎を捉え、俺を行動不能に陥れるだろう。
………くそっ、ふざけんなよ。なんでお前らのような良い生まれの奴に殺されなきゃなんねぇんだ。ふざけんなよ………くそっ。………くそっ!クソクソクソ!!もっとだ!!殺したりねぇ!!もっと!!生きてぇ!!作られた命だろうが、殺すための人生だろうが!!先が短かろうが!!それでも俺は、最高の人生を踏み台にしてでも、俺は!
ブルッ
心の底から震えが沸き起こった。血が沸騰するみたいな……熱い鉛が流れ込んできたみたいな、激しく、暴れたくなるような衝動。
凄惨な人生でもいいから歩みたい!!
ブッ………!!!
「なっ………」
次の瞬間、俺に斬りかかっていた男は血を吐いて倒れた。
ヤベー奴が成長って………戦略練って格上倒そうともしてるし……あれ、こいつ主人公でしたっけ?




