間違いなくピンチ
ガヤガヤガヤ………
人の多さに目眩がする。通り抜けていく人混み、塊のような雑踏。良く晴れ渡った空から降り注ぐ光線が、更に気分の悪さを助長していた。
バチバチバチッ
しかし、気分が悪いのはそういうのじゃない。人が苦手とか、人混みが苦手だからとか、引きこもってたのに久しぶりに外に出たとか、そういうのじゃない。
バチバチバチッ!
[この場に人がいる]ということが、私の頭を悩ませる。
身体から雷が溢れ出し、身体を眩い光が覆う。
「……………」
歩き、談笑する人混みの中、1人だけ止まっている男がいる。そいつは空を見上げていた。見ることを楽しむように、いや、もしかしたらこれといって意味はないのかもしれないけれど、とにかくただただ見上げていた。
「………………」
私は更に一歩踏み出した。
男はゆっくりと首を少しだけひねり、左目で後方を確認する。そして………ニヤリと笑うと、頭を後ろに傾けるように更に首をひねり、両目で私を見つめた。
「………………」
「…………お前じゃどうしようもできねぇよ。」
その言葉を皮切りに、街を壊滅させながらの戦いが始まった。
ドゴォオンンン!!!
ビルが1つ崩れ落ちた。響き渡る悲鳴と怒声。
ズザザッ!!!
そんな頭にくる音を聞きながら、着地と同時に男に向かって踏み込んだ。弾け飛ぶ臓物とビルの残骸の雨の中をかき分けながら、私は背中の双剣を引き抜く。
サンサンサンサンサンッッ!!!
双剣の乱舞と男の避ける動きが完全にシンクロし、竜巻のように空気を巻き込みながら進んでいく。そして少しだけ生まれた隙に右手の剣を突き出そうとした瞬間、男が近くの人間の頭を掴んで私にそれを叩きつけるように振り下ろした。無理矢理剣の軌道を変えどうにかしてかわし、左手の剣を振り払おうとした瞬間………
ブシャアッ!!!
私と男の間にいた人が、男の魔力によって破裂した。吹き出る血飛沫が私の目と気分を覆い尽くす。
そして、その隙に男は私の心臓に向かって手刀を突き出した。私の目の前には一般人、このままじゃどうしようも…………
「今回の戦い、一般人を殺すことに躊躇してはいけませんよ。」
「………なんでさ。」
「これ以上被害が広がらないように、僕達は街のど真ん中で戦闘を繰り広げる。………そうなると、街の人達はあの男の武器になる。目くらまし、人質、魔力の射程距離を伸ばすため………躊躇したら間違いなく死ぬ。」
「………………」
「あの男が来た以上、多少の差はありますが、人々は死が確定しているのです。邪魔するのであれば、気兼ねなく………」
ズバッ!!!
「殺しましょう。」
私は左手の剣を思いっきり振り払った。そのせいで真っ二つになる人体。妙に弾力があり押し返すような筋肉と、乾いたような質感の骨を叩き割り、男との距離を大きく生み出………
「…………」
………消えた。
あの一瞬で、この逃げ惑う群衆の中に紛れ込んだ?……いや、いやいやいや、ありえない。他の人間ならともかく、私の動体視力で捉えきれないなんてそんなのありえない。
ワーワー!!
キャーキャー!!
焦ることなく私は周りを見続ける、逃げながら叫び続ける人々の声を無視しながら。群衆のあまりの多さのせいかまるでモヤがかかったように見える。
敵の魔力?………ありえない。あの男の魔力は[感染する病原体を作って魔力と身体を殺す]こと。姿を消すなんて出来るわけが………ん?
モヤの中から影が姿を現した。そいつは顔が全然見えなくて………ゆっくりとこっちに向かって歩いてくる。
だんだん、だんだん………そして、その右手を………つっ!?
ビュァッ!!!
首をはねるように振られた手刀をギリギリでかわし、私は急いで距離を取る!!
誰だ!?顔が見えない!!………でもあの背格好は………
「人間ってのはよくものを見ていない。」
聞いたことのある声………私が今日倒そうとしている男の声だ。じゃあこの顔が見えない奴が、その男だと言うのか?一体どんなトリックが…………
「人一人を探すだけなら、その顔だけを意識して探せば良い。でも、人混みの場合はどうだ?全員の顔をハッキリと憶えてるか?……憶えてないだろうなぁ。思い出せと言われてもそう簡単に出来るもんじゃない。実は人間ってのはかなりのバカだ。見えてないものを、見えてるように振舞っちまう。」
そして男が一歩後ろに下がった途端、モヤの中に姿が消えた。
どうなってるんだ一体…………
「俺は、格上と認めた相手は、魔力の感染を頭部に集中するように仕向けるんだ。…………先に五感を殺すためにな。」
スパッ
突如目の前から現れたナイフをギリギリでかわし損ね、頬っぺたを綺麗に切ってしまう。流れる鮮血が、石畳を濡らす。
「特に、表面に近い眼球の細胞だ。角膜、網膜、水晶体、硝子体…………視力はどんどん消えていく。」
バタバタバタバタッ!!
周りから聞こえてくる喧しい足音達。これは……まさか…………
「………突如、急激な早さで視力が消えていくと人間はそれに気づかないもんだ。視力が落ちても、顔をハッキリと見えていない群衆を[見ることで確認できた]と思い、細部すらよく知らない建物を[ちゃんと見た]気でいる。…………気をつけた方が良いぜ。きっと、もう鼻も死んでるだろうからよ。」
喧しい足音だけが聞こえる。それ以外は霞みがかった危機的な風景だけ。人も、建物も、空気も、私の中から消えていた。
「んじゃあ俺は逃げるんで。勝手にくたばっちまえ。」
そして男の声はそこで途絶えた。
それでも唯一ハッキリと聞こえるのは………かつてないほど激しく動く心音だけだった。
あれ?ヤバない?これ絶対死ぬと思うんですけど………イリナが助かるアイデアがでるまで投稿しません。




