夢を見る人形
「聞いてなかったんだけど。」
誰もいなくなった街で、私はカイに問いただした。
「………何をですか?」
「あの男のこと。彼の魔力が彼自身を死に追いやってるなんて何も知らなかった。」
人に感染し、簡単に街を滅ぼす彼の魔力。それが、選択する余地もなく彼を死に際へと近づけていたなんて…………対峙した時の彼の目。目の前の人間を、人を、呪い殺そうとする死神の目かと最初は思った。とても冷たくって、釣り上がって、細かったから。彼の魔力らしいなと、そう思った。…………でも多分、そういう意味の視線ではなかったんだ。うまく言葉で表せないけれど、きっと、違った。
「……僕は何もかも知ってるわけではないですからね。彼の境遇、魔力の本質なんてそんなの…………」
私はカイの目をまっすぐと見つめる。
「………はぁ。こうなったらテコでも動きませんね。分かりましたよ、その通りです。僕は意図してあなたに情報を隠した。」
「…………なんでさ。」
自然と語尾が釣り上がる。大切なことを隠された……その気持ちが、私の心に火を灯した。
「そんなの決まっているでしょう。イリナさんじゃあ同情してしまいますからね、あの男に。」
そしてカイはため息をついた。心底から漏れ出た、彼の直球の感情だ。
「………そんなこと、」
「大ありですよ。あなたは不幸な人間には同情してしまう。自分の境遇と重ねて………[どうしようもない運命]を、あなたは間違いなく呪う。」
つっ……言ってくれる。
「……………」
………でも、いざ言われてみると、反論することができない。否定しようと頑張っても、批判の材料が見つからない。多分、それが的を射ているせいだ。私でも気づいていない的を、カイは簡単に見つけ出してしまう。
「その性格はとても良いものだ。逆境というものを跳ね除けるパワフルさがある。ただ……今回のような時は、跳ね除けられない。相手側から吹く風を、無下にすることができない。それがイリナさんの長所でもあり短所でもある。だから言えなかった、それだけです。」
「…………でも、」
「僕は一個人ではなく[世界]を優先させる。世界の均衡を脅かすものがいるのなら、個人の感情を無視してでもそれを阻止する。それが僕の使命です。」
カイの目には光が宿っていた。決意とか正義とか、そういう良い意味を持った光。私はその光に終始圧されっぱなしだ。
「………でも!でもでもでも!!」
でも、それでも、そういうのは違う!!
「教えてくれたら覚悟して彼と戦えた!!心に迷いもなくなってたと思う!!」
「…………それは、イリナさんがあの男の情報を知ったからです。知らなかったら、そんな感情すら識ることはなかった。」
「いや!なんとなく気づいたと思う!私の直感をなめないでよ!」
とにかく!戦闘中にあんなことを聞かされたから、私の心に迷いが生じた!それは間違いない!先に情報を知ってさえいれば……きっと!こんなことにはならなかった!
「彼が作られた人間だと知ってもまだそんなこと言えるんですかね?」
「…………」
そういえば、それっぽいことを言ってたな。魔力の方がインパクト強くて完璧に忘れてた。
「魔族は人間を創り出すことができます。まぁ、魔力を好き勝手に選べて、階級も自由自在。自我もないですから人間というよりかは人形に近いですがね。……あの男は、この世の全ての人間を、自分の命をかけて虐殺する為に生み出された人形なんです。」
………それは、とっても……………
「……………」
「いつも通り、人形みたく自我がなければ良かったんですけどねぇ。時たまにあるらしいんですよ、自我が芽生えてしまうケースが。…………どれだけ悲惨か分かりますか?彼は世界を破壊する為に生み出され、しかし、[生きる意味を探している可哀想な人形]なんです。」
………………とっても……………
「…………………」
「それでもあなたは同情せずにいられるのですか?」
「……………あたしは………」
私は思いっきり目を見開いた。
「それでも知らなければいけないと思う。」
「…………そうですか。まぁ、そこがあなたの良いところなので否定はしませんがね。」
俺の命が尽きるまで、あと1ヶ月かそこら辺だろう。
芝生に寝転がりながら、俺は月夜を眺めていた。そして今夜起こったことを思い出す。あの2人……間違いなく最上位の強さを持った人間だ。いつもみたいにすんなりとは殺せないだろう。………まぁいい。ジワジワと殺すのも悪くない。…………しかし、
手を持ち上げ、月光に照らす。すると浮き上がってきた細い血管を呆然と眺め、そして、あの顔と重ねた。
人形……人形か…………自分で言っておいてなんだが、とてもしっくり来た。俺は人形か………くくくっ、人形ねぇ。腹立たしいったらありゃしない。俺のこの四肢に繋がれた糸はどこだ?断ち切って自由の身になってやるっていうのに………いや、切っちまったら俺は動けなくなっちまうのか。…………くくくっ、やはり最悪だ。人形に自由はないのか。
「………なんで笑ってるの?」
俺が月と手を見てニタニタと笑っていると、ミヤビが離れたところから弱々しい声で聞いてきた。
………こいつ、本当に離れねぇな。何回も目の前で人を殺してるのに。頭イッチャってんじゃねーの?
「八方塞がりだから笑ってんだよ。」
「………辛いってこと?」
「辛いのはいつものことだ。そうじゃねぇ、[自覚しちまったから]笑ってんだ。」
「…………?」
「事実と、認知した現実ではその重さが違う。」
「つまり辛いってこと?」
………やっぱりイッチャってるはこいつ。
結局、なにをどうしようが、俺は創り主の命令のままに人を殺すしかない。「助けてやる。」という確約のないその言葉を信じて、ひたすらに人を殺すしかない。本当に助かるとはとても思えないが………
俺は右耳を下にして寝転がった。
どうしようもなく胸がざわつくとき、耳を塞ぐようにして俺は眠る。命のことを考えるといつもこうだ。言いようのない不安、先の見えない期待、見えるかどうかもわからない夢。目を閉じた先の暗闇が、音と共にやってくる。それを消す為に耳を塞ぐ。
1ヶ月か………なにをすればいいんだろうな。わかんねぇわ。
「名前……とか…………決めないの?」
ミヤビが木の陰から、コソッと、言った。
「……………どうせすぐ死ぬんだ。名前なんてなくたって………」
「でも、呼びづらいもん………」
呼んだことねぇだろ俺のこと。何言ってんのお前。
「…………じゃあ勝手に決めればいい。好きなように呼べ。」
返事するかどうかはしらねぇがな。
「うーんじゃあ………[ズグ]。ズグが良い。」
「ズグってお前………もうちょっとカッコイイのないのかよ。」
響きが最高に間抜けだ。ザックにも聞こえるし、グズにも聞こえる。人につける名前じゃないな、間違いなく。
「えーカッコイイよ。………私の逆、だもん。」
………逆?
「私とちがって………なんでも出来て、あたま良い。……だから逆。………[グズ]って呼ばれる私の……逆。」
「……………」
「グズのイミわからないけれど、良くないよね、多分。だから逆。………どういうイミかわかる?」
「………なんでそんな下らないこと教えなきゃなんねぇんだよ。自分で調べろ。」
俺は目を閉じた。
こいつはやっぱり頭がイッテる。とことんまでバカだ。グズって呼ばれる意味がよく分かる。
「…………やっぱり知ってるんだ。…………あたま良いなぁ。スゴイなぁ。」
ミヤビは楽しそうに笑っていた。
…………底抜けのバカだこいつ。
俺は笑いながら眠りについた。
これ本当に終わるんですかね?ズグのことを書いてると楽しくなっちゃって締めれない気がしてきました。




