死との対峙
「対策方法はシンプルです。魔力を常に放出して身体を覆うだけです。」
全ての人間を問答無用で殺す魔力の持ち主を追う為、街の中を走りながら私はその対策を聞いていた。
街の中は静かなものだった。なぜなら全員が死んでるからだ。少量の血を流しながら、地面に倒れている。街そのものが死を迎えたようだ。あの男の子が来ただけでこの惨状……
「イリナさんの魔力なら体に感染する前に魔力を無力化できる。しかし、自分の体を隙間を一切作ることなく常に魔力で覆うのは難しいことです。まして瞬発型のイリナさんならさらに厳しい。……出来ますか?」
「やらなきゃいけないでしょ。」
「………まぁ、イリナさんはそういうタイプですからね。弱音を言わないとは分かっていましたし、安心もしています。でも注意点を1つだけ言わせてください。」
「なによ。」
「あの男に近づいたら死にますよ。」
「っ!?魔力を防げるんじゃないの!?」
「魔力の物理的な側面は殺せます。でも魔力的な側面は完璧に殺しきれません。イリナさんの魔力はまだ未熟ですからね、宿主に近づけばまず間違いなく感染します。」
「………………」
「………つまり、彼に近づけば間違いなく死ぬ。地獄にまた送り返されることになります。………覚悟はできましたか?」
「…………感染から死ぬまでは何秒?」
「詳しいことはわかりませんが、初期感染だと大体10〜20分ぐらいでしょうか。」
「なら大丈夫。止められるのなら、また死んでも構わない。」
止める………絶対。これ以上人を死なせない為に。………私が私である為に。
「………俺対策か。参ったねこりゃ。」
男は起き上がると、ニヤっと笑いながら私に話しかけてきた。余裕綽々だ。
………対策してるのに、この余裕はなんなんだ。
「それをされたら、確かに人に魔力を感染させてお前をすぐに殺せなくなる。………まぁ、この場に人質にできるような人間はいないから、そんな対策しても意味ないんだけどさ。」
パンッ!!!
私はすぐに飛び出し、男に思いっきりなぐりかかる!!
「おっとっとっとっ!!そんなことしたらお前だけが死ぬことになるぜ。」
「………どういうこと?」
私は途中で立ち止まり男を睨みつけた。
「俺の[崩界]の魔力はなんでも殺す。手当たり次第に、感染したやつを問答無用で。学習する破壊因子だ。………それは俺にも当てはまる。」
男は自分の心臓に親指を向け、ニヤっと笑った。
「つまり、この殺人魔力の第一感染者は俺なのさ。俺の魔力は俺を殺す。俺が自分のために出来ることといったら、死ぬのを遅らせるだけ。そう、感染速度を遅くすることしかできない。………俺は、この魔力の学習能力を操ることができる。」
自分を殺す!?そんな……あるのか?
「お前が近づこうとした瞬間、魔力の学習能力を跳ね上げてお前を即殺できるってわけだ。俺のよりも学習した魔力に感染したら、お前は間違いなく俺よりも先に死ぬ。そのあと感染速度を遅らせれば、俺は問題なく街をねり歩けるってわけだ。どうだ?近づく気にはならないだろ?」
だったら!
「あーっと!遠距離攻撃をするのもやめた方がいい。」
私が体を覆っていた魔力を攻撃に移そうとしたのを感じ取ったのか、男は大声を出してそれを止めた。
「お前がそれをした瞬間、いや、しようとする気配を感じ取った瞬間、俺は魔力に感染したこのウサギを5匹、お前に向かって投げ飛ばす。もしお前に当たんなかったとしても、その隙にお前に近づいてガッツリ感染させてやるよ。」
………遠距離攻撃をすると、どうしても雷のバリアーに穴が出来てしまう。それを見越してのこの発言。困ったな…………バカじゃないぞこの男。
「隠れている野郎にも言っておく。お前がどれだけ身体を水で覆った所で、遠距離攻撃をした所で、俺はお前に感染させる自信がある。やめとくんだな。」
私ですら、一度隠れたら見つけるのが難しいカイの潜伏を、男は簡単に見破った。それどころか魔力の性質まで把握していた。どうなってんだこいつ………
「俺は誰よりも命に敏感なんだよ。隠れようが、目敏く本能が見つけ出しちまう。」
私は立ち止まったまま動けずにいた。
殺戮を止めたいという想いと、無駄死にはしたくないという想いがせめぎ合っているんだ。どうすれば……何をすれば…………
「………なぁ、俺は誰かを殺したいわけじゃないんだ。青ローブ達のせいで、こんな魔力をくっつけられて生み出されてよ、したくもない人殺しをさせられて、しかも何もしなくても自分の魔力で殺されちまうんだ。見逃してくんないかなぁ。」
生み……出された?初めてそんなこと聞いたんだけど………
「………そんなことしたら更に被害が出るでしょ!可哀想だとは思うけどさ!」
「命令でやらされてんだ。命令に背いたら俺は消されちまう。同類のよしみで頼むよー。」
「ど、同類!?誰があんたなんかとっ!」
「………なんだ、お前にはわかんないのか。」
男はウサギをブランブランと揺らしながら、愉快そうに笑う。
「俺には感じるぜぇ。人形みたいなお前の本性がよ。」
「………私は人間だ、人形じゃない。」
「いや、作り物の俺とそっくりだ。自分自身には何もないくせに、与えられた役割だけはこなそうとするその浅ましい性根がな。」
嫌な記憶が蘇る。楽しくもないのに1人で笑っている私。箱の中でもがくことなくただ居座る私。いるだけで評価される私。意味のない笑顔が、私の顔に張り付いていた。
「どうだ、楽しかったんじゃないのか?何もない自分が、何かをするだけで評価されるのが。求められているようで、自分自身が認められているようで。」
「………そんなことはない。」
薄暗い空間が、私の周りを漂う。そしてその闇からゆっくりと現れる笑顔。笑顔、笑顔笑顔笑顔っ。それ以外の表情が見つからない。
「お前は人を殺さなきゃ周りから認められない。悪を倒すのは正義のため?いいや、自分の下らない自己顕示欲の為だけだ。」
「違う………」
一体他に何がある?心のない笑顔以外に、一体私にはなにがある。正義?大量殺人鬼の前で怖気付いているのにそんなものがあるのだろうか。力?正義をなせないのなら、そんなものはあってないようなものだ。
「なにもない自分が全て……俺とお前は同じさ。同じ、生きる意味のない人殺し。」
「違うって言ってんじゃん!!!」
パァアン!!!
「ストーップ!!!」
ガシィ!!!
私が思いっきり踏み込んだと同時に、カイが後ろから思いっきりしがみついてきた!!
「ちょっと離してよ!!」
「一旦引きましょう!!ね!?このままじゃ相手の思うツボですよ!!」
「いいから!!絶対ぶっ飛ばしてゴボゴボッ!?」
カイが私の口に水を流し込んでくる!!
や、やばっ!!このままじゃ意識……が…………
「………ふぅ、なんとか抑え込めたか。」
失神したイリナさんの口から水を吐き出させ、僕は彼女を背負った。
「……………」
「……………」
「…………また来んのか?お前ら。」
「ええ、また来ますよ。イリナさんはそういう人ですから。」
「そうか………よろしく言っといてくれ。」
「……………」
僕はそのまま、男とは反対の街の方へと足を進めた。
「ああ、そうだ。イリナさんをいじめるのはもうやめてください。思春期だから色々と不安定なんですよ。」
「知るかよそんなこと。」
「そうですか、やめてくれたらあなたのことを見逃してあげたのに………残念。」
「お前らに遅れをとるような俺じゃねぇよ。」
「だといいですがね………大切にして下さいね。」
「…………なにをだよ。」
「決まってるじゃないですか。………ミヤビさんですよ。」
僕は離れていく。
「……………中々面倒クセェやつだな、あいつ。」
男は手の中のウサギを握り殺すと、元の場所に帰って行った。




