死とロースと
「この店で一番売れてるのってなんだ。」
肉屋の前に立っていた親父に話しかける。
「おうらっしゃい!いいこと聞いてくれたね!そいつは勿論この牛のロースだ!口の中に入れた途端にトロけるこいつは極上品だよ!」
「ふーん……じゃあ4人前くれ。」
「まいどあり!なかなか気前が良いお客さんで助かるよ!何か良いことでもあったのかい!?」
「いや特にねーな。……おっちゃんが良いやつだったから土産としてくれてやろうと思ってな。」
俺は丁寧に包まれた商品を受け取り、周りを一瞬だけ見た。特にこれといった問題のない日常。………俺はニヤッと笑った。
「よくわからんがありがてぇ!最近良いことがなくてゲンナリしてたから尚更嬉しいねぇ!」
「………なんかあったのか?」
「隣の街の友人から連絡が来なくなっちまったんだ。何かあったんじゃないかと心配で心配で………明日にでも見に行こうかと思ってたんだ!お客さんは隣町に友人とかいるのか!?」
少し悲しい顔になった後、店の奴はすぐに明るく戻って話しかけてくる。客に暗い顔を見せないように徹底してるのだろう。
「いねぇなぁ。………まっ、体に気をつけてくれ。その友人諸共な。」
「おう!ありがとうございます!また寄ってくれよ!」
「ああ、次来た時にもその元気な顔を見せてくれ。」
「おい!八百屋のマサが倒れたみたいだぞ!」
「なんだって!?」
俺が店を離れてから声が後ろから聞こえてくる。肉屋の親父の緊迫した声。
「口から血を吐き出し……ブッ!!!」
「なっ!?どうしゴバァッ!!!」
………さて、買った肉でも食うか。
パチパチパチ………
そこら辺で拾った木を燃やして適当な火を作った後、俺は鉄板に肉を置いてジックリと焼いていた。
肉が焼ける芳ばしい匂い……あーくそっ、こんなクソ環境で調理するには勿体ない肉だな。
「………………」
パチパチパチ……
焼かれる肉をただ眺める。膜を作る為、動かしたいこの気持ちをグッと抑えてひたすらに眺める。
「………………」
パチパチパチ……………
眺める。とにかく眺める。目を離さず、瞬きすらも忘れてジッと………
「………………」
パチパチパチ…………………
我慢。我慢。我慢我慢我慢。とにかく我慢。その先に待ち受けるのは………
「………っ!今!」
俺は素早く肉をひっくり返し、塩と胡椒を少しだけ振りかけた!そして肉を少しだけ焼いた後………俺は………
「………………」
………待つ。まただ、また待つのだ。肉汁を肉に閉じ込めるために待たなきゃならんのだ。
俺は目を閉じ、無言で待ち続ける。
木が燃えて弾ける音。
カラスの鳴き声。
無言の更に奥にある時が流れるような音。
「……………」
そして……木の後ろに隠れている奴の呼吸音。
「…………なんでお前ついてくんの?」
俺は隠れている奴に声をかけた。
すると、そいつはひょっこりと顔だけを出した。名前はミヤビ。俺が皆殺しにしたアジトを後にしてからずっと俺に着いてくるこいつを、俺はしつこく感じていた。しつこいってかうざい。
「………………」
「………………」
…………答えねぇなら、まぁ、いいか。俺の知ったことじゃない。
俺は青ローブの男に命令されて町を巡り歩いていた。あいつの目的や崇高な意識なんかは一切知らないが、どうせロクなことじゃない。知りたいとも思わない。俺は命令に従って歩くだけだ。
………………下らない世界だ。まるで積み木を積み上げただけのような下らない、どうでも良い世界。それを腕を振って倒しても、どれだけぶっ壊しても関係ない。他人が作った興味のないオモチャなんて壊れようが…………
「………一緒にいても怒らないから。」
ミヤビが口を開いた。
「………優しい。」
「………優しい、ねぇ……はっ。お前に興味ないだけだわ。」
アジトで偶然同じ場所にいただけの人間に興味なんか持つかよ。俺は自分以外の全てがどうでも良いんだよ。………自分さえ助かればそれで良い。
「名前……なんていうの?聞きそびれちゃったから………。」
「あ?馴れ馴れしいなてめぇ。………ねぇよそんなもん。」
「え?」
「俺は人殺しの為に作られただけの人もどきだ。役割以外の不必要なものは与えられてない。」
「…………」
無言………あーくそっ、腹立つな。
「同情か何か知らないが、そういうウザい反応すんじゃねぇよ。作られずに俺が存在しなかったっていう可能性よりかは幾分かマシなんだ。」
俺は肉汁を閉じ込めた肉を皿に移し、ジッと肉を眺める。
「………俺は生きたい。自分以外の人間をどれほど殺そうが、とにかく生きたい。こんなクソみたいな身体と環境を与えられちまったが、あんなクソみたいな男の命令を聞かなくちゃならないが。………全力で生にしがみつく。」
俺は捕食者だ。他人を殺さなくては生きられない。
「それが俺の唯一の目的だ。…………お前にはわかんねぇだろうな、死にたそうな顔してるもんな。」
ビクッ
離れた俺にまで聞こえるほどミヤビは動揺した。
「どんな人生歩んできたかは知らないが、[私が一番不幸なんです]みたいな顔しやがって。腹立つんだよそういうの。ファッション感覚で死にたがるな鬱陶しい。」
俺は肉にナイフを通す。柔らかく、しかし微かにそれを押し返そうとする弾力。切り口から少しだけ流れる肉汁を眺め、肉を口に入れた。
………硬く、噛めばほどける繊維。そしてほどけた間から流れ込んでくる肉の旨味。鼻と舌が幸せだ………
「………生きてるだけマシなんだよ。死はつねに孤独で、死んだら全て終わりだ。」
俺はさっさと肉を平らげると、立ち上がりミヤビがいる方向とは別の方向に歩く。
「2枚くれてやる。好きなように料理して食えや。」
「え、でも………」
「物欲しそうに見てくるから、こっちは食いづらくてしょうがねぇんだ。さっさと食って離れろ。」
俺は手頃な大木に寝転がって空を眺める。
…………俺は、人間よりかは遥かにマシな存在だ。なぜなら存在意義があるからだ。人間達はそんな下らないものの為に、人生の貴重な時間を費やし、見つけることもできずに死んでいく。それに比べたら俺はマシだ。
殺してやる。壊してやる。全てを握りつぶしてやる。俺が生き続ける為に………
バチバチバチッッ!!!
弾ける音が聞こえる。
………ミヤビが焚き火に木をくべたのだろうか?……いや、それにしては迫力のある音だ。蒸発による破裂っていうよりかは、空気が破裂しているような……震えるような…………
バチバチバチバチバチンッッ!!!!
俺はゆっくりと目を開けた。
そして見えたのは、雷を纏い、近づいてくる金髪の女だった。
………殺したはずなんだがなぁ、あいつ。




