破滅の呪い
「っっっっ!!!」
私は急いで飛び退いた!!
攻撃!?一体これはなんなんだ!!
「なんかわかる!?」
「爆発系の魔力ですかね?いや、それにしては外傷がないですし………判断する材料が少なすぎます。」
私と一緒に飛び退いたはずのカイだが、焦ることなく死体を観察する。つま先から頭部まで、特に腹部をつぶさに。
「具合悪かったりしますか?」
「いや全然。」
「うーん………感染系でもないか。」
ジュルジュルジュル
今度は両手から水を生み出し死体をまさぐる。そして水の塊が腹の穴と口の前にとどまり………
ズルルルルッ!
水が体の中に入っていった!うへー!私これ苦手なんだよねぇ。見た目も効果音も気持ち悪すぎる。
「あーえーっと………はい、これといった異物なし。困ったなぁ。」
バチィン!!!
私は雷を落として死体を焼き払った。
「イリナさん。周りから気配とか感じますか?」
「特には感じないかなぁ。私達を狙うような気配とかは一切ない。」
第二類勇者にケンカを売るような魔物はそもそも存在しないし、私達のように有名な人間ならリスクを背負ってまで狙う奴もいない。もしいたとしても、そいつはかなりの覚悟を背負って狙ってくるから、気配でなんとなくわかってしまうんだ。
「イリナさん。改めて聞きますが、体調が悪いとかそういうのはないんですよね?」
「うん、あんなの見たから不快感はあるけれど、それ以外は特にないよ。」
「……………」
パチパチ………
カイは焼けている死体を睨みながら考え込む。
最近、カイのこういう姿をよく見る。いつもならすぐに結論を出せるのに、ここまで考え込むということはかなり厄介な事案なんだ。
「………………」
やってくれるじゃないか。
ニヤッと笑いながら、カイが一瞬だけそう呟いたような気がした。
「ん?なに?」
「いや、難しいなって思っただけです。」
カイは考えるのをやめ、私達が向かう先に視線を向けた。
「何が原因かは絞り込めませんでしたが、良い報告なら1つだけできます。……聞きますか?」
「めっちゃ言って。」
「僕たちの目的地はかなりきな臭いということです。」
「……それって良いことなの?」
「もちろん。この死体には内容物がなかった。胃や腸に物がなかったんです。それはつまり食べ物や道端の草などを食べなかったってこと。」
「つまり……」
「この先の目的地でこの死体は拘束されていた、食べ物も与えられずに。そして解放された時にはもう既に腹痛を発症しており、僕たちの目の前まで来て生き絶えた。………この先に、これをした張本人がいるということです。」
たしかにそれは………良い報告だ。
「この先には何かがある。邪悪な何かが………」
空振りはあり得ない。なら進むだけだ。
私達は歩き出した。邪悪へと向かう為に。
逃げ出したい。何もかも、全てに。全てというのはこの世界そのものだったり、この環境だったり、この環境に陥れたやつだったり、周りの人間だったり、他人だったり………そして自分だ。この全てから逃げ出せたらどれだけ楽しいだろうか。想像するだけで心が弾む。まぁ、俺の心はもう凝り固まっているから、弾みなんかしたら砕け散ってしまうが。
ケホケホッ………
カサつく喉から漏れる咳を右手で押さえながら歩く。
「大丈夫かい?風邪かな?」
前を歩く青ローブの男が振り返ることなく聞いてきた。
俺は無言でそれに答えた。こいつは素顔を隠し俺に顔を背けてすらいるが、俺にはわかる。きっとこいつは笑っている。自分の手の上で命が踊ることが楽しくて楽しくて仕方がないんだ。
「楽しんではいないさ。……昔は楽しんでいたけれどね。大いなる目的の前では個人の感情なんて無意味だ。」
目的?だからなんだ。お前の独りよがりの為に俺は………
「……もう気づいているんだろう、自分の魔力を。それならば身の振り方を考えなきゃいけないんじゃないか?…………1人ぐらいなら助けられるかもしれないんだからな。」
「……………チッ、俺は何をすれば良いんだ。」
「ここに居るだけで良い。………ただ、」
「……………」
「ここに来た敵を排除してくれたのならば、まぁ、そこに関しては正しく評価しようと思う。」
「…………いいのか?そんなことしたらここの人間は全て………」
「どうせ隠れ蓑だ。それに、ここの連中は我らが王の為になるんだ。喜んで死んでくれるだろう。」
王様か………ここの奴らはいつもそんなことをほざく。そんなにそいつは偉いのか?崇められるほど凄いのか?それじゃあ俺達のことも救ってほしいぜ……はぁ、くそくらえ。
「君は人を、人類を、世界を、呪えば呪うほど強くなる。力が欲しい時は人を呪いたまえ。君の為になる。」
そういうと男は人を呼び出しこの場から姿を消した。
ゴホゴホッ
俺は咳をした後、来た道を振り返った。
「……いるんだろ。」
「う、うん………」
柱の陰からアカネが姿を現した。
「さっきのって………」
アカネが一歩、俺に近づいた。
「ッッ、近づくなって言ってんだろ!!」
「つっ!!」
アカネはビクッと立ち止まり、そしてまた柱の陰に身を隠した。
「……ご、ごめんなさい。」
「……………何度も言わせんな。」
アカネはこのアジトで知り合った。無口で引っ込み思案で、何を考えているのかよく分からない。こうやって、知り合ったばかりの俺の後ろをチマチマとついてくるぐらいだからな。本当に何を考えているのか分からない。なぜよりによって俺なんだ………
「どうしてついてくんだよ。俺は性格悪いし、言葉も悪い。お前みたいな大人しい奴とは合わねーぞ。」
「だって………」
「だってなんだよ。」
「手………」
「手?」
「手……出さないし。」
「………………」
………バカじゃねーのこいつ。それだけで俺についてくるか普通。
「………とにかく、俺に近づくな。いいな。」
「……………」
「返事しろや。」
「わ、わかった。」
「んじゃ俺は大人どもに挨拶してくるから。」
俺は振り返って人がたくさんいる場所に向かう。
「…………」
俺が向かっている間もアカネはついてくる。
………うぜぇ。でもま、こいつの自己責任だ。俺は注意した。アカネが死のうが関係ない。
ゴホゴホッ
咳を右手で押さえると、手の平に血がついた。
…………全てだ。全てぶっ殺す。俺を作り出した奴。俺を利用しようとする奴。見て見ぬ振りをしようとする奴。敵対する奴。とにかく全てぶっ殺す。俺の行動力の全ては恨みだ。
冷え切った殺意が俺の心を凍れさせていく。吐く息が白く輝くように、俺の吐息は殺意に満ち溢れていた。
「そろそろ我らが王が姿を現してくれるそうではないか!」
広間で大人数がワイワイと話していた。皆が階級に応じた色のしたローブを羽織り、酒や食べ物を囲んでいる。ここは王を崇拝する宗教のアジト。自然の洞窟を利用したここは、勇者領の人間に見つかり難いという利点がある。それゆえこの組織はブクブクと膨れ上がり、勇者領で1、2を争うほどの人員数となっていた。
「これも全てあの青ローブ様々だ!彼がいなければたどり着けなかった!」
「まったくだ!彼に手を貸してガキたちを連れ去った甲斐があった!」
「でも子供達を誘拐するのは心苦しかったよなぁ。」
「我らの崇高な目的の為の致し方ない犠牲だ!……それに、どうせ何も知らないのだ。利用できるだけ利用すれば良いんだよ。」
「んー………まぁ、そうか!過ぎたことを悔いても仕方ないな!」
「そうそう!そんなことは忘れてパーっと楽しもうではないか!我らが繁栄を祝して!」
「ああっ!早く王を拝みたいものだ!彼らさえいればこの世界は我らのもの!」
「あ?そんなもん崇めねーよ、テメェらはなぁ。」
俺は広間に辿り着き、バカみたいに酒を飲んでいるバカどもを冷えた目で見下した。
………ちっ、また王か。うざってぇなぁ。
「………誰だ貴様は?」
酒を飲んでいた、この中で一番偉そうな奴が分厚い瞼を押し上げて睨みつけてきた。
「………お前らじゃないのか。」
「なんだこのガキ?……さては俺達が攫ってきたやつか?」
「なんだよ驚かせるなよ………呑み直そうぜ。」
「………おかしくないか?ガキどもは青ローブの魔力で俺達に逆らえなくなってるはずなのに…………」
「へぇー………そうなの。」
ガシッ
俺は一瞬で間を詰め一番偉そうな贅肉やろうの頭を鷲掴みにすると、ニヤニヤ笑いながら周りを舐めるように見る。
「あいにく俺は攫われた子供じゃないんだ。ただ、ちょっとイラつくことがあったからお前らには死んでもらおうと思っただけさ。」
「き、きさま!お前らさっさとこいつをっ!!」
「安心しろよ、」
ボンッ!!!
俺から一番離れた男の腹が爆発した!!爆弾を抱えているのではないかと思えるぐらい大きく肥えた腹が、一斉にビクついた。
「お前は最後に死ぬんだからよ。ゆっくりと仲間が死ぬのを見届けな。」
俺の魔力は[この世で最も要らない魔力]一位に輝く最低最悪の魔力。世界そのものに呪われ、世界を呪うことしかできない。全てだ、全てを呪って殺してやる。




