それは言えてる
あるなにもない空間に5人の人間がいた。
1人は希望を生み出し世界に温かい朝を与え、1人は絶望を生み出し世界に凍てつくような夜を与えた。
そして1人は途方も無い大地を生み出し、1人は数え切れない生命を生み出した。
残る1人は知恵と力を生み出し生命に与えた。
彼ら5人は今も姿を変えながら、世界を傍観し続ける。より良き世界に向かっていくように……
「……………」
「……………」
私はあまりにも話がアホすぎて絶句していた。いやだって1分ぐらいで作ったんじゃないかってぐらいのクオリティじゃん。神話っていうからそれ相応にぶっ飛んだものを覚悟してたけどさぁ、手抜きもいいとこじゃない?
「つっこみどころ満載って顔してますね。」
「なにもない空間でなんで人間が生きてられるんですか。そもそもなんでその5人しかいないんですか。なんで希望で朝が生まれるんですか。なんで絶望で夜が生まれるんですか。」
「そういうのは童話を見ていきりながら[俺こんなに知識あるんだぜぇー]って突っ込んでいる中学生と同じなので無視しますよ。」
丘を歩きながらカイは説明を始める。
「肝腎なのは後半の3人です。これは魔王のことを指しているんですよ。土石竜……僕達が歩いているこの大地を生み出したと言われる魔王です。そして生命を生み出したのは息吹。彼ら2人は国づくりレベルではなく、世界そのものを作り出したと言われているんですよ。………実際、この大地と生命を見れば魔力がぎっしり詰まっていることがよくわかる。」
……そういえば確かに、この世界の地面には魔力があるとかって言ってたな。だから私の電気を流して大きな電光板を作ることができるんだっけか。
「そして極め付けは炎帝。彼は知恵と力の象徴です。世界そのものを理解する知恵と、世界そのものを牛耳る力………世界を創るということはとても凄いことですが、戦闘能力に関しては炎帝が群を抜いています。なぜなら彼には世界を消すだけの力があるのですから。」
神話レベルの戦闘能力………確かにそれはヤバイ。戦ってなんとかなる相手じゃないな。
「2人が創造者だとすれば炎帝はボディーガード。王と呼ばれていますが、ほとんど神に近いので戦うのはやめておいた方が良いですよ。」
「………でも所詮神話でしょ?こんなにいい加減なら魔王の力だっていい加減かもしれないじゃん。」
正直勝てる気はしてないけれど、このまま反論せずに鵜呑みにはしたくなかった。同じ階級のはずなのに、ここまで差があるのはどう考えたっておかしいじゃない。
「………あっはっはっはっ!!確かに!!そうかも知れませんね!!」
私の反論を聞いて一瞬硬直したのち、カイは思いっきり笑った。いままで見たことがないほど思いっきり笑っていた。なにが面白かったのかよく分からないけれど、普段の姿からは信じられないほどに本当によく笑う。
「神話ですもんねぇ。ひっひっひっ、確かに。あまりにもテキトウで荒唐無稽ですもんねぇ。こんなのを信じる方がどうかしてる!」
「………いや、そんなに笑わなくても。」
なんかこっちが恥ずかしくなってきたんだけど。当たり前だよね?私のツッコミって普通のことだよね!?
「いやーー本当、僕もどうかしてましたよ。こんな胡散臭い童話を真剣にペラペラと喋っちゃって………イリナさんの言う通り、ツッコミどころが多すぎてあまりにも信憑性がなさすぎる!やはりイリナさんは天才だ!」
「いや、こんなので褒められてもなんも嬉しくないんだけど………」
一通り笑いきって落ち着いたカイは、ふうっと息を吐きながら目を細めた。目の前の景色じゃなく、自分の思考を覗き込むような……そんな情緒で。
「………結局、神話というのは人の想像を抜け出ない作り話。人の想像を超えてしまったら、それはただの妄言か………」
………当たり前のことだよね?ね?
「イリナさんの考えは当然で当たり前のことですよ。見知らぬ男がいきなり[実はさ、古事記に書いてあることの方が事実なんだぜ。]って言ってるようなもんですからね。いやーーこれで実力を表現するのは間違ってましたね本当。」
「ちょっと大きく見せようとして失敗しちゃったのかな?」
「そうですそうです、誇張が過ぎました。もう少し具体的にやるべきでしたね。掛け布団何枚分とかそれぐらいで。」
「なんか更にアバウトになってんだけど………」
でも凄そうに聞こえたのは事実だ。話がテキトウすぎて鵜呑みにできないってだけで、確かに彼らの凄さは伝わってきた。
「こんなにテキトウな話、普通なら誰もが鼻で笑います。しかし、この世界ではそれが当たり前のように受け容れられている。それが普通だと、現実だとでも言うように………僕が受け容れてしまい、イリナさんに伝えてしまうぐらいにはね。それだけ彼らの強さは凄まじいんです。」
「………それは、確かに、そんな宗教ができてしまってもおかしくないのかもね。」
7人の王に付き従う反逆者と、王を崇拝する宗教団体。神話クラスになる王がいるのなら、できてしまってもおかしくない。…………ん?
「希望と絶望と大地と命と力………やっぱり2人足りないよね。7人ってことは他に誰を崇拝してるんだろう。………分かる?カイ。」
「正直に言うとわかりません。僕が説明した以外の他の神話があるのかもしれませんね。」
「他の神話って………他に何か2つあげたのかな?魔力と次元とか。」
「それですね!!間違いない!!」
カイは両手を鳴らし、笑顔で相槌をうった。
………うさんくせぇ。魔力を与える人間がいたのなら、その他の6人に先に魔力を渡さなくちゃならなくなり、意味わかんないことになるでしょ。それなら1人の始祖とかになるに決まってる。7人にする必要性がない。
「まっ、キリスト教とか道教とか色々あるんで、これからはその宗教団体を王教とでも名付けましょうか。」
「王将みたいでややこしいんだけど。」
「玉?主?」
「あぁあうっせぇ!!」
宗教の話はそんなに好きじゃない!そしてそんなことに頭を使うのは尚更好きじゃない!………キリシタンの私がこんなことを言ったらダメだってのは分かるんだけどさぁ!!
バチャバチャんバチャーン!!!
水になったカイをサンドバッグみたいに殴る!
結局カイのことはよく分からないまんまだ。近づいたかと思うと、ぬらりぬらりと距離を取られてしまう。こんなに美少女な私が接近してやっているというのにどういう神経をしているんだ!女に興味ないのかおまえ!
「イリナさーんやめてくださいよぉ。身体が殴られ過ぎて液状化しちゃいますよぉ。」
進んで液状化してるのになにを言ってるんだこいつは!もう少しまともなことを言え!………てかっ!
「さんづけやめてよね!」
バシャーン!!!
思いっきり私は水を蹴飛ばした!!
「1年も一緒なのに[さん]づけとかどういう神経してんのよ!!あんた同級生に対しても敬語使うタイプ!?」
「後輩にも敬語を使うタイプです。」
「腰が低すぎる!!」
ダーン!!!
私は思いっきり地団駄を踏んだ!!それはもう地面を陥没させるぐらい全力で!!
「今日から私をイリナと呼べ!!イリナさんじゃなく、イリナと!!全力で!!呼べ!!!」
「えーー………ウィリナ?」
「恥ずかしがって巻き舌になるのをやめろ!!」
「インリンナァ?」
「更に巻き舌にするな!!」
「ヘリエル?」
「イリナだっつってんだろ!!!」
ちょっとは近づけせろやぁあ!!!泣いちゃうぞコラ!!
「名前で呼ぶのってちょっと恥ずかしいですよねぇ。良いじゃないですかこのままで。」
「………もう知らない!!」
パンパンパンパーン!!!
私は丘を全力で駆け抜ける!!
もう知るかあんな偏屈石頭野郎!!辞書に圧殺されてしまえ!!
………カイのことを更に知りたいだけなのに。
私は無我夢中で走った。




