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地底800マイル  作者: 悟飯 粒
赤き血潮の大悪党
50/70

祝福と侵略の炎

「終わり・・・ですかね。」


ヘカトンの死体を眺めながら、カイが呟いた。


「・・・だね。」


カルナーの魔力によって治してもらった両脚でイリナが歩み寄る。両腕から流れ落ちる体液に含まれる脂や粉末が月光を反射させる。


体を斜めに裂かれ首を切られたその男の表情は、なにか心迫るようなものがあった。諦めていないような、必死に手を前に向けるような・・・絶望だけが消え失せていた。


「・・・・・・・・・」


それを見下ろし続ける姫子。髪に隠れた表情は、いったい何を映しているのだろうか。・・・ただ、とどめを刺した剣は手から離れ、地面に突き刺さっている。


「ヘカトンを殺したのは妥当な判断でした。あの、巨大な怪物になった時点で、僕たちの理解が届くことはありませんからね。・・・なにが起こるかわからない状況で時間をかけずに終わらせるのは、正しいことですよ。」

「・・・」


私は黙ったまま首を縦に動かした。

私の一言が余計なことを生み出しそうで、口を開くのが怖かったから・・・


「・・・・・・私は、」


項垂れる姫子さんが口を開いた。


「やらなきゃいけないからやった。・・・それだけです。・・・・・・それ以上の意味はありません。」

「・・・・・・」

「・・・ですか。」


何を言えばいいのだろう。・・・何もわからない。いうべき言葉はなおさら、彼女の心がさっぱりも。


「・・・まぁ、今回もまた一件落着ということで、いろいろと後片付けをしましょうか。」


カイの言葉によって動かされた私は、ヘカトンの残骸から離れていく。


「・・・今回の騒動のせいで、勇者領は大きくパワーダウンしてしまうことでしょう。」


離れた私に追いついたカイが淡々と口を開く。


「勇者領の中間層と上位層が芋づる式に消えていくわけですからね。」

「・・・そうだね。」

「さらに、僕たちは青ローブの男を追わなくてはいけません。これ以上被害を増やすわけにはいきませんし・・・」


カイは一瞬、後ろを見た。ただ茫然と死骸を眺め続ける姫子さんを一瞥するように。


「ヘカトン達のような化け物を、これ以上生み出させるわけにはいきませんからね。・・・あの不死身集団も何とかしなくては・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・?」


私が黙って聞いていると、カイがいつの間にか私を凝視していたようだ。その視線に気づいた私は、カイのほうを振り向いた。


「・・・というわけで、イリナさんには頑張ってもらわないといけませんね。」

「・・・私?無理だよ・・・見たでしょ?私じゃヘカトンを倒せなかったもん。」

「でも削り切った。とどめを刺せなかっただけですよ。イリナさんがいなかったら何もできなかったんですから。」

「そんな・・・私じゃなくてあのジジイが・・・あいつどこいった?」

「倒したことを確認したらすぐに帰っていきましたよ。」

「あのくそジジイ・・・」


あのくそジジイは、だから信用がなくなっているってことに気づくべきだ。


「・・・これから先、イリナさんが相手するのは途方もない強敵ばかりです。今回みたいに倒しきれないことも多いでしょう。貴女以外がとどめを刺すことも多くなることでしょう。・・・貴女の光が陰るかもしれない。」

「・・・・・・」


それは・・・実感している。ヘカトンのような怪物を生み出せる青ローブの男。私じゃ落としきれない気がして・・・心にもやもやがのしかかってくる。


「でも、それでも・・・イリナさんが必要なのには変わりありません。貴女の代わりが務まる人間なんて一人としていないのですから。・・・それだけ特別だということですよ、貴方の存在はね。」

「・・・実感わかないんだけど。」

「光っている人間は、自分が光っているかどうかなんてわからないんですよ。・・・逆光のせいで、鏡にすら自分の姿が映らないですから。」

「・・・・・・」

「その点、僕は代用が効く雑務係です。いつか、僕は貴女の隣を退き、僕以上に優れた人間が貴女のパートナーとなることでしょう。特別か特別じゃないかの違いとは残酷なものです。」

「いや、第二類勇者以上に優れた人間なんてこの勇者領にいないでしょ。自信持ってよ。」

「じゃあイリナさんも持ってくださいよ。貴女も第二類勇者で、その中で一番強いんですから。」

「・・・そうつなげる?」

「当たり前ですよ。勇者領の最高戦力が[無理]なんて言ったら、勇者領は終わりですから。貴女は誰よりも胸を張らないといけないんですよ。・・・ないですけど。」


パァァン!!!

腕が使えないから、こめかみ付近を全力で蹴飛ばしてやった。


「・・・チっ。姫子さーん!怪我とか大丈夫ー!?」


倒れたカイを心底見下した後、私は姫子さんの元まで走っていく。

カイはいつも一言が余計だ。ああいうのを直せば良いやつなんだけどなー。


「・・・・・・」


イリナが走り去るのを眺めた後、カイはゆっくりと起き上がった。


「イリナさんはいつもああやってふさぎ込む。全ての責任を自分で背負い込もうとしてしまう。誰かが一緒に、その負担を減らさなくてはいけない。」


・・・伝わるだろうか?・・・伝えなきゃいけない。それが僕の使命なのだから・・・・・・


「世界のためとはいえ残酷だ。・・・あまりにも・・・」

「・・・・・・」


無言で彼女の背中を見つめていた。



・・・この重たい心をどうにかしなくてはいけない。この両手に染みついた、まとわりつく気怠さのような生々しさ・・・

私はただ立ち尽くしていた。動けずにいた。何もない達成感に酔いしれたからか、力が抜けたか、・・・それとも、


目の前で転がる遺体を、ただ、見る。


・・・・・・私は何かためになったのだろうか。こんなこと無意味だったんじゃないだろうか。

私が長年をかけた行いの、ちっぽけな結果。それを眺めていると、どうしてもそう思ってしまう。

何か意味があったのか。結局私は、自分じゃ処理できない復讐心をぶつけたかっただけなんじゃないだろうか。過去を乗り越えるわけじゃなく、ただ逃げるためだけに・・・


「姫子さーん!怪我とか大丈夫ー!?」


イリナさんが走ってくるようだ。

・・・なんて言えばいい?何も思いつかない・・・

・・・・・・ひとまず大丈夫とでも言っておこうかな。


「はい、全然だいじょう・・・」


重たい右腕を無理矢理持ち上げ、私は口を開いた。


「ぶ・・・」


その時、私に被さっていた影が動いた。


ズズズズ・・・・・ッッ


ヘカトンが生み出した巨大な化け物が動き始めた!

そんな!本体を破壊したはずなのに!

月に向かって、しおれたように咲いていたその巨体の数百の腕が、命満ちるように開いた。陶器のようにつややかなその質感が、光と同調し溶けるように空間を満たしていく。


本体がいなくてもこの怪物は活動できるのか!!・・・作られたときに、ほとんど本体と分離していたのが原因か!?

とにかく!なんとか!なんとかしないと!王様は・・・いない!?はぁ!?イリナさんは怪我をしているし・・・カイさんとカルナーとマイトリーと私だけでなんとかしないと!!

どうする!?何ができる!?主戦力が怪我をしている今、いったい何をすればいいんだ!?私が蒔いた種じゃないか!あの時殺せさえすれば!!動き出す前に何かっ!?


ブン!!!

巨体がその巨大な腕を高速で振り抜き、私を横からたたいた!!


ボォオオオンン!!!!

そしてその巨大な腕ごと、私は岩山にたたきつけられた!!


「姫子さん!?」


・・・私がためらったからだ。あの時殺していれば・・・覚悟があれば・・・こんなことにはならなかったんだ。自分の意思じゃなく、感情に流されたままここまで来てしまったから・・・うじうじしていたから・・・自分の情けなさが憎い。


ガッ!

私の内臓をシェイクしたその巨大な手を、私のちっぽけな手でつかんだ。

ググググッッ・・・

だから達成感が何もない。次に進めない。私が私でいられない。・・・変われない!!

バリン!!!

ヘカトンの手が粉々に砕けた!!


進む!!前に!!とにかく前に!!変わらなきゃいけないんだ!!


パァァアンン!!!!

私は駆けだした!!

ビキビキビキッッ

張り裂けそうになる右胸を必死に抑え込みとにかく走る!!

前に前に前に前に!!前に!!!私が私の意味を作り出すために!!!


パリンパリンパリンパリーン!!!!

振り下ろされる巨腕を全て砕き前に進む!!

駆け抜けた道程を、輝きが彩っていた。


過去との決別!!それが私の意思!!それなら!!それならっ!!!

ギュっ!!!

思いっきり拳を握り締めた!!!


「魂を込める!!!」


ドォォオオオンン!!!!

私の拳が、怪物の胴体にねじ込まれた!!

その衝撃でつぶれた私の腕から血が止めどなく流れていく。


ビキッ・・・ビキビキッッ

私の体の中で聞こえる崩壊の音と、ヘカトンの体から聞こえる崩壊の音が重なり合い、その崩壊を加速させていく。

そして・・・


ビキビキビキビキビキッッ!!!

パリーーーン!!!!


怪物の体が砕け散った。


「うそ・・・・・・」


たまらず漏れたイリナのつぶやき。

そして、満たされるように輝きを放つ世界。その全てが姫子を祝福していた。



「はぁはぁはぁ・・・っ。逃げなきゃっ。」


木々が茂る森を、黒髪を携えた一人の少女が走っていた。・・・いや、


「逃がすな!!追え追え!!」


孫お少女を追いかける複数の影。魔物や人がいりまじったその集団は、血眼をてからせながら走っていた。


「生贄のために!!」

「生贄にために!!」

「生贄のために!!」


狂ったように吐かれ続ける言霊。


「きゃっ!?」


木の根に引っかかった少女が倒れ、追いついた魔物が少女の首根っこを掴んだ。


「・・・生贄とか知らないし。誰が捕まるかバーカ!!」


ボンッ

つかまっていた少女が煙に包まれ、一瞬にして消えた。


「ッッッ・・・探せ探せ!!!我らが王のために!!!」


灯りが、夜の世界を怪しく・・・蔓延るように、広がっていった。

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