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地底800マイル  作者: 悟飯 粒
眩い閃光
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秋空の時雨のごとく

「ん……むぅ、ここは………」


目を覚ますと、俺の体に布団がかけてあった。


「あ、起きた?ショックで起きないかと思ってたから嬉しいよ。」


声がした方向に振り向くと、女が座っていた。ケチな女。絶対に器が小さい。パーティー用のお菓子とか友達に分け与ずに1人で食べてそう。


「ここはあんたの家だよ。モンスターを目の前にして気絶しちゃってね、ここに運ばれたのさ。」


モンスター……モンスターって一体………


「でっかいカニ。」


声を聞いた瞬間、あの映像が頭を支配した。

自分の倍以上あるカニが、全速力で突撃してくるあの映像が。大きなハサミが触れるもの全てを裁断する光景、口から泡を撒き散らし、巨大な地鳴りのような音を発しながら迫ってくる光景、それが頭の中で暴れまわっている。頭が痛い………


「ゔッ………」


喉から苦いものが込み上がってきたから、俺は口を手で覆った。

腹がゴロゴロと不快な音を発している。なぜか腕の力が抜ける。涙も出てきた。

そしてなぜ体が震えるんだ?布団に入っているのに、あったかいのに、体がブルブルと震え続ける。


「………やっぱりそうなるよね。普通ならそうさ。いきなりあんな化け物と対峙したら、いやでもトラウマになる。仕方ないさ。」


女の言葉がのんびりとこの場に漂った。


「………で?どうするの?まだ強くなりたいの?」


意味もなく扉を見ていると、女が聞いてくる。


「……………」


すぐには、答えられなかった。


「魔力を得るためには魔物と真正面からぶつからなければいけない。………勇気を見せなければならない。死にそうになっても、それでと這って倒してやるって根性がないと手に入らないんだ。それでも欲しいの?」


「……………」


昼間の光景が頭にこびりついて離れない。


「………強く、ならないと……いけないんだ。」


それでも俺は、やめるわけにはいかない。


「俺の父さんはこの村で1番強かったんだ。父さんと外出したらいつだって声をかけられた。[あんたは村の英雄だ。][あんたのおかげで村は安泰だ。]すれ違った人全員が言うんだ。凄いだろ?父さんはこの村になくてはならない存在だったんだ。」


いつも村の外で狩りをして、食べ物を持ってきてくれた。それはもう大物で、肉厚で、俺と同じぐらいの獲物で、頬張っても頬張ってもなくならないぐらいの量だった。余ったものは貧しい家庭にお裾分けをしていた。

誰からも愛されていた。


「そして、やっぱり俺も言われるんだ。[お父さんに似て強いんでしょうね。][将来が楽しみだ。][村のこれからを担ってもらいたいものですな。]なんて、笑いながらさ。………期待されてんだよ俺は。」


胃が……ダメだ。凄く吐きそう。それに目もチカチカしてきた………


「強くならなきゃいけないんだ。村のためにも。そして、期待してくれているみんなのためにも。」


「……ふーーん。期待ねぇ…………」


私みたいでつまらないな。

女は、小さな声で呟いた。


「分かったわ。そんなに強くなりたいのなら私達がこの村から去るまでの間、私があんたの魔力の習得に力を貸してあげるわ。勿論カイはクビよ。あいつが監修者だったらあんたの命がいくつあっても足りないからね。」


「あ、そうだ。そう言えば男の人いないな……一体どこに行ったんだ?」


「今頃村の外で真っ赤な液体となって蠢いてるよ。あんたが寝てる間に色々とあってね。」


女の顔から言いようのない怒りを感じたから俺は押し黙った。


「ま、そう言うことだからさ。やる気があるのなら明日の朝9時に村の入り口で集合ね。」


女は立ち上がった。


「私はお世話になってる家のところに行くからさ。……それじゃあまた明日。」


そう言うと女は去って行った。


「………強くならなきゃいけない。」


俺はギュッと拳を作ろうとした。

でも、


「強くなれるのかなぁ。」


うまく力が入らず、拳を作ることが出来なかった。



翌朝


「グラス君、どうだい?お父さんの体は治りそうかい?」


門に向かって歩いていると、村の人に声をかけられた。


「……体は治ったんだけど、戦えるほどではないんだってさ。」


「そ、そうか………それは残念だな。」


村の人は残念そうに顔を伏せた。

でも、次に言うことはわかってる。


「なら今度はその息子のお前の番だな!期待してるぞ!」


期待されている………頑張らなきゃいけないんだ俺は!


俺は彼の言葉を受け止め、入り口へと向かった。すぐに魔力を得るために。


でも、魔力を得ることはなかった。魔物が目の前に現れるだけで頭が真っ白になって足は震えるし、腕に力が入らなくて拳すら握れなくなるし……なんなんだよ一体。怖がってるのか?この俺が?


「まっ、無理することはないさ。私達は多分3日間ぐらいは残れるからさ。それに普通はのんびりと行うものなんだから。カイが無理させただけでね。」


男は今は村で見張り役をやらされているらしい。全力で俺から遠ざけようとしているのが分かる。


「でも……力が…………」


「無理はしちゃいかん。今あんたは魔物の真正面に立つことすらできないんだからさ。………無理してその恐怖心が悪化したらそれこそ習得は不可能だよ。」


「……うるせ。女。俺は恐怖なんて抱いちゃいない。ご飯食ってなかったから動けなかっただけだ。」


「女って言うな。イリナさん、もしくはイリナと言いな。」


ペチンッと女に頭を叩かれる。


「イッター!!なに年上きどってんだよ!!絶壁のくせに!!」


「………グラス君。そんなに地面に埋まりたいのかな?」


グググッッ

女は笑顔で俺の頭を押してくる!!


「イテテテテ!!ちょっと待て!首が縮んぢまうだろうが!」


なんて力してんだこの女!筋肉つけすぎだろ!それだからまな板みたいになってんだよ!


「ただですらチビなのにさらにチビになってしまえ!あんたは146センチメートルぐらいがお似合いなんだよ!」


「そんな身長になったら強くなれないだろうが!本当やめろ!」


「………はぁ、仕方ないわね。」


女は俺の頭から手を離した。


「今日の儀式は終わり。明日、明後日で徐々に恐怖心を打ち消していこう。……そんなに強くなりたいならさ。」


そう言うと女は村の入り口へとつまらなそうに歩いて帰って行った。後ろ姿が何かを言っているような気がしたけれど、俺にはイマイチわからなかった。


次の日も成功しなかった。また同じだ。体が一切動かないんだ。走り出さなければいけないって、儀式前にはわかっているのに、それなのに足が動かない。体が動かない。まるで頭と身体が繋がってなくて、情報が遮断されているみたいに。


「なんで……なんで身体が動かないんだ………強くならなきゃいけないのに………」


俺は村の外の茂みで仰向けになって空を見ていた。太陽が眩しかったから、片手で日光を遮りながら。


あと1日しかない………明日までに魔力を見つけなくちゃ、こいつらが帰ってしまう。そうなると魔力習得が難しくなる………


「……もしさ」


指の隙間から漏れる陽の光に目を細めながら、雲を眺めていると、隣で寝転んでいた女が話し始めた。


「私がこの力を授かってなかったら、いったい私は何になってたと思う?」


「………しるかんなもん。」


「だよねぇ。どうせそんな返事だと思ったわ。」


俺はギリギリの状態だというのに、なんでこの女は呑気によくわからない話題を振ってくるんだ。


「私ね、多分お金持ちの家に嫁いでたように思う。良いお嫁さんってやつ?それで、そこまでのストレスなく一生を終えていたように思うの。」


「なんでお金持ちの家なんだよ。」


「そりゃあ、私の家はお金持ちで出世街道まっしぐらだからね。政略結婚とかをさせられる可能性があるんだよ。」


「……ふーーん。」


「私ね、期待されてるのよ。家族から、周りの人から。」


「良い人と結婚してくれって?」


「そうね、それもあるわ。でもそれだけじゃないのよ。」


「………他にあるのか?」


「[良い人生を送ってくれ]ってさ。父さんとは忙しくて全然会えないけれど、それでも会うと必ず言ってくるんだ。[お前が生まれた日から私はずっと願い続けている。産声がしわがれた声になるまでに大量の愛情を注ぎ、注がれてほしい。]………これを聞いた後だと[良い人と結婚してくれ]って言葉の意味も変わってくるよね。」


「………たしかに。」


「あんたが周りから受けてるっていう期待っていうのも、もしかしたらそんなものかもよ?[グラスに良い人生を送ってほしい。そのために強くなってほしい。]村のためだけに強くなれなんて、普通の人間なら考えないよ。……旅人に優しい施しをするこの村なら尚更ね。」


「………でも、父さんはもう戦えなくて」


「だから何度も言わせんな。あんたが背負う責任じゃない。それは大人の役目。それでももしその責任を負いたいっていうのなら、子供のあんたの身の丈にあった方法を模索して地道に強くなりな。」


ボンンン!!!

女のパンチで女の右の台地が吹き飛ぶ


「それとも何?その年齢で、私みたいな怪力を持った化け物と戦って死にたいの?ん?」


「………」


「あんたはまだ責任を感じる年じゃない。あんたは心の底から自分がやりたいことに打ち込めば良いんだよ。村のため、人のためじゃなく自分の為にさ。」


「……そこまで年の変わらない女に言われたところで、参考にならん。」


「だからイリナ、もしくはイリナさんと呼べと……」


「でも、気遣いは嬉しいな。少し楽になった。」


期待って言葉がここ最近俺の心を圧迫していた。魔物に村が襲われて、父さんが戦えなくなって………全部俺がなんとかしなきゃと思っていた。

けれど女の言葉で少し気が晴れた。俺は背負い込み過ぎてたのだろう。


「………まっ、大目に見てやるわ。素直になれたのは良いことだもの。」


「じゃあ自分も素直にペチャパイなのを認めろよ。」


思いっきりヘソに裏拳を決められた。




「父さん、母さん、ちょっと村の外に出てくる。」


この日の夕食後、俺は素振りのために村の外に出ていた。

昼間、女に「気負いするな」と言われたが、それでもやはり、俺はこの村の為に何かをしたい。父さんが今まで守ってきた大切な村だ。それを息子の俺が見捨てるなんて………そんなの、親不孝だ。

でも自分に合った方法でだ。女が言うように今の俺には魔力習得は早すぎる。今は素振りとか筋トレで十分なんだと思う。


「フン!フン!フン!………」


62、63、64………


目標を200回にして、木の棒を振り続ける。

いままで通りなら明日、魔物の大群がこの村を襲う。そうすればあの女と男とはお別れだ。

……最後の日ぐらい名前で呼んでやろうかな。さすがに「女!男!じゃあな!」じゃ味気ないだろ。


「素振り……ですか…………ふぅん。もしや君、力を求めているんじゃないかい?」


後方から低くてざらついた声が聞こえた。

俺はすぐに振り返ると、そこには男が立っていた。青と白を基調にしたローブのような魔導着を羽織っていた。手には一本の古びた杖。顔はフードを被っているせいで分からないけれど、それでも声でわかる。こいつが男だって。

てかこいつはなんだ?村人か?……いや、村人にしては軽装すぎる………


「若者の青春は常に戦闘と狂気に満ち溢れている。」


いつの間にか不審者は俺の後ろに来ていた。ふっと、耳元で、張りつめたバイオリンの弦を弾いたみたいな心地よい声で囁いた。

ゾワゾワゾワって耳裏と脇腹が震えた。


「なん……」


後ろを振り返ると、そこには誰もいなかった。


「誰も彼もそうさ。どうしても求めてしまう。力というものを。甘美な蜂蜜のように、ゆーっくりと滴り落ちる勝利を味わいたいが為に。」


いつの間にか不審者は俺の背後に立っていた。

なんなんだこいつ………一体何が目的なんだ。


「私はただの旅人。目的を果たす為に小さな世界を徘徊する、ごく小さな存在。終わりを求める探求者。」


俺は振り返った。

今度は不審者は動いていなかった。立ち止まったまま、俺を見つめていた。

妙な寒気がした。ただ一方的に喋っているだけなのに、まるで何か嫌なことをされているみたいで、ずっと俺の下腹部を持ち上げる感覚が続いていた。


「そして、力を求めるものに力を与える者。」


ブワッッ

汗が急に溢れ出た。なんだ、なんなんだ一体………


「君は力を求めている。この村を守る為に………どうだい?私から力を受け取らないかい?」


「………はっ。」


俺は溢れ出る汗を拭いながら、不審者に向かって叫んだ。


「あいにく今の俺はインチキしてまで力を欲してないんだ!大人になってから村を守るって決めてんだ!だからお前はいらねぇ!ここから去れ!」


俺はこの不審者に言いようのない危険を感じていた。こいつは危ない。こいつに関わっちゃいけない。

反応が大音量で警告音を発している。


今の俺には力がない。どうにかしてこの場を切り抜けてこのことを知らせなくちゃ………


「なぜ立ち向かわないんだい?なぜ人に任せるんだい?なぜ、逃げることしか選択肢にないんだい?」


いつの間にか不審者は俺の目の前に来ていた。


「なぜあの女が君に[無理をするな]と言ったか分かるかい?」


「……それは、俺にはまだ必要ないから」


「いいや違う。そんなわけがない。君の年齢なら十分さ。………分かってるはずだ、なぜあの女がそんなことを言ったのか。………なぜあの女は、洗礼の儀式から君を遠ざけなくちゃいけなかったのか。」


「………それは…………」


「それは簡単な話さ。君が強くなるなんてことは不可能だからさ。弱虫で、人から逃げてばかり。人から期待をかけられてもそれに応えることなく、慰めの言葉に無責任に寄りかかり、逃走に言い訳というスパイスを振りかけかぶりついている。」


不審者は俺の心を正確に言い当てた。

その途端、心が大きく揺れ動いた。存在しないはずの心。それがまるで今、俺の胸に現れたみたいに、揺れ動く。


「君は魔物から逃げ続けていたんだろう?傷つくのを恐れて。強くなりたいという想いがあるのに、それでも逃げ続けた。……君じゃどう頑張っても強くなれない。」


心が、俺の胸から離れていくのが見えた。それは不審者の手に吸い寄せられ、手の中で浮き続ける。


「………さぁ、もう一度聞こう。君は私から力を受け取る気はあるかい?」


「………ああ。」


「………良い返事だ。」


不審者の手元にある俺の心が真っ黒に染まっていく。それに合わせて俺の視界も真っ黒に染まっていく。

体から力が湧き上がってくるのを感じる。今の俺なら………


パチン!

指を鳴らすと近くにあった大量の岩が一斉に破裂した。


「さぁ、それじゃあまず手始めに君の村を襲おうか。手駒はもう既に用意してある。」


「ああ、今すぐに始めよう。」


「………ふっ、その意気だ。」


男は瞬きをするといつの間にか消えていた。

グルルルル…………

数百の魔物達が遠くの森から姿を現わす。真っ赤な目が夜の世界を点々と灯す。

ああ、真っ赤な美しい蛍。それがいまからこの村を鮮血で染め上げる………なんと心が震え上がることだろうか。芸術が芸術を生み出すその瞬間をこの目で見ることができるのだから…………


「さぁ始めよう。秋空の時雨のように、瞬く間に蹂躙しよう。」


その言葉に魔物達は呼応するように、雄叫びをあげた。

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