まだ足りない
「お……さん……ぎって、な……の?」
声が聞こえる。暖かくて、時折感じる冷たさが気持ち良くて、乾かした毛布のような居心地の良さを感じる。
「それ……、………倒すこ…だ……」
………私の過去の話だったかな?いつだったか思い出せないけれど、いつかした会話だ。
思い出すだけで気分の良い。そんな……
パァンン!!!
私が腕を振れば、弾け飛ぶ複数の腕達。
「ぐぅぅううう!!!」
そして盛大に唸る私!
籠手が解除され、露出した私の両腕はグチャグチャに潰れていた。
この技は反動が大きすぎる!もう両腕が使えなくなった!カッコつけてこれとかどうしてくれんのよ!
ブンブンブン!!!!
そんな私に駆り出される百本の腕!
あぁあ!!もうっ!!………あぁぁあああああ!!!!!
バチバチバチッ!!!
赤に塗れた両腕が再度光り輝く!!
ッパァアンン!!!!
ッパァアンン!!!!
突風が地面と私を派手に揺らし続ける!!波動のように伝わるエネルギーが、もう、全てを!!揺らし続けるんだ!!
「あぁぁああああああ!!!!!」
心の底から、思いっきり、喉を震わせる!!私の体の内と外をひたすらに震わせる!!昂らせる!!……燃え上がらせろ!!
ギュッ!!
籠手によって無理矢理固められた、グチャグチャのベキベキに歪んだ拳を握り直し、私は何度も何度も何度も!!何度も!!!振り続ける!!!
パァアンン!!!!
パァアンン!!!!
パァアンン!!!!
パァァアンン!!!!
震撼し続ける世界と、脱落し続ける巨腕。目に見えるほどの巨大なエネルギーの衝撃が、ヘカトンとイリナの間で生まれ続ける!!波状の振動がどこまでも世界を揺らしていた。
「あぁぁああああああ!!!!!」
何が千手だ!!こんな痛みに耐えながら、千発も殴れる人間がいるわけがない!!命名ミスじゃないの!?
「ぁぁぁぁああああああああ!!!!」
痛みを堪える為に下腹部からひねり出される咆哮。その音は、私とヘカトンの拳がぶつかり合う衝撃によってかき消されているのだろう。
もう引き下がれない!これを解除してしまったら、私の勝機は完璧に消えてしまう!このまま倒さなきゃいけないんだ!
行け!行け!前へ前へ!!とにかく!!前へ!!
ダン!!!!
一歩、前に、突き進んだ!!
「aaaaasaaaaaaaaaaa!!!!」
ダン!!!ダン!!!
もはや言葉ではない、つっかえのないただの音を叫びながら、一歩一歩と私は突き進んでいく!!
あんたがどんだけ頭が良くて、世界がどんだけ醜く見えていようとも!姫子さんに危害を加えるのは許さない!あんたの正義が、独善が!私の正義の邪魔をするのなら!私がそれを根本から叩き潰すだけさ!!
「…………」
思考の消えたヘカトン。唯一の武器だった判断能力は消え、今は無言で「本体部分に近づいてきたものを迎撃する」という命令を反射的にこなしていた。しかし、度重なるイリナからの攻撃。着実に首元にまで迫ってきている破壊。それが明確になった瞬間、
パパパパパパパパンンンン!!!!!
なっ………更に加速した!?
脳が足りないヘカトンがやっと、本能で、イリナを[脅威]と認定した。
「〜〜〜〜〜〜っっ!!!!」
音にすらならなくなった声。ただ空気だけが漏れていく。
増えた腕、加速する振り、増していく威力。破壊性を際限なく詰め込んだ連打が、地面を削り吹き飛ばしていく。イリナがいる地点を中心とし、一辺80メートルの正方形型に地形が凹み、瓦礫が空を舞っていた。
あまりにも長い腕の鞭のような殴打がイリナを押し込み始めた。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!腕がもう、なにがなんだかよく分からなくなるぐらい痛い!!涙止まんないし!!もうやめたい!!なんで殴り合いしてんのかなぁ私!!
衝撃によって破壊され始めた鼓膜や粘膜。鼻や耳や目から血が小川のように流れていく。まぁ勿論、そんなのこの衝撃で後方に、線を引くようにして飛んでいくんだけどね。
1発!せめて1発殴らせろ!そしたらこの私のバカみたいな行動に意味がつく!殴らせろやコラァ!!
バチバチバチッ
私の両腕の籠手が延長され、腕全体をすっぽりと覆い隠した。両腕から流れ落ちていた血の跡をサッパリと覆い隠し、高潔さを引き立たせる。
パンパンパンパンッ!!!!
1発!1発!1発!1発!1発!
パンパンパンパンッ!!!!
ダンッ!!
1発!!1発!!1発!!1発!!
パパパハパパパパパンンッッ!!!!!
ダンッダンッダンッ!!
1発!!!1発!!!1発!!!
ダァンッ!!!!
「〜〜〜〜〜っっ!!!!」
ッッパァアンン!!!!
思いっきり振り抜いた拳が、襲いかかって来るはヘカトンの拳のほぼ全てを吹き飛ばした!!
ビュンビュンビュン!!!
しかし、ヘカトンの腕は全部で三百本。攻撃使ってなかった腕で再度私に殴りかかってきた!
サンッ!!!
その時、巨大な剣がヘカトンの腕を一斉に切り捨てた!!
「いけイリナちゃん!!」
王様か?耳がやられているから何を言っているのか分からないけれど、突っ込むのなら今しかない!!
ッパァンン!!!
私は思いっきり地面を蹴飛ばし、魔物の胴体部分に近づいた!
本体はどうだ!?……ダメだ!!他の腕が重点的に守っている!!本体には辿り着かない!!……だったら!!
「いっぱぁああつっっ!!!!」
ッッパァアンン!!!!!
魔物の胴体部分を渾身の力で殴りつけた!
ズザザザザッッ!!!!
殴られた部分を中心とし、魔物の体は思いっきり弓なりに凹み、後方へと滑っていく!
ドンッ!!!!
そして私は、自分の殴った反動に耐えきれず、また遠くの山に体をめり込ませていた。
グジュグジュグジュ………
私が殴った部分が高速で回復していく。
胴体部分硬すぎでしょ………やっぱ本体叩かないとダメかぁ………
パァアンン!!!
私は山を殴って吹き飛ばし、ゆっくりと起き上がった。
………しかし、ダメだ。足りない。
怒りが沸々と湧き上がって来る。
ダメだ、全然足りない。私が受けた痛みにも、姫子さんが受けた痛みにも、あいつが踏み台にしてきた人達の痛みにも、全然足りない。殴り足りない。
もっとだ、もっともっと。もっと!
「…………」
とことんまで殴って胴体へし折ってやる。
私は血を流しながら突き進む。




