深煙百手の計
ギャギャギャギャッッ!!!
左足を地面に突き立て、大地をめくりあげながら私はブレーキをかける。
勢い良く飛び出したから体が全然止まらないのだ。本当地面が柔らかすぎる!!もっと硬くしてくんないとブレーキにならないよ!!
5秒……かな?ぐらいの間滑り続け、体がようやく止まる。
なんなんださっきの光は……いや、それ以前にヘカトンを捉え切れなかったのがヤバイ。まるで霧みたいに私の攻撃をすり抜けたのだから………いや、霧散した?実体は元からなかったのか?
「あ………」
頭を起こして前を見た。すると、そこにさっきまであった、私達が戦いの場としていた山が綺麗サッパリ消えていた。巨大な柱が貫いたかのように地面にすらポッカリと穴が空いている。………さっきの光が当たったからだろう。
「……カイ!!大丈夫!?」
そうだ、あの光を浴びかけたのは私だけじゃない!もしかわし切れていなかったら………
「イテテッ………大丈夫ですよ。死んじゃいません。」
声のする方向を向くと、カイとその他大勢が立っていた。
「体が全て隠れた一瞬にワープして逃げたんです。おかげでほら、被害は腕一本で済みましたからね。良かった良かった。」
「………なんでワープしたのにダメージ食らってんの?」
「そりゃあ、僕が最初に逃げるわけにはいきませんからね。最後に飛んだんです。そしたら腕一本分間に合わなかったってだけです。」
カイは笑いながら腕の切り口を水で覆い、止血を開始した。
ブラドの時といい、なぜこうも自分を………
「本来人なんて助けられないような僕が、偶然魔力を発現したことで人を助けられるようになった。そんな安い男の腕一本で大勢助かるなら喜んで傷つきますよ。」
「………人として出来過ぎじゃない?」
「これが当たり前なんですよ。貴女だって顔も知らない大勢の人の為に身をこにしている。同じなんですよ。意識してないだけで。」
………こういところでは、やっぱり敵わないなぁ。
「ふふっ、そして恩賞を貰ってプラモデルは僕の手に………」
前言撤回。やっぱり私の勝ちだわ。
「おーい、イリナちゃーん。」
ジジイが向こうから走ってきた。右手を高々と上げ、メチャクチャ笑顔だ。
「なっ、王様!?なんでこんなところにいるんですか!!」
「そりゃあイリナちゃんを守るためよ。チュッチュー!ラブユー!!」
「キルユー。」
ドブン!!!
キス顔で走ってきたこのクソジジイの腹を蹴り飛ばした。
「全く……本当にバカなんですから………まぁ、仕方ないということにしておきますか。」
「あ、今ワシのことバカって言ったね?不敬罪だわ。」
「バカにバカっていうのは順当でしょ。」
私とカイと色狂い房毛ジジイで他愛ない会話をする。3人ともうっすらと笑っていた。
…………しかし、
「まさかヘカトンに逃げられた?」
あの光の攻撃以来、あいつらもあいつらの攻撃も見ていない。………そもそもあの光の攻撃はなんだったんだ?
「………どうなんですかね。現状を見るとそんな気はしますが………」
カイはアゴを指でさすりながら考え始めた。
「そもそもあの光………きっと沢山の人がかなりの時間を使って溜め込んだ魔力の集合エネルギーですよ。」
「へー………頑張ったね。」
「イリナさんバカですか。」
「あ、今バカって言ったね?不敬罪だわ。」
「バカにバカっていうのは順当なんじゃないんですか?」
くそぉ………勉強できるだけの野郎がぁ。私をバカにするなんて100年早いわぁ。
「良いですか。例え第二類勇者だろうと、あれほど高密度で高水準の魔力を保管することはできません。」
「ふーん………で?」
「つまり、この場で、今!あの魔力が作られたってことですね。大人数で。」
「………はぁ?いやいやあり得ないって。私達がそれに気づかないわけが……ん?」
ボシュボシュっ!!!
四方から襲いかかってきた奴らをその場で回転して一蹴に伏した。すると蹴りを食らった奴らは霧散した。
「これ以上は無理か………」
声がした方に振り向くと、そこにはヘカトンとたくさんの魔物と子供達がいた。
なっ……さっきまでいなかったのに………
「さっきの攻撃で何人かは撃ち漏らすと思っていたが、まさか全員と」
パン!!!
私は話の途中のヘカトンをひとまず戦闘不能にするため突撃した!!!私の速さに魔物も子供達も追いつけていない!!!
一瞬だ!!!ずっと隠れていれば良いものを、姿を現したら一瞬で全てを終わらせてやる!!!
ブン!!!
私は相手の左腕を切り落とすため剣を思いっきり振り下ろした!!!
「………あれ?」
しかし相手の腕を斬ることは出来ておらず、私は元いた場所で剣を振り下ろしていた。
………あれ、確かに飛び込んだはずなんだけど…………
「ふむ……良い魔力だなこれは。あの男から貰っておいて良かった。」
「あの男………ビンゴですね。」
どうやらヘカトンは、子供達に魔力を与えている人間……男らしいが、そいつから魔力を貰っていたらしい。その男と繋がりが強いと睨んで、ヘカトンを捉える作戦を実行して今に至るのだけれど………多分ヘカトンは、私達が想像している以上にあの男と繋がっている。
「貰った魔力は[空間転移]。ワープの親戚でしょう。自分は動けない代わりに、相手を自由自在に動かせる魔力だ。そう簡単に近づけないと思っておいた方がいいですよ。」
………メンドくさくなってきた。
しかしどうしたものか………あの子供達ですら大変だというのに、グラディウスとやらも一緒なんだから………ん?あっ!!
「[天丼とマシュマロ]!!」
ヘカトンの隣に、さっき山で倒したはずの天丼とマシュマロがいた。
「[曇天のマシュハラ]だ!!二度と間違えるなバカが!!」
「良い!?あいつは雲みたいってか霧みたいに自分を何体も作って攻撃………あっ、そっかぁ。」
「つまりあの魔物がヘカトンや子供達の分身を作り出し、あの岩山に配置したというわけですね。しかも霧隠れでも使えるのでしょう。だから僕達は隠れている彼らを認識できなかったわけだ。」
なるほどねぇ………んで、隠れていたあいつらは魔力をためて放ってきたってわけか。
「しかし本当に逃げた方が良かったんじゃないの?第二類勇者2人に王様1人。勝ち目薄いんじゃない?」
「逃げることなどいつでも出来る。私達はひとまず、これを機に、邪魔者を排除しようと考えているわけだ。」
椅子に座っているヘカトンが私に指を向けてきた。
「特に一番の邪魔者である君をね。君さえ潰せば勇者領に勝機はない。……流石にジジイまで釣れるとは思っていなかったんだがなぁ………」
「………そこまで言うということは、やはり戻る気はないんだなヘカトンよ。」
ジジイは悲しそうな顔をしながら、ヘカトンを見つめる。
「………貴方には大変お世話になった。しかし、私の人生にもう貴方は必要ないのだ。だから離れ、その座を奪おうと思う。」
「そうか………お前のその、溢れる野心を見込み勇者領に引き入れたが、どうやらその野心はワシにも制御ができなかったようだな。………ワシの責任だ。自分の罪を償うため、今この場で貴様の罪を贖ってやろう。」
ベチャッ
ジジイとヘカトンが会話をしている中、背後から水気のある物が勢い良く地面にぶつかったような音が聞こえた。
振り返ると、穴から這い上がろうとしている、血塗れの魔物達がウヨウヨといた。
なっ……さっきの攻撃ですら死なないというの!?
「それに志以前に、計算があるから人は巨大な試練に立ち向かうのだよイリナくん。」
「不死身の体が存分に輝くのはそれが血に塗れた時だ。」
私達の前には最高幹部クラスの魔力を扱う大勢の子供と、少量のグラディウス。そして背後には、さっきまで対処していた大量のグラディウスが…………
「………挟み撃ちだ。」




