さすがの鬼畜っぷり
「何言ってんの!あーもーっ……あんたバカじゃないの!?」
「千切れます、千切れますってば!そんなに耳を引っ張らないでください!」
私はカイの耳を引っ張り、グラスから離れた位置にある茂みに移動する。この茂み、結構背が高くて私達のことをすっぽりと覆い隠す。
……だから、私がどんなことをしてもグラス君にそれを見られずに済む。
「年端もいかない子供を危険に誘い込むような人間の耳なんて千切れればいいんだよ。むしろ千切れろ。耳から真っ赤な噴水が飛び出て虹が煌めくところ見たいなー私なー。」
メリメリッとカイの耳を捻りを加えながら上へと持ち上げる。
カイは両手をバタつかせ、涙目になっていた。
「ほ、本当それシャレにならないですって!僕の耳今結構悲鳴あげてますよ!?ミチミチ言っちゃってますよ!?」
私の捻りに合わせてカイの踵は上がっていき、いまではもう爪先立ちの限界状態だ。バレリーナの爪先立ちぐらい。
そう、これから先上に逃げることはできない。私の腕に合わせて上がることは………
「シャレ?私がいつシャレなんかで済ましてやるといったかな?私は本気で耳を引きちぎってあげたいの。」
私は精一杯の笑顔をカイに送る。
それを見たカイの顔から血の気が引いていった。真っ赤から肌色、灰色、白、青とまるで舞台の照明みたいにめまぐるしく変化する。そして
バシャン
カイは水になって私の拘束から逃げた。
「イリナさん………僕が思うに少し暴力的表現が多すぎやしませんかね?このままじゃ僕の体が壊れちゃうんですけど。」
警戒してか、水の姿のまま会話を続けてくる。一応人型にはなっているけれど、水が循環していてひどく不定形だ。
「あんたが異常な性癖持ってるから私が正してやろうとしているんじゃないの。むしろ感謝しなさい。」
「異常な性癖……ですっ………て?人が頑張っている姿に感動を覚えるこの僕の感性が異常?……笑えない冗談ですね。今イリナさんは週間少年誌を完璧に敵に回しましたね。きっと1年後に、寝ている合間にジャンプ一年分を頭に叩きつけられて圧殺されているでしょう。お気の毒に。」
カイは手を合わせて、私に今後降りかかる受難を憂いて哀れみを向けてくる。
……このカイという男は、現場を、人が努力し何かを達成するという、滅多に見ることのない現場を見ることに得も言われぬ快感を覚えるらしい。努力をして、汗水垂らして、自分の目標に全力で立ち向かう人に惹かれてしまうそうだ。
まぁ、それだけならば何もおかしいことではないのだけれど、むしろいい人そうだけれど、カイは違う。異質だ。ぶっちぎりに狂っている。
彼はなんと、自分の欲求を満たすために人をわざわざ危険へと向かわせるのだ。言葉巧みに騙して。「安全だから安心して」「僕第二類勇者ですよ?危なくなったら助けますって。」そんな、聞いているだけで耳が腐りそうな言葉を真顔で、平気で吐き捨て初心者達を陥れる。一体いままでどれほどの人間がその犠牲にあっただろうか。私が覚えている限りでは13人だ。怪我は大量にしたが一応1人も死んでいない。それでも13人もの人間を危険に向かわせたのだ。異常性癖者と言われても仕方のないことだろう。
私も最初、魔力を得る時にカイのせいで酷い目にあった。……まぁ、その時助けてもらったから強くは言えないんだけれど………
「今の私なら一年分ぐらい簡単にもてるっての。むしろあんたが潰されるべきだ。五十年分ぐらいで。」
一年分の束を五十個作って、カイを仰向けにさせて背中に全て載せてやりたい。
「非力なので五十年分はちょっと辛いですね……せめて四十二年分ぐらいで手を打ちませんか?」
「うーん……プラス二年。」
「よしのった!」
「違うでしょうが。」
私は握手を求めてきたカイの手を払いのける。
「自分の好奇心のために人を危険に晒すなって話よ。勝手に論点ずらすな。」
「と言ってもですね、僕からすればこれは必要なリスクだと思いますよ。」
カイは水で椅子を作り、そこに腰掛ける。
「話を聞く限りだと、この村で1番強いグラス君のお父さんが戦闘不能になったそうじゃないですか。つまりあの村は今や戦力不足。たとえ僕達が魔物を倒したとしても、それは一時の気休め程度にしかなりません。僕達が村を離れた後、魔物に襲われたらこの村は滅びてしまう。」
カイはいたって真面目そうな顔をしてシャクシャクと説明していく。
「だから今のうちに戦力を確保しなくちゃいけない。そう思いませんかね?」
「………私ね、あんたの、大義名分っていう旗を掲げて人を先導して、腹ではニヤついているような性格が嫌いだよ。」
彼の意見にはちゃんとした理由がある。正論だ。こういう状況を見たら誰だって思い浮かぶような考えだ。
そう、私じゃ彼の意見を否定できない。彼にやましい思惑があろうとも。
「臭いものには蓋をしろ。どんな邪な考えがあろうと、正論がそれを隠しちゃうんですよ。どんなに匂いが漏れ出ていようと、下衆さが漏れ出ていようとね。」
これだから屁理屈こきは………
「それじゃあグラス君の指導を始めるってことでよろしいですか?何か反論があるなら聞きますが」
「……ないね。これ以上言ったところで平行線だもん。」
どうせ心にもないまともなことを言われて終わりだ。
「ですよね。それじゃあ行きましょうか。」
カイは立ち上がると、グラス君の方へと歩いていく。不本意ながら私もそれに続く。
「やぁやぁグラス君。これから魔力習得に向けた練習をすることになったよ。」
カイは笑顔を向ける。
「ほ、本当か!?」
暇を持て余し地面の雑草をブチブチと引っこ抜いていたグラス君は、カイの言葉を聞くと勢いよく顔を持ち上げて顔を晴らした。
「お前いいやつだな!その女なんかよりもずっと!」
「………ほう?」
バキン!!
地面にあった小さな石ころを粉々に踏み砕く。
粉塵が舞い上がり、自分達の周辺を埃っぽくする。
「………あの、ごめん。」
それを見て、何かを悟ったのだろう。彼は頭を下げて謝ってくる。
「分かればよろしい。」
「さて、見たくもない上下関係を目の当たりにしたところで始めますか。」
草原と低木しかない平野。所々に背の高いイネ科の植物があるけれど、それでも視界の良い場所と言えるだろう。
私は低木に体を預けて2人の成り行きを見守っていた。
カイはポケットからボールを取り出した。
「魔力を得る方法を簡潔に教えます。」
カイはボールを放った。
ポン!
そして、ボールが地面に着くと、微弱な光を放った。
「ゴァアアアアア!!!」
中から巨大なカニのような怪物が出現した。3メートルぐらいの。
直径30センチぐらいの真っ黒な眼球が、ギョロギョロと周囲を見渡す。甲羅も巨大で、針のように硬い突起が付いていて、あれに押しつぶされたらと思うとちょっと肌がゾワっとした。ハサミが2つあるのだが、1つだけ大きく、まるでサーベルのように鋭利であり綺麗な外形だ。あのハサミをもいで武器にしたら結構いい切れ味の刀ができそうだなぁ。
「あれに立ち向かってください。」
カイはにこやかにグラス君に語りかける。
「………はぁぁああああ!?!?」
グラス君は大声で叫んだ。私の想像通りに。
「何言ってんだよお前!あれって、魔物じゃないか!」
「ええ、魔物ですよ。魔物じゃないと意味がないんですよ。」
カイは一本の氷の槍を生み出すと、グラス君に手渡す。
「勇気なき者に魔力は宿らず。魔力は勇気の具象化なんです。だから、今君は勇気を見せなくちゃいけない。その為に魔物に立ち向かってください。……下手したら死にますよ?」
「そ、そんなの聞いてない………」
グラス君は足をガクガクと震わせる。
顔も青ざめてきている。まるでイタズラをして親の前に連れてこられた子供みたいだ。まぁ、今目の前にいるのはそれ以上の化け物なんだけどね。ゲンコツなんて生温い、大きな大きなハサミで体に穴を開けてくる。
魔力を得る為にはこうやって、魔物に立ち向かわなければいけない。これは一応洗礼の儀式と呼ばれている。なぜ魔物なのかというと、見知った人を相手にやったとしても、自分に対して大した危機にならない為魔力発動のための十分な勇気を得ることができないからだ。
それで考えると相手は魔族でも良いんだけれど、魔力も何もない状態で魔族になんか立ち向かったらまず100%死ぬ。
だから魔物がちょうど良いのさ。
洗礼の儀式においてカイが側にいたら確かに安全だ。死ぬことはない。私達は第2類勇者。誰よりも速く動け、大抵の魔物なら1発でかたがつく。けれど、挑戦する者にトラウマを与えてしまうんだ。
カイの目的はあくまで自分の欲求を満たすこと。だから難易度を甘く設定して、サポートを完全にして、余裕でクリアさせる気は無い。むしろ苦戦するように仕向ける。今回みたいに何も情報なしに挑戦させたりとかね。
この前は背後からモンスターを召喚して攻撃させてたっけかな。
だから、普通以上の恐怖が挑戦者たちを襲う。それによってトラウマを植え付けられてしまうんだ。
「ゴボボボボボボ!!!」
カニのようなモンスターはグラス君を捕捉したのだろう。口から泡を吐き出しながら、6本足を全力で回してグラス君に向かって突撃する。
ガガガガガガ!!!
大きなハサミが地面にぶつかり、地面をえぐり大きな岩を空中に吹き飛ばしながら走り続ける。
「……あ………」
それを見てグラス君は固まる。多分今この状況がよくわからないのだろう。というかわかってたまるかって感じだ。魔力を得られると聞いていたのにいきなりモンスターと戦わされるんだから。しかも自分より二倍以上も大きい相手に。
ガガガガガガガガガ!!!
地面をえぐる音がさらに加速する!カニには彼を殺すという意思しかないようだ。
「あ……ああ………」
カニが迫ってきても、彼は喉から自然と息を漏らし続けることしかしなかった。
目から生気を感じない。というか身体中から生気を感じない。もはや死んでいるようにしか見えない。かろうじてズボンが濡れているから、生きているんだろうなってことは分かるのだけど
グアッッッ
カニは大きなハサミを振り上げた!それでグラス君を串刺しにしようとするのが狙いだろう。
それでもグラス君は動かない。動けない。
関節を固定された人形みたいに立ち尽くすだけだ。
………はぁ、仕方ないか。
ベキュィイッッ!!!
私のボレーシュート紛いのキックがカニの胴体を捉えた。
カニの固そうな甲殻がベキベキと、乾いた石灰を砕くような音を出して崩れ落ちていく。
ドォオオオンン!!!
そのままカニは吹き飛び、岩に激突した。
内臓やら蟹味噌やら排泄物やらがベチャアっと岩の周りに散乱する。
うわぁあ……直視したくない光景だ。
フラッ
私がカニの方を見ながら、カイをどうやって殴り倒そうか考えていると、グラス君がまるで接着されていた関節が溶け出したように、全身を脱力させて倒れた。
私は彼の服を掴んであげて、地面に倒れるのだけは阻止した。
「おーーい。生きてる?」
ペシペシと頬っぺたを叩いても起きる気配はない。
………しゃあないか。こんな仕打ちをされてぶっ倒れない人間はいないか。ましてや小学生ぐらいの子供だ。
………村に送ろう。
私は彼をおんぶした。
ベシッッ
ついでにカイの首に、全力のチョップをかました。
「かっ………」
カイはそのまま気絶してしまったので、襟首を持った。
ズルズル………と、荷物を溜め込みすぎた小学校の終業式の下校中によく見る景色のように、私は村へと帰っていった。