早い!安い!安全!
「このような小さな村によくぞお越しくださりました!勇者様、ささやかではございますが宴を御用意いたします。」
シネフィシの村に到着し訪問すると、村長と村人が群がり手厚い歓迎を受けた。
シネフィシは勇者領より南南西1900キロメートルに位置する小さな村。本当に、小さな村。これといった産業が発達しているわけでもなく、名産品があるわけでもない。先祖代々受け継いで来た畑を耕し、自給自足の生活を送っている簡単に言えば貧しい村だ。
周りの家を見渡すと、藁と木だけで出来た家が密接しするように建っていた。多分23軒ぐらい。
未開の地……のように見えるが、こういうのは勇者領から離れれば離れるほどよく見られるようになる。つまり、普通なんだ。こんな景色は、この周辺地域からすれば当たり前のこと。
「宴なんて必要ないです。ご飯はもう食べて来たので。」
カイはそれをすぐに断った。
「いやいやそんなこと言わずに!訪問者を歓迎するのが我が村のしきたりでございますので、遠慮などなさらないでください!」
やれやれ。そんな視線を2人でかわし、カイは村長の御歓迎を承諾した。
どうやらこの村は新参者、旅人には優しいようだ。……ただ、少し引っかかることがあるとしたら………
私はチラッと後ろを見た。
サッ
すると何かが物陰に隠れた。
………まっ、いいか。
私はこのことを忘れて、村長についていった。
私達の前にご飯が置かれた。白米とたくあん、大根の味噌汁、レアな魔物の肉、すりおろされたアップルヴァリィドだ。
私はたくあんを口に入れた。ボリッと気持ちの良い音がした。
「……それで、村長さん。何か最近困ったことはありますか?」
一通りご飯を食べ終えると、カイは話を始めた。
「僕達は地方の村を救う為に旅をしています。魔物や魔族、もしくはそれ以外で困っていることがあるのなら、いくらでも言ってください。」
「ほ、本当ですか!それは助かります!」
ただですら笑顔の村長さんはさらに笑顔になった。
「実はこの村は魔物に集団的に襲われてまして………」
「集団的にですか……妙ですねぇ。」
「そ、そうなんです。1ヶ月前、数十体の魔物が襲って来て以来、1週間ペースで襲ってくるようになったのです。しかも夜に。」
「そうだといままで結構な回数、魔物に攻撃されてきたんですね。それにしてはよく保ちましたね。」
4回ぐらい攻撃されているわりには活気付いている。人も100人ぐらいいるし………
「はい!私の村の男達は村の為に力を発揮する、強さと勇敢さを兼ね備えた戦士でございます!畑仕事で鍛えておりますし、何より魔力を使えますから!」
「へぇ!魔力ですか!魔力を持っていてしかも魔物の集団戦略も打ち負かせるなんて素晴らしいじゃないですか!そんな力があるなら勇者になれますよ!」
確かに。それほどのことができるのなら、聖騎士以上の力を持っているに違いない。そうであるならば勇者領は良い給料で採用してくれるだろう。
「私もそうすることを勧めたのですが、[そうしたら村を守れん。]と言って聞かんのです。結果、村は助かったのでキツイことは言えませんがね」
村長さんは満足気に頷いて話す。
なるほどね。村思いの良い男達じゃないか。
「わかりました。それじゃあ僕達は今日からここに泊まり込んで魔物を討伐します。ついでに魔物達の根城も殲滅します。」
「本当ですか!!」
「ええ、本当です。困った人を助けるのが勇者の役目ですから。……泊まるための寝床とかありますか?できるのであれば村の外側がいいですね。襲撃に対応しやすいので。」
「それならば私が家人に言いつけておきますので、家の用意が出来たら報告します。」
「わかりました。その間、僕達はその辺を探索してます。村の周辺にいますから。」
魔物退治か……まぁ、余裕でしょ。聖騎士クラスの男達でなんとか食い止められる程度の魔物だから。
こうして私達は立ち上がり、村の外に出た。
「しっかし、今回は簡単そうだね。運が良ければ今日中に終わりそう。」
私とカイはブラブラと外を歩いていた。
こうするだけで、魔物はこの村に近寄ってこれなくなるのだ。
「そうですねー。まぁ、少し気になることがあるので軽視するつもりはないですけどね。」
カイはポケットから紙を出し、それを読んでいた。
多分、この組織を運営するにあたっての書類か何かだろう。
私達が所属する組織は勇者領の周辺の地域を放浪し、巡り合った村の依頼を聞き解決するという自由極まりないものだ。……まぁ、組織と言ってもこの2人だけなんだけどね。けれど[周辺地域安全維持係]って名前があるちゃんとした部署さ。私はこの名前が長ったらしくて嫌いだから[遊撃隊]って勝手に言ってるけどね。
「カリーナさんのと少し被るね。」
「はい。まぁ、カリーナさんよりも先に拉致されていた人がいますので、2つが関連しているとは言いづらいですが………」
「それでも[魔物が計画的に動いている]って部分は無視できない。よね?」
「そうなんですよ。魔物の活発化が起こっているって部分はどうしても看過できません。」
それでも私達はのんびりとこの田舎のような自然溢れる道を歩いていた。
私達のお陰で魔物が近づいてこないから、小鳥や虫がのびのびと空を舞っている。
「そうね……それと………」
私は後ろを振り向き
バチバチッ
一際大きな木に近づいた。そして
グイッと服を引っ張った。
「子供のくせに私を尾行するなんて……あんた、人を見る目あるわよ」
「おろせー!おろせよー!」
私に掴まれている小さな男の子はジタバタと暴れる。
けれど、そんなので私の手から逃れられると思っているの?甘いね。私の握力の前じゃ例え十万馬力の鉄腕小僧でも逃れられないさ。
「どうしたのよ何か用?私は寛大だからね。1つや2つのお願いぐらいなら聞いてあげる。」
私は男の子を離してあげると、男の子はすぐさま逃げるように大きな木の陰に逃げた。
「………お前強いの?」
顔だけ出して、男の子は聞いてくる。
「いきなりよく分からないことを聞いてくるね………まぁ、強いよ。君の100億倍ぐらいは。」
私はカイの方を振り向いた。
「あのさ、私この子を村に送り届けるから、1人で村の周辺の散策しといて。」
「分かりました。くれぐれも粗相がないようにお願いしますよ。」
「なぜ私に言うし。あんたは私の保護者か何か?」
「お目付役です。実は魔神に脅されていて………」
「冗談ならもう少しまともなものを言ってほしいね。はいはいさっさと行った!今こうしている間にも村の反対側で誰かが困っているかもよ!?」
「はいはいわかりました。水になって蠢きながら助けに行ってきますよ。」
そう言うとカイは本当に体を水に変えて、ウゾウゾと気持ち悪い動きをしながら去って行った。
「………何あの恐怖の絵面」
普通に歩いていけばいいのに……よくわからない人だなぁ。
「あ、そうそう。君、名前なんていうの?男の子って呼ぶのダルいんだよね。」
私は再度男の子の方に振り返る。
彼は変わることなく木の陰に顔だけを出して隠れていた。
「人が……水に………」
だけど、顔だけが変わっていた。開いた口が塞がらないって感じでカイの後を目で追っていた。
「………お、俺の名前か?俺の名前はグラスだ。」
「グラス……かっこ可愛いわね。私もそんな感じの名前がよかったわ。」
ボゴン!!
私は近くにあった岩を蹴飛ばし、座りやすくしてそこに座った。
「私の名前はイリナって言うの。一応勇者よ。まぁ、事務的なことは全部連れに任せているからまともな勇者とは言えないけれどね。」
「へぇ……じゃあやっぱり強いのか。」
「まあね。強いことだけが取り柄だよ。」
「そうか……あのさ、強くなる方法とか知ってんの?俺強くなりたいんだけど。」
「強くなりたいねぇ……まぁ、君ぐらいの年ならそう考えても当たり前なのかな?私は女だからイマイチよく分からないけれど。」
強くなりたいなんて考えたことは全然ないな。今のままでも十分に強いし、ちゃんと周りの人間を守れているからね。
「だから強くなる方法なんて知らないね。私は生まれた時から強かったの。赤ちゃんの時から100キロのベンチプレスを持ち上げてたからね。片手で。」
私は右手でベンチプレスを持ち上げるマネをする。
「赤ちゃんで!?それじゃあ今はどれくらい持てるんだ!?」
「まぁ、10トンは軽いわね。もし魔物が100体降ってきても、私なら受け止めて支えられるわ。てかデコピンだけで十分ね。」
ピン!と左手で空中にデコピンをする。
「ひゃあ!?」
それを見てグラスは身を硬ばらせる。
「なんで強くなりたいのか分からないけれど、やめたほうがいいよ。この世界は生まれた時から優劣が決まっているんだ。無理をしたら身を破滅させる。」
私は力を振るうことが出来るから、力を振るっている。出来るから、やってあげるのだ。守るなんてことは所詮そんなもの。大義名分なんて存在しない。
「自分が出来ることを一生懸命に頑張ればいいのさ。何も無理することはない。」
「………それじゃダメなんだ!」
グラスは一丁前に私に楯突いてくる。
「1週間前に、俺の父さんが倒れたんだ!他の村人を守って………もう戦えないんだってさ。」
あーーこの村の戦士ってやつか。なるほどね。
「俺の父さんはこの村で1番強かったんだ!それなのにもう戦えない………誰かが代わりになんなきゃこの村は守れないんだ!」
「それで代わりを自分がやるって言うの?……他の大人がいるでしょ。何も君が率先してやることじゃないでしょ。力のない君がさ。」
「だ、だから!力を得るためにあんたに……」
「だから言ってるでしょ?私は知らないんだってそんな方法。」
私は呆れて空を見上げた。
「そもそも魔力も発動してないやつに何か言うことはないよ。そんなやつ論外。力とか言う資格はない!」
私は右のほうに人差し指を向ける
バチチッ!!
そして雷が放たれた。
「ギャアア!!」
魔物が雷に打たれ悲鳴をあげ、地面に倒れた。
「な!?なんだあれ!?」
「戦闘において魔力の発現は最低条件。力において魔力は必須スキル。あんな魔物の偵察を感知することもできないやつはお呼びじゃないのさ。」
私はグラスの衣服を掴み持ち上げ、村の入り口に向かう。
「今のあんたに何か言うことはないよ。家に帰って農作業でもしてな。」
「うるせー!!離せ!離せよ!俺は強くならないと……」
そしてグラスは私の手の中で暴れる。
「だから……あんたにはまだその資格が……」
「………魔力だな」
グラスがポツリと漏らした。
「俺が魔力を持ったらお前、強くなる方法を教えてくれるんだな!?」
「…………」
私は言葉が出なかった。
こいつは本当に強くなることにしか興味がないと分かったからだ。
「………いや、教えるわけないでしょ。第一あんたが魔力を持つこと自体反対よ。どんだけ危険かわかってるの?」
そんなんで怪我していたらバカバカしいじゃないか。そんなことしないで、全部私達に任せればいいんだ。何も無理してこいつがやることじゃない。
「お前バカだな。俺が危険を冒すだけで村を守れるんだぞ?それなら無理しないわけにはいかないじゃん。」
フッと鼻で笑ってバカにしてくるグラス。
「いや、死ぬ可能性があってだね………私はそんなの認められないよ。」
「大丈夫だ!なんとかなる!俺結構ついてるんだ!最近よく友達からお菓子もらえるし」
「そんなんで命の危機を乗り越えられると思ってんの!?余計無理させたくないよ!」
「本当頑なだなお前。俺がいいって言ってんだからいいんだよ。」
何をこの!私に軽々と掴まれて自由に動くことができない分際で!
「だからぁ!今のあんたには……」
私は早足で村へと戻っていく。
今この状況をあの男に見聞きされては危険だ!もしそんなことになったら、いったいどれほどの危険が………
「ふっふっふっ………聞いてしまいましたよ。」
ウゾウゾ………
私の後ろで何かが蠢く。
………くそっ、なぜこうもタイミングよく現れるんだこいつは。
「魔力が欲しいんですね?力が欲しいんですね?」
水は人型へと戻っていく。
「それなら僕達に任せてください!安全安心に貴方の力を引き出し、アフターケアもバッチリ完備!一から百まで全てをサポートします!」
バッ!!
カイはポケットから紙を取り出し広げた!
「魔力のことならこの[カイとイリナの出張能力開発部(有)]にお任せください!」
紙には[カイとイリナの出張能力開発部(有)]というよくわからない文字が書かれていた。
てかさっき読んでた紙ってこれのこと!?なに断りもなしに変な会社立ち上げてんのよ!!
「た、頼みます!俺強くならないといけないんだ!」
グラスは私の手から流れると、カイに向かって頭を下げる!
グラス!あんたまでなぜこんな胡散臭いものに頼ろうとするんだ!絶対お金ぼったくられるでしょ!
「いいでしょう。困っている人を助けるのが勇者の本分ですからね………」
そして、カイはクックックッ……と笑いながら承諾した。
こうして、私達とグラスの間で怪しげな契約が結ばれてしまった。