転び続けてもいつかは立てる
夜が明け、昼となり、あっという間に夜になり、時間が矢のように進んだ。
「………姫子さん、本当に来ないの?」
私達は昨日田んぼを耕してあげたおじさんの家に泊めさせてもらっていた。轍の元へと行く為今出発しようとしているのだけれど、姫子さんが全然来ようとしてくれない。
「…………私はいいです。私なんかじゃ足手まといになるだけで………」
姫子さんは部屋の端っこで、体育座りで縮こまっていた。
「………そうかもね。まっ、来たくなったらいつでも来てよ。今回は人手が欲しいからさ。」
私とカイはそう告げると、轍の家へと向かった。
「…………私は、あなたみたいに強くないんですよ。何も……」
イリナさん達が走って行くのを見送った後、私は膝に自分の顔を埋めた。
私はただの役立たずだ。何かしようとしても結局、子供達をこの手で殺めてしまう。私が何か行動したところで何も良いことはないのだ。
沼の底にいるみたいな微睡みがずっと頭を離れない。汚濁も、混迷も、全てを認められたような不快感のない安心。隙間から聞こえ出る風音すらも、今の私には心地が良い。
ずっとこうしていられたら………堕落し続けられたのなら…………
「ねぇ、お姉ちゃん。なんでうずくまってるの?」
声が聞こえて来た方を頭を上げて見ると、女の子が座っていた。この家の子供だ。名前は……蛍ちゃんだったかな。
私は再度顔を埋めた。この子を見ていると、子供を見ていると、気持ち悪くなるのだ。私がしたことがずっと頭を流れてしまう。
「他のお姉ちゃんやお兄ちゃんは行っちゃったよ?行かなくていいの?」
「………いいんですよ私が行かなくても。彼らなら私なしでもなんとでもなるんですから。」
「………サボってるみたい。」
「……………え、」
私は顔を上げた。蛍ちゃんが大きな目で私を見ていた。
「おじいちゃん言ってたよ。[自分がいなくても]とか[自分である必要がない]とか言ってる人は怠け者だって。そう言う人は大事な時が来ても何もやらないんだってさ。」
彼女はずっと私を見ていた。そして、分かった。私は今この子に説教をされているってことに。
「本当に大事なものを、人間として大事なものを落としちゃうんだってさ。………正直何かよくわかんないけれど、私もそう思うんだ。だっておじいちゃんはいつも正しいもん。お腹が減って道端で倒れていた私を助けてくれたんだから。」
戦争孤児か……
この世界では蛍ちゃんみたいに戦争で親と家をなくした子が多い。多すぎる。そして、引き取り手のないまま死んでいく子も多い。不況ゆえに子供を養うことができる人間は少ないのだ。
「通りすぎる人誰も助けてくれなかった……ただ可哀想に見てくるだけ。[こんな時代だから]、[他の誰かが助けてくれる]そんなことをずっと目で言われていた気がする。……それでもおじいちゃんだけは助けてくれた。[助けんのは当たり前だぁろ?]って、笑いながら抱き寄せてくれた。……お燐、正長、英もそう。おじいちゃんに拾われてなかったら今頃死んでた。………そんなおじいちゃんが言うんだから間違いないよ。」
私と全く逆だ。逆じゃないか。世界を救うだなんだと言っておいて、子供を犠牲にしていた私なんかと…………
「今やらなきゃいけないことがあって、それから逃げ続けるのはやっぱり間違いだよ。どんなに嫌な気分だろうと、どんなに自分が苦しかろうと、やらなきゃいけないんじゃないの?」
………助けられものがあるのに、目の前にあるのに、自分の罪って言葉で逃げ続けていた。イリナさん、蛍ちゃんの、おじいさんの言う通りだ。こんなところでウダウダしてらんないんだ。………私も思っていたはずなんだ。この世界を良くしたいって………それなのに、忘れてしまっていた。人を見失っていた。
「………ありがとう、蛍ちゃん。あなたの言う通りだよ。」
私はすぐに立ち上がった。
その時に、ツーっと流れた一筋を指で拭った。子供に説教されるようなしみったれた自分はもう終わりだ。むしろ子供達に私が教えるぐらいじゃないといけない。
私の目の前にある救えるものは全て救う!私の罪は私の行動で全て償う!蛍ちゃんみたいな子供達を作らないために、そして、働いたお金で蛍ちゃんのような子供達を救わなくては!それが私の贖罪だ!
「行ってくるね。」
「うん、行ってらっしゃい!」
私は蛍ちゃんに笑顔を向けた。蛍ちゃんも笑顔を返してくれた。
「七転び八起きの七転八倒って感じですね!探偵森脇姫子の実力、とくと見せてやりますよ!」
私は轍の家へと走り出した。
「しっかし……やってることまんま盗賊だね。勇者らしくないよ。」
私は轍の大きな家の中を、息を殺し素早く身を隠しながらタンスや棚を荒らしていた。
証拠が見つかるまで暴力は禁止だから、こうやって盗人まがいのことをしなきゃならない。
ミシッ、ミシッ………
私は足音をたてないように静かに、ゆーっくりと歩く。
あーーめんどくさー!!走ったらこんな家の中なんてすぐに全部見れるのに!!
「明日のお客さんに振る舞うご馳走どうしようか………」
おっと!?ここの使用人が来る!
私はすぐにこの場から移動して、近くにあったトイレの個室の中へと駆け込んだ。
………めんどくさー!!あんな使用人、1秒もかからずに気絶させられるのになんで私はコソコソ逃げまわらなきゃいけないんだ!!
ちくしょーー………やっぱり私、隠密行動向いてないな。こういうのは全部カイに任せればいいんだ。そうだよ、今も家の反対側で私なんかよりも効率的に証拠を探しているんだ。
この家は確かに広い。10分かけてまだ全体の6分の1しか調べられていないような規模だ。でもね、私が下手に探してここの使用人に見つかるよりは、カイに全部任せた方が良いよね!………そうだよ!これこそ正解だよ!私は家の外でお絵かきでもして待機してれば良いんだ!なんだ簡単じゃーん!そうと決まればさっさとこの家から出よう!
ガチャ
私は個室の戸を開けて、外に出た。
「………あ。」
「……どうも………」
そこに個室の入ろうとしていた若い女性の使用人がいて、私はその人と軽い会釈をした。
………やっちゃった!てへっ!
私はその場から、全速力で走って逃げた。




