こんな姿で言われたい
「お、新人さん?可愛らしいねーそのチャイナドレス。」
おっさんがこっちに手を振ってきた。
「ありがとうございますー!新人のイリヤです!」
なので私はそのおっさんに対して手を振った。
チャイナドレス………そう私は今、男を手玉にとるチャイナ娘に変装中さ。真っ赤な服に、露出した右脚。……ふっ、これで落ちない男はいないね。
そもそも私がなぜこんな素晴らしい服装をしているかというと、轍の悪事などの物的証拠を集めるためにあいつの店に潜入するためだ。あいつの店は趣味の悪いことにコスプレバーだ。こうやってコスプレしなくちゃいけない。本当は本職の姫子さんにやってもらいたかったんだけれど、顔が知られているらしくって変装してもすぐにバレるんだって。さすが全域展開の探偵事務所の創立者なだけはある。
「イリヤちゃーん。新しい使命だよー。」
「あ、はーい。わかりましたー。」
この店のチーフの元まで早歩きで向かった。
「いいかい、今度のお客さんはこの店が開いた当初から来てくれているお得意さんだ。くれぐれもヘマすることなく相手を楽しませてくれよ。」
「わかりましたー!精一杯がんばりますね!」
私は指名されたお客さんの元へと走って向かう。
お得意さんってことは有益な情報をたくさん持ってそうだ。こいつからガッチリ情報を引き出しちゃおう!
「へぇ、君がイリヤちゃんか。田中君が勧めてくるだけのことはあるねぇ。」
今回のお客さんの重道さんは、私のことを見るなりそんなことを言って来た。
ちなみに田中君とはこの店のチーフだ。さっき私と会話した人ね。
「はい!新人のイリヤです!趣味はお菓子作りで、将来の夢はお花屋さんです!」
うわーー何この、これぞ女の子!臭がする自己紹介は。こんな女は現実にはいないというのに………まぁ、男を引っ掛けるためだからね、仕方ないよ。
「へぇ!性格も可愛らしいねぇ!」
狙い通り重道はひっかかってくれた。やっぱ男って単純だなぁ。
「ささ、立ってるのも辛いだろ?座りなよ。」
「ありがとうごいます!お優しいんですね!」
ニッコリ営業スマイル。重道の顔が綻んだ。
それから30分ほど、楽しく雑談し、時にはお酌をして機嫌をとった。本当はすぐにでも情報を引き出したかったのだけれど、そんなことしたらさすがに怪しまれると思ったのでやめた。やっぱり私の評価を上げて、酔わせてからの方が情報を吐き出してくれるよね。
「しっかしイリヤちゃん本当に可愛いなぁ。それに顔だけじゃなくて……」
「!!」
重道が私のお尻を触って来た!
ああ、もう!最低!男っていつもみんなそうだ!顔がなんたらとか言ってるけど結局体にしか目がいってない!!
グオッ!
私はそれはもう本気で重道の顔面を叩いてやろうと思ったけれど、
グッ
腕を震え上がることなくギュッと我慢した。
……本当は顔を吹き飛ばしたいけれど、ダメだ。カイの言いつけは守らなくては。潜入前に「いいですか、イリナさん。ここの男どもは金を持った喪男子です。可愛い子と話したい、触りたい、良い思いをしたいとしか考えてはいません。だから変なことをしてくるかもしれません。でも我慢してくださいよ。ここで暴力沙汰なんかしたら貴女が轍にマークされてしまいます。そうなったら情報を得られません。我慢してくださいよ。」と言われているんだ。確かにあいつは変人ではあるけれど、行動における警告は毎回正しいんだ。絶対に守らなきゃいけない。
「もぉ、やめてくださいよー!これ以上やったらセクハラで訴え(地獄を見せ)ますよ!」
私は笑顔で重道の腕をどかす。
ああ、今ここでこの腕を握りつぶしたい!出来るのに!出来るのに!!………情報のためさ、しょうがない!!
「ごめんごめん!つい手が伸びちゃって!」
重道は、それが可愛らしいとでも思っているのか、コツンと右手で頭の上を叩いた。
それを私は内心では爆音で歯ぎしりをしながら、「もぉ、エッチな人ですね!」と、朗らかな笑顔を見せつける。
情報のためだ……私は今、仏になってやるよ!
「エッチなこと以外なら、なんでもしても良いですよ♡」
「ひょ………」
………落ちたな。
それから更に30分。セクハラまがいのことを何度かされたが、憎しみ全てを噛み砕いた晴れやかな笑顔で全てを対処した。そして、
「いりやぁちゃーん………もう、ゔっ……いっぱい………」
何度もお酒を飲まされ、重道はベロンベロンになっていた。もうほとんど意識がないようなもの。これ以上飲ませたら気絶するかもしれない………情報を吐かせるには今がチャンスだ。
「ねぇ重道さん。」
今出来る自分の最高にあざとい声で、重道の耳元に囁いた。猫なで声で、それでいて艶めかしい甘い声。
「う〜ん?なぁんだぁい?」
「イリヤぁ……最近困ってるの。だからぁ、重道さんがぁ、助けてくれたら、イリヤ。とーっても嬉しいなぁって……」
「うぇい!!いいぞぉ〜〜!!おじさん、イリヤちゃんのためならなんでも言うこと聞いちゃう!!!」
「わぁ!!ありがとう!!重道さん優しい!!」
さぁてご機嫌とり終了!仕事に移るよ!!
「轍さんって知ってる?」
「わだちぃ?………わだちって、あの、ふるかし?」
「そう!古樫さん!あの人のことで少し……」
「やめた方がいいぞぉ、あんなクズ野郎のことを知ろうなんて。イリヤちゃんが汚れちゃう。」
重道は酒瓶を振り回しながら、轍の情報を吐いてくれた。
「あいつはなぁ、色んな人間から不正に土地を奪ったり、無理矢理金かして利子をふんだくるようなやつなんだぁ………」
「へぇ…………でも、借用書とか証明書がないとそんなことをおおっ広げに出来ないよね?何か弱みでも握ってるの?」
「違うだなぁこれが。あいつは弱みを握ってんじゃあないんだ、書類を無理矢理相手に書かせるか、不当に書かせてるんだ。[お届け物のサインをくださーい]とか言ってな。」
「…………それってやっぱり、大事に保管しないとダメだよね。」
「そうだなぁ……いつも家に保管してるとかなんとか言ってたなぁ…………」
証拠の情報ゲット!もうこのおっさんは用済み!
私はさっさとこの場を後にするため立ち上がった。
ガバッ!!
すると重道が背後から私に抱きついてきた!
はぁ!?ちょっ、あんたなにやってんの!?
「はぁ……はぁ………イリヤちゃん。俺もう我慢できないよ…………」
うわーー!!身体をベタベタ触ってくる!!気持ち悪い!!気持ち悪すぎる!!てか胸とか触んないでよ!!本当ありえない!!
どうする!?今ここで殴って気を失わせるか!?………ダメでしょそれは!!ここで騒ぎなんか起こしたら、重道から私が情報を引き出したことがバレて轍の家の警備が増すに決まっている!!
「イリヤちゃーん………」
キャァア!!脚まで触って………ああ、もう!!良いよ!!殴る!!私に殴られたかどうかも判別できないぐらいのスピードと衝撃で殴る!!家の警備が堅くなってしまっても仕方がない!!私の貞操を守るためだ!!
ガチャン!!
私が重道をブン殴ろうとした時、いきなり部屋が真っ暗になった。
「なんだ停電か!?」「ちょっとブレーカー見てきますね!」
……ガチャン!パチパチ…………
「イリヤちゃー………あれ?いない?」
「………助かったよ、カイ。」
私は目の前にいるカイにお礼を言った。
カイがブレーカーを落として、暗闇に乗じてテレポードで私を外に連れ出してくれたのだ。
「お礼なんて良いですよ。仲間を助けるのは当然のことなんですから。」
すっ
ジャケットを手渡してくれた。
「………ありがとう。」
私はそれを受け取って羽織った。
「証拠の情報をゲットしたよ。明日の夜にそこから証拠をかっさらってこよう。」
「おお、良いですねぇ。じゃあ今日1日、明日昼間はしっかり休んでくださいね。」
こうして証拠の情報をゲットした私達は、姫子さんがいる場所へと戻っていった。
「しっかし本当助かったよ。」
「………まぁ、アレを散らされてしまうと、僕の方にも結構罪悪感がつきまといますからね………仕方なく。」
………本当あんたは一言余計だよね。
私は思いっきりカイの膝を蹴り飛ばした。
チャイナドレスには人類の夢が詰まっている




