僕はね、大マジだよ
「姫子さん………」
走ってきた先は、柔らかな草が生い茂るこぢんまりとした林だった。そこで姫子さんはうずくまり、口から色々と吐き出していた。吐き出すようなものはお腹には何もないだろうに。
「子供……ヴッ、私が…………」
「…姫子さん………」
姫子さんは嗚咽を漏らしながら、肩を震わせ続ける。私はこれ以上声をかけることが出来なかった。
「……なんで、なんの罪にも問われないんですか。」
ひとしきり吐き出した後、姫子さんが聞いてきた。弱々しい、ただ息を吐き出しただけみたいな声だった。
「あんなに、子供達を手にかけたのに………自分のためだけにあんなことをしたのに!」
「………操られてたんでしょ。なら仕方ないん」
「操られてたとしても、人殺しには変わりないんですよ!?それなのに、こんな……のうのうと………」
「……農業地帯なだけに?」
がっ!!
私は姫子さんに胸倉を掴まれた。
「なんでそんなに気楽でいられるんですか!子供がたくさん死んだんですよ!?私のせいで!!」
「だからってあんたを責めて何かが生まれるわけでもないでしょ。」
ピン!
私は姫子さんにデコピンをお見舞いする。
あまりの痛さに姫子さんは手を離した。
「罪の意識は大いに感じるのは正常なことだと思うよ。けれど、そこから罪滅ぼしに行動を繋げなかったら意味がないでしょ。」
人を殺しておいて、罪を感じない人間なんてこの世にいてはいけない。もしそんなのがいたらそいつは生物ではない何かだ。確実に生物の害になる。
でも、罪悪感を感じるだけで終わりでいいわけがない。当たり前で終わっていいわけがない。
「今あんたが動けば救われるものがある。助けられるものがあるんだよ。そのために動けって言ってんの。働けって言ってんの。そっちの方が意味があるからね。罪滅ぼしにもなる。それとも何?ジメジメとしたカビ臭い牢屋でため息ついてる方が有意義だとでも言いたいの?面白い価値観してるね。私には理解できないけれど笑ってはあげるよ。」
私はうずくまっている姫子さんの首根っこを掴み、無理矢理起き上がらせる。
「行くよ。この村だけでも田畑は数十個あるんだ。もたもたしてらんないんだよ。」
私は来た道へど戻る。
「………なんで私にもっときつく言わないんですか。私はあなたのことも傷つけたのに………」
「………まぁ、私は強いからね。そこらへんの羽虫がどんなに触ってこようと気にならないんだよ。」
姫子さんに言葉を返した後、村に戻った。
ザワザワ………
戻ってみると、私達がいた田んぼに人集りがあった。
おや、私達の情報がもう知れ渡ってしまったか………人気者は困るなぁ。まぁ、やぶさかではないけれど、ご尊顔とやらを拝ませてあげようかな?
私は人並みをかき分けて田んぼへと向かう。
「あっ、イリナさん。面倒臭い時に戻って来ましたね。」
カイが私を見つけ、手を振ってくる。
ふっ、やはり私のファンか。いいよ、私が愛想笑いを振りまいてあげるさ!
私は意気揚々と突き進みながらそんなことを考えていたが、進むにつれてこの民衆が一体何を目的にしているのかがわかった。
みんな口々に「税を下げろ」と言っていた。そう、誰かに財政のことについて直訴して来ていたのだ。誰にか………そいつは、
「ようこそおいでになられました勇者様!!」
醜く肥えたおっさんが私のところに歩み寄ってきた。着ている服は妙な洒落っ気のある紫のスーツ。金の指輪なんかもつけちゃって、いかにも金持ちって感じの見た目だ。
「私の名前は古樫轍。ここ周辺の地主をしているものです。」
「へぇ、地主さんですか。そんな気はしてましたが……それで、何の用ですか?」
「勇者様がせっかく来てくださったのですから、歓待しなくてはならないのは当然ではございませんか!そのために参りました。」
「あーーいいですよそういうの。僕達、騎士程度の勇者ですので。」
「……そ、そうですか、分かりました。勇者様方が嫌だというのであれば、こちらもひきましょう。」
なーにが[勇者様方が嫌だというなら]だ。[媚びても懐が温まらないから]でしょ。
そう言うと轍は従者を引き連れてどこかへと行ってしまった。……向かう先の山の上に大きな建築物があるから、それが家なのかな?
「……皆さん、轍について少しお聞きしてもよろしいでしょうか。」
轍を見送った後、カイはここの農民達に向き直った。
「………なるほど、これは酷いですね。」
農民達の悪弊不満を聞くこと30分。私がげんなりしてきた所で、農民達の口が止まった。
「租税の割高な徴収と、恐喝。違法賭博に脱税。挙げ句の果てには勇者との癒着………きましたね、クズさ加減にステータスを全振りした人間が。」
「こういう時って自治体とかを使って捕まえることできないの?てかなんで捕まってないのさ。」
「本来ならば出来るのですが、勇者と関係をもつことが出来るよいしょの達人です。自治体にもある程度のパイプがあって、捕まえようとしても変な圧力がかかって捕まえるのは難しいでしょう。現にいままで捕まってないようですし。」
むーーなるほど。これは確かに酷い。
農民達の顔も怒りで打ち震えている。いままでどれだけ酷い仕打ちを受けてきたのかが容易に分かる。
「それじゃあ農耕は一旦終了しましょうか。」
「ん、そうだね。真面目に仕事を始めようか。」
悪党退治。やっときたね勇者らしい仕事が。
「…………」
相変わらず姫子さんは無言だった。
「まず、轍を捕まえるにあたって押さえなければいけないポイントがあります。」
畦道で3人で作戦会議を始めた。カイがこれからのポイントとやらを説明するようだ。
「まず1つ目、僕達が大っぴらに行動するためには物証が必要です。それを見つけるまでは暴力禁止です。」
「え………な、なんでさ。」
「簡単な話、僕達にはそんな権限がないからです。地主と言えどもただの一般人。それを農民の証言だけで裁くことは僕達にはできない。そんなことしたら[横暴だ!]とか言われて批判されるんですよ。」
うへーー。勇者って結構肩身がせまいんだね、驚きだよ。
それにしても暴力禁止か………困ったなぁ。私、殴り込みに行くことしか考えてなかったよ。力なしじゃ私の魅力は半減だね。今回の話では私はそこまで活躍できなさそうだね。
「いやいやいや、あるでしょ。イリナさんにとっておきの役が。」
カイは懐からタンスを出した。でかいタンス。中に何十着もの服を入れられそうなタンスだ。
「………え、まじで?」
「まじです。」
…………
私とカイの間に冷たい風が吹いた




