新生遊撃隊
カツンカツン………
薄暗くジメッと湿った通路。換気なんか一切されず、苔むした何かが常に端っこに存在している。明滅する灯火。それがこの通路の唯一の明かり。
時折吹く風は生温かく、滞留したため息がまるで私の皮膚を撫でるかのようだ。
「……ここが森脇姫子の独房です。」
私の先を歩き、案内していた男が扉を開く。
男が手で入るように促してきた。だから私はそれに従いゆっくりと部屋に入った。
「姫子さん………」
彼女は小さな部屋の端っこで項垂れていた。自分という存在を縮こませるかのように身を細め、地面だけを見下ろしている。
「釈放だよ。外に出よう。」
私の言葉を耳にして、姫子さんは僅かに顔を持ち上げ私の顔を一瞥した。目の下のクマが痛々しかった。
「森脇が捕まり、子供達が魔力を与えられ暴走するという事案は減りましたが、魔物達の凶暴化、作戦における判断や戦術の高水準化は増すばかりです。」
昨日の4人の会議。私とカイとジジイと慶次さんは椅子に座っていた。
姫子さんとの戦いから1週間が経っていた。けれど、黒幕が倒され平和だなぁ。と安堵のため息を吐くものは誰もいない。それもそのはず、魔物の被害が未だ続いていたからだ。
「………つまり、真犯人がいるってこと?姫子さん以外で。」
「真犯人かもしれないですし共犯かもしれません。それはわかりませんが、力を与える人間が捕まることなく今も暗躍しているということは間違いありません。」
犯人は姫子さんじゃない………こんなことを言ったら被害者のみんなに対して不謹慎ではあるけれど、私は胸を撫で下ろした。
だって姫子さんが犯人なわけがないんだ。彼女は目の前で子供が悲惨な死を遂げた時、誰よりも戸惑い弱りきったのだから。こんな人間が他人のことを考えずに力を与えて回るなんてこと、あってたまるか。
「てなわけで、イリナちゃん。姫子を連れて犯人探しの旅に行ってくれない?」
「え?なぜそうなったの?」
なんか色々と話が飛んだような気がする……飛んだよね?今確実に話がよくわからないことになってるよね?
「姫子さんが共犯か、操られただけなのかは分かりません。でも少なくとも一度は、今も捕まっていない犯人と接触している。つまり犯人の何かしらの外形は知っているわけなので、捜査の役に立つかもしれないんです。」
「それにもし彼女が実行犯だったり、共犯だったとしてもイリナちゃん達と一緒じゃ下手に行動できないし、ビシバシこき使ってくれたらいい罰にもなる。丁度いいじゃん。」
ああ、捜査と監視をするってことね。
そんな感じで、私は姫子さんと真の犯人探しをすることになった。その為に姫子さんを釈放して、今、近くの村で休憩しているというわけ。
「まぁ、解放されて早々大変だとは思うけれど仕事だからさ、割り切って頑張ろうよ。」
私達は椅子に座り、甘ったるい最中を頬張りながらこれまでの経緯、これからの仕事を説明した。
「……………」
私が姫子さんのためにわざわざ頼んだホットミルクに手をつけることなく、姫子さんは相変わらず俯いたままだ。1週間という僅かな時間であったのに、彼女はやつれきっていた。
………元気を取り戻させなくちゃいけない。やはり何事においても元気は大事だ。最高に大事。今の姫子さんにとってはなおさら。だったらね、私がその元気作っちゃうよ!そう、私が盛り上げなくては!
「………し、しっかし良い天気だよね!太陽が照りすぎてて紫外線をビンビン感じるよ!ウルトラヴァイオレットここに極まれりってやつだね!」
「感じちゃいけないでしょ………シミになりますよ。」
「シミになる?ふっ、この私の肌の紫外線反射率をなめないでほしいね。全て跳ね返す………そう、全反射待ったなしだよ。」
「いや、全反射ってそういう意味じゃ……」
カイの奴め。私が頑張ってこの場を盛り上げようとしているのに、なぜそうも失調させようとするのさ!
「…………」
やはり、黙ったままの姫子さん。多分このままじゃこの状況が変わることはないだろう。
「………まぁ、親睦を深めたことだから仕事に行こうかな。カイに捕まって、姫子さん。」
私達はカイのワープと徒歩を利用し、最南端の町パディへと向かった。
「ほっ!」
ざくっ
鍬が、ほんの少しのぬかるみを持った黒色土に20センチメートルほど突き刺さる。
「はっ!」
ぐるん!
鍬を回すことで土が掘られ、パラパラとした土が地表に出てきた。
もぉおお………
一つ隣の田では牛が鋤をひきながら、ゆるい雄叫びをあげた。
熱い陽の下で、大きな田の上で、鍬を振るう3人。2匹のスズメがあぜ道で羽を休め、黄色い花々を首を傾げて見つめていた。
そう、私達は今、田を耕し中だ。私達の仕事はよく勘違いされるけれど、基本こんなもの。常に戦っているわけではないのさ。いや、確かに戦闘が得意ではあるのだけれど、あるのだけれど!村人が常に魔物とか魔族に悩まされているということが少ないんだよね。大抵こういう田畑の力仕事とか、行商隊の護衛だ。3週間前から始まったあの2週間は異常だったんだ。
ざっざっざっ
私はリズムよく田を耕していく。
なんともまぁこなれたものだ。この仕事を任された当初は鍬を何本折ったのかわからない。力が強すぎるんだよね。
「さすがはイリナさんですね。いいペースですよ。」
ブシャァ!
ブシャァ!
ブシャァアア!
地面の中から水が勢いよく吹き出し、200平方メートルほどの地面の土が一気に耕される。
カイが地面に水を丁度いい深さに潜らせて、勢いよく地面を持ち上げたんだ。
「………あんた、本当戦闘以外の時は役立つよね。孫の手の具現化集合体か。」
「まぁ水ですからね。力強さよりも知性が先行してしまうんですよ………これからは[知的なカイ]で名を売っていくことにします。」
「ズル賢いの間違いでしょう。[沼みてぇな
カイ]にしな。」
「…………」
相変わらず姫子さんは無言で鍬を振るっていた。なんだかんだ上手く振れていて驚いた。
「いやーー助かったぁ勇者さん!」
1時間ぐらいかけて一通りの田んぼを耕し終えると、ここの所有者のおじさんが近づいてきた。
1時間もしていたのか……結構いい運動になった。それに鬱憤を晴らすには運動が効果的!これである程度元気になってくれていれば………
私は姫子さんの方をチラッと見たが、相変わらず黙ったままだった。
「いいのいいの。困っている人がいたら助ける!それが私達の、いや、勇者達の仕事だよ。」
「そうですね。今も苦しんでいる貧者、弱者を助けるのが僕たちの使命なんです!!」
本当、カイの胡散臭さはずば抜けているなぁ。
「本当はわしが全部をやらなきゃならなんだが……歳ってのは嫌だね。牛を3匹でも持ってりゃ違うんだがなぁ………」
おじさんは3つ隣の田でゆっくりと歩く牛に目を向けた。おじさんの目は妙に遠かった。
「………牛を持ってなかったお陰で私達に手伝ってもらえたんだからいいでしょ。牛なんかよりもいい働きしたよ?」
「そ、それはもちろんだぁよ!2週間かかる作業をたった1時間でやってくれたんだかんなぁ!感謝につきねぇさ!」
キャッキャッ………
おじさんと会話していると、前から子供達が走ってきた。6〜7才ぐらいのちいちゃな子供。転びながら笑顔をにじませながら、こっちへと走ってくる。
「ああ、紹介すんなぁ。あいつらはわしの下で育てている子供でなぁ、一番右が蛍、その隣がお燐、正長、英だ。全員可愛かろう?」
小ちゃい子供って本当可愛いなぁ………私にもあんな時代があったんだよなぁ。おかしいな、全然記憶にないや。そもそも可愛かった記憶がない。美しい記憶なら有り余るほどにあるんだけれどね。
「本当だね。全員顔がまん丸で、瞳がキュートだよ。」
「まったくですね。汚れを知らないということだけで、ここまで瞳が明るくなるんですね。イリナさん、見習ったらどうですか?」
「はぁ?私は常に聖水で心が洗われているからね。洗われているっていうか心が聖水そのものだから汚れようがないよ。」
私は姫子さんの方に顔を向けた。
「ね、姫子さん。子供ってかわ……い………姫子さん?」
姫子さんは両手で口を覆って体を折り曲げていた。腹の底からくる嘔吐感を遮るためかのように。
「…う、…ぁぁ………あああ!!」
姫子さんは口をおさえたまま子供が来る方向とは逆の向きに走って行ってしまった。
…あ、そうか…………
私はそのまま姫子さんの後を走って追った。




