変わらぬ正義 その6
背丈11メートルで、四足歩行。人間のような無機質な顔が2つまるで彫刻だ。バッファローのように筋肉で体を引き締めあげられた胴体、ライオンのような鋭利な爪を持った四肢、そして、サソリのように先端に針を持った尻尾。
………魔物なんかよりもよっぽど化け物しているじゃないか。
月光に照らされ深い影を落とし、きらめく4つの目を持つその姿は化け物、怪物という言葉がピッタリだ。
グアッ
姫子さんの腕がしなる。
やっば、あれはかわさないと……
タン!
ガガガガガガ!!!!
姫子さんの腕が、地面の表面全てを削り取りながら薙ぎ払われる!!
私は当たる前に上空に飛んだけれど………なんてデタラメなスケールだ!今のだけで当たった部分の全てが30センチメートルは削れてる………
メシッ!
姫子さんが私の元まで飛んできた。
はっ……
ガイン!!!
姫子さんの攻撃で私は地面に叩きつけられる!!
地面の砂が全て舞い上がり、辺り一面が暗くなる。
「いったぁ………デタラメすぎんでしょ!」
私は地面にめり込んだ体をなんとか持ち上げ、急いでその場から走って離れる!
剣を滑り込ませることでなんとか威力を抑えられたけれど………完璧に力負けだ。それにあの速さ、あの図体であれはデタラメだ。姿を隠すこともできなそうだ。
ズン!!ダダンダダンダダン!!!
姫子さんは着地と同時に、私の元へと走ってくる!!
「ダレカガヤラナキャイケナインダ!!!」
「………!!!」
ガイン!!!
ガイン!!!!
ガイン!!!!!
姫子さんの一撃ごとに私の体は吹き飛ばされ、立て直し、また吹き飛ばされ………反撃の隙がない!どうにかして隙を作らなきゃ………
「作りますよそれ!!」
ガンン!!!
「!?!?」
全長20メートルぐらいの巨大な氷の塊が、上空から降り注ぎ、姫子さんの背中に思いっきり激突する!!
カイの魔力!!この規模、ほとんどすべての魔力使っちゃったんじゃないの!?
「でも………」
バチバチバチ!!!
体から雷が溢れ出す!!
「ナイスだ!!」
カッ!!!
龍と化した雷が3匹、姫子さんの体に食いつく!!!
バチバチバチバチバチ!!!
龍が姫子さんの体を焦げ付かせる!!噛み付いた部分の肉がえぐれる!!どうよ!!今の私の最高の攻撃よ!!これで倒れなかった敵はいないよ!!
「ジャ……マダァァアア!!!」
バチン!!バチン!!バチン!!
姫子さんが体をひねり、腕を振るうと、全ての龍が砕け散った。
「ヤラナキャイケナインダ………」
プスプス………
ほんの少しだけ焼けた皮膚は、瞬きするといつの間にか治っていた。抉れた部分も回復していた。
うそ……私の1番強い技が…………これ以外に技なんてないんだけど………
使える選択肢が全て潰され、私の頭の中は混乱で一杯だった。
速さではまだ私の方が上、
力が、 いや、それより回復力
そんな言葉が頭をよぎる。ただ、この一言だけがどうしても離れなかった。
勝てるのか!?!?
「セイギノタメニ…………」
ピクッ
でも、姫子さんのその言葉を聞いて、私の頭が一瞬で晴れた。
正義……正義………それは、それだけは絶対、
「あんたが言っちゃいけないことだろう!!!」
さっきから正義がなんだの、大義がなんだなって………腹立つ。気に入らない。
「子供達の道外させて、関係ない住民殺戮して、勇者殺して、私の左手ぶっ壊して、挙げ句の果てには自分が化け物になって!?そんなクズが語っていい言葉じゃないでしょ!!!」
「ダレカガヤラナキャイケナインダ!!コノセカイノタメニ!!!」
「ふざけんな!!!この世界ぶっ壊そうとしてる奴の発言じゃないでしょ!!!」
ザクッッ
私は剣を引き伸ばし、姫子さんに斬りかかる!
ダメだ!!硬すぎる!!ちょっときれるだけで、切断なんて………
グン!!!
姫子さんが体を捩り、私はその衝撃で飛んだ。
ドサッ
ろくに受け身も取れずに、背中から落ちる。
あーー痛い。本当痛い。左手の感覚ないし、背中痛いし、お腹痛いし、右手もちょっと麻痺ってきたし………
キンキンキンキン!!
私が倒れている間に、カイと姫子さんの戦いが始まっていた。けれどカイの戦い方は、勝ちに行っているというよりも逃げと防御に徹しているという感じ………時間でも作っているのだろう。私が逃げるための…………
………逃げる?なんでそう決めつけたんだ?なぜ私は今、逃げる、なんて思ったんだ?
私は髪をかきあげた。
あーーダメだ。気に入らない。気に入らない気に入らない!!
ダン!!
私は起き上がり、一歩踏み出した。
なんでこんな大量殺戮犯を前にして逃げなきゃいけないんだ。私が負けなきゃいけないんだ。
人の心を踏みにじる、こんなクソ野郎に……なんで………
「あんたは結局、自分が憎むものに、迎合してしまっただけなんだよ。」
私は吐き捨てた。彼女の言葉全てを否定するタメに。
「大切な人を殺されて………そいつを憎んで、それだけじゃ足りなくて今度は世界を憎んで、それでもまだ足りないから今度は力で世界を壊そうとしている。そんなの………」
バチバチバチバチ!!!!
私の右手がひときわ明るく輝きだす。
「変わらないじゃないか!!力で人の大切な物を奪ってるあんたは、今のあんたは、憎んでたものそのものじゃないか!!!!」
「ウ………」
姫子さんが、少しだけ体を揺すった。
「ウルサイ!!ダレカが……だれカが!!」
「だったら私がなってやるよ!!!」
私は走り出した。今の彼女の全てを否定するタメに、[間違っている]と、認めさせるタメに。
「世界を変えたいんでしょ!?どうにかして全てをひっくり返したいんでしょ!?だったら私が全て変えてやるよ!!悪弊全部をぶちのめしてやるよ!!!」
いつの間にか右手に光り輝く籠手みたいなものがついていた。
なんだこれは……でも、新しい力だというのなら歓迎するよ。今私は、目の前のこいつを、間違いを、破壊したい!!
「なぜなら私の方が…………」
私は、彼女の顔面をぶん殴るために飛んだ。
「わタシがァァアア!!!!」
彼女は拳を振り下ろした。
「強いからぁああ!!!!」
ベキャッッッ!!!!!
光のような速度で放たれた拳。それが、完璧に姫子さんの顔面を捉え、気持ち悪い感触が私の右手に響いた。
どぉおおおおおんんんん!!!
遅れて聞こえてくる爆裂音。空気が、物体が、全てがまるで震えるような衝撃が私達の体を襲う!!
キャッキャ………
彼女と体が触れ合っている一瞬、何か映像が流れてきた。男と一緒に本を読む2人の子供。その後ろで、料理を作りながら、その3人を笑顔で見つめる女。全員が、笑っていた。
「………終わりましたね。」
傍に涙を流しながら倒れる姫子さんをよそに、私は呆けながら月を眺めていた。
「………なんか、色々と、辛かったかな。」
私は髪をかきあげようとしたが、腕が上がらなかった。どうやらさっきの攻撃で、私の右手はいかれたらしい。グチャグチャだ。
「…………変えなきゃいけないよね。この世界。」
私は呟いた。その吐息は、この誇り舞う空間に気流を生み出し、かきまぜ、埃をどこかへとばした。
「………そうですね。根本から変えなきゃいけませんね。」
手段は間違っていたけれど、言っていること自体は合っていた。この世界は悪平等。才能と力だけが評価される。それ以外の弱者は存在していることすら認知されない。され得ない。
「この世界には希望がない。………だからね、決めた。私がその希望になる。全てを導く明かりになるよ。」
変わってはいけないものがある。人の尺度で変えてはいけないものがある。それが私には正義であるように思えてならない。そして、その正義は、常に希望に溢れていたのだと思う。それが今存在しない。誰かがならなきゃいけないんだと思う。
私は月に手を伸ばした。手は届かないし、伸びもしない。けれど、けれど………確実に今、月なんかよりももっと大きな何かを掴めた気がした。
「………それは、良い案ですね。さながら海に浮かぶ灯台のようで素敵じゃないですか。」
こんな残酷な世界………もう、作っちゃいけない。
闇夜へと溶けゆく小さな輝きを見ながら、私は、呟いた。
姫子さん魔物ver.のモデルになっているのは鵺です。干支の獣の体だという情報を仕入れたので、なら星座をぶち込んでやるぜ!って感じでこんな風になりました。想像したら気持ち悪いですね。




