変わらぬ正義 その5
「あちゃーー見られちゃいましたか。私としたことが油断しちゃいましたね。」
姫子さんは口を横にして控えめに笑う。
「え……いや、え?なんで姫子さんが………」
2日しか一緒にいなかったから彼女の全てなんて何もわかりはしないけれど、それでもおかしい。ありえない。だってあんなに悪を憎んで、犯罪をした子にも優しさを向けて、子供が目の前で死んだ時なんか………そんな、嘘だ。
「……姫子さんが犯人だったとはさすがの僕も予想できませんでしたね。」
カイが私と姫子さんの間に入る。
魔物達は動かない。私達をつまらなそうに傍観しているだけだ。
「それじゃあ少しだけ疑問があるので質問しますね、僕とイリナさん印の看板の魔力を書き換えたのは貴女ですか?」
「………ふむ、詳細をお聞かせ願おうかなカイ探偵殿?」
待ってましたとばかりにカイが説明し始める。
「グラス君の証言によると、貴女が人に魔力を与える時、その子の心の隙間に潜り込まなければいけないようだ。その為には直接会わなきゃいけないのでしょうが………効率が悪い。一々村に行って、強くなりたい子を見繕い心の隙間に潜り込むというのは時間がかかりすぎる。今回の戦力の拡大のペースからして、そんなことはしてないはずだ。」
あーー確かに。そんなことやってたら1日に1人、子供に力を与えられたらいいレベルだ。
「だからもっと効率が良い方法を使わなきゃいけない。………そこで考えたのが、僕達の看板を使うことじゃないですか?」
あの馬鹿でかい看板か………あれをどう使うというのだろうか。
「あれをアンテナの代わりに使ったのでしょう。友達に頼んで内蔵してもらった雷の魔法……それをあなたは上書きした。きっとテレパシーの魔法か何かにでしょう。」
……確かに看板は高さだけはある。情報の送受信に関しては効率がいい。
「テレパシーの魔法でキャッチした子供達の負の思念、それに伴う憤怒のような向上心。それを頼りにワープでもして村に向かい、力を渡していた。貴女の探偵事務所は勇者領全域にあるんですもんね。きっと移動手段にワープ系の魔力保持者を抱えているんでしょう。」
探知、移動の手段が彼女にはあるのか………しかし、
「なんでそんなこと推測できるのさ。私はその考えに至る理由が思いつかないんだけど。」
「さっき村の北側で戦っている時、とある村の看板の光が切れているのが見えました。あの看板は無駄に大きいですから、地上の人々まで光が届いてなかったのでしょう。届いていたとしても微弱で、光が途切れたとしても住人は気づかなかったのでしょう。」
へーー………なるほどね。
「………本当はこの手がかりを元に、森脇探偵事務所と協力して首謀犯を捕まえる予定でしたが……その手間が省けてしまいましたね。しかし、道理で手がかりが一切掴めないわけだ。犯人が犯人を探したところで、見つかるわけないですもんね。」
「………なんでこんなことしたの?姫子さん。こんなのあなたらしくない。」
カイが鮮やかかどうかはわからないけれど、事のトリックを解説したけれど、私には全然興味がなかった。ただ姫子さんがなぜこんなことをしたのか、それだけが気になっていた。
「……下らない昔話をしましょう。」
姫子さんは唐突に昔話をし始めた
「あるところに小さな家族がいました。親2人の子供2人の小さな家族。夫は自営業を営み、妻は勇者として世界を守っていました。どちらも大変な仕事ではありましたが、一生懸命夢を追いかけ、またそれが正しいことだと思い頑張り続けていました。」
明るく語り続ける姫子さん。彼女の瞳はどこか遠くを見つめていた。
「ある日、女は勇者の遠征討伐を任せられ、遠くの地へと赴いていました。残りの家族は家でお留守番。[私がいない間、ちゃんとした食事がとれなくてへこたれているに違いない。帰ったら美味しいものでも作ってあげよう。]そう思い10日間の遠征を終え、遠征地でその場の名産品を買い、家へと帰って行きました。………」
5秒間ほど、姫子さんは黙った。そして、スッと空気を吸い込み、続けた。
「家の前に来ると、血がたっぷりな、新鮮な牛肉の匂いがした。ご馳走でも作って私を驚かせようとしているんだな………考えていることが一緒だ。そう思うと妙に微笑ましくなって、[ただいまー!!]と、女は笑顔で扉を開いた。………そうして目の前に広がっていたのは血塗れの家族だった。全員、心臓を刺された上で、完璧に殺すためなのか頭を叩き割られていたようです。」
椅子、机が叩き割られて床に無残にも散乱している状況が頭に浮かんだ。なぜかはわからないけれど、彼女の話し方を聞いていると、そんな気がしてきた。
「最初は強盗だろうと思われていました。金品がなくなってましたからね。ですが、女はその判断が気に入らなかった。わざわざトドメを刺すなんて強盗がすることじゃない。だから女は探偵事務所を開き全国を放浪する準備をし、情報収集の基盤を作ることにしました。全ては家族を殺した犯人を見つけ出すために、」
「……………」
「そして、事件から2年後、犯人が見つかった。偶然にも目撃者がいてその人から教えてもらったんです。………しかしその犯人は勇者領の重役だった。どうやら急成長していた女の夫の会社を潰してほしいとどこかの会社から懇願されて、そして、そうしたらしい。権力とやらが働いたのでしょう。」
重役………沢山いて誰だかわからないな。
「女は目撃者の証言からなんとかしてその者を捕まえようとしました。……が、全て反故になりました。全て力で揉み消された。仲間を増やして手を回そうとも、全員殺されました。それに関しては明確な証拠があったから、それで立件しようにも、やはり力で潰された。…………どうやらこの世界は力が全てらしいですね。」
……否定できない。だって今の私の地位があるのは全て生まれ持った力のおかげだからだ。
「………だったら、そんなに[力]が全てだって言うのなら、そんなに腐りきってるのなら………」
グン!!!
体が引き寄せられ……!!
「その[力]って奴で全てぶっ壊してやろうと思ったんですよ!!!」
ギン!!!!
剣を腕と体の間になんとか滑り込ませるが、威力を殺しきれない!!
剣の側面に強く体を打たれ、私は10メートルぐらい飛ばされた!
「全てが強い者に都合よく回るようにできていて、誠実な弱者が、狂った強者に蹂躙されている!この世界は全てが腐ってるんだ!!だったらぶっ壊さなきゃいけないでしょ!!!」
ドッドッドッ!!!ダンン!!!!
魔物が倒れている私に走り寄り、両腕で殴りかかって来る!!
それを私はなんとかしてかわすが、威力が高すぎて地面が大きく陥没する!!
カイは……大量の雑魚魔物の処理に苦戦中か!
「………くっ、だからって子供を使うのは酷すぎるでしょ!!最低だよあんた!!」
ピタッ
魔物の攻撃が止まる
「………そこに関しては申し訳ないと思ってます。」
ガン!!!
しかし、彼女の言葉が終わると同時に攻撃が再開された!!
「大義のためです。必要な犠牲という奴ですよ。……もし、世界を壊すことができたのなら、いくらでも償います。」
「…………何が大義だ!!!」
ガツン!!!
私は魔物の分厚い胸板を、思いっきり殴り飛ばす。
ピシッ
少しだけヒビが入った。
「正義をなすものは正義を語らない!!勝手に背中が語るからだ!!」
ガンガンガンガンガン!!!
バシッバシッビシッッ
私の連打で魔物の金属質な鎧に亀裂が生じていく。
「そして!!!」
ガン!!!!
右ストレートをくらい、魔物は吹き飛んでいく!!
「垢は正義を語りたがる!!持ってないから、それを補填するために!!!
グイン!!!
魔物が私を引き寄せる!!お前だけが出来ると思うな!!
バチバチバチバチバチ!!!
さっきの連打の時に、魔物の体にとにかく電気を流し込んだ!!だから今のあいつは帯電状態!!電気磁石の完成だ!!
ズザザザザザ!!!
互いに引き寄せあい、2人は加速していく!!そんな中、私は無理やり態勢を変え右手をしならせる!
相手も同じように右手をしならせる!
体がぶつか………
ガン!!!!!
私の拳が、魔物の顔面を捉えた。魔物の拳は、ひねってかわした私の首の上を空ぶった。
ビシっ………ビシビシビシビシビシ
亀裂の入っていた鎧のような皮膚に、さらに亀裂が音を立てて生み出されていく。
そして、
バン!!!
皮膚が全て砕け散って粉々に宙を待った。
ドサ………
魔物はその場に倒れてしまう。ピクリとも動かない。
「今の姫子さんは悪そのものだ。それなら私が叩き潰してあげる。」
「………強いですねぇ。さすがは第二類勇者だ。」
私が魔物を倒しても、姫子さんの余裕顔は崩れない。薄く笑い続けるだけだ。
「どうです?私と一緒に壊しません?あなた達がいれば鬼に金棒、そばにそばつゆだ。」
「………人の話聞いてた?私はあんたを叩き潰すんだよ。仲間になんてなるか。」
「そうですか………残念ですねぇ。」
ボゴッッ
私の後ろで倒れている魔物の体が膨れ上がった。上半身がモゴモゴとまるで爆弾みたいに!
それにそいつだけじゃない。周りにいる他の魔物達の体もまた膨れ上がっていく。
「私の魔力の話をしましょうか。」
パン!!
後ろの魔物の体が弾けた。
ボゴン!!
すると、姫子さんの腕が膨張した。
「私の魔力は他人、魔物に、魔力を貸し与えるものです。………でも、何事においても借りたものは返さなきゃいけない。しかも利子を追加して。社会ってそういうものでしょう?」
パンパンパン!!
魔物の体が次々に破裂していく。それと同時に姫子さんの体もまた増長していく。
「私は力を貸し与えた者を代償として、彼らが蓄えた力をウバい取るこトガでキルンデす。」
ググググググ…………
姫子さんの体がドンドン大きくなっていく。2メートル、3メートル、4メートル…………10メートル……………
バキ!!!
姫子さんの重さに耐えきれず、地面が陥没する。
「サァ、チカラノマエニヒレフセ。」
巨大な化け物へと変貌した姫子さんが、真っ黒に淀んだ瞳をこっちに向けていた。




