変わらぬ正義 その1
「はいはい、皆さん。落ち着いてー。落ち着いて歩いてねぇ。」
私は広場で人達の前で手を大きく振っていた。目一杯手を振って、進行を促していた。
ヤーサスの村での惨劇から2週間が経ち、勇者領周辺地域では緊急事態が発生した。魔物の破壊行動、力を得た子供達の破壊行動を止めることができず、村や町が壊滅していたのだ。
「さすがにこれはやばい。」というジジイの言葉により、残った村や町の住民を勇者領に避難させることとなり、それが完了し次第勇者の全勢力をかけて破壊活動の防止、魔物の撲滅、子供達の拘束を実行することになった。
で、今はその村人達を勇者領に送り出す作業中だ。広場のど真ん中に移動用のゲートを設置し、そこに順番に住人を詰め込んでいる。私達2人は殲滅戦の作戦会議に呼ばれることなく、こうして雑用係だ。
「雑用とはなんですか。これほど大切なことはそうそうないですよ。何百もの人の命を救うのとなんら変わりがないのですから。」
私の隣にいるカイが口ごたえする。それよりも私の心を読むな。見透かすな。そんな魔力持ってないでしょ。
「………本音は?」
「こんなんで給料貰えるなんて安い仕事ですね。いくらでも引き受けてお金を荒稼ぎしてやりましょう。」
ビチャン
私はイラついてカイにナイフを投げつけたが、水に体を変化していた為に突き刺さることなく水に岩が落ちる音がした。
「危ない危ない………まぁ、僕の本音は置いといて、それでもこの仕事は僕達が適任ですよ。」
「ゴガァアアアア!!!!」
村の外から魔物達の雄叫びが響き渡る。
この村に攻め込んで来ようとしているのだろう。
「………さっさと終わらせて来る。」
バチチッ
私は体を雷に同化させ、魔物達の元へと一瞬で向かう。
敵は………37体。少ないな。
ブシュ、ブシ、ザクザクザクザクザク!!!
そして、さっさと全てを切り捨て、私は元の場所に戻ってきた。
「住人を怪我させることなく安全に、それでいて魔物の数も減らすことができて、それを少人数でこなせるのなんて僕達しかいないんですからね。僕らが最適任ですよ。」
他の第二類勇者も今はこの避難誘導に駆り出されているらしい。いつもは全然仕事をひきうけないのに、さすがに今回ばかりはやっている。非常事態だとわかっているのだろう。
その後、時折来る魔物を迅速に対峙しながら住民を誘導し、全てを誘導し終えた。
「よし、次の村に行きましょう。時間は待ってくれませんよ!!」
「張り切ってるなぁ………で、次の村はどこ?知ってるとこ?」
「次はシネフィシですね。一度記憶しているのですぐにワープして行きましょう。」
ほ、マジか。こんな早い段階でまた同じ場所に行くなんて。
私達はさっそくシネフィシへと向かった。
「行け行け!!お前ら退いてんじゃねーぞ!!」
村の男達が武器を持って、数十体の魔物に立ち向かっていた。
「今ここでやらなきゃ村の子供と女達が………」
ズビシャアアア!!!
私のパンチで魔物の大半が吹き飛ぶ。
スピン!!!
そして、剣によって残った全てが真っ二つに切れた。
「よく持ち堪えたね。頑張った頑張った。」
「イリナさん!!」
村の人達が寄ってくる。
「あーーダメダメ。今そんな時間ないんだよね。ここら一体………というか勇者領全域がピンチなの。ここの住民の避難が終わったら他の場所にも行かなきゃいけないんだ。………カイ!!ゲート設置よろしく!!」
「もちろんですよ!」
ドンドンドン!!!
カイは水を使い巨大なゲートを3つ、広場に設置した。
「今から住民の皆さんには勇者領へと避難してもらいます。均等になるように3つの塊に別れてください。………見当たらない人などがいれば僕かイリナさんにお伝えください。すぐに探してきますので。」
村人全てが広場へと集まり、3つの巨大な列が生み出された。それがゾロゾロとゲートをくぐって行く。
ここは小規模だから10分で終わるかな。
「………よお、イリナ。」
村の外に気を配りながら列を眺めていると、列から外れて子供がこっちに歩いてきた。
だから私は、思いっきり、
ワシャワシャ!!
頭を、髪を、モミクシャにした。
「なにーが[よぉ、イリナ]だよ。そこは[あは、ようこそおいでくださいましたイリナ様ー!!]でしょ。」
「うるせ!!お前は俺をなんだと思ったんだ!!」
グラスは私の腕から離れた。
「カイ。こいつバカだから、村人全員が避難し終わるまで私の元に置いておくね。こいつ本当、テレポートした先でなにするかわからないからね。」
「そうですね。また事件を起こされたら敵いません。」
ということで転移が終わるまでこの3人で見張りだ。グラスがあの列にいないお陰で移動がスムーズだよ。
「しかし大変だな。勇者はこんな状況になっちゃったら、あちこちを駆けずり回らなきゃいけないんだろ?」
グラスは素振りをしながら、私達に聞いてくる。
「まぁね。まっ、私達は特別だから、そこまで辛くはないんだけどさ。」
「………足が速いからか?」
「まっ、それもあるけどそれ以上の要因があってだね………カイ、説明しちゃって。」
「僕は特異体質でしてね、水の魔力の他に後付けでワープの魔力を持っているんです。一回立ち寄った場所にならいつでもどこでも、どこからでも瞬間移動ができるんです。」
「特異体質って………なにそれ、ズルくね?」
「まぁ、こればっかりは才能ですよね。これに関してはなんら反論出来ません。」
[とある一族]
氏はなんなのか、どれほどの血族がいるのか、どんな力を持っているのか、それが全て謎に包まれている家系だ。庶民からすれば眉唾の都市伝説のような扱いを受けているが、私達クラスになるとその一族と関わり合うことが多くなり、存在を否定できない本当に不思議な一族。存在しているようで存在してないようで………まるで無限に増殖する雨雲のようにただ目の前を透けるように漂うだけ。
「私達は勇者領全域のほぼ全てに立ち寄ったのさ。だから、どこにでも瞬時に行ける。」
「………じゃあ、あの趣味の悪い看板も、あちこちの村にあるわけ?」
グラスが鬱陶しそうな顔をしながら、私が村の入り口に立てた看板に指さす。
改めて見るとでかい!でかすぎる!!さすがの私でもひいてしまうぐらいにでかい!!
「………ま、まぁ、あれほどの大きさではないにしても、至る所にあるよ。あのデザイン可愛いでしょ。」
遥か頭上の看板の先端に指さす。
………あ、首痛い。それに何よりも高すぎてデザインが全然見えない!!
「いや、なんかもう、大きくて高すぎてなにも見えない。光ってるらしいけどこっちまで光届かないし………てかあれってなんで光ってるんだよ。単三電池?」
「えーっとね、確か、土に金属がたくさん含まれていて、それを電気が通ってなんたらかんたらで………カイ!!説明しちゃって!!」
腕を振っているカイに答えを振る。
「金属じゃないですよ。全然関係ないです。」
「………え?でも前、金属が含まれてるせいだってあんたが…………」
「あれは、説明が面倒臭かったのででまかせを伝えしたんですよ。僕が説明しているときに、[ああ、うん。そうね、そうそう。そんな感じ]みたいな生返事を返すから、仕方なく………」
仕方なくって………拗ねただけじゃないか。
「まっ、グラス君は知的探究心が人並みのようなので詳しく説明してあげますよ。」
………私は人並みじゃないとでも言いたいのか。
「そもそも、この世界の土は魔力を帯びる性質を持っています。」
カイは石を拾った。どこにでもありそうな、手に収まるサイズの普通の石。
バシャン!
しかし石はいきなり水に変化して、飛沫を立てながら地面へと落ちていった。
「水の魔力を流せば水に。ワープの魔力を流せば……」
ピュン!
手元に残っていた少量の水が、カイの手元から消えた。
「どっかに飛んでいきます。だからこの世界の土は[土]と呼ばれず、基本は[魔力の結晶体]と呼ばれるのです。また、このしくみを詳しく説明すると、石の中にあるアルケーが僕の中のアルケーに反応し、そっくりのアルケーに変化するというものでして、業界では[相互共鳴因子が作用することで起こる簡易状態変化]と………」
「あーーかいつまんで。」
「なんて驚き!土が貴方と同じ魔力に!」
あーー、うん、なんとなくわかったような気がする。
「先のグラス君との戦いでイリナさんはグラス君が発射した岩を磁界を用いて逸らしたじゃないですか。あれは金属と反応したからではなく、イリナさんの魔力に呼応して石が雷の性質を帯びたんですよ。石とイリナさんの体を覆った雷が同極になり、反発した。だから岩に金属が多く含まれていたとか、そんなのあり得ません。金属の酸化の性質をなめないでいただきたい。」
カイが少しばかりキレ気味で話す。
………ごめんなさい。本当、ごめんなさい。
「なんかわかってきたけど、つまりはあの看板が光る理由は………」
「看板は僕の知り合いに作ってもらったのですが、看板にイリナさんの魔力と同じものを加えたんです。かなり魔力は劣化しますが、それでも半永続的に魔力を発動させることはできるので、看板を立てつけた周辺の地面を雷に変化させそれを供給しているわけです。」
「つまり?」
「この看板を立てつければ、地面でも充電が可能に!!!」
あーーーオッケ。わかったよ。
「………お、グラス君以外の転移がもうそろそろ終わるようですね。それじゃあ僕達も一度勇者領に戻っておきましょうか。途中報告を慶次さんにしなくちゃいけない。」
たしかに、3つのゲートの前には人が4、5人いる程度だった。
私達はゲートに向かい、カイはゲートを2つ回収した。
「………なぁ、イリナ。」
「ん?どうしたの。」
ゲートの前でグラスが立ち止まる。
「…………死ぬなよ。」
………まったく、
コツン!!
私は右手でグラスの頭にチョップをかました。
「寝ぼけてないで起きなよ。……私が死ぬはずないでしょ?」
「………そうだな。」
グラスはちょっと笑った後、ゲートをくぐった。
私達も最後のゲートを回収した後、カイの能力を使い慶次さんがいる部屋へと直で飛んだ。
「南西、南南西はほぼ終わりましたか………それじゃあ次は北北東の方に行ってください。こっちは効率が悪いのか他の方角よりも遅れ気味なんです。」
慶次さんが壁に広げた地図を見つめながら話す。
「グラムスまで行けば大丈夫ですか?」
「いや、行き過ぎです。まだ900キロメートル付近までしか転移が終わっていないですから。……行くとしたらタシケントですね。そそこから波状で回収してください。そうじゃないと間に合わない。」
まだ900キロメートル!?遅すぎるでしょさすがにそれは!!
「………王様は今どこに?」
「王様は敵の攻撃が最も苛烈な南で軍を率いて戦っておられます。あの方のことですから3日もあれば南だけは沈静化できると思うのですが…………」
「南だけじゃ意味がない。私達が加勢して全方向の敵を叩かないとこれ以上犠牲が増えてしまう。」
「そういうことです。急いで一般人を回収してください。攻勢に出るために。」
「わかった!それじゃカイ、行くよ!!」
「勿論です。罪なき民を救いましょう!!!」
あんたが言うと胡散臭いなぁ。
ドゴォォオオオンンン!!!
カイの肩に手を置き、今まさに目的の村に飛び立とうとした時、場外から大きな音が響いた。巨大な爆発が起こったような………
「し、失礼します!!」
扉を勢いよく開き、騎士が一人部屋に走って入ってきた。
「壁が!!壁が今………」
………くそっ、本当、青ローブのやつ……………
私は、手のひらから血が出そうになるぐらいの強さで手を握りしめた。
「敵の攻撃で壊されかけています!!!」
ブチン
私の怒りが爆発した。
事前にFace of the Surfaceを読んでる人のための、アンダーグラウンド・表面世界の地面のお話。
・地面は土ではなく[魔力の結晶体]と呼ばれる結晶で構成されている。成因などは後々出てくるのでここでは触れない。
・この結晶は内部に可変的なアルケーを持っており、これに触れているもののアルケーに感応し、そのものへと変化する。
・クレイスは大気中のものを取り込み利用する。




