真実は分化する
「………え?」
「え?」
私と姫子さんは、喉から変な声を漏らした。
血がまるで傘のように広がった。ビチャっと、温かみを感じる音を立てながら、1番近くにいた姫子さんの体を真っ赤に染め上げる。
スルッと、枝のような小さく細い、か弱い体が姫子さんの腕から抜け落ちる。
ビチャ
やけに軽い水音が、私の耳に響いた。
「うぉぉおおええ!!!」
姫子さんは口を押さえて倒れこむ。口から嫌悪感が吐き出される。
私も気持ち悪くなって、目を背けた。吐くほどではないけれど、それでも胃がムカムカする。喉にある毛が全て逆立っているかのような気持ち悪さが、私の心を狂わせる。
犯人は大地君じゃない!?いや、でも、そんなはずは…………
ベキ
何か右手に違和感を感じ右手を見ると、中指がねじれ上がろうとしていた。
「だっ!?!?」
ベキベキベキベキ!!!
そこから勢いよく腕が捻られていく!紙を両手で勢いよく丸め込めるようにそれはもうすごい速度で!!
バツン!!
だから私は、二の腕付近をすぐに切断した!!
いったああ!!!腕、切れるの、………ああもう!!涙出て来た!!
ゴロン!!
だけれど私は泣き叫ぶのを我慢し、その場からすぐに離れ辺りを見渡す!!
「ぐっ………ガイ!!人影見た!?!?犯人いた!?!?」
大地君は犯人じゃない。そして子供の2人にはアリバイがある。そして私と大地君は攻撃された。それはつまり犯人がこの近くにいる可能性が酷く高いってこと!!!
「人影は見えませんでした………ただ、犯人は分かりました。」
私と共に子供を守っていたカイが、後ろを向く。
そして、人差し指を勇人君に向けた。
「犯人は君なんでしょ?」
「………は、犯人が僕?僕が大地君を殺したっていうの?」
勇人君は困惑した顔で答えた。
「ええ、君が殺しました。チンピラを殺したのも、戦士を3人殺したのも、イリナさんを傷つけたのも、全てあなたです。」
カイは勇人君に冷たい視線を向ける。
「こ、殺したって………僕子供だよ?そんなダメなことをできるわけ………」
「子供は好奇心が強いものです。そして、身分不相応の力を手に入れてしまったら、舞い上がるものです。だから殺人に興味を抱き行動を起こすことに簡単に至ってしまう。」
私は話を聞きながら、傷口を電撃で焼いた。ピリッとして、焼け焦げた匂いが非常に不快だけれど出血を止めないわけにはいかないからね。
「貴方がもらった魔力………本で読んだことがあります。[好意を仇で返す]という魔族のみにしか発現しない史上最低の魔力。自分の周りを不幸のどん底に叩き落とす破滅の魔力です。」
好意を仇で返す………それはつまり
「貴方に好意を抱いたものを、無残にも捻り潰すんですよ。まるで[そんなものは必要ない]というかのように、存在そのものを否定する。」
………そんな魔力があってたまるか!私は心の中で叫んだ。
「戦士の方々は、外を出歩いている子供の貴方を見て[助けてあげたい。]と思ったのでしょう。そして、貴方に優しく触れた。頭でも撫でたのか、肩でも叩いたのか、もしかしたら怒ったかもしれませんね。[こんな夜にいたら危険だよ]と、心を鬼にして。そして貴方はそれに応えるように全てを捻じ曲げた。捻くれてますね。」
カイはやたら難しい漢字を多用した小説を読むときのように呆れ、苦笑いをし、顔をしかめた。
「………で、でも、一昨々日、僕は古谷君の家に泊まってて………今日もそうだよ!」
「それは僕が説明することじゃない。………ねぇ?古谷君。」
ビク!!!
ずっとモジモジしていた古谷君は肩を震わせた。
「初めてあったときから何か隠していましたよね。[僕たちが事件を調査している]と知っていたから、何か気がかりだったのでしょう。」
確かに、オドオドしていたけど………まさか、そんな意味があるわけが…………
「………ねぇ、勇人君。」
古谷君は気まずそうに質問した。
「なんで、一昨々日に僕の家に泊まったって嘘をついたの?」
「…………だそうですが、勇人君。どうですか?」
カイの古谷君に向けていた目が勇人君に向けられた。
「う、嘘だなんて………僕達はちゃんとあの日、泊まってたじゃないか。」
「そ、そんなわけないだろ!僕はあの日、宿題をしてパパとママとテレビ見て、そのままリビングで爆睡してたんだ!君が泊まったなんてこと………ありえないんだよ。」
古谷君は申し訳なさそうに、だけれど、自分の心の枷を取り外すように大声をあげた。
「………はぁ、しゃあないか。そうです、嘘です。僕はあの日、古谷君の家には泊まっていませんでした。」
勇人君の雰囲気が一変した。子供のような柔らかさが、一転して鋭くなったのだ。
「なぜそのような嘘を?」
「いや、だってめんどくさいじゃないですか、疑われるの。クドクド話聞かれたりするんでしょ?やですよ。時間が勿体無い。」
うわーー口調も変わるか。今までどれだけ本性を隠していたんだ。
「でも昨日古谷君の家に泊まっていたのは事実ですよ。ね?古谷君。」
「…………あ、うん。」
呆気にとられていた古谷君は数秒遅れで頷いた。古谷君の性格に驚いているといった感じだ。でも顔はスッキリしている。胸のつっかえがとれたように。
「それは古谷君が寝てから家を出ればいいだけでしょ。そんなことじゃアリバイにはなりませんよ。大地君の時のように。」
「………じゃあ証拠はなんですか?証拠ですよ証拠。僕が犯人だって言うならそれ相応のものがあるんでしょ?」
「うーーん………まぁ、証拠のようなものならありますよ。」
カイは懐からねじれた小さな茶色い物を取り出した。
それを見た瞬間、一瞬ではあるけれど勇人君の顔が歪んだ。
「多分、勇人君は大地君に罪をなすりつけようとしていたんでしょう。だからクマのぬいぐるみの耳を千切って、現場に残した。1つ目2つ目の事件の時にそれがなかったのは、2つの事件が突発的、偶然に起こった証。………まぁそれはいい。君を追い詰めるのにそんな情報はいらないですよね。」
カイはポケットから綿をとりだしチラつかせる。なんていう意地汚いやつだ。本当にジワリと、精神的に追い詰めようとしているんだこの男は。相手が子供だろうとなんだろうと。
「まぁね、ここまではよかったんですよ。僕達に近寄って、大地君の家が近いことも教えてくれた。きっと上手くいってたんでしょうね。[これで大地君に容疑が全て向く]そんなことを考えながら昨日は犯行をしてほくそ笑んでたんでしょう。」
「……………」
勇人君は黙っていた。私も黙っていた。姫子さんは地に伏してゲロを吐き続けていた。
「しかし重大なミスを犯した。貴方はこれを落としてしまった。捻じ曲がっていたことから、この物には[愛着]が宿っていたのでしょうね。好意に近い感情だ。それが貴方の魔力によって捻じ曲げられた。針金のような物が見えるので、きっとバッチか何かでしょう。貴方の魔力の発動で服に留めていたバッチがねじ曲がり、針金部分に穴ができて、服から落ちた。まぁ、魔力を手に入れて1週間も経っていないのだから仕方のないことです。」
バッチ………茶色の…………あ、
「貴方達は今朝、大地君はクマのぬいぐるみを。古谷君はフェルト製のクマを服に身につけていた。でも、君だけが今朝、何もつけていなかった。………おかしいですよね?君1人だけが、まるで除け者のように共通のものを何もつけていないなんて。このグループのリーダーみたいな役割をしている貴方が。………だったらこう考えるのが自然だ。[君達3人の間のトレンドはクマの何かを身につけることだった。けれど、勇人君。貴方は昨日の犯行でクマのバッチを落としてしまった。]のだと。罪をなすりつけるのに必死で、気づかなかったんでしょう。」
「………で、でも、それが本当にバッチかなんてわからないじゃないか。何よりも修復することなんて…………」
「出来ますよ。僕に1日くれたら完璧に修復してきてあげます。水の力をなめないでほしいですね。」
「そ、それじゃあ………本当にそれが僕のものなのかなんて誰もわからないんじゃ………」
「古谷君に見せて判断します。嘘をつこうとしても慶次さんを連れてくるので、バレますよ。」
「………………はぁ、バレちゃったか。仕方ないな。」
勇人君は頭を掻きながら笑い、空を見上げた。
「…………な、なんでなんだ?」
姫子さんが這いずってこっちまで来た。
「なんでこんなことを………力に憧れたのか?」
「…………?なわけないでしょ。楽しかったからやったんですよ。」
勇人君はハキハキと答えた。
「ゲームですよゲーム。僕と探偵さん達との推理ゲーム。自分の、他人の命を懸けてやると最高に楽しいんですよ。」
「ゲ、ゲーム?楽しい?………そんな、だって、そんなの………」
姫子さんの目が揺れた。ありえないと、目が呟いた。
「[子供がそんな恐ろしいこと思いつくわけがない]とか考えてるんでしょ?………ぷっ、あははははははは!!!!」
広場に勇人君の笑い声が響いた。
「ヒヒッ………あーーおっかし。いやーーしかし」
ひとしきり笑った後、勇人君は急に顔を歪めた。悪どく、性悪く、全てを舐めきっているかのような顔を。
「そんなに子供を舐めない方がいい。」
………本当に、この子は11歳なのか!?なんて、お腹から響いたような低い声だろうか。声に迫力がある。
「利口な子供は、バカな大人よりもよっぽど物事を見えている。だってほら、今回の事件だって子供を疑うなんて一切しなかった。[子供がするわけがない。ありえない。]そんなことを言ってさ。もし僕を疑うことをすればバカな戦士の皆さんは死ぬことなんてなかったんだ。それなのに、子供だからって無警戒…………本当マヌケ。全てを怪しいとにらめよな。だから死ぬ。無様に。」
「………そうですね。確かにバカです。僕も君のその発言には好感が持てますよ。ま、話の続きは牢獄ででもしましょうか。」
ジャリ
カイは一歩勇人君に近づいた。
「おっと、それ以上近づかない方がいいよ。カイさんって言ったっけ?あんたはそこらへんのバカと違って利口だけれど、一回僕を守ろうとした。………そう、一度僕に好意を抱いたんだ。僕が魔力を発動したらボロ雑巾になっちゃうよ?」
勇人君は笑う。自分の優位を疑わないから。
「………それは困りましたね。」
ジャリ
カイはさらに一歩踏み出した。涼しい顔をしながら。
「………僕が力を発動しないとでも思ってんの?…………はぁ、結局あんたも他と変わらずバカなのか。………後悔して死ね。」
ザッザッザッ
カイは変わらず歩き続ける。何事もないかのように歩き続ける。
「な、なんで………」
「[死なないか?]と言ったところでしょうかね。まぁ、あれですよ。そもそも僕、君に好意を抱いたことがないんですよ。」
ザッザッ
さらに近く
ザッザッ
それに合わせて勇人君は後ずさる。
「なんで殺人の容疑者に好意を抱けるんですかね?………まぁ、イリナさんは僕と違って優しいですからね。疑わしい人間にも[守ってあげる]って思ってしまうんですよ。僕と違って。何度でも言いますよ。僕と違って。」
ザッザッザッ
「…………く、来るな!!」
ポタッ
勇人君の額から大きな汗が垂れた。
「来るな?………ふっふっふっ。君がその言葉を言えるのは今ので最後でしょうね。捕まってから君は、誰も近寄らない独房に入れられるんです。誰も君と話そうとしない。誰も君と接しようともしない。好意を抱くことも、抱かれることもなく、1人孤独に生活していくんです。……殺人犯にはそれがお似合いだ。」
ザッザッザッ!!
ザッザッザッザッザッザッ
勇人君はカイから急いで離れる。けれど、後ろには自治会の施設。逃げ場がない。彼は壁際で立ち止まった。表情にはあからさまに恐怖が映し出されていた。どうしようもない脅威。真っ青な冷徹が、彼を射抜いていた。
「僕には犯罪者にかけてやる微温い優しさなどありません。………でも、犯罪者に相応の罰を容赦無く与え、償わせる低温の優しさならあります。それをたっぷりと味わって、改心することですね。」
ガタガタガタ…………
カイの言葉を真正面から浴びた勇人君は膝を震わせながら泣いていた。
どんなに粋がったことを言っていようと所詮は子供。目に見える恐怖、特に刑務所などは怖いのだろう。………まぁ、このカイの冷血さを目の当たりにしたら私でも身震いするんだけどね。
「………や、やめてあげて!!」
カイと勇人君の間に古谷君が走りこんできた。そして、古谷君は両手を大きく開いてカイの前に立ちふさがった。
「勇人君はもう怖がってるじゃん!!もういいでしょ!!」
「…………」
「確かに勇人君は悪いことをしたよ!!でも、そんなに怖がらせることなんて…………」
薄っすらと涙を浮かべる古谷君。彼の必死さが伝わって来る。殺人犯であろうとなんであろうと、友達を助けてあげたいという気持ちが、よく分かる。
「…………古谷君。」
勇人君は泣きながら古谷君に手を伸ばした。
唯一の救いに心からの感謝を、今この場にいる唯一の友達に温もりを求めて。
「バッ、だめだ!!そんなことしたら!!!!」
プチョン
古谷君が大きな音を立てて捻れた。勇人君の、それと古谷君の思いを捩じ切るように。
好意が拒絶されたのだ。彼に向けられた計り知れない好意に答えるように、私の手を捩じ切ろうとした時よりもずっと速い速度で、古谷君は捻れた。
「………あ、あああ……………」
ボゴン!
勇人君の右半身が肥大化した。まるで膨らんでいる途中の風船のように。不安定に、不条理に。自分の思いが外に向けようにも誰も受け取ることができず、逃げ場を失ったように。
「しっかり気を保つんだ!!!自分を見失うな!!!」
しかしカイの言葉はもう勇人君には届かない。ボゴン!ボゴン!!という音ともに異様に膨れ上がっていく!!!まるで爆弾だ。感情の暴発だ。
……ばく、まさか!!ちょっと待って!!慶次さんが言ってたようなことが…………
「………か、カイ!!もうしょうがない!!暴走する前に殺さないと!!!」
もう勇人君は爆発寸前だ。爆発すれば、きっと、あの魔力が暴発する。[見ず知らずの子供を守りたい]それだけの思いでこれほどの被害が出たんだ。もし、そんなことが起こったら………
私は想像しただけで吐きそうになった。
「分かってますよそんなこと!!!」
カイは腰にある真っ黒な剣を引き抜いた。
そして、勇人君に振り下ろし
「…………ごめん、ごめん……僕のせいで」
「……………っ」
パチョン
カイの目の前で大きな爆発が起こった。血で出来た水風船が破裂したみたいに。
その後、町の至る所で爆発が起こった。人1人の繋がり全てが完璧に消え去った。人もろとも。
「………なんでなんですかね。」
燃えゆく死体の山を前にして、姫子さんは呟いた。
「なんでこんなことが起こったんでしょうか…………止める手段はなかったんでしょうか。」
「…………」
わたしは黙った。だってわたしは何もわからないから。
「………なんで、彼はこんな事件を起こしたのでしょうか。力をもらったからとはいえ、思考を書き換えられていたとはいえ、こんなの、あまりにも……………」
姫子さんはズボンを強く握りしめた。
「………機械的に、無感情に言ってしまえば…………」
カイはパチパチと上がる臭い匂いと火を見つめながら答えた。
「大地君がイジメられていたという報告………あれは嘘なんですよ。むしろ大地君とチンピラはグルだ。本当にイジメられていたのは勇人君と古谷君なんです。………大人にバレないように、他の子供達にバレないように、大地君は[影が薄く、言葉数の少ない子供]を演じていたようなんです。」
「えっ、それって………」
「なんで第1の事件が起きたのか?なぜチンピラが死んだか?なぜ勇人君にチンピラが好意を抱いていたか?………金でもせびってたんでしょう。彼からすれば[お財布]だった。そんな便利なものに好意を抱かない訳がないんだ。………そして勇人君はそれにもう耐えられなかった。だから殺してしまった。」
無感情にカイは呟いていた。
「それでなんとなく事情を察してしまった古谷君は勇人君のアリバイをでっち上げる協力をした。まぁ、古谷君は良い人間だったんでしょう。嘘をついていることに良心を痛めてしまった。………そこから起こした事件は、大地君を貶めるためのものだと考えれば自然です。少し愉悦に浸っていたのもあるでしょうが、あの殺人には彼なりの大義があった。僕はそう思っています。」
子供はそこまでバカじゃない。………カイの言葉が頭に浮かんだ。
「…………カイさん。貴方が私に言った言葉の意味。少し分かったような気がします。」
パチパチと燃え上がり続ける悲しみ。怒り………は少し見えない。橙の光から、後悔と哀しみしか私には感じ取れなかった。
「憐れんで、表面しか見ることができなかった。何も深い部分を見ることができなかった。彼らの心を見れなかった。………どうやら私の負けですね。私の勝利を撤回します。」
「いや、貴方の勝ちですよ。大地君に罪をなすりつけて、[勇人君]という言葉を言わせなければ、こんなことはならなかった。」
火に照らされるカイの顔を見た。
いつも通りの無表情。いや、もしかしたらいつも以上かもしれない。淀むことなく全てを洗い流す清流のようだ。
「………真実は分化する。………勇人君たちが必死になって隠した真実よりも、目に見えている薄っぺらい真実の方が如何に幸せだったか。………まったく、選択ミスだ。この町に来てからしてばっかりですね。僕はやっぱりバカな子供のままだ。」
カイは無表情でこの場を後にした。私もこの場を離れたかったのだけれど、俯く姫子さんのことが放っておけなくて、彼女に話しかけた。
「………自分を責めない方がいいよ。姫子さんが悪い訳じゃないんだから。」
誰が悪いと言えば、魔力を与えた青ローブなのだ。子供達ではなく、そいつなのだ。
「…………やはり、この世界はダメだ。根本から腐っている。………もっと頑張らないと……………」
そう言い、姫子さんは走っていった。私の言葉は聞こえていなかったようだ。
「…………カイもさ、気負わない方がいいよ。」
私はカイの元に走り寄り、歩調を合わせ、声をかけた。
「僕が気負う?………まったく、やはり貴女は優しすぎる。この僕が犯罪者と共犯者に気をやるなんて思っているんですか?ありえないですよ。僕、犯罪者が大嫌いですから。」
カイは鼻で笑った。
………カイはこんなことを言うけれど、私はちゃんと分かっているんだ。
私はカイのお腹に目を向けた。お腹から血が出ていた。多分、剣を刺したのだろう。カイの剣は魔力を断ち切る剣。体内に侵入した勇人君の魔力を消すことができる。
カイは勇人君ごと、この町を守りたかったんだ。大地君に罪をなすりつけて、その場を形だけ解決しても、いずれ勇人君が自分の魔力で自滅し、この結末を迎えることがカイには見えていた。だから、勇人君を捕まえる必要があった。それも、周りの友達から好意を抱かれることなく。そのために古谷君の目の前で勇人君が犯人であると暴露して、本性を引き出す必要があった。勇人君が古谷君に嫌われる必要があった。
…………それでも古谷君と勇人君の友情が想像以上に強くて、古谷君が勇人君を嫌うことはなかった。好意が消えることはなかった。だからこんなことになってしまった。
魔力のせいとは言え、こんな後味の悪い終わり方が、この世界ではまかり通っている。魔力と力が幅をきかせる世界。やはり姫子さんの言うように、この世界は腐っているのかもしれない。
「…………」
私はカイの顔を覗いた。やはり変わらず彼は無表情に前を見ていた。でも、時折後ろを振り返るのだ。何か物忘れがあったかのように。
………こんな世界でも、私情に流されず人のために人を裁ける厳しさ。そうして人を改心させ助けようとする優しさ。自分が嫌われ者になろうとも、人の為に………多分それは、私が一生手に入らないものだ。
「…………あんたは凄いよ、やっぱ。」
私は後ろから浴びせてくる哀愁の輝きに、背を向け続けることしかできなかった。カイのようにはできなかった。




